(11)
「そこにいるのは……ユウトか?」
アリスがつぶやいた。
「はい、ユウトです。アリス様、どうなされたのですか?」
「ユウト……コワい」
「え、怖い? なにがですか?」
「……アンデッド」
「え! アンデッドが怖い? 」
「………………」
アリスはコクンと小さくうなずき、また気を失ってしまった。
――ああ、そういうことか!
そこで僕は突然思い出した。
昼間、アリスのステータスを『スキャン』の魔法で調べた時のことを。
「あの……」
僕はアリスにずっと付き添っていた竜騎士に尋ねた。
「アリス様が大人しくなったのって、アンデッドが現れてからだと言ってましたよね」
「うむ、その通りだ」
やっぱりそうか。
スマホに表示されたアリスのステータスには、確かに、
弱点:ゴースト アンデッド
と、あった。
これで納得。
そっち系を苦手とする人が、あれだけの数のアンデッドを目にしたら、いきなり卒倒してしまってもおかしくないだろう。
それにしても気高い王女アリスにこんな弱点があったとは。
実は中身は普通の娘だったというか、案外子どもっぽい部分もあるというか――
アリスの意外な一面を知って、なんだか急に笑いがこみあげてきた。
「どうしたというのだ、ユウト。なぜ笑う」
マティアスが怪訝そうに眉をひそめる。
「いえ――あの、アリス様はまったく心配いりません。一時的に気を失っているだけです」
「本当か?」
マティアスが首をひねる。
「しかし原因は? 私は今までアリス様のこんなご様子見たことないぞ」
「それは――」
僕はマティアスに簡単に事情を説明した。
「ハハハ、そういうことだったのか」
話を聞いたマティアスが苦笑する。
それにつられて、他の竜騎士も吹き出しそうになった。
みんなアリスをバカにしているわけではない。
ヒルダを激闘の末かろうじて退けたこと、そしてアリスが無事だったという安堵感から、自然に発生した笑いなのだ。
僕たちはそれから、気を失ったままのアリスにもう一度鎧を着せた。
目的地であるデュロワ城は間近とはいえ、まだどんな危険が潜んでいるかわからない。
ここはあえてアリスを目覚めさせず先を急いだ方がよい、というマティアスの判断に従ったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
森の中はすでに完全に夜の闇に包まれていた。
こんな不気味な場所に長居は無用。
木々の梢から漏れてくる青い月の光を頼りに、僕たちは全員大急ぎで出立の準備を整えた。
だが、イーザ軍の追っ手がいつ現れるか分からないため、戦死した竜騎士を葬る時間はなかった。
リナはそれが心苦しかったらしい。
森を出る前、みんなに一つ提案をした。
「亡くなられた方々のため、せめてお祈りを捧げましょう」
もちろん誰も異存はない。
マティアスをはじめそこにいる全員が目をつぶり、静かに黙とうをする。
――が、それもほんの10秒ほどの間。
これでは大した供養にもならない。
単なる自己満足だ。
「よし、先を急ぐぞ!」
と、マティアスが叫んだ。
「もう一息の辛抱だ」
竜騎士たちはみな切り替えが早い。命令に従い次々馬を走らせる。
昼間、次々倒れていく仲間たちを見て錯乱したリナでさえ、今は涙一滴流さない。
僕は何ともやるせない気持ちになって、リナの馬に揺られながらも、うしろを振り返った。
そこには、竜騎士の死体が誰にも顧みられることなく点々と転がっていた。
――ああいう風な死に方はしたくない。
悲惨な光景を目の当たりにし、そんな感情が自然と湧いてきてしまう。
現実世界での自分は、電車に飛び込んで自殺しようとしていたのに……。
この異世界に来て、なぜこんな心境の変化が起こったのか――
何だか自分で自分がよく分からなくなってきた。