(1)
“完璧なプロポーション”とは、まさにヒルダのためにあるような言葉だろう。
大きくて形の良い胸。
極端にくびれた腰と大きく突き出たお尻。
やたら長くほっそりとした足。
ここまでスタイルの良い人は、現実世界でもまずいないと思う。
そのうえ服装がすごい。
大胆というか、はっきり言えばエロい。
着ている紫色の魔女のドレスは胸元が大きく開いたデザインで、乳房が半分ぐらい露出してしまっている。
ドレスのスカートの丈もとても短い。少しでも動けば下着が丸見えになりそうだ。
が、肝心の顔と表情はよく見えなかった。
顔の上半分を、蝶の羽をあしらった仮面舞踏会マスクで隠しているからだ。
それでもマスクの裏に見える謎めいた黒い瞳と、真っ赤で艶やかなぼってりした唇からして、ヒルダが類まれな美貌の持ち主であることは間違いない。
うーん。
この顔にこの身体的特徴――
やっぱり“あの人”なのか?
でも現実世界では二、三度しか間近で話してないし……。
ただ名前は似ている。
それにヒルダの体から漂ってくる独特の甘い香り!
あの日あの時にかいだ、妖しい芳香と同じ匂いのような気がする。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さあユウト。度胸を出しなさい」
ヒルダは声色まで甘ったるく変えてきた。
まるでこれから二人でなにかイイコトをしよう、と言っているみたいだ。
「この胸に――剣を!」
ヒルダはわざとひけらかすように、ドレスの胸元を手でぐいと引きずりおろした。
……すごい。
胸の谷間が半分くらい露わになり、メロンのような二つの乳房がことさら強調される。
僕は目のやり場に困って視線を逸らした。
みんなを救うためとはいえ、あんなに美しい体に剣を突き刺せというのか?
しかも現実世界で見知った人かもしれないのに……。
「どうしたんだい? この程度の魔法、オマエの実力ならすぐにでも解けるはずだろう?――さあ早く! ワタシを殺すことができなければ、命あるものすべてが闇の中に消える!」
そう叫んで、ヒルダは狂ったように笑い出した。
――見抜かれている!
ヒルダの笑い声を聞きながら、一瞬心臓が止まったような気がした。
少し戦っただけなのに、ヒルダは僕の魔法の力量を完全に把握していたのだ。
ということは、さっき考えた不意打ち作戦をたとえ実行に移していたとしても、失敗して返り討ちにあっていた可能性が高い。
……もはや万策尽きた。
今の僕はヒルダの手の上で踊らされているだけだ。
ここはひとまず、彼女の言う通りにするしかない。
僕は諦めて、体の拘束を解くため魔法を唱えた。
『ブレイク!』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ブレイク』
さまざまな魔法効果を打ち消せる白魔法。
術者のレベルが高いほど効果も大きい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ブレイク』を唱え終わった途端、体に巻き付いていた『イビルバインド』の魔法のリボンは消滅し、自由に動けるようになった。
しかし、だからといってこれからどう戦えばいいのか皆目見当がつかなかった。
「ワタシを殺してみろ」――だと?
あり得ない。
この状況で、ヒルダが無抵抗のまま僕に殺されるわけない。
つまり彼女の誘いは100%罠だ。
では、その罠の中身は?
ヒルダがすぐにでも『アストラル』の魔法を発動させないのはいったいなぜか?
……だめだ。
ヒルダの狙いがまったく読めない。
魔法を解除し身軽になったものの、僕はそれ以上何もできなかった。
その様子を見て、ヒルダがしきりにけしかけてくる。
「ユウト、よくぞワタシの魔法を解いた。でも、いつまでそこで突っ立ってるつもり?」
「………………」
「その様子じゃあ埒が明かないねえ」
ヒルダが妖艶にほほ笑む。
「ならば時間を区切ってやろうか。そうだ――あの夕日が完全に沈んだ時ワタシはこの『アストラル』を発動させてみせよう」
森の木々の間から見える遠い山々の稜線に、沈みかけの赤い夕陽が見えた。
猶予はあと10分ぐらいか。
「ちなみに今、ワタシは他の魔法は一切使えない。つまりオマエがそこに転がっている剣で私を殺すことは赤子の手をひねるより簡単というわけだ」
僕はさっき地面に落としたショートソードを見た。
刃にはまだ乾きかけたヒルダの血糊が生々しく残っている。
ゴクリとつばを飲み込みソードを拾う。
それだけで動悸が一気に激しくなった。
ヒルダに僕の魔法が通用しない以上、これで彼女を殺るしかないのだが――
――と、その時、背後から予期せぬ声が飛んできた。
「殺せっ、ユウト、もうお前がヒルダを殺すしかない!」
負傷し、地面に膝をついたままのマティアスだ。
その目は血走りランランと輝いている。
さらに――
「そうだ! やれ!」
「殺せ! 魔女を殺せ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
ようやくアンデッドを倒し終えた竜騎士たちのが、一斉に叫び出した。