(4)
「とにかく今はマティアス様を助けます」
僕は魔法を唱えようと、強引にマティアスに向けて両手をかかげた。
ところがそれは、シャノンが構えを解き、刀身を鞘に納めたのとほぼ同じタイミングだった。
「私の負けね」
シャノンが大きなため息をついた。
「今、あなたとやり合うつもりはない」
「それは賢明だな」
ヒルダも杖を下ろす。
「ただし一つ条件があるわ」
シャノンがヒルダに鋭いまなざしを向けて言った。
「王女を連れて帰るのは邪魔しないけど、彼女にこれ以上酷いことをしないと約束して」
ヒルダは少し考え、渋々と返事をした。
「……まあ、いいだろう。それは約束してやる」
その瞬間、二人の殺気に満ちたオーラがすっかり消えた。
森の中がシンと静まり返る。
「ではシャノン、話がまとまったところで残りの竜騎士どもを一気に片付けるぞ」
「ちょっと待ってヒルダ、もう一つだけ。あの白魔法使いの少年のことだけど、彼も助けてあげて――」
と、シャノンが森の中を見回す。
ダメだ、時間が足りない!
魔法を唱えながら二人の会話を聞いていた僕は、マティアスと一緒に戦うことを断念した。
治療はまだ始まったばかり。
マティアスは剣を取ることはおろか、立つのがやっとの状態だからだ。
ヒルダが『リカバー』を使いマティアスを治療する僕に気付いたのは、それからすぐのことだった。
「ちっ! ザコが、させるかっ!!」
ヒルダは怒鳴って杖をふりかざした。
『――ダークフレア!!』
闇の爆破魔法!
ヒルダの持つ杖の先から、太陽の黒点のような球状の黒いマグマが発生し、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。
『ダークフレア』は、『ストーン』や『デス』と違い、物理的な攻撃魔法。
今のマティアスに、あのマグマが当たれば確実に命を失ってしまう。
ええい、こうなったら、なるようになれ!
僕は『リカバー』を唱えるのを中断し、前に飛び出して、マティアスを庇うように大きく両手を広げた。
次の瞬間――
「バンッ!」という鼓膜に響く大きな爆発音がして、視界が黒煙で遮られた。
すべてを焼き尽くすドス黒い炎に、僕は包み込まれてしまった。
「やってくれたわね、ヒルダ。罪のない子供がまた死んだ」
爆炎に包まれた僕とマティアスを見て、シャノンが悲しそうに言った。
だがヒルダは、そんなシャノンに悪態をつく。
「バカかオマエは! そいつはオマエが苦戦していた竜騎士を回復しようとしたのだぞ」
「だからって!」
「甘すぎる! 復活した竜騎士と二人がかりで攻められたら厄介ではないか」
「私とあなたが組めば、そうなる前にいくらでも対処できたでしょう! さっきだってヒルダ、あなたが見境なく王女にうつつを抜かすから――」
再び二人の喧嘩が始まろうとした時――
偶然、森の中に一陣の強い夜風が流れた。
風は『ダークフレア』の爆発によって発生した黒い煙を、ぱっと吹き飛ばす。
「な、なにっ!?」
ヒルダが叫んだ。
「へえ、なかなかやるじゃない」
シャノンは感心したように、小さく口笛を吹く。
きれいに煙が消えた後、ヒルダとシャノンは、そこに立っているまったく無傷の僕の姿を見たのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やった。
これで大陸一の魔女の魔法を三度も防いでしまった。
「効かないんだヒルダ」
と、ちょっと得意げな気分でつぶやく。
「その程度の魔法、僕には効かない」
だが――
ヒルダはそう生易しい相手ではないことを、僕はすぐに思い知らされることになる。