第五話 商業都市メルディオレ1
なだらかな丘を越えると、遠目にだがはっきりと大きな建物群――高い壁に囲まれた都市が目に映る。背後は海に、周囲は壁に。王都よりも一回り小さいが、王都よりも人通りが多い都市。商業都市メルディオレ。
それと同時に、空の青を反射する蒼い海と白い雲、遠くに見える水平線、メルディオレから少し離れた場所にある高い禿山、周囲一帯の草原もまた、視界に映る。特に目を惹くのは、やはり蒼い海だろう。確かもう少し進めば、砂浜も見えてくるはずだ。記憶を掘り返しながらその景色を見ていると、今日は俺と一緒に馬車の右側へ付いたムルルが外套を軽く引っ張った。
「うん?」
「海」
「ああ、そうだな。もう少ししたら、海鳥も見えると思うぞ」
「……うん」
海が珍しいのか、周囲への警戒を解いて海を見ているムルル。海が好きなのだろうか。獣人というのはあまり水というものを好きではないと思っていたのだが。それとも、この景色に感動しているのか。
俺としては後者が嬉しいのだが。そう思いながら、先頭馬車へ視線を向ける。窓から見えるソルネアの表情は、いつもと変わらぬ水面のような平然としたものだ。けど、その視線は海へ向いているだけでも、少しはマシなのか。隣に座っているフランシェスカ嬢が何事か口を開いている。海の説明をしているのかもしれない。
当然の事だが、この世界にも海はある。母なる海とはよく言ったもので、この世界の海には俺達の世界以上に多くの生物が生息しているのではないだろうか。
最も顕著なのが、魔物。ファンタジーの定番とも言える海賊が存在しない代わりに、海の殆どは魔物に支配されてしまっている。半魚人や水棲馬、下級精霊のような小型の魔物から、船すら簡単に破壊する巨大イカに水龍、巨大魚といった特大の魔物が多く生息している。空には海鳥の代わりに鳥女やセイレーン、エキドナといったファンタジーでは御馴染の魔物が飛んでいる。まあ、ハーピーは本来山に生息しているので、遠洋まで追ってこれないが。
陸地よりもよほど危険であるし、魔物だけでなく天候もまた大敵だ。嵐に巻き込まれようものなら逃げ場が無く、この世界の船は木造船が主なので簡単に壊れてしまう。海に近い商業都市側の人間からしたらそれが当たり前で、慣れているという面もあるだろう。しかし、海とは遠い内陸に生活していると、海はとても恐ろしいものに思えるようだ。
もちろん、泳ぐ事など出来はしない。水中で襲われれば、どれだけ屈強な冒険者でも成す術がない。泳ぐのに精一杯だし、水の抵抗で剣など振る事が出来ない。魔術も同様で、とてもではないが集中しながら泳ぐというのは無理がある。
水着? そんな幻想は、ファンタジーには存在しないのだ。
それだけ危険な海なのに、どうしてエルフレイム大陸との航路が存在し、交易が成り立っているのか。
俺は海に詳しくないが、宇多野さんの話では西と東で水の質が違う場所が存在するのだそうだ。川から流れる淡水と海水が混ざり合う場所というのは俺達の世界でもあったが、海水と海水が違うというのはよく分からない。塩分濃度やら海水に含まれる酸素濃度が違うのだとか。
そして、その境界線上が魔物に襲われない……襲われにくい航路なのだそうだ。俺には全く分からないが、船乗りの人達は経験で分かると言っていた。もはや達人や職人というよりも、仙人の所業に思える。
ちなみに、俺が先ほどムルルへ言った海鳥とは、俺達の世界でよく見る海風に乗って飛ぶ鳥の事である。ハーピーやセイレーンの餌でもある。モンスター娘なんて幻想ですらない。なにせ、アイツらは肉食なのだ。隠語ではなく、本気で。夢も希望もありやしない。
メドゥーサ? 本気でキモチワルイです。
「そういえば、ムルルは船でイムネジア大陸まで来たとか言ってたな」
「うん。船に乗ってきた」
「船旅はどうだった?」
「憶えていない。ずっと、一番奥に居た」
「…………」
そういえばコイツ、密航してきたんだった。その事を思い出し、視線だけを馬車の方へ向ける。どうやら、メーレンティアさん達は窓を閉じているのでムルルの声が聞こえていないようだ。
ほ、と胸を撫で下ろす。
『なんとも、問題の多い獣娘だな』
「大丈夫。レンジより、問題は少ない」
「自分で問題があるとか認めるのか。あと、俺はそこまで多く問題は起こしてないからな?」
「え?」
『……はあ』
俺がそう言うと、ムルルは心底不思議そうな顔をして、エルメンヒルデはとても重苦しい溜息を吐いた。それはあたかも、俺が問題を起こしていると言わんばかりの反応だ。
「いや、起こしてないだろ?」
「本人が一番気付かない」
「それ、お前だからな? お前も結構問題起こしてるからな、ムルル」
「うん」
いや、認めんなよ。というか、認めた上で俺を悪く言うのやめようよ。悲しくなって馬の首筋を撫でてやると、ブルル、と返事をしてくれる。そんな仕草に癒されながら、カッポカッポと街道を歩く。
昨日から街道にも多くの人が行き交っている。商業都市というだけあって、そのほとんどが商人だ。冒険者は商人の馬車の護衛としてが殆どで、目に見える範囲で魔物討伐を行っている冒険者は居ない。この辺りの平原にもゴブリンや犬頭人といった下級の魔物は存在するのだが、魔物世界も弱肉強食。それらは空の魔物であるハーピーの餌でもある。剣や槍は使えても、弓を使えるほど器用ではないゴブリン達は、ハーピーにとって人間以上に楽な獲物なのだ。
なので、他の都市周辺なら大量に発生するゴブリンも、商業都市付近にはあまり存在しない。時折大量発生するらしいが、その時々で対処すればいいだけだ。
逆に問題なのが、視界に映る高い禿山だ。頂上は雲を突き抜けるほどに高い。その山の至る所にハーピーが生息しており、もう少し近づくと遠目でもその姿が確認できるだろう。下半身と両腕は鳥そのもので、上半身と頭部は人間に似ている魔物。似ているだけであって、言葉は喋れないし意思疎通も不可能だ。向こうは人間を餌としか認識していないし、こちらも相手はただの魔物としか思わない。
『お前も、と言っている時点でどうかと思うのだが』
「…………」
その一言に、目頭を押さえてしまう。俺って、実は無意識下で何かしているのだろうか。
「蓮司さんっ」
そう気を抜いた瞬間、阿弥の焦り声に顔を上げて周囲へ視線を向ける。緩やかな丘を抜けた先は開けた草原だ。魔物が近寄ってくるなら嫌でも目に付く。それがない事を確認して、視線を空へ。しかし、そこにも魔物の姿は無い。
「どうした、阿弥?」
「前。山に……」
そう言われ、視線をメルディオレから離れた場所に位置する禿山へ向ける。俺の視力ではまだハーピーの姿を確認する事が出来ないが――目を細めると、大きな黒点を捉える事が出来た。
大きい。ハーピーが大体中学生程度の大きさしかないのに対し、その黒点は明らかに巨大過ぎる。正確な大きさは離れ過ぎているので分からないが、おそらく数メートルはあるのではないだろうか。
「……グリフィン」
「見えるのか、ムルル?」
「うん」
その呟きに振り返ると、ムルルも俺と同じように禿山へ視線を向けていた。その細められた瞳で見た黒点の正体を教えてくれる。
グリフィン。身体は獅子、頭部は鷲。背には大きな翼を持ち、風の精霊の加護を受けて飛ぶ――魔獣。本来ならイムネジア大陸には生息しておらず、エルフレイム大陸かアーベンエルム大陸に生息しているような中型の魔獣だ。
「本当にグリフィンか?」
「疑うなら、アヤにも聞けばいい」
俺がそう聞き返すと、疑われたと唇を尖らせるムルル。そんなつもりは無く、ただ真実を受け止めたくなくて聞き返しただけなのだが。
後で謝ろうと後頭部を掻きながら、馬の腹を蹴って馬車の反対側――阿弥とフェイロナが居る側へ移動する。
「阿弥、フェイロナ。見えたか?」
「はい。ですが……」
「私は初めて見たが、グリフィンというのはこの大陸には居ないのではないか?」
「だな」
フェイロナの質問に首肯して、もう一度視線を禿山に。しかし、先ほど見えていた黒点はもう見えない。おそらく山の裏側へ回ったのだろう。グリフィンは巣をああいう高い山の上に作る。それが、グリフィンがイムネジア大陸に生息していない理由の一つでもある。イムネジア大陸には、メルディオレの傍にあるような高い山が少ない。皆無という訳ではないが、グリフィンの生息域が限られてしまう。なのでこの大陸には生息していないと言われている。
まあ、俺達は生物学者でもなければこの世界に来て日も浅い。グリフィンの生態系など、討伐に必要な程度分かれば十分だ。
「あー、やだ。また面倒事の匂い……」
『ふふ。どうやらまた、退屈はしなくて良さそうだな』
「勘弁してくれ」
命を天秤に乗せるのはこっちだってのに。頭に響いた声に、文字通り頭を抱えてしまう。
グリフィンはイムネジア大陸に存在しない。それは、イムネジア大陸の住人はグリフィンとの戦い方を知らないという事でもある。生態や習慣というものも、結構あやふやだ。俺が書物で読んだものと、実際に見て、感じて学んだ事が違うように。先ほど見たグリフィンがいつからこの辺りに住み始めたのかは知らないが、討伐されていないという事は誰も討伐できなかったという事だろう。あれだけの大物が都市の傍に巣を作ったなら、すぐに討伐隊が組まれていてもおかしくない。
チラリと阿弥へ視線を向けると、向こうもこちらを向いていたようで視線が重なった。どこか楽しそうなのは、グリフィン程度は彼女の敵ではないからだろう。俺からしたら、命懸けの相手だというのに。
「だから、アストラエラからの依頼は気乗りしないんだ」
行く先々で面倒事というか、厄介事が起こってしまう。俺が不幸なのか、それともその辺りを狙ってアストラエラが俺に難題を押し付けてくるのか。後者のような気もするが、前者も捨てがたい所だ。
そうやって悩んでいると、馬車の窓が開く。顔を覗かせたのはフランシェスカ嬢だ。
「どうかなさいましたか、レンジ様?」
「いや、なんでもない。それより、ソルネアは元気にしているか?」
「え? あ、はい。景色を楽しまれていますよ」
だといいが。
空を見上げると、憎たらしいほどの快晴。もし翼があるなら、どこまでも飛んで行けそうだ。そう、現実逃避をしてみる。
そんな俺を、ソルネアがただただぼーっと見ていた。
・
潮風が頬を撫で、海の香りが薫る街。商業都市メルディオレ。十メートルはあろうかという壁に囲まれ、西と北側は海に面している都市は活気に溢れていた。
馬車を護衛していた騎士の一人が見張りの兵士へ通行証を見せると、都市に入る。最初に目に入ったのは、沢山の人だ。人間だけではなく、亜人、獣人。中には妖精といった小さな姿も見て取れる。アナスタシアのような翅を持つ妖精、子供のよう身長の小人、そのホビットとあまり変わらない大きさの髭面のおっさん。フェイロナと同種族のエルフに、様々な獣の耳や尻尾を持つ獣人達。
沢山の人、種族。そんな人達が溢れる都市。だというのに都市の広さは王都と比べるなら三分の二ほどしかない。その結果、雑多とも言うべき混雑が目立つ。それを活気があると見るか、人が多すぎると見るかはそれこそ人それぞれだろう。それがメルディオレ。王都も人が多かったが、その王都よりも人が多く、そして活気に満ち満ちているように感じる都市である。
『相変わらず、人が多すぎる』
「それがいいんだろ」
人混みは嫌いだが、これだけ活気があるとこちらも元気を分けてもらえるような気がしてくる。まあ、ここに居を構えようとは思わないが。何せ、これだけ人が多いのだ。とてもではないが、数日ほど滞在するだけで気疲れしてしまう。
海からの風で木材は痛むので、建物の殆どは石造り。しかも、メルディオレという都市の土地が狭いので、ほとんどの建物が二階建てか三階建てとなっている。地震が少ない土地だというのは分かっているが、見ていてなんとも危なっかしい。大通りに面している建物にはどれも看板があり、酒場、武具屋、道具屋が数件おきに並んでいる有様だ。客寄せの為に、売り子が大声で今日の特売品を叫んでいる。
「それでは行きましょうか」
馬車の窓が開き、メーレンティアさんが先を促してくる。足を止めていた馬の腹を軽く蹴ると、先に進む。
それだけの人に溢れていても、馬車や馬が通る道が塞がれないのは、この都市のルールがきちんと制定され、それを住民達がちゃんと守るだけの道徳を持ち合わせているからだ。法律や罰金というものは無いが、こういった事が守られているというのは治安がそれだけ安定しているという事の証明だろう。それに、これだけの馬車が通っても住人たちは目も向けてこない。それだけ、人……というか、馬車の通りが多いという事か。
最後に来たのは一年以上も前だが、あの頃よりもずっと人々の顔には笑顔が多い。今日は俺と同じ馬車の右側に居るムルルが、興味深そうに周囲を見渡していた。
「珍しいか?」
「うん」
その返事も、どこか上の空だ。この活気に目を奪われている、といったところか。年相応というか、なんとも子供らしい姿を見せるムルルが可笑しくて笑うが、そんな俺に気付きもしない。
いつもならここで、子供扱いするなと目で訴えるか、口にするか、無言で唇を尖らせたりするのだが。
「というか、メルディオレは初めてじゃないだろ?」
「……あの時は、王都へ行くことばかり考えていた」
「ふうん」
そういえば、初めて会った時はもっと無愛想だったことを思い出す。精霊神からの依頼……この場合だと神託とでもなるのか。その使命で頭が一杯だったのか。
一生懸命と言えば聞こえが良いのだろうが、そればかりで頭が一杯になるのもどうかとおもう。こんなにも素晴らしい世界を見逃してしまうのだから。
「後で、屋台を冷やかすか?」
「ひやかす?」
「一緒に見て回るか、って事だ。串焼きを一本くらいなら奢るぞ」
「……ほんとう?」
小首を傾げながらそう言ってくる姿は、本当に可愛らしい。
「おう」
俺なら、その串焼きと一緒に一杯ひっかけたいのだが。さすがに、ムルルを酒に誘うのはまだ早いか。いつかは酒の味を教えたいとは思うが。
そう返すと、今度は視線を逸らされてしまう。だが、その口元は隠しきれない程に綻んでしまっていた。こんな表情が見れるなら、串焼きの一本や二本くらい安いものだ。
今度、アストラエラにも持っていくかなあ、とか考えていると馬車が大通りを外れて、人通りの少ない道を進む。
「そういえば、フランシェスカ嬢の実家の事。何か聞いているか?」
「ううん。家に行けば分かるから、って」
「そうか」
何も知らないというのは礼儀に反するので、仲の良いムルルが何か聞いているかと思ったのだが。商家の家系なのだろうが、このメルディオレではどういう立ち位置なのだろうか。
船を用意できると言っていたので交易か、それとも自家用の船を持っているほどの金持ちか。
確かメルディオレは、都市の長とは別に、商売を纏める貴族が複数居たと記憶している。簡単に言うなら、武具の流通を管理する貴族、道具を管理する、港を管理する、人の流れを管理する。そういうのを別々の貴族が担当しているのだ。その上で、お互いに利益が生まれるように調整している。
そう考えると、フランシェスカ嬢の実家は港の管理をしている貴族の一人なのだろうと予想する。バートン家という家名に聞き覚えは無いが、結構な力を持つ貴族なのかもしれない。この場合の力というのは、財力となるのだが。
しばらく路地裏を進むと、開けた場所に出る。貴族や金持ち達が居を構える住宅区。その一等地である。緩やかで長い上り坂を上ると、大通りや路地裏に建てられていた建物よりも明らかに贅を凝らしている建物がいくつも視界に映る。都市を囲む壁よりも高い土地なので、壁の外や遠い水平線までもが見える立地条件は、確かに金持ちの特権だろう。まあ、水平線は港からでも見えるのだが。
「家、色々ある」
「だなあ」
海に近い所に建てられていたのは石造りの建物だが、この辺りは潮風もあまり来ないようで木製の建物も多い。しかも、やたらとカラフルなのは貴族の趣味か、この世界の流行なのか。
馬車が二台並んでも余裕があるほど広い道を通り、その住宅地を抜ける。さらに一段高い土地に、その家はあった。大きさで言えば、先ほど通り過ぎたカラフルな家々よりも一回りほど大きいと言ったところか。色合いも普通で、俺としては好感が持てる。ただ、色とりどりの家を見た後だと少し物足りない印象を受けてしまう。
その家の門の前に、執事服に身を包んだ初老の男性と彼に付き従うように後ろに控える若い男性。他には十数人のメイドさんが俺達……というよりも、メーレンティアさんとフランシェスカ嬢を待っていた。その内の一人に近づくと、馬から降りて手綱を渡す。
「長旅、お疲れ様でした。宜しければ、家で僅かばかりのおもてなしをさせていただきたく思うのですが」
「御心遣い、ありがとうございます。ですが、少々気になる事がありまして。これからギルドの方へ行こうかと思います」
「そうなのですか」
「申し訳ありません。折角のお誘いを……」
「いいえ」
断るのは失礼になってしまうのだが、先ほど見たグリフィンの事が気になった。大通りを歩いていた人達の様子から混乱は起きていないようだが、何か起きてからでは遅い。
犠牲が出る前に、増える前に何かできるのならしておきたい。
『ふふ。やる気があるな』
「さて、ね」
面倒事は嫌いだと言いながらこう考えるのだから、どうかしていると自分でも思う。さて、面倒臭がりと真面目なのは、どちらが本当の俺なのだろうか。
答えが無いであろう事を考えながら、メーレンティアさんとフランシェスカ嬢、ここまで一緒に旅をしてきた冒険者達に別れを告げる。
ムルルは寂しがっていたが、同じ都市に居るのだ。仲が悪いという訳でもない、会おうと思えばいつでも会えるだろう。それに、船を用意してもらえることになっているので、近いうちにまた顔を出さなければならないのも事実だ。
だから、フランシェスカ嬢にも寂しさはあっても、悲しさは感じられない。これから泊まる宿の名前を教えておけば、遊びに来るだろう。ちなみにそこは、数年前に商業都市へ来た際に借りた宿だ。中々に値段が高い宿だが、折角なのでいい宿に泊まろうと思う。贅沢も、旅の醍醐味だ。
「フランシェスカ嬢、またな」
「はい」
俺が向けるのも、この一言だけ。生きていればまた会える。出会いがあれば別れがあり、別れがあれば再会がある。旅とはそういうものだ。後ろ髪を引かれているムルルの手を阿弥が引きながら、バートン邸から離れる。
それに、おそらく近いうちにまた接触してくるだろう。こうやって一度旅をしたのだ、このつながりを大事にしようとするのではと思う。それにフランシェスカ嬢の事だ、これでさようなら、ともしないのではと思う。特に、ムルルとは仲が良いようだし。
「それで、これからどうする?」
「ギルドに顔を出す。グリフィンの事を聞いて、この辺りで何が起きているのか調べる」
「そうですね」
俺の提案に、阿弥も同意してくれる。この子も、この大陸にグリフィンが居るという事が気になっているようだ。
住宅街からギルドがある地区までは結構な距離があり、途中の屋台で先ほど言ったようにムルルにオーク肉の串焼きを奢り、それを見た阿弥が羨ましそうにしていたのでこちらにも奢り、そうなるとソルネアだけを仲間外れにするわけにもいかないのでソルネアにも奢る。
フェイロナは自分の分は自分で出していたが、結局自分の分も合わせて四人分の串焼きを買った事になる。何だろう、この脱力感は。
ムルルが嬉しそうなのでいいか、と思う事にする。そう思わないと、なんだか悲しくなりそうだ。
「美味いか?」
「うん」
「そりゃあ、良かった」
並んで串焼きを食べながら、大通りを歩く。迷子にならないようにムルルとソルネアが俺の外套を掴んでいるので、気分は完全に父親とか、そんな感じだ。
そんな俺を見てフェイロナと阿弥が口元を緩めているが、気付かないフリをして食べ終わった串を齧る。というか、ソルネアは子供というには大きすぎるだろう。見た目は二十歳過ぎた妙齢の美女だ。身長だって、阿弥より高い。まあ、中身はゼロ歳なのだが。
「どうだ、焼きたては美味いか?」
そんなソルネアへ、同じような事を聞く。
ソルネアは小首を傾げた後、
「うん」
ムルルの真似をするように、小さく頷いた。




