(3)
「リナ殿、無駄だ」
マティアスが怒りを堪えつつ、リナに言った。
「こんな田舎城の衛兵がアリス様のご尊顔を知るわけない。つまりリナ殿が本物の王女かどうか、連中は判断しようがないのだ」
ロードラント王国の兵士なのにアリス王女の顔を知らない――
一瞬、えっ!? と思ったが、考えれみればここは写真もテレビもネットも存在しない異世界。
会ったことのない人の顔を知る手段は、肖像画などを見るぐらいしかないのだから、それが普通なのだ。
「……ではどうしましょう」
リナは困り果てた顔をして言った。
「このままではいつまでたっても中に入れません。みんな疲れ切っているのに……」
「……確かにこちらにも我慢の限度というものがある」
マティアスがギロリと城壁の上をにらんだ。
「自国の竜騎士に対しこの非礼な対応、連中にもそれなりの覚悟があってのことだろう!」
まずい!
この人本当にどうかしている。
「マティアス様、ちょっとお待ちください――!」
僕は慌てて制止しようとしたが、マティアスはきなり剣を抜き払い天に掲げた。
かがり火の炎がその剣の刃に反射し、闇夜の中で赤く光る。
衛兵にも、それははっきり見えただろう。
「衛兵よ、ただちに跳ね橋を下ろせ!」
マティアスが怒鳴った。
「さもなくば貴様らをロードラント王国に対する反逆人と見做し、近衛竜騎士の総力を持ってデュロワ城に攻撃を開始する」
もちろんこの人数、この戦力でしかも味方の城を攻略するなど冗談でもありえない。
が、マティアスはいたって真剣な面持ち。
衛兵が言うことを聞かなければ、本気で戦いを挑みかねない感じだ。
「おいおい、正気かよ! こいつら完全に頭いかれてるぜ!」
マティアスのただならぬ様子に肝を冷やしたのか、衛兵は急にあわてふためき始め、後ろを向き別の衛兵に声をかけた。
「誰か! 城主様を! グリモ男爵様をお呼びしろ!」
「――ま、待て!!」
あれ……? どうしたんだろう。
グリモ男爵の名前が出た途端、マティアスが固まってしまった。
よく見ると額から冷や汗が流れ出ている。
この暗がりでも分かるんだから、相当な量の汗だ。
「ま、待てと言っているのだ! 衛兵!」
マティアスが必死の形相で叫ぶ。
「グリモ男爵を――あの男を呼ぶのだけは止めろ!」
うーん。
どんな強敵も恐れないマティアスをこんな風にしてしまうグリモ男爵って、いったいどんな人物なんだ?