(5)
ヒルダは肩を落とし首を垂れ「ああ……あああ……」と呆たような声を上げている。
とても戦える状態ではなさそうだ。
しかし、相手が相手だけにまだ油断はできない。
僕は警戒を緩めることなく、慎重にヒルダに近づいた。
すると――
あっ!
あれは……。
よく見るとヒルダの股間が濡れている。
そして、その周囲にはおおきな水たまりができていた。
ヒルダは失禁してしまったらしい。
いくらなんでも、やりすぎたかな……?
ヒルダのその様子を見て、僕は戸惑い、多少のうしろめたさを感じた。
魔力はいわば魔法使いのパワーの根源。
それを一瞬にしてロストしたヒルダが、これほどまで衝撃を受けるとは思わなかったのだ。
僕が気を使うのも変だけれど、できることなら少量の魔力を残してあげてもよかったのかもしれない。
憎き敵だとはいえ、若く美しい女性に対し大いに恥をかかせてしまった。
それでも――
僕はヒルダの目の前に立った。
――やっぱり、どうしても確かめたい。
「ねえキミ、ヒルダをそれ以上どうする気?」
刀を鞘に収めながら、シャノンが訊く。
「もうすべて終わったんじゃない?」
「大丈夫、何もしません」
僕は震える手で、ヒルダのマスカレイドマスクに手を伸ばした。
「……ただ、顔を見せてもらうだけです」
ヒルダが現実世界の“あの人”と同一人物なのか、その素顔を確認せずにはいられなかったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その人に初めて会ったのはまだ高校に入学して間もない四月中旬。
体育の授業中に転んで膝をケガをし、一人保健室に行った時のことだ。
実を言えば、その時のケガはわざわざ手当をする必要もないくらい軽い擦過傷だった。
そにもかかわらず、とにかく授業から抜け出したかった僕は、体育教師に少々大げさに言い立て保健室へ行く許可をもらった。
なぜかと言えば――
体育という科目はペーパーテストと違い、自分の落ちこぼれ具合が周囲にはっきりとわかってしまう。
しかもペアとか、グループとかを作らないとできない種目も多い。
ぼっちの僕にとっては、それらのことがいちいち身を切られるようにつらく、耐え難かったかのだ。
もう体育は嫌だ。
なんとか保健室で時間を稼ぎ、次の時限になってからクラスに戻ろう。
僕はそう心に決め保健室の中に入った。
すると途端に不思議な香りが鼻についた。
――なんだ? この匂い。
甘いような、酸っぱいような……。
香水だろうか?
「ん――?」
デスクに座り書類仕事をしていた保健の女教師がドアが開いたのに気付き、顔を上げた。
それから僕のことをキッとにらんで怒鳴った。
「ちょっと君! ノックしなきゃダメでしょう!!」
「は、はあ……」
こちらに非があるとはいえ、いきなりのキツイ口調。
どうやらかなり怒っているらしい。
が、僕は謝ることも忘れ、目の前にいる先生の姿をマジマジと見てしまった。
年齢はまあ、アラサーだろう。びっくりしたのはその服装だ。
保健の先生らしく一応白衣は着ているが、前は大きくはだけ、紫のVネックのセーターの襟元からたわわな胸が際どく露出している。
カールのかかった栗色の髪に、とろんとした黒い瞳。ヌメッとした赤い唇。
――本当に、この人保健の先生!?
飛び切りの美人だが、メイクが濃くてどうしても教師には見えない。
完全に水商売――ド派手な夜の女系なのだ。




