(8)
あまりの言われように乙女心が傷つけられたのか、リナは涙目になってしまっている。
「ううっ。そんな! ひどい、ひどすぎます……」
グリモ男爵め! リナに向かってなんてこと言うんだ!
リナをけなされ、僕まで腹が立ってきた。
できれば男爵のヘンテコな歌とか踊りのことを言い返してやりたかった。
でも、それにはまず城内に入らないと、どうしようもない。
そのてめにも男爵の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
しかし、まずった。
こんなトラブルが起こるのだったら、さっき森を出る時にアリスを起こしておくべきだった。
本物のアリスの命令ならなら、男爵もさすがに僕たちを城に招き入れざるを得なかっただろうに。
まあ、今からそれをしても遅くはないか。
急いでアリスを魔法で目覚めさせよう。
そう思って、僕が後ろで寝ているアリスの方へ行こうとした時――
男爵がいたずらっぽく言った。
「さあて、ニセ王女の登場でアンタたちのことを余計に信用できなくなったわ。これじゃあやっぱしお城の中に入れてあげることはできないわねえ」
「わかった」
マティアスがうなずいた。
「このアリス王女は影武者。それは認めよう。が、すべてはアリス様の身の安全を第一に考えてしたこと。――実は本物のアリス様は我々の後ろにお控えなさっているのだ」
「ノンノンノン! その手には乗らないわ。――それにもうあんまり長く話す暇はなさそうよ」
男爵がニヤッとする。
「アナタたち、ちょっと耳を澄ましてごらんなさい」
「――まさか!?」
マティアスがその場にぱっと伏せ、地面に耳を当てた。
「聞こえる! 馬の蹄の音が。しかも複数だ!」
げげっ、イーザ騎兵か!
ついに追いつかれてしまったのだ。
「ホホホ! 魔法の灯を使ったのが裏目に出たようね」
男爵が口に手を当てて笑った。
「そりゃあこれだけ明るく照らしたらねえ。私たちはここにいますよ、って自ら言ってるようなものだわ」
ああ、なんてこった!
『ルミナス』の光は、デュロワ城のかがり火とはまったく異なる明るさ。
だから遠くからでも目立って見えたのだ。
どうしよう……。
もしかしたら――いや、もしかしなくても、僕は取り返しのつかないことをしてしまった。
「グリモッ!!!」
マティアスが立ち上がり、恐ろしい形相で怒鳴った。
「即座にお前が立っているその跳ね橋を全部下ろせ! さもなくば俺がそちらに飛び移ってその首へし折ってやる」
「あら怖い! そんなに血相を変えちゃって」
男爵の口調はふざけ気味だったが、その目は決して笑ってはいなかった。
「いいわ! どうやら非常事態らしいしアンタたちをお城の中に入れてあげる。ただし今から私が出す問題に、マティアス――あなたがすべて正答できたら、ということにしましょう」
「貴様、こんな状況で謎かけでも始めるつもりか!」
「いいえ違うわ、マティアス。アタシはね、ちょっと昔を思い出したいだけなの」
と言う男爵の顔に一抹の寂しさが浮かぶ。
「士官学校時代、あなたは確かにアタシの相棒だった、そのことを確かめておきたいというささやかなお願いよ」
マティアスとグリモ男爵――
二人は同じ士官学校出身なのか。
その後マティアスは竜騎士として武人の道を進み、一方のグリモ男爵は官僚として政治の世界に入り袂を分かった、ということだろう。
でも、さっきの話からすると二人の関係は……。
「では第一問!」
と、その時、男爵が叫んだ。