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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

七不思議

作者: 黒沢 夕

 七不思議。

 どこの学校にもある定番の怖い話。

 これから語るのも、定番の怖い話。

 僕の通っていた学校の、七不思議。






 中学三年の二月頃、高校受験も終わって毎日友達と遊んでいた僕は、いつものように放課後に友達の家へ寄っていて、辺りが少し暗くなってきて帰るところだった。

 その時、友達が僕を呼び止めた。

「今日の深夜二時に校門前に集合な」

 そう言ってきた友達に理由を聞くと、「七不思議を確かめるぞ」と友達は言った。

 僕は怖いのが苦手だったから、本当は断りたかったけど、友達にそんな事を言うのを躊躇って強がってしまった。

「わかった」

 僕は真夜中の学校に忍び込む事になってしまった。






 深夜二時。

 辺りはもう暗い。僕達の住むこの町は本当に田舎で、学校に来るまでの道中は電灯すらまともに付いていなくて、先に来ていた友達を校門前に見つけた時は正直かなり安心した。

 集まったのは全部で六人。

 みんないつも集まって遊んでいる友達だ。男子が三人、女子も三人。この中の彼と彼女が密かに付き合っているのを僕は知っている。


 校内に入るその前に、僕らは七不思議の内容を確認した。


 トイレの花子さん。

 赤い床。

 バスケおばさん。

 校庭の墓地群。

 独奏ピアノ。

 ジャスミン先生。

 卒業したい幽霊。


 今回確かめるのは『卒業したい幽霊』だ。

 なんでも、卒業式の前日に、屋上から誤って転落をして死んでしまった女子生徒の幽霊が、卒業式が近付いて来ると現れて、「一緒に卒業しよ?」と言ってくるそうだ。

 「いいよ」と応えると、行方不明に。

 「いやだ」と応えると、次の日に死体で見つかる。死因は屋上からの墜落死。




 肝試しをするわけではないからみんなで校内へ入るんだけど、やっぱり気が進まない。僕を誘った男子生徒が「どうせ作り話だって」と先頭を進んで見せるが、やはり少し緊張しているようだった。女子の手前、強がっているのだろうと、僕は少し呆れて見ていた。

 幽霊は屋上に出るという事で、僕らは早速階段を登っていく。心なしか、階段を上がる度に少しずつ背筋が冷えていくような気がした。

 僕の後ろでコソコソと手を繋ぎ始めた恋人達に気付いていないように振る舞いつつ、先頭を歩きながら「大丈夫大丈夫、余裕余裕」と自分に言い聞かせている友達の後を静かに追った。


 屋上は立ち入り禁止ということにはなっているが、実際には鍵などは付いていなくて、トラロープが一本張られているだけである。

 僕らはロープを外して扉を開けた。


「……おい」

 先頭を歩いていた男子生徒が立ち止まって、震える声でそう発した。

 扉を開けた正面、屋上のフェンスの前に、こちらを向いて立つ女子生徒の姿がそこにはあった。

 髪は長く、顔は長く伸びた前髪で隠されていたけど、なんとなく綺麗な人という雰囲気があった。死んでいる人、という感じは全くなくて、だからか先頭を歩いていた友達はつい彼女に声を掛けてしまった。

 すると髪の長い女子生徒もそれに反応して、口を開いた。

「一緒に卒業しよう?」

 綺麗な女性の声だった。だからかどうかは知らないけど、友達は「いいよ」と答えてしまった。


 次の瞬間――。


 友達の目の前にいる女の口が大きく開いた。人ひとりを簡単に呑み込めそうなくらいに。ちょっと前に友達と見た口裂け女を題材にした安っぽい映画とは比較にならない程、その女は歪だった。

 友達は急に化け物になった女を見て腰を抜かしたらしく、その場に尻餅をついて女を見上げる。


 ――ああ゛アぁあ゛あァああ


 人間のものとは思えない唸りをあげながら、女は目の前にいた男子生徒を呑み込んだ。


「コレデ、イッショ」


 女がケラケラと嗤う。

 誰かの唾を呑み込む音がやけにはっきりと聞こえた。

 女の体が僕らの方を向く。



「イッショニ、ソツギョウシヨウ?」



 女の声とは思えない、低く歪んだ声。

「嫌だ!」

「やだよ!」

「やだ!」

「いやっ、助けて!」

 友達が悲鳴をあげて逃げていく。僕も逃げ出した。

 僕達は自然と複数に散らばり、僕が逃げた方向には僕以外にもう一人、女子生徒が来ていた。あのカップルは一緒に逃げたらしく二人の叫び声が同じ方から聞こえた。残りの女子生徒はひとりで頑張って逃げていることだろう。


 しばらく走っていると、遠くから女子生徒の叫び声が聞こえた。ひとりで逃げていた友達だ。

 ひと際大きな叫び声がした後、場は静寂に包まれ、そのまた直ぐに男女の叫び声が響く。あのカップルのものだろう。女子生徒の声が聞こえた方向とカップルの叫び声がした方向が違うから、たぶん、恐怖心が大きくなって叫んだだけだろう。

 これであちらに注意が向いてくれれば良いのに、なんて思いながら、再び走り出そうとすると、一緒に来ていた女子生徒が僕の服の袖をクイクイと引っ張った。

 「ちょっと休も?」

 そう言う女子生徒に僕は一刻も早く学校を出るべきだと訴える。返事は返さず、ただコクンと頷いた。


 一階に着いて、あとは玄関に向かうだけとなった時に、男女の叫び声が届いた。上の方からしたから、きっと隠れてやり過ごそうとしたのだろう。

 こうしてまた、僕の友達が二人死んで(?)しまった。

 女子生徒がまた袖をクイクイ引っ張って同じ事を言うから、とりあえず励ましておいてから玄関を目指して走り出した。

 女子生徒はだいぶ息もあがっていて、運動会だったら必死に応援してあげたくなるような状態だった。でも今は命が掛かっているのだから何とか堪えて欲しい。

 女子生徒はまたコクンと頷いて僕の後ろを付いてきた。

 がんばれ。


 走る僕の上着の裾が引っ張られる。

 あと少しだから頑張って。心の中でそう言いながら振り向きもせずに走り続ける。

 少ししてまた裾が引っ張られる。

 本当に、もう本当にあと少しなのだから、少し頑張ってくれと、そう思いながら、ふと違和感が僕を襲った。

 さっきまで、あれ程鬱陶しく聞こえていた息切れの声が全く聞こえない。でも裾は引っ張られている。


 僕は立ち止まって後ろを振り返った。



「イッショニ、ソツギョウシヨウ?」



 そこには女子生徒の姿はなくて、口を大きく開けた化け物の姿があった。

 僕は必死に必死に叫ぶのを堪えて、化け物と向かい合った。

 怖い。今の僕には、「あ、涎が垂れてますよ。これ使って下さい」と言って、紳士にハンカチを差し出すような余裕もなかった。それほどに僕は怯えていた。

「イッショニ、ソツギョウシヨウ?」

 僕が黙っていると彼女は何度もその問を繰り返した。それでも僕はずっと黙っていた。

 そして、僕にとって何時間にも感じられた恐怖の時間は、唐突に終わった。

 化け物が僕に背中を向け、その場を立ち去って行ったのだ。






 次の日、校庭には四つの死体があった。死因は屋上からの墜落死だそうだ。


 僕はひとつの仮説を立てていた。

 「いいよ」と応えると、行方不明に。

 「いやだ」と応えると、次の日に死体で見つかる。

 これらふたつの結果が伝わっているという事は、それを伝えた人がいる、という事になる。それなら、なぜ、その人は死ななずにその事を伝えられたのか。

 それはおそらく、『怖くて何も応えられなかった』から。

 だから僕は一言も、「いいよ」とも「いやだ」とも応えなかった。


 生き残る方法はこれで合っていると思うけど、僕はこの事は誰にも話さない。

 「いいよ」と「いやだ」の結果を伝えた人は、おそらく「応えない」の選択肢も伝えようとしただろう。でも、伝わっていなかった。

 つまり、それを伝えようとした者、もしくは聞いた者の身に何かが起きた。だから伝わっていなかった。僕はそう考えた。だから、誰にも話さない。

 絶対に。


 ふと屋上へと視線を向けると、髪の長い女が四つの死体を見てケラケラと嗤っていた。

 彼女は僕の視線に気付いたのか、こちらに顔を向ける。風が吹いて彼女の長い前髪が揺れて、僕と目が合う。

 女はもう一度、大きな口を開けて嗤ったのだった。




 完

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