(2)
「おいユウト、見てみろ!」
その時、エリックが前方を指差したので、前を向いてみると、リナはちょうど暴れ馬の手綱をつかんだところだった。
リナはそれから、これ以上ないというぐらい巧みな手綱さばきでその馬をつかまえ、自分の方に引き寄せ、長い首根っこに腕をまわし何回か優しくなでた。
すると、馬はあっという間におとなしくなってしまった。
「おおっ」
「すげー、やるじゃねえか」
兵士たちが歓声を上げる。
「うーん。あの娘、なかなかのものだぜ」
エリックもしきりに感心している。
「なあ、アリス様もいいが、俺はあっちの子の方がタイプだな。なあ、お前はどうだ?」
「……う、うん」
僕はエリックの軽口に上の空で返事をした。
リナの活躍を見て、現実世界の理奈ことをふと思い出していたからだ。
あの俊敏な動き――
やっぱり彼女は、こちらの世界の理奈=リナに間違いない。
理奈は現実世界でスポーツ万能だったから、当然異世界のリナも身体能力が高いのだろう。
貴族と下っ端兵士、あまりに身分は違うが、その内どうにかして二人きりで話してみたい――
そう思ってしまうのは、結局、僕がまだ理奈への未練を断ち切れてないということなのだろうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
リナはすっかり静かになった馬の手綱を引き、アリスの元に戻ってきた。
「よくやったぞ、リナ」
アリスが笑顔で迎える。
が、リナにさっきまでの元気はない。青い顔をしてただうなずいただけだ。
どうしたんだろう?
――と思ったが、理由はすぐにわかった。
馬上に伏せっている騎士がかなり悲惨な状態なのだ。
騎士は若い女で、鎧は破壊されぼろぼろ、むき出しになった肩には矢が二本深々と突き刺さっていた。
壊れた兜の間から垂れている長い髪にはべっとりと血のりがつき、頭の傷口から絶え間なく血が流れている。
血は鞍から馬の胴を伝わり、ポタポタと地面に落ちてたちまち小さな血だまりを作った。
これはエグい。
かすかに息はあるようだが、もう助かりそうにもない。
女騎士を間近で見たリナが青くなるのも当然だ。
正直に言えば、僕だって、この美しい異世界が急にとんでもなく恐ろしい場所のように思えてきたのだ。
「ティルファ!! ティルファではないか! しっかりしろ、いったい何があった!!」
アリスは馬を近づけ、腕を回して、ティルファという瀕死の女騎士の上半身を起した。
さすがのアリスも動揺を隠せない様子だ。
レーモンも馬を寄せ、
「アリス様、とりあえずティルファを馬から降ろしましょう。そこにちょうど良い草むらがございます」
と言って、ティルファの体を抱きかかえた。
「ああ、頼む」
アリスとリナ、レーモンその他数名の騎士が馬を降り、ティルファを抱えてやわらかい草の上に寝かせようとする。
「肩の矢が邪魔だな。抜けないのか?」
と、アリスがレーモンに聞いた。
「今抜くと出血がよりひどくなるかもしれません。さあ、そこの切り株に体を」
レーモンは騎士に命じ、ティルファの上半身を大きな切り株にもたれかけさせた。これなら刺さった矢が邪魔にならない。
「ううん……」
ティルファが苦しそうにうめく。もう息も絶え絶えだ。
「アリス様、一刻も早く治療を!」
と、リナが言った。
「そうだ! マリアを、シスターマリアを呼べ!」
アリスが叫ぶ。
「はっ」と、返事をした伝令役の兵士が一人、隊列をかき分け後方に走っていった。
振り向くと、いつのまにか部隊の最後尾に大きな馬車が何台か止まっているのが見えた。
馬車と言っても荷台は金属で覆われていて、まるで装甲車のような形状をしている。
おそらくあれは、食料や武器などの物資を運ぶ輜重部隊なのだろう。
兵士は馬車の一台に駆け込み、すぐに誰かを連れだした。
そこに現われたのは、純白の修道服に身を包んだ美しいシスターだ。
ベールの下に、現実世界では見たことのない美しい緑の髪が見える。
神々しい雰囲気漂わせるその姿は、まさに「聖女」と言った感じだ。