第十四話 一つの決意
本日、
書籍『神殺しの英雄と七つの誓約』
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精霊銀のショートソードを振り下ろすとフェイロナさんが持つ剣に受け止められ、こちらの手首を狙った返す一撃をこちらも剣の腹で受け払う。
続けて胸元を狙って刺突を放ち、半身になって避けられると同時にいつの間にか左手に持ち替えられていた剣が私の首を狙う。その攻撃は防ぐことが出来ないので上半身を逸らし、今度は両手で持っていたショートソードを右手一本に持ち直して私も首を狙う。
不安定な体勢だが必死になって剣を振うが、体勢を崩した私を追撃する事無くフェイロナさんは後ろへ下がった。
しかし、ここからだ。想像するのは、刀身の先。延長。斬撃が伸びる事を想像しながら、刀身へ魔力を込める。それは私の考え通りに具現し、私が持つ透明な魔力の元、不可視の刃となってフェイロナさんへ伸びる。だが、フェイロナさんも慣れたもので、魔力の刀身が見えているかのように避けてしまった。
そこで、時間切れ。上半身を逸らすという不安定な状態を維持できず、お尻から地面へと倒れ込んでしまった。
「あぅぅ……」
思いっきり打ち付けたお尻が痛い。腰を摩っていると、フェイロナさんが手を差し出してくる。
「大丈夫か?」
「はい」
恥ずかしくて愛想笑いを浮かべながらその手を受け取って立ち上がると、心配されてしまう。こういう状況で笑顔を向けられると、少し気恥ずかしい。いや、情けないのか。
何度か手合わせをしているが、いまだに納得のいく攻撃が出来た試しがない。どうにも、私が考える戦い方の一歩どころか二歩も三歩も先の事を考えているようにすら感じてしまう。
まあ、冒険者としての経験や、実力の差があるので当たり前だと言われればそれまでだが。やはり、目上の冒険者に一度でも勝ちたいと思うのは悪くないはずだ。
「ほう。中々上手に魔力を操る」
早朝、ようやく太陽が昇り始める時間帯。私達がしばらく滞在するようにと用意していただいた宿がある村の人がようやく起き出す時間。その村から出てすぐの草原に、私達が奏でていた剣戟とは違う拍手の音が響いた。
私達を見ていたムルルちゃんやソルネアさん……ではない。その二人へ視線を向けると、私とフェイロナさんではなく、違う所を見ている。
視線を追うと、陽光を弾く銀の髪に、紅と金という左右非対称の瞳を持つ魔法使い。そして、同じく銀の髪を持つ体格の良い男性が二人。いつの間にか、傍にある大岩へ腰掛けてこちらを見ていた。
「コウタロウ様」
「お父さん」
私とムルルちゃんが同時に声を出し、私とフェイロナさんは会釈をする。そんな私達を、|ムルルちゃんのお父さん《グラアニア様》は手で制した。
「気にしなくていい。今は、獣人の長としてではなく、その子の父親としてここに居るのでな」
「は、はあ……」
「……そうですか」
「何しに来たの?」
私とフェイロナさんが返事に困っていると、ムルルちゃんがいつもの調子で質問した。このいつもの調子というのは、私達と一緒に居る時と変わらないというか、少し眠たそうな声での質問という事なのだが……グラアニア様は、そういう娘の反応というか言葉が物足りないようだ。その厳つい容姿からは想像できないのだが、どうにも落ち込んだ様子で溜息を吐いた。
私達がムルルちゃんと一緒に旅をして、もう結構な時間が経つ。その間、娘を心配していた父親としては、娘ともっと話をしたいのだそうだ。先日、ムルルちゃんのお母様から聞いた話では。
フェイロナさんは、そんなグラアニア様を不器用だなと言っていたが、私もそう思う。私のお父様なら、会えばいつも抱き着いてくるのだ。
その事をムルルちゃんのお母様にお話ししたら、グラアニア様に話してみると言っていたが。ちなみに、それは昨夜の事である。
「…………」
「なに?」
もしかしたら、私がお父様からされるように、抱擁しようとしているのかもしれない。素人の私にも、グラアニア様の緊張が伝わってくる。
ふとその後ろへ視線を向けると、コウタロウ様が疲れた様子で頭を押さえていた。
「ムルル」
「うん」
「元気だったか?」
「うん」
ムルルちゃんのグラアニア様への質問への返事は、やはりいつも通りである。私の質問にも、うんやそうで返事をする時が多いのだ。それは父親にも変わらないようで、その事にグラアニア様が傷付いたように一歩下が……ろうとして踏み止まった。
「こら、大将。私達は遊びに来ているわけではないのだが?」
「分かっているっ」
コウタロウ殿には強気で返すのだな、とフェイロナさんがボソリと呟いた。
その言葉が聞こえたわけではないのだろうが、コホンと咳払いをして……多分だが、気合を入れたのだと思う。両手を広げて、満面の笑顔をムルルちゃんへ向けるグラアニア様。
体格が良く、歴戦の勇士を連想させる顔をしておられるグラアニア様が満面の笑顔を浮かべると、なんというか……控えめに言って、ちょっと驚いてしまう。その笑顔が引き攣っているので、尚更だ。
「元気だったかい?」
「……うん」
そんな父親とは対照的に、娘は一歩と言わず、数歩下がった。隣に居たソルネアさんへ隠れるように動いたようにも見えるが、そんな事は無いだろう。肉親なのだし。
その父親から離れたようにも見えなくもなかったが、ここは下がったと思っておこう。グラアニア様の為に。
「さて、不器用な親子関係は置いておくとして。フランシェスカ殿、フェイロナ殿。今、お時間は大丈夫だろうか?」
「あ、はい」
そう、不器用と断言しないであげてほしい。肩を落としている獣人の長を横目で見て、名誉の為にも見なかった事にしようと心に決める。
「作戦会議だ。今日まであまり相手をしてあげる事が出来なくて、申し訳なかったな」
「いいえ。……お忙しかったのですし」
「そうでもないさ。少々、私と阿弥は仲が宜しくなくてね」
「は、はあ――」
とてもそうは見えないが、とは言わない方が良いのだろうか?
傍から見ると、気心の知れた友人のように見えたのだが。レンジ様の言葉を借りるなら、喧嘩するほど仲が良い、と言っただろうか。確か、異世界の諺にそのような言葉があったはずだ
「意見の食い違いを修正するのに、時間が掛かってしまった」
「え、っと。お疲れ様、です?」
「ふふ。……そう言ってくれるのは、フランシェスカ殿だけだよ」
そう言うコウタロウ様は、酷く疲れたように肩を落として溜息を吐いた。
どのような話をされていたのかは分からないが……しかし、そう言いたくなる気持ちも分かる。
魔族との戦いが始まる。そう伝えられて、今日で七日。コウタロウ様の『魔眼』が見せたという戦う未来が始まるのは、今日の昼からだ。
アヤさんからはソルネアさんを守る様にと伝えられていたが、それだけでいいのだろうか。
これからの事に不安を感じながら、身体が重くなるのを自覚する。地に足がついていないというのは、きっと今の私を表す言葉だろう。
そんな私の外套の裾が、控えめに引っ張られた。視線を向けると、今まで静かに事の成り行きを見ていたソルネアさんだった。一緒に居たムルルちゃんは、グラアニア様と話している。
ムルルちゃんはお父様の事を過保護な父親と言いながら何でもない風を装っていたが、やはりこれから戦いとなると心配なのだろう。
ただ、そのグラアニア様はもっとムルルちゃんと仲良くしたいようで、やはり引き攣った笑顔を浮かべてムルルちゃんを抱きしめようとしたり撫でようとしたりしている。……全部逃げられているが。
「彼は、何をしているのですか?」
「……後で説明しますね」
「分かりました」
自分でも口元が引き攣っているだろうなあと思いながら、自分でも引き攣っていると分かる笑顔を浮かべて返事をする。
「ほら。落ち込んでいないで戻ろう、大将」
「落ち込んでいない」
そう言うグラアニア様の姿は、目に見えて小さく見えてしまった。肩が落ちているからだろう。まるで、両肩に見えない重しが乗っているようだ。
「疲れた。お父さんは、私を構い過ぎる……」
「そう言ってやるな。父親というのは、どうやっても自分の子供が気になってしまうものなのだろう……特に、戦前のようだしな」
「…………」
「何を話したかは分からないが、せめて頑張れの一言を伝えておいた方が良い――」
フェイロナさんは、そこで言葉を切った。もう百年以上も生きているというこのエルフの冒険者は、魔神が健在だった頃から戦いの場に赴いているのだそうだ。きっと、戦いというものに私達よりも思う所があるのだろう。
こういうのも、気配りというのだろうか。
そんなグラアニア様とコウタロウ様の後を追うように歩く。向かうのは、私達が宿を借りている村ではなく少し離れた場所。そこには、先日一度見た黒い穴がぽっかりと開いていた。
どうやら、また転移魔術で移動するようだ。
「これ、少し苦手」
「そうなの?」
その穴を見て、ムルルちゃんがポツリと呟いた。
「どこに通じているか分からないから、少し怖い」
「そうだな」
その言葉に同調したのは、意外にもフェイロナさんだった。私が視線を向けると、苦笑して肩を竦められる。
「怖いものとか、あるんですね」
「生きているのだから、苦手なモノや怖いモノの一つや二つ、誰にもあると思うが」
それもそうか、と。
フェイロナさんの事だから、何でも大丈夫と言っても驚かないが。なんというか、何でもできる万能な人。
今まで一緒に旅をしてきて、何度も助けてもらって、色々な事を教えてくれて、そういう風に思ってしまっていた。
この表現が良いのか悪いのか分からないが、手の届かない人のようにも感じている。だって、剣も魔術も私より上手で、弓も使えて経験豊富で運動神経も良い。そんな人が傍に居たら、そう思ってしまうと思う。
そんな人に苦手なモノがあるというのは、ちょっとだけフェイロナさんという人を身近に感じられた。
「私は、足が一杯ある虫が苦手です」
「そうなんだ」
私がそう言うと、ムルルちゃんが笑顔を浮かべてくれる。フェイロナさんも、苦笑だけではなくて口に出して笑ってくれた。
「仲が良いね……時に、ソルネア殿の苦手なモノは?」
「苦手なモノは分かりませんが、怖いモノは」
そんな私達を見てコウタロウ様が口を開く。その声を向けられたソルネアさんは、いつもと同じ静かな声で返事をした。
でも、その返事に私は失礼にも驚いてしまった。
私の中では、怖いモノを持っていない人、と思っていたのだ。まあ、私の勝手な思い込みで、実際はそういった質問をしたわけではないのだが。
「ほう。失礼だが、聞いても?」
一緒に居た時間は短いが、コウタロウ様も意外だったようだ。上擦った声でそう聞くと、ソルネアさんが首肯する。
ふとグラアニア様へ視線を向けると、どうしてかとても鋭い目でソルネアさんを見ていた。その事を不思議に思っていると、私の視線に気付いたようですぐにその雰囲気は霧散する。
フェイロナさんとムルルちゃんを見ると、そんなグラアニア様の変化には気付いていないようだった。
「このまま、レンジが戻ってこない事。彼が居なくなる事が、怖い」
それはいつもと同じ、やはり感情の波があまり感じられない、平坦な声。
しかし、その視線。どこか遠くを見るような視線には、確かな感情が宿っているように感じる。それは言葉通りの不安なのか、それとも純粋にレンジ様を心配しているのかは分からない。
それは分からないが……ソルネアさんがレンジ様の事を考えているという明確な感情を感じられた。
「戻ってこない、か」
そのソルネアさんの言葉に感じるものがあったのか、コウタロウ様がそう呟いて頷いた。
しかし、その声音にはソルネアさんの言う『居なくなる恐怖』というものを感じられない。きっと、どこまでも、レンジ様が無事に戻ってくると信じているのだろう。
「さて、それでは行こうか」
そのまま、特に何を言うでもなく黒い穴を通ってしまう。続いて、グラアニア様も。
残された私達は、コウタロウ様の質問の意図が読み切れずにしばらく呆然として、我に返ると後を追って黒い穴を通った。
転移陣の先は、先日見た世界樹の麓――その傍らにあるレーゲンテンの祠の前だった。そこには、先日この場所に居た種族の長達が集まっていて――しかし、その場の雰囲気に足が竦んでしまいそうになった。
見上げるほどに立派な大樹は先日見たままだが、その麓。祠の前には沢山の人が集まっていた。種族は様々で、エルフやドワーフ、ケンタウロスやメリジューヌ。他にも私達のような人間の背に翼がある鳥人間やドワーフよりも小柄で線の細い小人、そのホビットよりも小さな妖精。
他にも沢山の種族が集まり、全員が和気藹々と話している。
戦いが始まる。ここに集まっている人達は、全員が戦いに参加する人たちなのだろう。その光景に息を呑んでいると、私達が来た事に気付いた半身半蛇の長、スィさんが気さくに手を上げて挨拶してくれた。その事に気付いた他の長様方も続けて挨拶をしてくれる。
緊張しながら挨拶を返すと、その方々と一緒に居たアヤさんが私達の傍に来た。
「おはようございます。昨晩は、よく眠れましたか?」
「はい。アヤさんは?」
「ふふ……大丈夫です」
どうやら、アヤさんもちゃんと休めているようだ。先日のようにどこか影のある笑顔ではない事が感じられ、安堵の息を吐く。
最近は忙しそうであまり話せていなかったが、元気そうで良かった。
「おはよう、ございます」
続いて、黒鎧の騎士ナイト様を伴ってユイさんが挨拶をしてくれる。こちらもお元気のようで、目元はフードと前髪で隠れてしまっているが、口元は笑みを浮かべている。
心なしが、声音も弾んでいるように感じた。
「おはようございます、ユイさん」
私とフェイロナさん、ムルルちゃんが各々挨拶をすると、口元に浮かんでいた笑みが深まった。
そんなユイさんをどう思っているのかは分からないが、その後ろに控えるナイト様の雰囲気も、今までで一番柔らかいように感じる。まあ、私達が一緒に過ごした時間など、数日くらいでしかないのだが。
「今日は、よ……よろしく」
「はい」
その一言に、今から戦いが始まるのだと実感させられるが――どうにも雰囲気は和やかなものだ。
これから始まるのが戦いではなく宴会だと言われても納得できそうなほど明るい雰囲気。フェイロナさんへ視線を向けると、苦笑しながらその光景を眺めている。
「なんだか……えっと、もう少しみんな緊張しているのかな、と思っていました」
「そうでもない」
けど、そんな私の言葉を聞いて、フェイロナさんは首を横に振った。
「フランシェスカは、これほど多くの人が参加する戦いは初めてだったな」
「は、い」
私が参加した戦いで、一番大規模なのはやはり魔術都市の外で魔族と戦った時だろう。
あの時は確か、相手のゴブリンも含めて三百ほどの数が入り混じって戦ったはずだ。
しかし、ここに集まっているのは数える事も出来ないほど沢山――多分、軽く千は越えている。いや、もっと多いだろう。
魔族には及ばないが、エルフレイムはかなり大きい大陸だ。それに比例して、種族の数、そして各々の種族ごとに沢山の人達が居る。全員が全員、戦いを生業とする戦士という訳ではないだろう。
だが、人間よりも戦う事が出来る人は多いはずだ。
そして、コウタロウ様の言葉を信じるなら、この戦いは世界樹を守る為の戦い。獣人や亜人達の神、精霊神ツェネリィア様の寝所を守る為の戦いだ。
その戦いには、参加できる戦士は全員参加しているのではないだろうか。
「もし、だ。もし戦いが起きて、巻き込まれて――形はどうであれ、戦いに赴く事になったとしよう」
「…………」
「戦いというものに、絶対は無い。どのように強くても、油断をすれば怪我をするし、殺されれば死ぬ」
死ぬ、という単語に胸の奥にある心臓を鷲掴みにされたような気がした。
――死。
私は、その感覚を知っている。この恐怖を知っている。
ゴブリンに襲われた時、オークと戦った時、オーガと、『腐霊の森』で――。何度も死と隣り合わせになりながら、いつも守られ、助けられてきた。
「その時、親しい友人、仲間、家族……それらに、どのような顔を覚えていてほしい?」
「顔、ですか?」
「ああ。私の考えだが――彼らは陽気なわけではなく、そういった親しい人に自分の笑顔を覚えていてほしいのでは、と思う」
「うん」
フェイロナさんの言葉に、ムルルちゃんが同意する。ユイさんはフードの前を引っ張って表情を隠してしまっているが、その姿が悲しんでいるようにも見えた。
先日会った時、ドワーフの長であるバンドゥ様はそれほど大きな戦いではないように言われていた気がするが……そう言われると、やはり戦いというものは重く感じてしまう。
いや、重いのだ。
命が失われる。それはたった一度のもので、失われたら取り戻す事が出来ない。そんな、とても大切なもの。
私達はその命を天秤に乗せて、戦いに赴く。そして、もしもの時。最後に覚えていてほしい表情は笑顔だから、こんな時でも陽気に振る舞っている。
魔術都市で戦った時、私はどうだっただろう。どんな心構えで、戦場に立っただろう。
……思い出せない。緊張していたというのも理由だろうが……それはきっと、そこまで深く考えていなかった。
守ってもらえるとか、同じ戦場にレンジ様が居たとか、根拠のない安心を感じていたのではないだろうか。
けど……今は、私を助けてくれた、守ってくれた人は居ない。
レンジ様は居ない。
「凄い、ですね」
「そうだな」
私の呟きに、フェイロナさんが返事をしてくれる。
けど、その顔を見る事が出来なかった。先ほどの話を考えると、どうにも――きっと笑顔を浮かべているであろうフェイロナさんの顔を見ると、嫌な事を考えてしまうような気がしたからだ。
先ほどまで剣を打ち合っていた高揚は跡形も無く消えてしまい、今胸にあるのは恐怖と、不安。
戦いへの、死への、恐怖。
そして、レンジ様が居ない不安。
その不安に固まってしまった私の耳に、カチャ、と。乾いた音が届いた。
「――――」
その音がした方へ視線を向けると、ナイト様を伴ったユイさんがグラアニア様達の方へ歩いて行く所だった。先ほどの音は、ナイト様の鎧が擦れた音だろう。
小さな背中。私よりも、アヤさんよりもずっと小さい。
でも、その歩みには僅かの迷いも無く、気負いも無い。しっかりと足で地面を踏みしめて、歩いている。
私のように、恐怖に固まり、不安で揺らいでいるわけではない。
「大丈夫です」
それは、すぐ隣から。固まってしまった私の手を、ソルネアさんが握ってくれる。優しく包み込んでくれる。
少し冷たい手は火照った手に気持ちが良い。そして、ふと。先日も同じ言葉で励まされた事に気付いた。
「ソルネアさん……」
「大丈夫です」
繰り返す。
まるで――心配の、慰めの言葉はソレしか知らないように。それはきっと、ソルネアさんにとって精一杯の言葉なのではないだろうか。
そう思うと、緊張に固まっていた手に力を込める事が出来た。動かなかった手を動かす事が出来た。柔らかな手を、握り返す事が出来た。
「ありがとうございます」
「いえ」
少し、緊張が解れた。
大丈夫、と。虚勢でも、そう思う事が出来るだけの……心に余裕が出来た。
「珍しい」
そんなソルネアさんに向けて、ムルルちゃんが言う。
そして、フェイロナさんも同意するように、そして興味深そうにソルネアさんを見た。
「そうだな」
言葉少なくだが、きっと内心では色々と考えているのだろう。なんだか中途半端に言葉が切られたような気がする。
「そうでしょうか?」
「うん。ソルネアって、いつもあまり自分から話しかけないから」
はっきり言うなあ、と。ムルルちゃんの言葉に苦笑を浮かべるが、でも確かにという気持ちがある。
失礼な話だが、ソルネアさんは私達には一歩引いている、どこか一線を引いて接している気がする。特にそれは、レンジ様が居る時だと顕著に感じるのだが、エルフレイム大陸に来てから……世界樹を見てから、積極的とも言えるほど私達と話している――気がする。
それでも、短い言葉を訥々とだが。
「ただ、フランシェスカが不安そうでしたので」
「う……」
そして、その理由が私だとすると、なんとも複雑な気持ちになってしまう。
苦笑した私をどう思ったのか、ソルネアさんが緊張をほぐすために握ってくれている手に力を込めた。
フェイロナさんとムルルちゃんは、そんな私達を微笑ましそうに見ている。……少し恥ずかしい。
頬が僅かに火照っているような気がする。その私をどう思ったのか、更に珍しく子首を傾げる動作をすると、今度は空いた手を私の頭の上に乗せ、撫でてくれた。
「――――」
流石にこれは、私でも羞恥を覚えて顔を赤くしてしまう。もしかしたら、耳まで赤いかもしれない。
……撫でてくれるソルネアさんが平然そのものというのも羞恥を感じる一因である事を、彼女は気付いているのだろうか。
「仲間が不安な時、レンジはこうしていましたが。……まだ、不安ですか?」
「い、いえっ。もう大丈夫ですっ」
「そうですか」
慌てる私とは対照的に、ソルネアさんは何処までもいつも通りだ。
静かな声を、感情の感じられない表情を、どこまでも深くて黒い瞳を、私へ向けている。
「こほん」
その瞳へ惹かれそうになった時、アヤさんが咳払いをして現実へ戻してくれた。
不思議と、たったそれだけで先ほどまで感じていた驚きも、そして恐怖も不安も消えてしまっている。……まだ少し、心臓が高鳴っているが。
「フランシェスカ先輩も落ち着いたようですし、少しこれからの事を話しても大丈夫ですか?」
「ぅ、はい」
アヤさんにからかわれ、また恥ずかしくなって俯いてしまう。
そんな私を見て、フェイロナさん達は笑って……先ほどの話を思い出すと、きっと皆の最後の記憶に残る私の表情は、照れて真っ赤になった顔だろう。
「コウタロウ殿は私達にも戦うように話していたと思うが、具体的には何を?」
「それですが、本当にすみません。私達だけでどうにか出来ると、良かったのですが」
「いえ、そんなっ」
しかし、フェイロナさんの質問に対して、アヤさんはまず頭を下げてきた。
その事に驚いたのは、こちらだ。
力を貸すのは当たり前で、それこそ私達の力など英雄であるアヤさん達に比べたら微々たるものでしかない。そんな私達にアヤさんから頭を下げられると、驚きだけではなく申し訳なさといった事も感じてしまう。
「私達がお役に立てるなら、何でも言ってください。だから、そんな頭を下げるだなんて……」
「いえ。本当に、戦いは危険ですから……その、怪我だけでは、済まない事も……」
それは、私が冒険者になったばかりの頃。オークを討伐する時に、言われた事。
今でも覚えている。しっかりと、胸に刻んでいる。きっとそれはフランシェスカという冒険者の真ん中にある、一本の芯。
死ぬかもしれない――でも、誰かを助けたいという気持ち。
あの時は、村に住んでいる人達だった。それは貴族の義務だと思っていたし、その気持ちは今でも変わらない。
そして今回は、世界樹。世界の危機。
けど、そこには何の変りも無い。冒険者として最初に思った事。それを守る。信念というには大袈裟なのかもしれないが、けど曲げたくないものが、私の中にはあるのだ。
「アヤさんに比べたら微力ですが、手伝わせてください」
簡単な事だ。
死ぬことは怖いし、あの時の事を思い出すと今でも身体の芯から震える時がある。
でも、あの時思ったのだ。
誰かを助けたいと。守りたいと。
それは私の実力では分不相応な気持ちだろうけど……その気持ちから目を背けたくないという気持ちが強い。傷付くかもしれないし、もしかしたらそれ以上も――。
でも、それでも。
守りたいと思う。それは誰か、ではない。私の手は短いし、届かない所は多いし、掴めない物は多い。でも、手の届く範囲だけでも、誰かを、何かを、守りたい。
強くなるという事は、そういう事ではないだろうか。
生きるためには、目標が必要だ。
私は――誰かを、何かを、守る為に生きたい。
「怪我をすると痛い事を知っています。痛いのは嫌ですし、死ぬのは怖いですけど……」
それでも私は……誰かの為に、何かの為に、世界の為に戦いたい。
目の前に立つ一つ年下の女の子の瞳から目を逸らさない。私の覚悟など、この人達が背負っているモノに比べれば、きっと凄く軽い。
英雄というものがどういう存在か、私はまだ分かっていない。
でも、レンジ様が英雄である事を否定しても英雄であるように、きっとそれからは逃げられない。どこまでもついてくる、捨てられないモノ。
私は英雄ではないし、英雄にはなれない。けれど、無力ではない。戦う力がある。
それは剣であり、魔術。レンジ様から、旅の仲間から教わった、見せてもらった、貰った、私の武器。
「はあ」
でも、私の言葉を聞いたアヤさんは、とても重い溜息を吐いた。
何か変な事を言っただろうかと不安になってフェイロナさんに視線を向けると、苦笑しながら肩を竦められてしまう。
次にムルルちゃんを見ると、こちらはどうしてか笑顔だった。
ソルネアさんは――珍しく、口元が緩んでいる。微笑んでいる……のかもしれない。
「そこまで似なくてもいいのに」
「はい?」
続いて漏れたアヤさんの言葉に、こちらは首を傾げるしかない。
「さっきの言葉。いつも蓮司さんが言っている言葉と同じでしたよ」
「え?」
そう言われ、思い返すと……ああ、確かにと。
痛いのは嫌だ。死ぬのは怖い。それは、何時もレンジ様が言っている言葉。
そして、そう言いながら、痛くても怖くても――剣を手放さない人の言葉。
夢中で言った言葉は考えたわけではなく、私の本心。心からの言葉だ。
だから。
「そうですか?」
「嬉しそうに言わないでください」
そんな私に向けて、またアヤさんが溜息を吐いた。
「その生き方。痛い事を痛いと分かって、怖い事を怖いと分かって……それでも戦うのなら、きっととても辛いですよ」
「……」
その言葉の意味は分からない。
けど。
「頑張りますっ」
「はあ」
これは、単なる憧れだろうか。
視線を、アヤさんの後ろへ向ける。
沢山の種族、沢山の人達が笑っている。だから、私も笑う。
痛いのは嫌だし、死ぬのは怖い。でも、笑おう。嫌な事も、怖い事も、隠せるように。その感情に押し潰されれないように、臆さないように、負けないように。
笑おう。
もしかしたらレンジ様も、いつもこんな気持ちを抱いているのだろうか?
「――――――」
アヤさんが小声で何かを言ったが、その言葉は喧騒の声に掻き消えて聞こえなかった。
聞き返そうとした時、喧騒が止んだ。
「聞け」
朗々とした声が、耳に届いた。
世界樹の麓に立つのは、各種族の長達。精霊神ツェネリィア様の加護を受けた方々。レンジ様やアヤさんと同じ、神の使徒。
これから、戦いが始まる。
その覚悟を秘めた、静かな声だった。
大丈夫。
痛いのは嫌だし、死ぬのは怖い。
でも、ちゃんと――私にも覚悟がある。
七日間連続投稿するつもりが、書籍発売当日まで入れると八日投稿してしまった……。
燃え尽きたぜ、真っ白によ……。
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