(9)
いったいあれは何なんだ――?
あっけにとられ見ていると、穴はどんどん広がり、やがて一つの大きな黒い球体を空中に形成してしまった。
その球体は果たして重量のある物体なのか、あるいはからっぽの空間なのか――
いわく言い難い。
そこにはただ“無”しか感じられない。
ヒルダが杖を下ろして言った。
「この『アストラル』にはワタシの魔力の大半を注ぎ込んである。もし発動すれば、あたり一帯は丸ごと闇に飲み込まれるだろう。もちろんキサマらも含めすべてをだ」
この異様な迫力と圧迫感。
ヒルダの言うことはおそらく嘘ではない。
こんな桁外れの魔法、僕の――いやどんな上級レベルの魔法使いでも絶対に防げないだろう。
「穴に飲み込まれたモノがどこへ行くかワタシも知らぬ」
と、ヒルダが続ける。
「だがこのままキサマらを一瞬で消し去ってしまうのも面白くはない。それに勇敢なアリス王女にも敬意を表したい。だからキサマに一つチャンスをくれてやろうと思う」
チャンス……?
もう嫌な予感しかしない。
「キサマ、ユウト、とか言ったな?」
ヒルダが問いかけに、僕は黙ってうなずいた。
「ではユウトよ、見事にワタシを殺してみせよ! ワタシの心の臓にその剣を突き立てるのだ。そうすればキサマと仲間たちは全員助かる」
「はあ!?」
僕は驚いて叫んだ。
「ワタシは一切抵抗しないぞ!」
ヒルダはそう言うと、いきなり全身を覆っていたローブをぱっと脱ぎ捨てた。
そこに現れたのは……。
ブスだなんてとんでもない。
死の魔女のイメージとはかけ離れた、美しい――いや美しすぎるヒルダの立ち姿だった。
けれど僕が本当に驚いたのはその美しさではない、まったく別の点にあった。
――この人、知っている!! 現実世界で会ったことある!!
これでこの章を終わります。
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