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幕間 少女の一日1

 フランシェスカ・バートンは貴族である。

 上に二人の姉が居り、魔術を使う事が出来たので魔術学院に通っている。

 家族としては、もっと安全な道を進んでほしかったようだ。

 学者とか商人とか。確かに、そちらの方がフランシェスカには才能があっただろう。

 しかし、魔術が好きだった。想像が現実に具現する。

 その瞬間。魔力の輝き。魔術を使った時の高揚感。

 フランシェスカ・バートンは魔術が好きな魔術師だ。

 貴族の家の出ではあるが三女。家を継ぐ事は出来ない。

 両親は愛情を持って育ててくれているが、いずれはどこかの貴族へと嫁いで行くのが決まっていると言える。

 ならいっその事、好きなように生きてみよう、と家を出た次第である。

 蝶よ花よと育てていた両親――特に父親はものすごく心配していたが。

 というよりも反対したが。

 それでも行動を起こした。フランシェスカ・バートンは行動派なのだ。

 アルバーナ魔術学院。

 魔術都市に多くの魔術学園は在れど、誰もが最も優れていると称する、一流の魔術学院である。

 それなり以上の爵位を持つ貴族や、才能を認められた者のみが通う事を許された場所。

 そこに通っているフランシェスカもまた、それなり以上の貴族である。

 彼女には魔術の才は乏しく、決して優れているとは言えない生徒だ。

 教師からの評価は「まぁまぁ」。

 座学は並より少し上、実技は並以下、努力家で真面目ではあるが、特筆すべきものはない。

 それは、教師から見たフランシェスカという少女の評価。

 生徒から見ると、また少し違ってくる。

 真面目な優等生。実技は少し苦手だが、座学と常に努力している姿は好感が持てる。

 何より、その容姿だ。

 美しい蜂蜜色の髪は彼女の自慢で、まるで華が咲いた様な笑顔をより一層引き立たせる。

 性格は明るく、人見知りはあまりしない。

 同年代の女子たちよりも発育の良い肢体は、男子生徒の視線を良く惹く。

 大きな翡翠色の瞳、華奢な肩には不釣り合いといえる豊かな胸、かといってそれは肥満からの豊かさではなく、腰は(くび)れ、臀部は魅惑的な盛り上がりを見せる。

 美少女が多いアルバーナ魔術学院の中でも、美女と言って差し支えない美しさがあった。

 年下からは羨望を、同年代と年上からは羨望に加えて(わず)かな嫉妬を。

 それなり以上の爵位を持つフランシェスカは、男子生徒にとっては羨望や好意よりも景品としての側面もあった。

 彼女に好意を抱いてもらえれば、自分の格が上がる。

 あんな美しい少女の隣りに並べれば、男としての格も上がる。

 どうしようもない思考だが、この年頃の男子としてはそう思ってしまうのも仕方がない。

 連日とまではいかないが、何度か告白紛いの言葉も頂いた。恋文など何通貰った事か。

 その所為で妬まれたりもしたが、本人としてはどうしようもない。

 目立たないように髪型を変えたり、化粧を薄くしてみたりしたが、逆効果だった。

 本人としてはもっと穏やかな学院生活を送りたかったのだが、それを周囲が許してくれなかった。

 魔術の才に乏しい少女は、その実、生徒たちの中心にいた。


 しかしそれも、半年前までの話だ。


 アルバーナ魔術学院に、三人の生徒が転入してきた。

 入学式は《三の月》に行われるのは通例で、転入は認められない。

 だというのに、由緒正しいアルバーナ魔術学院に、初めて転入生が現れた。

 話題にならない方がおかしい。

 しかも、転入してきたのは神殺し(英雄)だというのだ。

 フランシェスカは驚いた。

 お伽噺で語られるような、英雄譚に謳われるような、伝説の存在。

 人間と獣人を恐怖させた魔神を討伐した十三人の英雄。

 そのうちの三人が、自分と同じ学院に居る。

 興奮しない方がおかしい。興味を持たない方がおかしい。

 誰もがその御尊顔を一目見ようとした。もちろん、その中にはフランシェスカも居た。

 『勇者』ソウイチ・アマギ。

 『聖女』ヤヨイ・アマギ。

 『大魔導師』アヤ・フヨウ。

 魔神を討伐した神殺し。

 異世界から召喚された『女神の贈り物』(ギフト)の所有者。

 自分とあまり変わらない歳なのに、世界を救った英雄。

 彼らを知らない人は居ない。

 そして今何をしているのかも、情報は公開されている。

 唯一人、魔神討伐後に行方をくらませた十三人目。彼を除いては。

 レンジ・ヤマダ。彼の情報だけは極端に少ないが。

 その理由は彼がそう望んでいるからだとも、今なお人知れず魔神の軍勢と戦い続けているのだとも言われている。

 十二人の神殺しが「彼こそが女神アストラエラの寵愛を受ける唯一人だ」という人物。

 その十三人のうちの三人。その三人が、同じ学院に来た。

 クラスは違ってしまったが、廊下などで擦れ違うと自然と目で追ってしまう。

 そんな存在感というか、魅力が彼らにはあった。





 目を覚まし、カーテンの隙間から差し込む光を見て慌てて起き上がると体全体に鋭い痛みが(はし)った。

 ベッドの上で悶えてしまう。

 何事、と混乱した頭で考え、この部屋が自分の部屋にしては随分と質素な造りである事に気付く。

 そこでようやく、今は旅の途中だったのだと思い出した。


「ぁぁぁ……」


 嫁入り前どころか、成人前の女子としてどうかと思うような声が私の喉から洩れる。

 しばらくその痛みに耐えていると、なんとか動けるようになってきた。そうやって、ゆっくりと体を起こす。

 冒険者には不釣り合いな上質のパジャマが肌を擽る。


「……痛い」


 初めて野宿で夜を明かした時も痛かったが、今日はあの時以上だ。

 筋肉痛など初めての事で、どうすればいいのか判らない。

 一緒に旅をしている男性は確かマッサージを念入りに、と言っていたが、確か昨日は疲れてお風呂の後すぐに眠ってしまった。

 多分その所為だろう、と思い至る。

 項垂(うなだ)れながら、もっとちゃんとマッサージをしていればよかった、と後悔。

 だが、いくら後悔しようと筋肉痛が無くなるわけでもない。

 諦めて、我慢しながら着替える事にする。

 上質の絹のパジャマを脱ぎ、冒険者らしい厚手の服とズボンを着る。

 あまり体のラインが出ない服装を選んだのだが、それでも女性らしい丸みが服の上からでも判ってしまう。

 それは女性として喜ぶべき事なのか、冒険者として悲しむべき事なのか。

 そんな事を考えながら、着替えを済ませてベッドに座る。

 今日は一日休みだと言われたが、何をすべきか思い浮かばない。

 というよりも、筋肉痛が痛くて動きたくない。

 こうやって座っている今も、身体の節々が痛いのだ。


「みんな、どうしてるだろ」


 口にして、不安になる。

 学友の皆は、もう試験をクリアしたのだろうか?

 仲が良かった皆は、英雄(神殺し)の三人と共に魔物討伐の課題に取り組んでいる。

 世界を救った英雄には、簡単な試験だろう。

 だが、旅をした事の無い私達には、難問とも言える試験だ。

 現に、パーティを組めず、一人で旅をする事になった時は途方に暮れた。

 勇者とパーティが組めなかった人たちを誘ったが、どうしてか色よい返事をもらえなかった。

 実家の方から何か圧力があったのかもしれない。

 とにかく、私は一人で旅をすることになった。

 待っているだけでは、期限切れになってしまうからだ。

 どこに行けばいいのか、何を目指せばいいのか。

 右も左も判らず彷徨って、馬車の御者の人と話しながら辿り着いた村で、死に掛ける始末だ。

 魔術学院の生徒だとしても、戦闘の経験などありはしない。

 魔物なんて魔術で戦えば簡単だと、理由も無くそう信じていた。

 同い年の英雄(神殺し)が居るのだから、自分だって戦える。

 きっと、他の皆もそう考えていたはずだ。

 みんな無事だといいな、と考えてゆっくりと立ち上がる。

 やはり、身体の節々が痛い。

 その痛みを我慢して、ドアから出る。


「お腹空いたな……」


 窓から見える太陽の高さが、今が昼時だと教えてくれる。

 初めてこんなに寝坊した、と思うと苦笑するしかない。

 そうやって食堂になっている一階に降りると、丁度朝食を摂っている一緒に旅をしている男性を見つけた。

 レンジさん。

 そう名乗った冒険者。

 私が死に掛けた時に助けてくれた人。

 ゴブリン四体をあっという間に倒した、凄い人……だと思う。

 よく判らない。

 強いのだろうが、どうにもどういう人なのか判らない。

 色んな事を知ってるし、私に教えてくれた。

 頼り甲斐があるけど、同年代の男子のように好色(スケベ)な視線を向けてくる。

 年上だからと言えばそこまでだが、どうにも憎めないように感じてしまう。

 すぐに視線を逸らすし、男子達のような(よこし)まな感情は感じない。

 私を見てるだけ。そんな感じだ。

 私が気にし過ぎなんだろうか? そう思ってしまう。

 だから、よく判らない人。

 警戒すべきなんだろうけど、そう悪く思えない。

 ゴブリンに襲われた私を助けてくれたからそう思うのか、それともレンジさんの人徳なのか。


「おはようございます、レンジさん」


「もう昼なんだがな」


「……はは、相席しても良いですか?」


 そう声を掛けて席に座ると、レンジさんはいつものようにメダルを指で弾いて遊んでいた。

 ピン、ピン、と乾いた音が耳に届く。

 だらしない感じで席に座ってメダルを弾いているのに、その姿が様になっているように感じた。

 冒険者らしいな、と思ってしまう。

 それは、私の中の冒険者のイメージが粗野な感じだからだろうか。

 失礼な事を考えながら、視線を周囲に向ける。

 田舎の宿屋とはこういうモノなのだろうか? 客は私達と、村の男の方達が数人居るだけだ。


「筋肉痛は大丈夫か?」


「……痛いです」


「はは。それもそうか」


 私の答えが面白かったのか、声を上げて笑われた。

 旅慣れていない事を笑われたように感じて、恥ずかしくなって俯くとその視線が胸元に向く。

 視線を感じて慌てて隠そうとしたが、それよりも先に視線を逸らされた。

 やっぱり、よく判らない。

 変な人だな、とは思うが。


「レンジさんは、今まで何を?」


「俺も今起きた所だ」


 そう言って伸びをする。

 少しお酒の匂いがした気がした。


「もうお昼時ですよ?」


 レンジさんも疲れていたのだろうか、と思う。

 野宿をした時は、私は疲れてすぐに眠ってしまった。

 あの後、火の番を誰がしたのかなど考えなくても判る。

 テントも張ってくれたし、食事の用意もしてくれた。

 私は自分の荷物を持って、置いていかれないように必死に歩いただけだ。

 そう考えると、私はどれだけこの人に迷惑を掛けたのだろうかと考えてしまう。

 昨日は「自分のペースで頑張れ」と言ってもらえたが。

 だからといって、その言葉に甘えて言い訳ではない。

 せめて、オーク討伐が終わるまでは、と。


「俺は大体、この時間まで寝てるんだ。朝に弱くてな」


「そう、ですか?」


 言いたい事は色々あったが、レンジさんがそう言うならそうなのだろう。

 腑に落ちなかったが、そういう事にしながら朝食を頼む事にする。

 と言ってもあまり食欲は無いので、軽食と胃に優しそうなスープを頼んだ。

 レンジさんは手を上げて、私と同じものと肉料理を一品頼む。

 やっぱり男の人だなぁ、と。

 寝起きに肉なんて、私には無理だ。


「そういえば、近くの森にオークが住み着いてるらしい」


「え?」


 その、いきなりの言葉に頭の中が一瞬真っ白になった。

 オーク。私の旅の目的。

 卒業試験――これが終われば、私はアルバーナ魔術学院を卒業する条件が揃う事になる。

 そして、もう一つの目的も……。


「少し厄介そうだから、明日偵察に行ってくる。その後で、依頼を受けるかどうか決める」


 すぐに討伐に向かうのかと思ったら、まずは偵察だと言われた。

 私としては一刻も早くと思ってしまう。

 思ってしまうが、私よりもレンジさんの方が経験豊富な熟練者(ベテラン)だ。

 それに、視線はともかく、態度は信頼できると思っている。


「依頼?」


「昨日、村人に頼まれたんだ。フランシェスカ嬢とは別口になるが、オーク討伐をな」


「そうなのですか?」


 昨日、という所で少し顔を(しか)めていたが、どうやら私が寝ている間に依頼を受けてきたのだそうだ。

 私はたった一日旅をしただけで倒れたのに、凄い体力だな、と感心する。

 旅に慣れているからか、冒険者なら誰しもレンジさんのように動けるのか。


「判りました。私も付いて行って良いですか?」


 そう言うと、少し驚いた顔をされた。

 そんなに変な事を言っただろうか?


「危険だぞ?」


「オーク討伐が目的ですから、覚悟は出来ています」


 そう言うと、考えるように顎へ手を添える。

 剃り残しが目立つ、無精髭がある顎。

 だらしないと思うが、レンジさんらしいとも思う。

 のんびりとした雰囲気を纏う人だからだろう、だらしない、というのはこの人に合っていると思った。

 ……まぁ、合っているだけで好意は抱けないのだが。


「あまりお勧めできないな」


「――そうですか?」


 だが、私が頼んでも同行の許可は下りなかった。

 その事に落胆し、声が沈んでしまう。


「確認できているだけでオークが三体だ。状況をちゃんと確認できていないと、君を守れる自信が無い」


 それは、状況をちゃんと確認できていたら、私を守りながらでも戦えるという事だろうか?

 魔物というのは脅威だ。

 数が多いというのはそれだけ相手に有利だという事だ。

 三体もオークがいて、私を守りながら戦える。

 暗にそう言われると、自分が情けなくなる。

 この人は、最初から私と一緒に戦うのではなく、私を守りながら戦うと言っているのだから。


「あまり気にしないでくれ。討伐は一緒だ。君の試験(テスト)なんだからな」


 私の表情を気にしてか、明るい声でそう言ってくれる。

 なんだか、初めて会った時からずっと気を使わせてしまっている。

 その事が恥ずかしくて、また顔を俯かせてしまう。


「ほら」


 そう言うと、ピン、とメダルを弾く。

 クルクルと回ったメダルを、レンジさんが右手で掴む。

 開いた手の平の上には、翡翠の宝石を中央に据えた細かな細工や装飾を施されたメダル。

 周囲を色とりどりの七つの宝石が囲み、相当高価なものだと判る。

 なにより、とても神聖な物のように思えた。

 ……いつもレンジさんが指で弾いているから、有難味(ありがたみ)は薄そうだが。


「表だ。大丈夫、すぐに帰ってくる」


 そうレンジさんが言うと同時に、頼んでいた料理が運ばれてくる。

 (かぐわ)しい匂いが鼻に届き、朝食を食べていないお腹を刺激する。


「ま、今日は休みだ。まずは筋肉痛を治そうか」


「ぅ……」


 その言葉がどうしてか恥ずかしくて、また顔を俯けてしまう。

 運ばれてきたのは白パンとサラダ、温かい湯気が出ている野菜たっぷりのスープ。

 とても美味しそうだ。


「いただきます」


 そう言って、手を合わせて食べ始めるレンジさん。

 レンジさんのトレイには、私と同じ料理に、オーク肉をサイコロ状に切って焼いたものが付いている。

 それも美味しそうだな、と思いながら、視線をレンジさんの手に向ける。


「その仕草……」


「ん? ああ、癖みたいなもんだ」


 食事の前に女神へ感謝の言葉を口にする事はある。

 特に、教会のシスターや神父様などはいつもしている。

 私も家族そろっての食事の際は、女神へ感謝の言葉を捧げる。

 だから、気になった。


「…………」


 その“癖”を、どこかで見た事があるような気がした。

 何処で見たのかは、思い出せないのだが。



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