(3)
しかしゴートって――
どこかで聞いたことがあるような……?
僕は懸命に記憶の糸をたぐった。
そうか……思い出した。
戦いが始まる前エリックが教えてくれた、この異世界の地に燦然と輝く一大帝国の名称だった。
正式名称「グラン=ゴート帝国」
異世界大陸の東に位置し、その国力は中央のロードラント王国、西のファリア共和国を遥かに凌ぐという。
エリックは確かこうも言っていた。
大陸統一の野望を抱くゴート帝国は、同盟を結んで帝国に対抗するロードラント・ファリア両国の力を削ぐため、裏で様々な謀略をめぐらしている。
そして、イーザ族の反乱を裏から糸引くのも、おそらくは――
どうやら見えてきた。
今、目の前で言い争いを続けている魔女ヒルダこそ、今回の戦争の影の主役ではないのだろうか?
彼女がゴート帝国の密命を受け、イーザを焚き付け、またハイオークを使ってロードラント軍を襲わせた。
そう考えると、色々と辻褄が合ってくるのだ。
ヒルダがアリスをどうしても連れて帰りたいワケも分かった。
アリスに歪んだ恋愛感情(?)を抱いているのも理由の一つだろうが、真の目的は別にある。
ロードラント王国の第一王女かつ王位継承者でもあるアリスは、人質としてこれ以上ないほど価値を持つ存在だからだ。
アリスを外交上の交渉材料に使えば、それだけで、ゴート帝国はロードラント王国に対し絶対的な優位な立場に立てるだろう。
と、そこまで考えたところで、僕の額に冷たい汗が流れた。
嬉々として連れ帰ったアリス王女が、実は真っ赤なニセモノだったと知れたらどうなる?
手柄を立てたつもりのヒルダは怒り狂い、その矛先は真っ先にリナに向かうに違いない。
暴行、凌辱、拷問――その先にある死。
リナが想像を絶するような悲惨な最期を迎えることになるのは、火を見るより明らかだ。
そんなことになる前に、何としてでもリナを悪魔の手から救い出さなければ!
だが、その時点ですでにヒルダとシャノンの諍は収束しつつあった。
一方的にシャノンが押され、もはや戦うどころではない感じなのだ。
「ゴート――それって極秘事項じゃなかったの?」
と言うシャノンの声は上ずっていた。
「そんなことオマエが気にしてどうする?」
ヒルダが鼻で笑う。
「別に……。ただ今回の仕事ではゴートの名は絶対に口外するなという契約だったから。それをあなたが自分の口で言ってしまうなんておかしいでしょう?」
「ふん! どのみち王女以外全員ここから生きて返すつもりはないのだから、聞かれても一向にかまわん。それより答えろ、シャノン! いま言ったことをすべて理解した上でそれでもワタシと戦うのか?」
「………………」
シャノンはすっかり黙りこんでしまった。
まずい、このままだと二人の仲は完全に元のさやに納まりそうだ。
僕は焦る気持ちを抑え、急いでマティアスの側に寄り、しゃがんで小声でささやいた。
「マティアス様。大丈夫ですか?」
「う、うう……」
マティアスは唸るだけで、話をすることもままならない。
出血が多い分、オークハイにやられた時よりも状態は悪いかもしれない。
「マティアス様、今『リカバー』で回復しますから」
「……や、止めろ」
マティアスが必死に僕の手を払いのける。
「私よりアリス様を……」
そう言うと思った。
が、今はマティアスの命令に従うつもりはない。
「それはできません。マティアス様がこんな重傷を負ったのはすべて僕のせいです。僕にはマティアス様を治療する義務があるんです」
「……無駄なことはやめろ。敵はゴートのヒルダだ。もう逃げるしか道はない。み、皆殺しになる前にアリス様を連れて――!」
「マティアス様、お言葉ですが、ヒルダを倒さずにこの森から逃げ延びることは不可能です。それより僕と力を合わせて戦いましょう」
「い、いかん! 今が最後のチャンスなのだ。お、お前や私でもあの魔女には敵わない……」
「マティアス様らしくない。そんなこと実際やってみないとわからないではないですか!」
「いいや、ヒルダはゴートの宮廷に仕える闇の魔術師。噂ではこの世界で一、二を争う魔力を持つとも聞く。い、いくらお前のでも相手にはならぬのだ」
ヒルダがそこまで危険でヤバい相手だったとはさすがに思わなかった。
が、魔法に関しては、僕だってそれなりの力があるはずだ。