(1)
素知らぬ顔をするシャノンを見て、ローブの魔女=ヒルダはますます激昂する。
「子供だと!? そいつのどこが子供だというのだ? どこからどう見てもロードラントの正規兵ではないか! 当然覚悟はできているはずであろう! さあ、早く殺せ!」
「その子が兵士であろうが王女の護衛であろうが、そんなこと関係ないわ」
と、シャノンは首を振る。
「私から見れば彼はまだ幼い。ただそれだけのこと」
「シャノン、キサマ……」
ヒルダの声は怒りのあまり裏返っている。
「多少腕が立つからといっていい気になるなよ。自分が金で雇われた番犬だということを忘れるな!」
「へえ、今度は私を番犬呼ばわりするの。ずいぶんと失礼ね、ヒルダ」
「黙れ! 犬が主人の命令に背けばどうなるか、わかっているな!」
「いいえ、ちっともわからない」
ヒルダの脅しにも、シャノンは顔色一つ変えない。
「確かに私はお金で動く傭兵だけど、だからこそ逆に自由。まあこの状況を一人で乗り切れる自信があるのならさっさと契約を切ってくれていいのよ」
「クソがっ!」
ヒルダは口汚く罵り続ける。
「ハイオークといいキサマといいまったく使えんヤツラばかりだ! どいつもこいつもロクに言うことを聞かず、その上仕事はいい加減ときている!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ハイオーク……!?
僕はヒルダのその言葉を聞いて驚いた。
それってつまり、ハイオークを使ってロードラント軍を攻めさせたのは、この女――魔女ヒルダだということなのか?
ということはやっぱり彼女はイーザの一員?
でも、それならなぜヒルダは昼間の戦いに参加しなかったのだろう?
彼女の闇魔法があれば、ロードラント軍はもっと早く壊滅していたに違いないし、僕たちが戦場から逃げ出す余裕もなかったかもしれない。
それをしないで、こんな辺鄙な場所で残党狩りをしているなんておかしな話だ。
一人で考え込む僕のことなどそっちのけで、ヒルダとシャノンは言い争い続ける。
「いい加減な仕事ですって?」
シャノンの目の色が変わった。
「ヒルダ、それは聞き捨てならないわね。私は依頼された仕事はきっちりこなす。あの下劣なハイオークと同列に扱われるなんて冗談じゃないわ」
「おやおや――?」
と、ヒルダは皮肉めいた口調で返す。
「確かにハイオークどもは下品で強欲だが、少なくともキサマよりは数段マシだぞ。曲がりなりにもやつらはロードラント軍をほぼ殲滅したのだからな」
「は!? 何言ってるの? 私が役立たずでも言いたいわけ? 今さっき、あなたを助けてあげたのはいったいどこの誰?」
「ではこの傷はなんだ!!」
ヒルダはローブの袖をまくり右手の甲の傷を見せつけた。
それは僕がショートソードで付けた切り傷だった。
血はまだ止まっていない。白く細い手が真っ赤に濡れている。
「そいつにワタシは危うく切り殺されるところだったのだぞ! こういう時のためにキサマを雇っておいたのに、まったく使えない奴だ!」
「その程度のかすり傷でなに騒いでいるの? だいだいここ一帯は敵の領内。多少のリスクは覚悟の上で忍び込んだのでしょう? それに――」
と、シャノンが僕をちらりと見る。
「その子に人が殺せると思う?」
「なんだと?」
「……私には分かる。その子は戦場でまだ人を殺したことはない。あなたや私みたいに手が血で汚れてはいないのよ。こんな荒んだ世界を生きているのにね」
「バカバカしい。そんなこと見ただけでわかるか!」
「あら、あなたほどの魔女がそんなことも見抜けなかったの? その子は王女を取り戻したい一心で剣を振るっただけ。でもね、私が止めなくても結局あなたを殺すことはできなかったはずよ」
――いや、それはどうだろう?
正直に言って、その点に関しては自信がなかった。
リナを救い出すためならどんなことでもする。そう思ったのは事実だからだ。
シャノンが割って入ってこなかったら、ヒルダの胸に剣を突き立てていたかもしれない。