(2)
そうこうするうちに、僕たちはデュロワ城の城門前に到着した。
城は平坦な場所に建っていたが、周囲はぐるりと堀で囲まれ、木と鉄でできた立派な跳ね橋は城門の方へ上がっていた。
当然このままでは中には入れないので、マティアスが前へ出て、城壁に向かって大声で叫んだ。
「デュロワ城の衛兵よ、跳ね橋をおろし門を開けよ! 我々は王室直属の近衛竜騎士団、私はその副隊長マティアスだ!」
……まったく反応がない。
城はシンと静まりかえっている。
「おい、聞こえないのか! 早く門を開けよ」
マティアスの声に反応して、ようやく衛兵らしい人影が城壁の上に見えた。
それからいかにも面倒くさそうにこちらを覗き込み、乱暴な口調で言い返した。
「なんだよ、うるせーな。誰だおめーらは」
「貴様、その口の聞き方は何だ!」
マティアスが怒鳴った。
「アリス王女様も我々とご一緒であらせられるのだぞ! 一刻も早く城の跳ね橋を下ろして中に入れろ!」
いつもの用心深いマティアスなら、万が一の時のことを考え、こここでアリスの名前を出すことはしなかったはずだ。
が、背後からいつ追っ手が現れるかもしれないという焦りと、さっきリナが口にした“グリモ男爵”の名が、その判断力を大きく狂わせたのだ。
――いったいマティアスはどうしてしまったのだろう?
普段のマティアスらしくない神経過敏でピリピリした様子に、僕はただ困惑するしかなかった。
だが、デュロワ城の衛兵はイラつくマティアスの心の内など知るわけもない。
人の神経を逆なでする素っ頓狂な声で「アリス王女!?」と叫んだあと、いきなり笑い出した。
「ハハハハハ! バカ言っちゃいけねえ。王女様が何の用があってこんな田舎の城を訪ねてくるんだよ!」
「な、なにっ! 貴様! 私の言うことが信じられないのか!」
怒りまくるマティアス。
しかし衛兵は一切取り合わない。
「ほざけほざけ! おまえらどうせここらを荒らしまわってる野盗か山賊の類だろ。それが騎士なんかに化けてどういうつもりだ!」
「化けるだと!? そんなわけあるか!!」
「ははーん、分かったぞ。さてはお前らその格好で城内に潜り込んで、このデュロワ城の乗っ取りでも企んでいるんだな? バーカ。そんな見え透いた手に誰が乗るかよ。だいたいロードラントの竜騎士にしちゃあお前ら汚すぎてなあ、まるで落ち武者だぜ。――さあ帰れ帰れ。さもないと番兵をけしかけるぞ! それとも大砲をぶっ放してやろうか?」
どうやら衛兵は、近くでロードラント軍がイーザ軍と交戦したことを知らないらしい。
たぶんこの地が辺境すぎて情報が届いていないのだろう。
「あの、私が話してみましょう」
見兼ねたリナがそう言って前に進み、衛兵に向かって声を張り上げた。
「デュロワ城の衛兵よ! 王女ならここにいます。私がロードラント王国の第一王女、アリス=マリー=ヴァランティーヌ=ド=クルーエル=ロードラントに他なりません」
「へへぇまいったまいった」
衛兵がうんざり声で言った。
「お前らご丁寧に偽の王女様まで用意したのかよ。おまけにそんな長ったらしい名前まで考えてご苦労なこった!」
……偽の王女。
実はそれで正解。
本物のアリス王女は鎧をかぶったまま、いまだ後ろで気絶しているのだから。