(6)
先生は、キツイ目をしてこちらをにらんで言った。
「どうしたの? まずは謝りなさい! それとクラスと名前は?」
「す、すみません」
僕は慌てて頭を下げた。
「1-Cの有川です。体育で転んだケガが痛くてついノックを忘れてしまいました。――それで、あの、消毒してバンソウコウかなにか貸してほしいのですが」
「貸して、ですって? 違うでしょう! 返すわけじゃないんだから「ください」と言いなさい」
「え、ああ、本当にすみません……」
そんなのどっちでもいいじゃないか、言葉のあやだろう。
と、内心では思ったが、そんなこともちろん口には出せない。
むしろ卑屈なまでに謝ってしまう。
「まあいいわ。ほら、足、見せてみて」
先生は僕を椅子に座らせ、ほんの数秒ケガの様子をちら見した。
もちろん消毒はしてくれない。
「この程度なら医者に行くまでもないわね。はい、これ」
先生は面倒くさそうに消毒薬と絆創膏をポンと投げてよこす。
超絶冷たい態度だ。
別に何かを期待していたわけではないが、さすがに酷い。
いたたまれない気分になりながら、僕は自分で傷を消毒し、絆創膏を貼った。
その間、先生はさっさと仕事に戻ってしまう。
手当てが済んだら一刻も早くここから出ていけ、といった感じだ。
もうこれ以上保健室で時間を潰すのは無理か……。
僕は諦めて立ち上がり、軽くお辞儀をした。
「ありがとうございました」
「はい」
先生はそっけなく返事をしただけで、デスクから顔を上げもしない。
「……では、失礼します」
「あ、ドアは閉めてくこと」
それぐらい言われなくてもやるよ……。
僕はさらに嫌な気分になったが、それ以上何も言わず、もう一度お辞儀をして保健室を出た。
保健の養護教諭、日向ルイ子。
生徒たちの間で広くフルネームが知れ渡るぐらい、彼女が学校内で有名な存在であることは後で知った。
確かに、普段からあの教師にあるまじき容姿と態度で生徒に接しているのだとしたら、どんなことを言われても仕方ないのかもしれない。
しかしだからといって、学校中で次のような奇妙な噂がまことしやかに囁かれているのは、ちょっと行き過ぎのような気もした。
・えこひいきがひどく気に入らない生徒にはとことん冷たいが、好みの生徒が保健室に一人で行くと誘惑してくる。
・老若男女問わず先生たち全員と体の関係を持っている。だから学校でどんな悪さをしても、誰も何も文句が言えない。
・夜は風俗で働いている。しかも複数の店で。
等々、単なる中傷としか思えない内容も多数あったのだ。
でもまあ噂は噂。
いくらなんでも極端過ぎるし、教師とあろう者がまさかそんなことするはずない。
と、僕はあくまでそう信じていたのだが……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから半月ほど経ったある雨の日の午後。
僕は校舎の一階外れにある保健室を目指し、ふらふら走っていた。
その日は特にケガをしたわけではない。
数学の授業中、問題を解くよう先生に指名され黒板の前に立ったところで、強烈なめまいに襲われ教室を飛び出したのだ。
ところが――
やっとの思いで保健室の前まで来ると、またあのむせ返るような、甘酸っぱい香りがした。
しかも今日は一段とその香りが強い。保健室の外までぷんぷん漏れ出ている。