第二話 精霊銀の剣
カン、カン、と。
遠くから聞こえる金属を叩く音。その音を聞きながら、朝食……いや、昨日の夜――昼? もしかしたら数日前に使った食器かもしれない。
布巾で拭く程度では落ちてくれない汚れが付着した食器を何とか洗うと、隣で洗った食器を乾いた布巾で拭いているフランシェスカ嬢へ渡す。そして、フランシェスカ嬢が拭いた食器をソルネアが受け取り、綺麗に棚へ収めていく。
そのフランシェスカ嬢は、いつも身に着けている青い外套を脱いで、今はフリルがふんだんに使われた白いエプロン姿である。勿論ソルネアも。こちらはピンクである。……表情を崩さないクールな美女がピンクのエプロン姿というのは、かなりシュールではあるが。
このエプロン、一体誰の趣味なのだろうか。悪くない、というか正直に言うとフランシェスカ嬢には似合っているのだが、この家の持ち主的に絶対に使っていないだろうと思う。現に、エプロンでありながら新品のように綺麗だったのだ。絶対に一回も使っていないのではないだろうか。
そもそも、一人暮らしの癖に何故エプロンが複数枚用意されているのか。しかも色とりどり。目に見える範囲だけで、あと三枚は壁に掛けられている。
『どうした、レンジ?』
「いや。どうしてアイツ、絶対に使わないエプロンを用意しているんだろうなあ、と」
『……そう断言してやるな』
そう言うエルメンヒルデの言葉にも力が無いのは、きっと本人も絶対に使わないと思っているからだろう。
異世界には似つかわしくない整備された水道の蛇口を締め、乾いたタオルで濡れた手を拭く。来た時は数日分の使用済み食器が溢れていたシンクも、今は一応見れる状態まで綺麗になっている。
本当ならば隅々まで綺麗にしたいところだが、そこまでするとこの家の家主が余計に駄目になってしまうので、ここは心を鬼にして、後で自分で掃除させようと思う。……アイツの事だから、汚れていても気にしないと言って、掃除を拒否しそうだが。
その時は、頭に拳骨を落としてでも掃除させよう。
「随分、片付きましたね」
『目に見える範囲はな』
フランシェスカ嬢の声にエルメンヒルデが答えると、その言葉の真意が分からないようでこちらを見上げてくる。その可愛らしい仕草に肩を竦める事で応え、続いて二階へ視線を向ける。
こちらも異世界には似つかわしくないコンクリートで固められた天井だというのに、壁や床に反響して阿弥の大きな声が聞こえてくる。その声が耳に届いたのだろう、フランシェスカ嬢がこちらを見上げたまま苦笑した。
一階はリビングと来客室……として作ったであろう荷物置き場と化した一室。それに浴室や仕事場……家事を行う部屋や、錬金術、薬剤室、などなど。
外から見ると普通の一般家庭に見えなくもない家だというのに、中へ入ると魔境と言わんばかりに混沌とした造りになっている家。しかも家自体はコンクリート造りで、壁には黒く変色するまで干された蜥蜴や干からびた蝙蝠の羽、幻覚作用があるほど強力な薬草などが下がっている。
試しに薬草を嗅いだら、干された事で効果が増したのか、本気でクラリと眩暈がした。窓を開けないと中毒になってしまいそうだ。……麻薬じゃあるまいし。
そんな魔境を、俺とフランシェスカ嬢とソルネア、二階には阿弥とムルル、玄関先はフェイロナが大掃除している。
何故かと言うと、あまりにも汚いから。
……昔の仲間というか、友人というか。そう言って紹介しようと思った俺の気持ちを理解してほしい。
友達を紹介しようと家に来たら、その家の中が魔境だった。……笑うに笑えない。
フランシェスカ嬢も、今は掃除が楽しいのかニコニコしているが、この家に来た当初はどうしていいか分からずオロオロしていた。フェイロナとムルルに至っては、明らかに口数が減っていた。ソルネアはいつも通り、ぼう、とした表情だったが。いつか、ソルネアの驚く顔を見てみたいと思う。
さて、次はどうするか。
そう思っていると、二階へ繋がる階段を誰かが降りてくる。視線を向けると、黒いストッキングに包まれた美脚が見えた。阿弥だ。
「阿弥、そっちは――」
「わぁっ。こっちを見ないで下さいっ」
俺がそう声を掛けると、いつもより大きな声が返ってくる。驚いたような声なのは、抱えている荷物が荷物だからだろう。
エプロンよりもはるかに小さいが、こちらも色とりどりな布――まあ、所謂下着と称されているものである。ランジェリーとも言う。
その布が何か、俺より一拍遅れて気付いたフランシェスカ嬢が慌てるように階段を降り終わった阿弥から半分ほど受け取って、足早に脱衣場へと駆けていく。そして、半分ほど減ってもまだ両腕で抱えるほどある大量の洗濯物を持って、その後を阿弥が続く。
……いったい、何週間分の洗濯物が二階には溜まっていたのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。嗅覚の鋭いムルルにとっては、地獄なのではないだろうか。女性の体臭について色々と考えるのもアレなので、これ以上は考えないが。
そう思いながら、阿弥とフランシェスカ嬢が通った後に落ちていた、黒い布を指で摘み上げる。布は布なのだが、どちらかというと布切れと言うべき面積しかないのはどうしてか。あと、雄一郎の事もあり、これを見せる相手が居るのだろうかと考えてしまった。
『何をしている?』
冷ややかな声だった。
頭に響く男性とも女性とも取れる中性的な声を聞きながら、それとは別に感じた視線の方を向くとソルネアが興味深そうに俺の手の中にある布切れを見ていた。ちなみに、その布切れは両端が紐で結ばれているタイプの布切れである。どうでもいい。
「そういうものが好きなのですか?」
「そうでもない」
あまりにも直球な物言いに苦笑して、指で摘まんでいた布切れを右の手で握る。いつまでも大の男が、こうやって下着を眺めているのも間抜けな光景だろう。
それと同時に、また二階から、今度はムルルが降りてくる。こちらも阿弥と同じように両腕に抱えるほどの洗濯物を持っているが、こちらは身長の関係で前が見えづらいようだ。おっかなびっくりといった様子で階段を降りている。
「半分持つぞ」
「うん」
俺がそう言うと、階段を降り終わったムルルが前が見えないなりに、手に持った洗濯物を突き出している。その突き出した方向には俺ではなくソルネアが居て、困ったように俺へ視線を向けてくる。
流石獣人。視界が塞がれていても、気配で誰かが居ると言うのは分かるようだ。
妙な所で感心しながら、横から洗濯物を半分受け取る。……しかし、これを全部洗うとなると大変だな、と思う。洗濯機のような物はもちろん無いので、洗濯は全部手洗いになる。これでも旅をしている時間は長いので洗濯一つでどうこう言うつもりは無いが、それでも面倒だなあ、とは思ってしまう。
手の中に握り込んでいた布切れをそれとなく洗濯物の中に混ぜて、洗い場の方へ向かう。家の裏手、井戸の近くを改装してある大衆向け用の洗い場には、こちらも整備された水道が設置されている。近くに見える井戸から水をくみ上げているのだろうが、どういう原理なのだろうか。
もう何度目かになるか分からないが、異世界に水道というのは合わないなあ、と考えてしまう。これでも銃やら車やらは自重しているからまだいいが。剣と魔術の世界に銃やら車やらは邪道だ、というのは幸太郎の言である。
俺もその言葉には同意だが、まずそれ以前に銃や車を作れるほど製鉄技術が発達していないし、燃料も無いし、作ったとしても利用できる知識がこの世界に無い。形をまねたものを作るだけなら簡単だが、細かな螺子一つを用意するだけでもかなりの時間を有してしまうし、車を動かすために必要な化石燃料をどうやって用意すればいいのかも分からない。もしそれらの条件をクリアして銃や車を用意できたとしても、使えるのは俺達だけ。
銃や車は精密だ。ちょっとした銃身の歪みで暴発するし、少し魔術で吹き飛ばされただけで車は走らなくなる。修理などこの世界の住人どころか、俺達にも無理だ。工藤以外に出来るはずも無いので、現実的ではない。
なにより、車が排出する排気ガスは自然を穢す。そういう理由で、あまりに突出している近代技術は、利用する事を俺達は遠慮している。
水道は、水回りの整備の一環だろうか。まあ、水道くらいなら世界を穢すどころか、生活を楽にするために必要な事なのだろうが。
それにしても、王都でも水道を用意できるほど下水技術は発達していないというのに、商業都市の地価はどうなっているのだろうか。
さて、その洗い場ではすでに阿弥とフランシェスカ嬢が、洗濯板を使って服やら下着やらシーツやらを洗い始めていた。
「大変そうだなあ」
「蓮司さん」
「はい」
「こちらは大丈夫ですから、フェイロナさんと一緒に玄関掃除をお願いします」
「わかりました」
笑顔で言う阿弥へ簡潔に返事をして、手に持った荷物を置いて回れ右。別に悪気や下心があったわけではないが、女性の服や下着を洗っている場所に男が居るのは失礼だろう。
ソルネアに、ムルルと一緒に阿弥達の手伝いをするように言って、言われた通りに玄関へ向かう。
造りはコンクリートだというのに、ドアは居世界特有の木製……木製のドアは、俺達の世界でも一般的だったか。その事を思い出しながら玄関から外へ出ると、箒を器用に使って掃除をしているフェイロナの姿があった。美丈夫は、どんな事をしていても絵になる。イケメンの特権である。
ご近所の方々だろう。妙齢の女性達がチラチラとこちら――俺ではなくフェイロナへ視線を向けているのも、イケメンの特権だ。チクショウ。
意味も無く心中で敗北感を感じながら、俺も余っていた箒を手に取る。
「手伝うよ」
「ああ」
言葉少なく、掃除を開始する。
といっても、もうほとんど終わっているようだ。相変わらず手際というか、要領が良いヤツである。
「中は賑やかだったな」
「なんだ、寂しかったのか?」
「ふ。そうかもしれないな」
僅かに口元を緩め、しかし手を止める事無く言葉を紡ぐフェイロナ。
寂しいという訳でもないだろうが、一人で玄関口の掃除と言うのは確かに退屈だったのかもしれない。まあ、ご近所の女性達を視覚的に楽しませては居たかもしれないが。
「まあ、賑やかすぎるのも色々と困るがな」
『本当にな』
「何かあったのか?」
俺の言葉に、エルメンヒルデが心底から同意の言葉を紡ぐ。その声音に興味を持ったのか、フェイロナが手を止めて視線をこちらへ向ける。
その視線に肩を竦めると、手を止める事無く口を開く。
「なに。女性の家を掃除する際は、男は邪魔だという事だ」
「ふむ?」
「端的に言うと、洗濯物が色々と問題だった」
「ああ、なるほど」
俺が何を言いたいのか察してくれたようで、得心したように相槌を打ってくれる。
「慕われるというのも大変だな」
どこか楽しそうに、フェイロナが言う。その口元が先ほど以上に緩んでいるように見えるが、あまり気にしない事にする。
自覚はあるのだ。
慕われているのかどうかは分からないが、阿弥もフランシェスカ嬢もムルルも、妙に脇が甘い。特に阿弥は、ここ最近は意図しているのではと疑ってしまいそうなほど、薄着というか、肌を見せる時がある。
世界を救う旅……と言うほど大層な旅ではないのかもしれないが、それでも命懸けの旅である事に変わりはない。阿弥はその事を知っているはずなのだが――知っているからこそ、なのかもしれないのか。
そう考えると、強くも言えなくなってしまう。冒険者は……特に俺達は、いつ死ぬかもわからないのだ。精一杯、何かを残そうと、後悔せずに済むようにと行動しなければならない。
その事を知っている。志半ばで力尽きた人、目的を果たせず涙した人、約束を守れず膝を付いた人。そう言う人を沢山知っているからこその、阿弥の行動なのかもしれない。
まあつまり。
「あまり、誰彼に色目を使わない事だ」
「そういうつもりは無いんだがね」
俺が溜息を吐くと、フェイロナがクツクツと笑う。
「これでも、お前より長く生きているのだ。話半分でいいから覚えておけ」
「へいへい」
『もう少し真面目に聞いておけ』
「分かっているよ」
そう言って溜息を吐くが、フェイロナは特に気にした様子も無く掃除を続ける。
しかし、工藤宅の玄関先にはもう目に見えるゴミは落ちていない。掃除を続けているのは、俺との会話を続けるためでもあるようだ。
「それに。工藤相手に妙な気を起こすだなんて、ありえないけどな」
「その口ぶりだと、リン殿と何かあったのか?」
「何かあったじゃなくて、何も無かったからそういう関係にはならないって事だ」
例えば、夜二人っきりで酒を飲んだり、星を見たり、焚き火の番をしながら語り合ったり。
そういう時間を過ごしても、俺と工藤の間には何も無い。強いて言うなら、あるのは友情や似た者同士の親近感のようなものだろう。実際は、そうやって二人の時間を過ごした事は無いが。
俺も工藤も、お互いを意識していない。この世界に召喚された最初の頃は少し意識していたかもしれないが、それも遠い昔のように感じてしまう。というか、今更何があっても意識しないのではないだろうか。こうやって掃除の際に下着を見付けても。それはそれでどうかと思うが。俺が枯れているわけではないと思いたい。
今では腐れ縁にも似た冗談を言い合う仲だろう。
なので、まあ……。
「俺は面食いでね。好みには煩いのさ」
「なるほど」
どこまで本気にしているのか分からない返事を聞きながら、男二人が並んで掃除を再開する。
ゴミは落ちていないので、傍から見るとなんとも間抜けな光景に違いない。
「今までは無かったが、これからはあるかもしれない。そういう不安もあるのだろう」
「ありえないと思うが……」
「心に留めておけ」
「分かっているさ。人生の先輩からの言葉は、ちゃんと覚えておくとも」
「そういう事だ」
グリフィンとの一戦から、阿弥はよく俺を意識している。今までのように気に掛けているのではなく、俺を意識している……と思うのは、俺の自惚れだけではない。
今日のようにどこかへ出る際にはついてくるし、先ほどのように工藤の下着一つで……は、今までと変わらないか。むしろ、俺が工藤の相手に慣れ過ぎてデリカシーに欠けていると言えるだろう。
何かしらの心情の変化か、それとも女心というヤツか。男の俺には分からない――というありきたりな逃げ道は、そろそろ使えなくなりそうだ。
「…………」
「なんだ?」
視線を感じて、フェイロナの方を向く。
「なに。分かっているなら、特に言う事は無いさ」
「さよで」
冗談めかしてそう言うと、まるでタイミングを見計らっていたかのように工藤宅のドアが開いた。
中から出てきたのは、煤で服どころか顔まで汚してしまっている工藤だ。折角の美人が台無しだ、というありきたりな言葉は反応してもらえないどころか、心に届かないので口にしないでおく。こういう言葉は、反応してくれる相手に言わないと面白くないのだ。
まあ、どれだけ容姿が優れていても、どこか眠たげというか、やる気の無い顔をしていては百年の恋も冷めるというものだ。
「あ、ここに居た」
「どうした、工藤」
「山田さんじゃなくて、そっち」
相変わらずマイペースに、俺の事など気にせずフェイロナの方を向く。
「エルフが使っている文字で、『ラエルフィア』ってどういう綴りだったっけ?」
「……それくらい覚えていろよ」
「私は山田さんと違って、必要な事は必要な時にしか覚えない主義なのよ」
それはそれでどうかと思うが。
そう思いながら、箒で地面に『ラエルフィア』の単語を書く。石畳なので綴りは残らないが、それで思い出せたようで、工藤が成程と呟く。
「ん、ありがと」
特に魔力の光で綴ったわけではないが、どうやらそれだけで工藤には伝わったようだ。
以前にも確か書いた文字なので、ちょっとした事で思い出せる範囲だったのだろう。
「おい、工藤」
「なに? もう少しで完成するから、もうちょっと待っててくれると嬉しいけど」
「そっちじゃなくて。下着くらい、自分で洗え」
「溜ったらね」
お前は堪っても自分でしないだろうが、という言葉はなんとか飲み込んだ。いや、言ってもいいのだが。それだとまた、じゃれ合いのような会話を始めてしまう事は火を見るより明らかだ。
なんだかんだで、俺も工藤も、ああいう馬鹿な会話が嫌いではない。ああやってバカを言い合って、じゃれ合って。そうやって深まる絆というか、仲というものもあるのだ。
「というか、他人に下着の洗濯を頼むな」
俺が言うと、なんとも色気の無い言葉が返ってきた。
「精霊銀の剣を打つ代金が家の掃除なんて、格安も良いところよ?」
『そういう問題ではないと思うが』
「なに。山田さん、私の下着で……」
「しねえよ」
「残念。もし山田さんが私で欲情したら、阿弥をからかおうと思ったのに」
「年頃の娘が欲情とか言うな」
しかも、本当に気にしていない様子で、サラッとそんな事まで口にする。俺の呆れ声に、溜息を返す始末である。
ほら、と。これ見よがしに肩を竦めてフェイロナへ視線を向けると、向こうは疲れたように頭を押さえていた。
「それじゃあ。掃除、よろしくね」
そう言って、ドアが閉められる。
「な。俺と工藤の間に、何かあると思うか?」
「……遣り取りを見る限り、仲が良さそうにも見えるが」
『仲はいいな』
しかしそれは、仲は、だ。それ以上でも、それ以下でもない。
それが俺達の関係だ。
気楽で、気心がそこそこ知れた友人。それで十分だし、それ以上は望まない。きっと工藤も、俺に対する感情はそんなところだろう。
多分。
俺は工藤本人ではないので、本心は結局分からないが。少なくとも、気のある異性に下着を含む服の洗濯などさせないだろう。普通は。
「それにしても」
「ん?」
「エルフの文字を知っているのか?」
先ほどの工藤との遣り取りの事だろう。
『ラエルフィア』
『ラ』は火、水、風、土。所謂『四精霊』『四属性』の事を表し、『エルフィア』はこの世界の事を指す。
おそらく工藤は、この世界を構成するとされている四精霊の力の影響を受けやすいように、魔力付与の言葉をエルフの文字で頼んでいた精霊銀の剣に彫っているのだろう。
そこまで予想すると、フェイロナが感心したように息を吐いた。
「物知りだな」
「俺が阿弥達と一緒に旅をするには、剣の腕だけじゃなくて、頭も必要だったんでね」
必死に勉強したのさ、と。
才能が無いなら努力と根性と勉強でカバーする。俺達の世界では九十年代に流行った、漫画のような展開である。しかも熱血物。
俺には縁の無い世界でしかなかったが、そうするしか生き残る方法が無かったのだから仕方がない。おかげで、今でも色々と助かる事が多いのだから。
「努力家だな」
「やめてくれ。そういう評価は、俺には似合わない」
『そうでもないと思うが』
「努力家と言うのはずっと努力を続けられる人の事だ。俺はただ必死なだけだ」
さて、と。箒を元の場所へ戻して、伸びをする。
良い天気だ。そろそろ暖かくなってくる時期なので、身体を動かすには丁度良い日だろう。
「頼んだものが、ちゃんとした物に仕上がっているといいんだがな」
「大丈夫だろう。レンジ、お前の仲間が仕上げるものなのだから」
「違いない」
その辺りは信用するさ。
俺と同じでやる気が薄い、そして俺以上に無気力な工藤燐。
だが、彼女の鍛冶、錬金術の知識と技術は本物だ。ドワーフに鍛冶を教えてもらい、エルフから魔力付与の技術を学び、アストラエラから得た加護がある。
だから頼んだ。
これから先、今まで以上に強力で危険な魔物や魔獣――もしかしたら、魔族と戦う事になるかもしれないから。
そんな時に戦えるように……フランシェスカ嬢の新しい剣を。




