(4)
「見よ、陽は沈んだ!」
狂喜乱舞するヒルダの言う通りだった。
血のように赤い夕陽は山々の影に完全に隠れ、ただでさえ暗い森の中に本格的な闇が訪れた。
「すべての終わりだ!」
ヒルダが杖を天高くかかげる。
ついに『アストラル』の魔法を発動させようというのだ。
しかしそれは、ヒルダがもっとも無防備になった一瞬でもあった。
今だ!!
僕はシャノンと目と目を見交わした。
次の瞬間――
シャノンは刀を下ろし、わずかに後退した。
同時に僕はショートソードを投げ捨て、ヒルダが立っている方へ体をくるりと回転させ、目いっぱいの大声で魔法を唱えた。
『Mドレイン――!!!』
すると突然、上空にある『アストラル』に向かっていたヒルダの邪悪なオーラの流れが変わった。
オーラはかなりのスピードで空中を浮遊し――
まるで超強力な掃除機に吸引されるかの如く、僕の体に一気に流れ込み始めたのだ。
「ああああああああああああああ――」
みるみる魔力を失っていくヒルダ。
その凄まじい悲鳴が恐怖の森に木霊する。
逆に彼女のオーラをことごとく吸い取った僕は――
気持ちいい……。
体の中から魔力が漲ってくるのを感じた。
それは治癒魔法で回復されるのとはまた違う、何とも言えない快感だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『Mドレイン』
敵一体の魔力を吸い取り、自分のMPにしてしまう白魔法。
術者のレベルに応じ、吸い取れる魔力の量もどんどん増えていく。
ボスクラスの敵のも割と効果があるのが特徴だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
すべての魔力を吸い取られたヒルダ――
彼女は立ったままの状態で白目を剥き、口からはよだれを垂らし、全身を激しく痙攣させていた。
まるで命にかかわるような、致命的な発作でも起こしたかのようだ。
それだけ僕の『Mドレイン』の魔法が強力だったということだろう。
ヒルダは有り余る魔力をいっぺんに失い、ある種のショック状態に陥ったのだ。
「ちょっとキミ、ヒルダにいったい何をしたの!?」
今にも卒倒しそうなヒルダを見て、シャノンは気色ばんで言った。
「安心してください」
と、僕はシャノンをなだめた。
「その人の魔力を僕がすべて吸い取っただけです。命に別状はありません」
「……でも、てっきりヒルダにはキミの魔法は効果がないと思ったけど」
「確かに『シール』の魔法が効かなかったので僕もそう錯覚していました。でも、シャノンさんと剣を交えるうちに少し発想を転換し、また違う系統の魔法を唱えることを思い付いたのです」
「そうなんだ。私は魔法のことはあまりよく知らないから……。それにしても、キミがこんなにすごい子だとは思わなかった」
「……いえ別にすごくはないです」
なにしろここまでたどり着くのに多くの犠牲者を出してしまったのだから。
死んでいった竜騎士たちのことを思い、気分が暗くなりかかったところで――
誰かが叫んだ。
「おい見ろ『アストラル』が消えていくぞ!」
声につられ上を向くと、ヒルダからの魔力の供給が断たれた『アストラル』の黒い球体が、巨大な風船がしぼむようにしゅるしゅると縮んでいくのが見えた。
その後数秒で『アストラル』は跡形もなく消滅してしまった。
これで一安心。
後はヒルダをどうするか、だが――
僕は地面にヘナヘナ座り込んだヒルダに目を向けた。