(7)
グリモ男爵はオーバーに肩をすくめて言った。
「やーね、こんどは部下いびり? やっぱりアンタは私の知っているマティアスとは別人ね」
「黙れグリモ! そのデカい目玉ひん剥いてよーく見ろ! かつての相棒の顔、よもや忘れたとは言わせんぞ!」
マティアスは自分の馬を飛び下り、堀の淵の方までズカズカ歩いて行く。
男爵はその姿を見て、意味深につぶやいた。
「相棒ねぇ……そんな人、アタシにいたかしら?」
「なんだと!?」
「だって何のためらいもなくアタシを逮捕した人が相棒? 笑わせんじゃないわよ!」
「…………グリモ、やはりあの時のことをまだ根に持っているのか」
「そうね、もうあれから八年経つのね……」
と、男爵は大きくため息をつく。
「あの日、まだ陽も出ない肌寒い早朝に近衛竜騎士団副隊長マティアス=アーレンスはアタシの家の扉をノックしたわ。王国裁判所の逮捕令状を持ってね。その時の絶望感たらなかった。いつも孤独だったアタシが唯一信じていた、最愛の人に裏切られたのだから」
おいおいおい――!
最愛の人ってまさか……?
「……あれは上からの指示だったのだ。それはお前も分かっているはずだ」
と、マティアスは苦しげに言う。
「ふーん。だから今も、その上からの命令とやらでそんな血相変えてるってわけ。つくづく情けないわね。昔のマティアスはまだ一人の男としての心意気と覇気があった。それがどうよ。すっかり飼いならされちゃって。今のアンタってまるで死にかけの兵隊アリじゃない」
「……どうとでも言え。とにかく俺をマティアス本人だと認めたのだな? ならば我々を城内に入れろ! いつ敵の追っ手が現れるからわからないのだぞ!」
「敵? 追っ手? ふーん、要するに近くでまた戦争があったってわけね? ――ダメよ! この城に争い事は一切持ち込ませないから!」
「舐めるな! このデュロワ城はお前のモノではない。れっきとしたロードラント王家所有の城だ。それに我々はアリス様をご一緒にお連れしているのだぞ! 衛兵から聞かなかったのか?」
「え!? アリス王女様を!」
男爵はそれは初耳だったらしく、大きな目をさらに大きく丸めた。
「どこよ!? どこにいるの!?」
それを聞いたリナが、
「こここです! 私はここにいます!」
と叫び、僕を置いたまま馬から飛び降りて前へ出た。
男爵はリナに危害を加えるような人じゃなさそうだけれど、それでも僕は一応王女の護衛だ。
続けて馬を降り、リナの後を追うことにした。
「……あら」
マティアスの横に立ったリナを、男爵はジロジロと見る。
「私が王女様と最後にお会いしたのは、王女様がまだ八つの時だったけれど……」
男爵はしばし考え、それからビシッと勢いよくリナを指差した。
「ソイツはニセモノ! 真っ赤なニセモノ! どこぞの間抜けのは騙せても、アタシの目は誤魔化せないわよ!」
「……え!」
男爵に見事に言い当てられ、リナは体をビクッと震わせた。
魔女ヒルダにさえ見破れなかった仮面を一瞬で剥がされ、動揺してしまっている。
「言っちゃ悪いけど、本物の王女様はあたよのようなブサイクではないわ。王女様はもっとずっと美人で高貴で、生まれながらにして女王の風格を身にまとっているの! ――アンタたち、替え玉を用意するとしても人選を間違ったわね。他にもっといくらでもマシな女がいたでしょうに」
男爵はべらべら言いたい放題だ。