(7)
「何とも無様な格好だな」
緊縛された僕を見て、ヒルダが嘲り笑う。
「さっきまでの威勢はどうした?」
……にしてもこの魔女、本当に性格が悪い。
もう勝ったも同然なんだから、わざわざ追い打ちをかけなくてもいいだろう。
僕はムカムカして思わずヒルダをにらんだ。
が、相変わらずフードが邪魔でその顔をうかがうことはできなかった。
でもきっと、性格と同じくその素顔はとんでもないブスに違いない。
「なんだその目は?」
僕の態度が気に入らないのか、ヒルダが声を荒げた。
「どうした、なにか言ってみろ?」
「………………」
僕はヒルダを無視しそっぽを向いた。
挑発には乗らず、この窮地を脱する方法を考えることにしたのだ。
「だんまりを決め込むか。ではこちらから一つ訊かせてもらおう。さっきシャノンが言っていたことだが――オマエは今まで人を殺したことがないし、殺すことはできない、というのは本当なのか? にわかには信じ難いが」
ヒルダはその点がどうしても腑に落ちないようだった。
「だからそうなの!」
後ろからシャノンが口をはさむ。
「さっきも今も、その子はあなたを殺す気なんてなかったのよ。ヒルダ、もういいじゃない。その子は助けてあげて」
「シャノン、キサマは黙っていろ!」
ヒルダが振り返って怒鳴った。
「主人を助けようともせず一人で逃げおって!」
「別に逃げたわけではないわ。何度でも言うけど、私は年下とは絶対に戦わない。それだけのことよ」
「ゴタゴタぬかすな! ワタシの怒りはもう限界を越えた。キサマには今からそれなりの罰を受けてもらう!」
「あら、やっぱりやる気なの?」
と、シャノンが刀の柄に手をかける。
「ククク、それよりも……」
ヒルダが嫌な笑い声を立てて言った。
「もっと面白いことを思いついた。キサマとそのガキともども懲らしめる一石二鳥の策をな!」
どうやらヒルダは、またロクでもないことを考えているらしい。
しかし僕は、ヒルダが何を言おうが何を企もうが、意外と冷静でいられた。
というのも、この『イビルバインド』による拘束は、魔法効果を打ち消す白魔法『ブレイク』で解除できる。
そう踏んだからだ。
そして体さえ自由になれば、後はこちらのペース。
油断したヒルダが近づいてくるのを待って不意を突けばいい。
それなら魔法で反撃される心配もないし、シャノンが介入してくる時間もないだろう。
ただし一つ、問題があった。
しかも究極の。
それはセフィーゼと戦った時と違い、ヒルダには剣による脅しなどまず効かないだろうということだ。
つまり、やるなら一思いにヒルダの急所を突き、殺すしかない。
けれど――
普段の理性を取り戻しつつある今の自分に、敵とはいえ女性を、ためらいなく一撃で倒すことなど可能なのか?
いや、それ以前に“人を殺す”という最後の一線を越える覚悟が、自分の中に果たしてあるのか?
そこだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい、キサマ!」
ヒルダが僕に向かって吐き捨てるように言った。
「答える気がないのなら、ひとこと言っておこう。ワタシはキサマのような甘ったれた奴が死ぬほど嫌いだ!」
甘ったれた奴?
ヒルダにとっては、人を殺せない=甘ったれということらしい。
「キサマは回復者だろう? まったく回復者なんて輩は、いつも後方にいて偉ぶっている腐ったクズばかりだからな。キサマが安全地帯でのうのうとしている間、実際に戦い血を流しているのは誰か? 傷つき倒れていくのは誰か? キサマはそのことを今まで一度でも想像したたことがあるのか?」
回復者に恨みでもあるのだろうか? ヒルダは憎しみのこもった声でまくし立ててくる。
ヒルダの主張はまったくの言いがかりで、難癖に近い。
けれど――その考え方にも一理あるのかもしれない。
僕はそんな風にも思ってしまった。