(2)
シャノンはぐったりしたリナの姿を見て、ため息をついた。
「だいたい、あなたも王女にずいぶん無体なことをしてくれたものね。この王女さまだってまだ子供じゃない。いくらなんでも気の毒すぎる。ちょっと放っておけないわね」
「なにぃ?! シャノン! キサマ、まさかワタシが王女を連れて帰るのを邪魔立てするのではないだろうな?」
と、過剰に反応するヒルダ。
「それは……」
シャノンはふと考えこむ。
どうやらシャノンは自分より年少の者に対し、強い思い入れがあるらしい。
もしかしたら彼女は子持ち、あるいは弟や妹がいるのかもしれない。
「答えろ! もしそのつもりならたとえオマエといえども容赦はしないぞ!」
迷うシャノンに対してヒルダが杖を持ち、邪悪なオーラを燃え上がらせる。
「へえ、私とやる気なの?」
シャノンはヒルダに対抗して、刀をするりと抜き下段に構えた。
研ぎ澄まされた刃のようなオーラを発っしながら、凄まじい目線でヒルダをにらみつける。
ここにきてまさかの仲間割れ。
一触即発、二人は今にも戦いを始めそうな雰囲気だ。
しかしそれは、こちらにとって願ってもないチャンスだった。
この機に乗じてリナを救い出してやればいいのだ。
僕は二人の様子を慎重にうかがいながら、じりじりと前に進んだ。
ところが――
無理だこれは。絶対無理。
二、三歩進んだところで足がすくんでしまった。
理由は単純。
リナはヒルダとシャノンの真後ろに捕えられている。
まさか正面から突っ込むわけにもいかないので、二人に見つからないように横から回り込むしかない。
が、なにしろここはそう広くはない森の中だ。どう動いてもある程度は二人に接近せざるを得ない。
その際、ヒルダとシャノンのどちらにも気付かれず道を通り抜けるのことは、まず不可能だろう。
こうなったら、いっそこちらから積極的に攻撃を仕掛けようか?
つまりいきなりヒルダの魔法を『シール』で封じてしまうのだ。
しかしシャノンは――?
シャノンは僕と戦う気はないようだけれど、かといってあっさりヒルダを見捨てるとも思えない。
そしてもし実戦になれば、彼女の異常なまでのスピードからして、僕が魔法を唱える前に一撃喰らって終わる。
……ダメだ。
やっぱりこの二人をいっぺんに相手にするのは無謀すぎる。
では、他に何か良い手はないか?
そう思って辺りを見回すと、道の脇でうずくまっている血だらけのマティアスが目に入った。
苦しんで全く動けない様子だ。
そんなマティアスの悲惨な姿を見て、僕は本当に申し訳なく思い、激しく心が痛んだ。
マティアスがああなってしまったのは、完全に自分のせいだからだ。
そうだ。
今からでも遅くはない。
一刻も早くマティアスを治癒しよう。
その後で二人で力を合わせれば、あるいはヒルダの魔法に打ち勝つこともできるかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕はすぐさま行動を開始した。
マティアスの方へ、こっそりと横歩きで近づいたのだ。
ヒルダとシャノンは喧嘩を続けていて、僕のその動きには気付かない。
「どうしたの? かかってこないの?」
シャノンがヒルダに挑発気味に言った。
「まったく……」
ヒルダがわざとあきれたような声を出す。
「もう少し頭が働く女かと思ったが、どうやら達者なのは剣技だけだったようだな」
「なにそれ、一体どういう意味?」
シャノンが眉をひそめる。
「バカめ、まだわからないのか。よいかシャノン? 今ここでワタシと戦って万が一オマエが勝ったとしよう。しかしそれがどんな結果を招くと思う? オマエはそれ以上傭兵稼業を続けることはできなくなるぞ。どの国どの場所に行ってもな」
「………………」
シャノンが言葉に詰まった。
ヒルダをにらんだまま紅い唇をキュッと噛む。
「ようやく理解したか。そうだ、自分の主義主張を通すため主に剣を向ける。そんなバカを雇う人間はこの世のどこにもいないということだ。その上掟破りで傭兵ギルドからも永久に追放されてしまう。違うか?」
「……そんなこと覚悟の上よ」
「フンッ、ならばもう一つ言っておこう。ワタシに刃向うということは、すなわちオマエが“ゴート”の敵になるということ。それもわかっているのだろうな?」
「え!? それは……」
“ゴート”という単語を聞いた途端、シャノンに落ち着きがなくなった。
今までのクールな態度が嘘のようだ。
「おやおやそこは想定外だったか。さすがのオマエも相手が帝国では分が悪いと見える」
そう言ってヒルダはフードの奥から笑い声を漏らした。
動揺するシャノンを見て、すっかり余裕を取り戻した感じだ。