(15)
思わず耳を塞ぎたくなるようなひどい罵詈雑言――
にもかかわらず、その時の僕は魔女の真紅の返り血を浴び、はっと我に返っていた。
そして思った。
ついにやってしまった、と。
リナを救うためだとはいえ、この世界に来て初めて剣で人を傷つけてしまったのだ。
「シャノン! 早く来い! コイツを殺すのだ!」
魔女がそう叫んだ時、シャノンとマティアスの勝負はほとんど決着が付きかけていた。
マティアスはもう立っているのがやっとの状態で、次がとどめの一撃、というところまで追いつめられていた。
が、シャノンは魔女の叫びを聞きつけパッと空を跳んだ。
そして――
「バシッ」
と、音がした。
一瞬何が起きたか理解できなかった。
ただ両腕が痺れ、手が急に軽くなったのを感じた。
ぎょっとして下を向く。
そこには僕のショートソードが転がっていた。
驚き顔を上げると――
すぐ側にシャノンがいた。
目に見えないような速さで、彼女に剣を叩き落されていたらしい。
「……弱すぎる」
シャノンはそうつぶやき、僕の腹めがけいきなりキックをかました。
「うへっ」
情けない声が出て、ドスンと地面に尻しりもちをついてしまう。
「戦場で生き延びたいのだったら魔法だけでなく剣の腕も磨くことね。もう手遅れかもしれないけれど……」
シャノンはそう言って、僕の額に刀の切っ先をぴたりと突きつけた。
因果応報。
まさか僕がセフィーゼにやったことを、そのままシャノンにやり返されるとは思わなかった。
しかし、もちろんシャノンは僕を脅して降参させようというのではない。
本気で殺す気なのだ。
シャノンは冷たく光る黒い瞳で、僕を見下ろして言った。
「それにしても分からない……。ヒルダの魔法にビクともしないなんて、あなたいったい何者?」
ローブの魔女はヒルダという名前なのか。
今さらそれが分かっても、どうしようもないが――
「答えなさい!」
シャノンは刀を額により近づけた。
もうほんの5ミリの間もない。
「単なる王女の護衛だ!」
僕はやけくそになって大声で返事をした。
「嘘!」
シャノンは首を振る。
「いくら魔法を使えるからと言って、あなたみたいなひよっ子が王女の護衛につくとは思えない。マントの下は普通の兵士の格好だし、不自然すぎる!」
す、鋭い……。
完全に見抜かれている。
このままだと捕らえられたアリスが、実は影武者だということも勘付かれてしまうかもしれない。
「シャノン、そんなことはどうでもよい!」
そこへヒルダが怒鳴った。
「さっさとその男を殺せ!」
「まったくうるさいわね……」
シャノンはイラっとした様子でヒルダを無視し、僕に訊いた。
「ところでキミ、いったいいくつ?」
「じゅ、16……」
「ふーん。それは嘘ではなさそうね」
シャノンはそう言うと、刀を下ろしそのまま鞘に納めてしまった。
強烈な殺気もなぜか一瞬で消えた。
「シャノン、どういうつもりだ! なぜ殺らない! オマエにいったいどれだけの金を払ったと思っている!」
様子を見ていたヒルダが、ヒステリックにわめき散らす。
が、シャノンは涼しい顔をして答えた。
「だから、なに? 契約する時確かに言っておいたはずよ。私は子供は決して殺さないって」
シャノンはヒルダに金で雇われているのか。
傭兵か、用心棒か――
たしかにこの凄腕なら、かなりのお金を取れるだろう。
でも子供って……。
やっぱり僕のこと?