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第四話 海上の再会1

 サクサクと小気味のいい音を立てて森を進んでいると、ふと後ろから付いてきているはずの気配を感じなくなり振り返った。いつもならつかず離れずの距離で後ろを付いてくるエルが、何やら見つけたようで立ち止まっている姿が見える。

 野営用の枯れ枝を持ち直して今来た道を戻ると、彼女にしては珍しくこちらを見る事無く何かを熱心に見ている。その視線を追って下を向くと、そこには木々の隙間から差し込む陽光を弾きながら美しく輝いている花が群生していた。


「その花がどうかしたのか?」


 俺がそう聞くと、ようやく俺が傍に居る事に気付いたかのように顔を上げ、こちらを向く。その瞳が、どこか悪い事をした子供が見つかった時のように揺れている気がして、エルに並ぶようにして俺もその花を見る。

 水晶花。

 エルフ達からそう呼ばれている花である。特別な薬効などがあるわけでもない、ただただ綺麗なだけの花。

 別に珍しいものでもなく、エルフレイム大陸の西側――エルフ達が住む森ならどこにでも生えているのだが、見掛けたのは初めてだった。春に咲く花で、エルフの男性はこの花を意中の女性に渡して好意を示すのだとか。所謂(いわゆる)、俺達の世界でいう薔薇(ばら)のような物らしい。いや、意中の人に薔薇を渡すだなどと、一昔前のドラマでもあるまいし、とは思うが。


「いえ、目に付きましたので」

「ふうん」


 花に興味でもあるのだろうかと若干失礼な事を考えながら、水晶花へ視線を向けるエルの横顔を見る。


「何か?」

「いや、花に興味があるのかな、と」

「特には」


 聞くといつもの口調で返されたので、本当に興味が無いのかもしれない。そう思いながらも、エルがここまで何かに興味を示したのは……食べ物関係以外では初めてなのではないだろうか。


「これは水晶花といって、エルフの男が異性に気持ちを伝える時に送る花なんだそうだ」

「花をですか?」

「ああ。そういうのに興味はあるか?」

「いえ」


 なんとも素っ気ない言葉である。

 苦笑しながら溜息を吐くと、水晶花へ向いていた視線がこちらを見る。


「レンジは、興味があるのですか?」

「うん?」

「花に、です。詳しそうですので」

「俺の場合は詳しいんじゃなくて、下調べをしているだけだけどな」


 肩を竦めて、手に持っていた枯れ枝を持ち直す。結構な量なので、持ち辛いのだ。その辺りを考慮してくれると嬉しいのだが、珍しい花に執心の女神様は、俺よりも花の方を見ていたいらしい。

 偶にはいいかと思ってしまう俺も甘いのかもしれないが、こういう事も大切だろう。戦いばかりの毎日など、身体だけではなく精神まで疲れてしまう。花は心を癒すとどこかで聞いた記憶があるが、その通りだなと思う。


「なるほど。流石ですね、レンジ」

「他にも。水晶花の花弁(はなびら)は、通常は四枚だけど、エルフが異性に送るのは花弁が五枚の物なんだとか」

「何か違いがあるのですか?」

「四は縁起が悪いんだそうだ。()は死って具合に」


 そう言いながら水晶花を見ると、いくつか咲いている花の内の一つに花弁が五枚のものがあった。


「ほら」


 その一輪を摘み、エルへ差し出す。すると、珍しくきょとんとした顔で俺と花を交互に見る。その表情が可笑しくて笑うと、途端にいつものつんと澄ました顔へと変わってしまった。

 勿体無い。そんな俺の感情が伝わったのかは分からない、いつもよりさらに冷たい視線が俺に向く。

 小さくて細い手に水晶花を持たせると、冷たい視線には気付かないフリをして野営場所へ向けて歩き出す。今度はエルも俺の後ろを付いてくる。

 魔物の気配も無いし、空気も美味い。精霊神ツェネリィアの寝床へ通じる森と言うだけあって、どこか申請とも言える雰囲気が森のどこかしこから感じる。

 そのまましばらく無言で歩くと、開けた場所に出た。

 野営地に決めた場所ではないが、その場所は花が咲き誇る場所とでもいうべきか。水晶花だけではなく、黄色や青色といった、色とりどりの花が咲き乱れている。

 確か、この近くに妖精たちの村があるのだったか。エルフ達から教えてもらった地図を頭の中に思い浮かべながら、野営地までの道程(みちのり)に間違いが無い事を確認する。


「綺麗ですね」

「え?」


 その、俺の知っているエルの口から漏れるには、どうにも似つかわしくない言葉へ反射的に言葉を返してしまう。

 すると、先ほどと同じようにエルは立ち止まり、咲き乱れる花の方を向いて立ち止まっていた。

 珍しい。

 素直にそう思う。いつもは使命やら戦いやらを優先して、こうやって立ち止まるどころか、俺の手を引いてでも前に進もうとするのに。


「何か変な事を言いましたか?」

「いや……」


 そう言い淀む俺を、不思議そうな顔で見るエル。

 ……何か、変な物でも食べたのだろうか。そう心配しそうになってしまいながら、また立ち止まったエルに合わせて、俺も立ち止まって景色へ視線を向ける。

 まあ、魔物の気配も無いのだから、そう慌てる必要も無いだろう。それに、まだ陽も高い。野営の枯れ枝が遅れても……困るのは藤堂か。料理をするためには火が必要だが――まあ、料理用の枯れ枝くらい、自分で集めるだろう。

 そう思い直して座れそうな岩を見付けると、その近くに枯れ枝を置いて、岩へ座る。エルは相変わらず、立ったまま色とりどりの花を眺めている。


「珍しいな。そうやって花を見るだなんて」

「そうですね。自分でもそう思います」


 どうやら、自覚はあるようだ。

 明日は槍でも降るのだろうか。空を見上げると、木々の隙間から見える空は快晴。おそらく明日も良い天気だろう。とても、槍が降りそうな気配は無い。


「空が、どうかしましたか?」

「いや。雨は降りそうにないな、と」

「そうですね」


 俺の皮肉も通じやしない。

 溜息を吐くと、首を傾げるエル。


「なにか?」

「何でもない。気にしないでくれ」


 なんとも実の無い会話である。この世界に来て、こんなにものんびりとした会話をエルと交わした事があっただろうか。

 そう考えるが、よくよく考えるとあまりした事が無いかもしれない。今まで戦い以外に興味を持った事といえば食べ物ばかりだし、その食べ物だって無言で食べる。偶にいう言葉は「美味しいですね」だけである。

 ……思うのだが、俺はこのエルメンヒルデという女神の事を、何も知らないような気がする。俺の武器であり、神を殺す武器。いくつかの制約が掛けられているが、分かっているのはその内のいくつかだけ。制約の全部を解放すれば神とも対等に戦えるという話だが、その解放の方法を使い手である俺が把握していないというのが泣ける話だが。

 さて、そんな武器であるエルメンヒルデだが。知っている事といえば、そのくらいである。後は、その肉体は魔力で作られているくせに、よく食べる。それはもう、胃袋がどうにかなっていると思えるくらいに食べる。

 そんなところか。

 ……本当に、エルに対する事を、俺は何も知らないのだと思い知らされた。


「花が好きなのか?」

「どうでしょうか」


 先ほど俺が渡した水晶花を指先で(いじ)りながら、やはり気の無い返事が返ってくる。

 そう言うわりには、先ほどから花に興味を示しているように見えるのだが。俺が首を傾げると、エルも首を傾げた。

 そんな反応をされると、俺が変な事を言っているように感じてしまう。


「ただ」

「ん?」

「ただ。綺麗だ、と。そう思ったのです」


 それだけを口にすると、黙ってしまう。

 綺麗、ねえ。そう鸚鵡(おうむ)返しに心中で呟いて、離れた場所からエルと同じものを見る。

 確かに、と。色とりどりの花は綺麗で、甘い香りが俺のところまで届きそうだと錯覚してしまいそうになる。癒される、というべきか。こうまでのんびりとした気持ちで座った事など、この世界に来てからあっただろうか。


「船に乗った時からなのですが」

「ああ」

「私は、この世界の事を何も知らないのだな、と。そう思ったのです」


 そう訥々(とつとつ)と自身に起きた感情の変化を口にしながら、手に持つ水晶花をくるくると回す。

 その変化は良い事なのだろう、と思う。武器としてではない、エルメンヒルデという人格の変化。それは、戦う事をある種強要されているとも言えるエルにとって、きっといい変化なのだろう。

 しかし、そう口にするエルの横顔は、どこか困惑しているようにも見て取れた。

 武器として存在していると、以前言った事を思い出す。

 武器としてのエルメンヒルデに景色を楽しむ心は不要だとでも考えている。どうしてか、エルの心情が手に取るように感じられた。

 以前にも、エルの心情を強く感じられる場面があった。それは命の危機に瀕した際であり、怒りのような強い感情を同じように考えた時であったりと様々だったが……今回は、特に何かを強く考えているわけではないはずだ。

 相変わらず、女神アストラエラから与えられた異能は分からない事が多い。

 後で宇多野さんに相談しようと考えて、欠伸を一つ。ま、偶にはこうやってのんびりする事も良いだろう。


「なら。事が終わったら、のんびりと世界でも見て回ったらどうだ」

「そうですね」


 こちらとしては気軽に言った事なのだが、こうも簡単に返事が返ってくるとは思っていなかった。

 僅かに驚いた視線をエルへ向けるが、向こうはこちらを見ていなかった。しかし、生返事という訳でもなく……やはり、今日のエルはよく分からないと首を傾げてしまう。


「ですが、私はアストラエラ様の剣でもあります。そのような自由は無いでしょう」

「そりゃあ、残念だな」

「はい」


 そこで、会話が途切れる。特に何かを言いたいわけでもなく、思い付いた事を口にするような会話だ。おそらくエルも似たような物だろう。

 だから、会話が途切れたとしても、別段国思う事も無く、無言の間を楽しむ余裕があった。


「ネイフェルを殺して、シェルファをまたぶった切って。魔族と魔物を黙らせたら、平和な時間を楽しむくらいの余裕は出来ると思うけどな」


 そのくらいの融通は利かせてくれるのではないだろうか、と思う。アストラエラ様も、別に鬼ではない。というか、なんだかんだであの人も現世(うつしよ)と言うべきか、この世界を楽しんでいるようにも思えるのだが。

 アストラエラ様がオーク肉の串焼きを頬張りながら王都の大通りを歩いているというのに、エルが景色を楽しみながら歩くのは駄目という事も無いだろう。


「あれなら。ネイフェルを倒した後、願い事を一つ叶えてくれるって言っていたし。エルがしばらく自由に動ける時間を――」

「レンジ」


 俺がそう言い掛けると、名前を呼んで言葉を(さえぎ)られる。

 そこには、景色を楽しんでいた表情ではなく、いつもの堅苦しい顔が浮かんでいた。


「口が悪いです」

「……はい」


 俺が素直に頭を下げると、宜しいと言わんばかりに胸を張って頷くエル。

 その仕草、宇多野さんが親の仇を見るようなんで睨んでくるので、やめてくれると本当に嬉しいのだが。


「もう少し丁寧な言葉遣いをしてくれると、私は凄く嬉しいのですが」

「さよで」


 エルはよく、俺にもっと丁寧な言葉を使うようにと言ってくる。それは、人間の身でありながら神の力を振う英雄という存在に相応しい立ち振る舞いを、と望んでいるからだとか。

 俺としても英雄という肩書には憧れるし、なれるならなりたいと思う。しかし、しみついた言葉遣いというのは、ふとした拍子に出てしまう。これでも、言葉遣いには気を使っているのだが。


「どうにもなあ」

「レンジはよく、魔族や魔物には口調が荒くなっているような気がします」

「あー……まあ」


 そうかもしれない、と思う。

 オークは豚なので、少しイラっときた時にはクソ豚やらなんやら暴言を吐きながら斬っている気がする。リザードマン(とかげ)スケルトン()も同じだ。

 分かっているのだが……。


「魔族や魔物には、荒い言葉を使って気合を入れているんだ」

「初めて聞きましたが、本当ですか?」

「まあな」


 そうしないと、心が(すく)んで戦えないのだ。

 自分でも弱虫だと、心構えがなっていないと思う。だが、どうしても魔物と戦うのは怖いし、剣を向けるのも向けられるのも怖い。

 怪我をしたら痛いし、死んで冷たくなる事を考えると戦場の只中(ただなか)であっても身体が動かなくなる。

 そんな事、他の誰にも言えないが……それでも、宗一や阿弥だって前に出て戦っている。一番幼い結衣ちゃんだって、頑張ってこの旅に付いてきている。

 一番年上の俺が、弱音を吐けるわけがないだろう。――その強がりを押し通すために、言葉が荒くなっている。自覚しているが……こればかりはどうしようもないのかもしれない。少なくとも、今は。

 もっと戦う事に……魔物や魔族とはいえ、命を奪う事に慣れれば少しはマシになるのかもしれないが。


「なるほど」


 もしかしたら、そんな俺の心情がエルに伝わったのかもしれない。

 エルが、頷いてこちらへ歩み寄ってくる。別段おかしなところは無く、いつも通りの歩みなのだが、考えていたことがとても情けない事なので腰が引けそうになってしまった。


「確かに。気合を入れる、という事でしたら。あの言葉遣いも止む無しなのかもしれませんね」


 しかし、こちらが考えていたような言葉は返ってこず、安堵の息を一つ吐く。

 そんな俺を見て、エルが不思議そうに首を傾げた。


「じゃあ、そういう事で」

「わかりました。では」


 そこで言葉を切って、


「次に会った時こそ、ネイフェルをぶった切ってやりましょう」


 僅かに笑顔を浮かべて、そう言った。

 普段とのギャップというか……うん。


「お前は使わない方がいいと思うよ。うん」

「何故ですか?」


 そこで、心底から不思議そうな顔をして首を傾げられるとこっちが困ってしまう。

 多分エルがそんな事を言い出したら、俺が宇多野さんから怒られそうな気がする。変な事を教えたとかなんとかで。

 不覚にも、色とりどりの花々を背にして、胸元に水晶花を持ちながら首を傾げているエルは少しだけ可愛く見えた。



 潮風が頬を撫で、髪を揺らす。

 張られた帆は大きくたわみ、風を受けて船を進ませる。船上から見える海は青く、穢れのない海水は海中を透けさせている。泳いでいる魚どころか半魚人(サハギン)に代表される海の魔物すら姿が見えない。

 それは、まず海の魔物もまた大きな船を怖がっているというのと、この船が進んでいる航路が暖かい海水と冷たい海水のちょうど真ん中。混じり合う場所を進んでいるからだ。

 海に生息する生物というのは敏感で、僅かな海水の温度差でも敏感に感じ取り、時には命にすら関わってくる。なので、こうやって左右に温度差のある海路を進むことで魔物の襲撃を遠ざけているのだそうだ。

 昔の人は、本当に頭が良いというか、なんというか。その話を聞いた時は、凄いという感想しか浮かばなかった自分が恥ずかしかった。


「大丈夫か?」


 そんな甲板で、風に当たりながら必死に酔いと戦っている他称俺の弟子へ声を掛ける。

 顔を青くしているのはフランシェスカ嬢だ。青いというか、青白いというか。見ているこちらが気の毒になりそうなほど苦しげな顔をして、船乗りたちの邪魔にならないように隅っこで風に当たっている。あと、甲板だと吐いた時にすぐに対処できるというのも理由の一つだ。

 なんとも色気も何もない理由である。


「…………」


 返事すらせず、頷いて応えてくる。

 こんなに船が苦手だと聞いていなかったし、港町のご令嬢が船を苦手だとも思っていなかった。

 本人としては、昔は苦手だったが今なら大丈夫だろうと思っていたのだそうだ。現に、船に乗るのにも何の抵抗も無かったし、乗った後もしばらくはムルルやソルネアと一緒に行動して、船内を案内などしていた。その辺りは、流石この船の持ち主の家族であると言えるだろう。

 しかし問題は、船が出てしばらくした時だった。最初は少し体調が悪いからと休み、食欲が無いからと夕食を食べずに、二日目である今日。

 船酔いで死人(ゾンビ)のような顔色で、今に至る。


『船程度で、情けない』

「う」


 エルメンヒルデの声が堪えたのだろう、フランシェスカ嬢が緩慢な動きで頭を押さえた。

 どうやら、エルメンヒルデの頭に響く声が、船酔いの状態ではとても辛いようだ。


「少し、静かにしていろ。船酔いに、お前の声は辛そうだ」

『……失礼な』


 エルメンヒルデが悲しそうに言うと、フランシェスカ嬢がまた頭を押さえる。

 そんな仕草に溜息を吐いて立ち上がると、離れた場所で荷物が詰められた木箱に腰掛けていたムルルへと視線を向ける。あちらは船酔いなど関係無いとばかりに、足をぷらぷらと揺らしながらこちらを見ていた。こちらというか、フランシェスカ嬢をだろうが。


「無理をしないようにな」

「…………」


 やはり返事は無く、頷くだけで応えてくる。相当重症のようだ。

 そんなフランシェスカ嬢の隣から離れ、ムルルの方へ向かう。向こうは俺が何を言いたいのか察していたようで、俺が近づくと座っていた木箱から飛び降りた。


「フランは、大丈夫?」

「船酔いだからなあ。船に乗っている間は、あの調子だろうな」

「そう……」

『私には分からないが、船酔いとは辛いのか?』


 エルメンヒルデの質問に、同じく船酔いなど感じた事が無いであろうムルルも興味深そうに俺を見上げてくる。

 しかし、俺も船酔いなどなった事が無いのでよく分からない。


「俺も船酔いとは無縁だからな。二日酔いみたいなものなら、死ぬほど辛いが」

「お酒と船は違う」

『まったくだ』


 二人に強い口調で言われ、肩を竦める事で返事をする。二人とも、フランシェスカ嬢には優しいよな。

 そう内心で思いながら、先ほどまでムルルが座っていた木箱に今度は俺が腰を下ろす。


「エルメンヒルデの声が辛いらしいから、俺はここに居るよ」

『私の所為か?』

「ああ」

『……そうか』


 俺がそう言うと、落ち込んだ声で返事をしたまま黙ってしまう。

 冗談なのだから、そんなに落ち込まなくてもいいのだが。


「冗談だ」

「レンジの冗談は、分かり辛い」


 そう言って、ムルルがフランシェスカ嬢の傍へ歩いていく。

 その小さな背中を目で追いながら、溜息。


「そんなに分かり辛いか?」

『知らん』


 臍を曲げてしまった相棒をポケットから取り出して、指先で撫でる。船の上で弾くと万が一があるので、流石にそこまで冒険をする気持ちは無い。

 そうやって指先でエルメンヒルデの感触を楽しみながら、視線を海原へ。

 白い雲。青い海と、青い空。イムネジア大陸はもう見えず、エルフレイム大陸もまだ見えない。本当に、海と空と雲だけの景色。

 今の時間と太陽の位置を照らし合わせて方角を計りながら進む航海も、船旅に慣れた船員と一緒なら安心できる。

 出港時とは違い、ゆっくりとした雰囲気の船員達を横目で見て、また視線を海へ。


「綺麗だな」

『ああ。良い景色だな』


 俺がそう言うと、同じような事を感じていたのか、エルメンヒルデがポツリと呟く。

 こうやって広い海原を眺めるのは、元の世界の時から考えても初めてのような気がする。俺達の世界にある海は汚れていて、泳げないわけではないがここまで綺麗な青ではなかった気がする。

 こんな海で泳げたら気持ちが良いのだろうが、ここで海に飛び込もうものならあっという間に半魚人(サハギン)の餌である。

 流石に、海中で海に特化した魔物と戦うのは自殺行為以外の何者でもない。


「青い海、白い雲。うーみーはひろいーなーっと」

『なんだその歌は?』

「俺達の世界では有名な歌なんだけどな」


 そう言って、知っている個所だけを口遊(くちずさ)むように歌うと、エルメンヒルデが感心したような声を上げた。


『色々知っているな、本当に。しかし、全部は知らないのだな』

「広く浅くってのが俺らしいと思うんだ」

『……一つの事を極めるのも大事だと思うがな』

「手厳しいな」


 陽気に笑って潮風に涼んでいると、エルメンヒルデも何も言わずに付き合ってくれる。


「エルフレイム大陸は凄いぞ」

『ん?』

「ソルネアだけじゃなくて、お前にも見せたい景色が沢山あるんだ」

『そうか。それは楽しみだ』


 エルフの森に、世界樹。ドワーフ達が住む岩穴や、獣人達が暮らす集落。妖精郷の入り口にある花畑。

 気に入るかもしれないし、気に入らないかもしれない。

 エルメンヒルデはエルではないのだから、感じる感情も違うのだと分かっている。

 それでいいのだ、と思う。



大体この辺りから、エルさんが蓮司に染められ始める(意味深

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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字報告です。 どこか申請とも言える雰囲気が森のどこかしこから感じる。 申請 神聖でしょうか? 楽しんで読んでます。
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