(3)
そこで僕は、一度原点に戻って考え直してみることにした。
つまり、ゲームのプレイ中、到底勝てそうにないクセのある強ボスと遭遇した際、どのようにしてそのピンチを切り抜けるか想像してみたのだ。
特定の魔法が効かない敵。
思い返せば、高難度のクエストではそんな相手に出くわすことはザラだった。
その時、真っ先に試した事とは何か――?
効果がありそうな別の魔法を使ってみるという、魔法メインの職種では常道的な戦法だ。
たとえ自分よりレベルが高い敵でも、すべての魔法が効かないわけではないからだ。
そしてそれを今の場面に置き換えてみると――
魔女ヒルダの色香と妄言にすっかり惑わされてしまったが、冷静に考えれば、ヒルダに効かなかったのは『シール』だけ。
一つの魔法がダメだったからといってすべてを諦めることはなかったのだ。
他にも使える白魔法は残っているのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい、シャノン! 手加減しすぎだぞ! オマエならユウトなぞ一瞬で殺せるはず」
ヒルダがしきりに煽り立てる。
葛藤するシャノンを高みの見物で楽しんでいるのだ。
その声に押されるように、シャノンが積極的に刀を中段から打ち込んできた。
僕はショートソードを両手に持ってそれを受ける。
そのまま刃と刃を合わせ、鍔ぜり合いの形になった。
二人の顔が自然と接近する。
「聞いて」
シャノンがヒルダに気付かれないよう、ごく小さな声で囁いた。
「私はキミをどうしても殺したくないの。ヒルダを騙すためにうまくみね打ちにするから死んだふりをして」
要するにシャノンは、僕だけを助けてくれるというのだ。
が、その選択は絶対にありえない。
「無理です」
僕は即座に断った。
「仲間を見捨てることはできません」
「だけど……」
シャノンはそこまで言って剣を引き、僕からパッと離れた。
それ以上会話を続ければヒルダに怪しまれるからだ。
が、話はまだ終わってない。
僕たちは再び近づき、果敢に打ち合うふりをした。
「それより誰も死なない唯一の方法が――」
と、今度はこちらから囁く。
「え!?」
「お願いがあります。二人でチャンバラをしながら、自然な感じでヒルダに近づきたいのです。どうか協力して下さい」
シャノンは一瞬迷ったのち「わかった」という風にかすかにうなずいた。
僕のことを信じ、すべてを任せてくれるらしい。
「沈む沈むぞ、陽が沈む!」
ヒルダが狂乱したように叫ぶ。
確かにもう夕陽は半分、山の稜線に隠れかけていた。
あと二、三分もすれば完全に日没だ。
それでも僕とシャノンは戦い続けた。
まるでボールルームダンスダンスのプロが初心者を巧みにリードするように、さりげなくヒルダとの間を詰めながら―
「最後まで本気は出さないのか、シャノン」
しびれを切らしたヒルダが叫ぶ。
「これが最後の忠告だ。ユウトを殺せ!」
あと少し、あと少しであの魔法が確実に届く範囲まで近づける。
なのにヒルダはまったく警戒していない。
剣の攻撃範囲にさえ入らなければ、自分は安全だと思い込んでいるのだ。
そして――日没。