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第五話 英雄の旅

 山田蓮司は神殺しである。が、英雄ではないと思っている。少なくとも本人は。

 女神の祝福を受け、チート(神殺しの力)を授かり、世界を救った十三人のうちの一人。

 本人たちはチートと呼んでいるが、異世界の住人からは女神の贈り物(ギフト)と呼ばれる、特異な能力。

 勇者と呼ばれる少年は『絶対に負けない能力』を手に入れた。

 本人の意思が負けを認めないなら、どんな状況でも覆せる能力。

 遊びでも、喧嘩でも、戦争でも、殺し合いでも。

 たとえ相手が遥か格上の存在であろうと、本人の意思が負けを認めないなら、世界が彼に味方する。

 そんな異能(チート)

 大魔導師と呼ばれた少女は、『神に等しい魔力』を手に入れた。

 その魔力は雷を落とし、大地を隆起(りゅうき)させ、周囲一帯を圧殺させる。

 天変地異の想像すらも現実化し、数多の魔物を屠る力となった。

 中にはドラゴンや巨人と言った、想像を絶する存在すらも巻き込むほどの魔力だ。

 正に『神に等しい』と言えるだろう。

 魔物と契約できる異能(チート)を求めた少女もいた。

 従えられるのは三匹だけという制限があったが、空飛ぶ巨大なドラゴン、不死の騎士、悪戯好きの妖精を従えた姿は、確かに英雄(神殺し)と呼ぶに相応しい貫禄があった。

 他にも、生きてさえいればどんな傷すら癒す『聖女』。

 未来を見通す邪眼(イービルアイ)を左目に宿した魔法使い(中二病予備軍)

 世界最高の料理人。

 等々。

 実に個性的な仲間が揃ったと思う。

 旅は辛かった。

 だが、それ以上に楽しかった。

 苦しい思い出も多い。

 でも、悲しい記憶ばかりではない事を覚えている。

 英雄(山田蓮司)もまた、チートを望んだ。

 魔神を倒す為に。元の世界に戻る為に。生き残る為に。

 そして手に入れたのは喋るメダル(神殺しの武器)と、少しだけ強化された身体能力。

 どうしてメダルが喋るのか。

 何故女神は、不必要な物(意志)を武器に持たせたのか。

 女神『アストラエラ』。

 武器に意志など必要無い。

 そんなの当然ではないか。

 意志がある武器など――愛着が湧くに決まっている。

 会話し、笑い合い、励まし合い、支え合い、苦楽を共にして、旅をして、助けられた。

 だから、英雄(山田蓮司)相棒(エルメンヒルデ)に武器として以外の生き方を探してほしいと思った。思ってしまった。

 武器(エルメンヒルデ)相棒(エルメンヒルデ)となり、それでも神殺しの武器はエルメンヒルデ(武器)で在ろうとした。

 そこにどれだけの苦悩があったのか、山田蓮司には判らない。

 この選択が、どれだけ武器(エルメンヒルデ)を傷付け、追い詰めたのかも判らない。

 そしてその選択が、性悪女(女神アストラエラ)の手の平の上だった事も気付かない。

 ただこの結末は、女神すら予想していなかったモノだ。

 武器(エルメンヒルデ)(英雄)を選び、旅をする。







 目を開けると、朝だった。


『……珍しい。起こす前に起きるとは』


「第一声は挨拶にしろ。おはよう、エルメンヒルデ」


 くあ、と欠伸をすると(かたわら)から溜息。


『その言葉は、そっくりそのまま返したい』


「それもそうだ」


 かか、と笑う。

 俺だって、マトモに挨拶をする方じゃない。

 特に酒に酔って寝た次の日には。


「懐かしい夢を見た」


『また、異世界の夢か?』


 着替えをしながら夢を見た事を告げると、エルメンヒルデから返事が返ってくる。

 異世界に来た当初、俺達は良く元の世界の夢を見た。

 口や態度では異世界を楽しんでいたが、根っこの部分では元の世界が恋しかったんだろう。

 そもそも、いきなり異世界に召喚されるなんて経験、一生に一度しかないだろうし。

 相棒(エルメンヒルデ)を与えられた後も、何度も夢の中で元の世界を夢想した。

 所詮は、夢の中なのだが。

 目が覚めると異世界なのは変わらない。

 半年もする頃には、元の世界の夢は見なくなった。

 年少組は、一年くらいは見ていたようだし、時折泣いている時もあったが。

 こっちは大人だ。子供が泣いてる時に一緒に泣くわけにはいかないのだ。

 とまぁ、その事はさておき。


「もう少し、懐かしい記憶だ」


 なんとなく、エルメンヒルデの夢を見たというのを口に出来なかった。

 女神『アストラエラ』。

 俺達に異能(チート)を与えた存在であり、人間に信仰される神。

 獣人たちは精霊神という神を信仰し、魔族は魔神を信仰する。

 世界を創ったとされる三柱の内の一柱。

 会った事はあるが、どんな顔かは知らない。

 どうにも、その辺りの記憶には霧がかかっているのだ。思い出せない。

 ただ、女神というからにはとてつもない美人なんだろうな、とは予想している。

 是非一度、お話ししたいものだ。


『で?』


「それだけだ」


『……そうか』


 エルメンヒルデのいつもの呆れ声を聞きながら顔を洗い、髭を剃り終えると完全だ。

 この微妙な剃り残し具合。

 今日も完璧に村人Cになりきってる。


「完璧だ」


『剃り残しがあるぞ?』


「それが良いんじゃないか」


 と、馬鹿な事を話しながら、エルメンヒルデをポケットに仕舞う。

 使い古した外套(マント)を羽織り、ベルトに鉄のナイフを刺し、昨日纏めておいた荷物を背負う。

 ……冒険者というよりも商人風に見える事が気になるが、まぁ良い。

 今度、安い鎧でも買うべきかもしれないな。冒険者的に。

 流石にチュニック一枚でオークとやり合うのは危険すぎるかもしれない。

 まぁ、当らなければどうという事は無いのだが。





 フランシェスカ嬢と合流して、朝食を済ませて村を出る。

 お世話になった女将さんとギルドの連中に挨拶を済ませ終わる頃には、陽が高くまで昇っていた。

 少し、気分が高揚している。

 いつになっても、冒険というのは良いものだ。

 たとえそれが異世界で、危険があるのだとしても。いや、だからこそ少し興奮しているのか。

 道のりは決して遠くないが、近いとも言えない。

 隣の村までは歩いて丸一日の距離だが、新人冒険者と行くとなると、もう少し掛かると考えるべきだろう。

 その辺りも考えて、まだ余裕があるとは思うが。


「荷物、少し持ったほうがいいか?」


「いえ、大丈夫です」


 俺よりも、フランシェスカ嬢の荷物は少し少ない。

 やはりテントが嵩張(かさば)るのだ。

 それを抜かせば、俺よりフランシェスカ嬢の方が荷物は多い。

 女性の方が着る物などを気にするのは、異世界でも変わらないらしい。

 男なんて、着替えが数日分があれば十分なんだが。


「はぁぁ……歩いて旅をするのは初めてです」


 彼女も気分が高揚しているようで、その声は上擦っているように聞こえた。

 微笑ましくて苦笑を浮かべると、少し恥ずかしそうに俯いてしまう


「そりゃ、良い経験になるな」


 村と村を繋ぐように、白い石を敷き詰めて作られた街道がある。

 何の変哲もない白い石だが、こうやって“人が通る道”というのを強調すると、どうしてか魔物は街道に寄って来ない。

 絶対ではないが、街道を外れて歩くよりは遥かに安全だ。

 魔物にとって人間は獲物だが、人間にとって魔物は討伐の対象である。

 どちらにとっても、会えば殺し合う間柄。

 無駄に命を危険に晒したくないなら、“人が通る道”に魔物は近寄らない。

 よほど追い詰められなければ、だが。


「ま、街道に沿って歩けばある程度安全だ。のんびり行こうか」


「はいっ」


 街道に沿って、二人並んで歩く。

 俺のほうが背が高いので、顔の少し下を、ふわふわの髪が躍る。

 少し良い匂いがした気がした。

 あんな田舎の風呂にシャンプーや石鹸、(こう)のようなモノがあるはずもない。

 これが女性特有の甘い香りか、と変態的な思考になりそうになる。


『……ちっ』


 注意や抗議の声ではなく、舌打ちだった。

 一歩、フランシェスカ嬢から無言で離れる。

 別に何かされるわけでもないが、この妙な罪悪感が。

 なので、意識を美人(フランシェスカ)から街道の石に向ける。

 表面が丸い物や尖っている物は無く、どれもが綺麗にとまではいかないが、同じような形で整えられている。

 これなら馬車の車輪や馬も安全に通れるだろう。

 そうする事で、流通はスムーズになり、村と村の交流も盛んになる。

 こうやって、旅をする人間も随分と歩きやすい。

 しばらく歩いていると、気付いたらフランシェスカ嬢が少し遅れていた。

 振り返ると、既に息が乱れていた。

 汗も掻いていて、長く綺麗な髪が額に張り付いている。

 頭上を見ると、燦々と照りつける太陽。

 この世界には四季もちゃんとあり、一年は三百六十日となっている。

 月は九か月。一月が四十日。

 少し元の世界との差異はあるが、そこまで大きな違いとは言えないだろう。

 言い方も《一の月》や《三の月》など、覚えやすいのも大きい。

 今は《六の月》。日本で言うなら夏の終わり、初秋の頃。

 夜は少し肌寒いが、日中はまだまだ暑い。そんな季節だ。

 そんな事を考えながら、足を止めてフランシェスカ嬢を待つ。


『先が思いやられるな』


「この世界に来た最初の頃は、俺達もあんなものだったと思うがな」


『それもそうだな』


 クツクツとポケットの中で笑うエルメンヒルデを取り出す。

 親指で弾くと、陽光に輝きながらクルクルと回る喋るメダル(神殺しの武器)

 そうやって待ち時間を楽しみながら、新人冒険者(フランシェスカ嬢)を待つ。

 こういうのんびりとした旅が好きなのだ。

 異世界に居ると実感できる。

 旅を楽しんでいると心から思えるから。





 パチパチと、焚火が弾ける。

 今日一日歩いて、判った事がある。


「ぅぅ……」


 予想以上に、フランシェスカ嬢の体力は低い。

 あと、貞操観念とかどうなっているのだろうか、と心配になる。

 そのフランシェスカ嬢は、旅用に購入した厚手のズボンを捲り上げ、筋肉が張った足を揉んでいる。

 皮の胸当てはすでに脱いでいる。

 なので、前屈みになって足を揉む姿は、男にとっては目の毒でしかない。

 別段開いている訳ではないが、豊かなソレによって押し広げられた胸元とか。

 脚を揉む度に前後に動くので、揺れる。それはもう、揺れる。

 正直、男が傍に居るのにするような行為ではないと思う。

 俺としては役得だが。

 豊かな胸元はもとより、細いが決して肉付きが薄い訳ではない、程よい脚線はとても俺的に好感が持てる。


『おい、変態』


 それは明らかに相棒に向ける言葉ではないと思う。

 言葉の暴力に頬を引き攣らせながら、視線を彼女の足から夜の森へと向ける。


「明日には次の村には着くな」


 焚火に枯れ木を足しながら、そう口にする。

 予定としては明日の朝一で到着する予定だったが、今日の調子だと明日の昼過ぎに到着する事になりそうだ。

 少し予定はズレるが、そこまで急ぎの旅でもない。

 のんびり行こうと思う。

 急いでも碌な事が無いというのは、俺の経験談だ。


「すみません。私が遅いばかりに……」


「気にしていない。最初は皆、そんなものだ」


 俺達だって、最初の頃は全身筋肉痛で死に掛けた事がある。

 冒険初心者なら、誰だって通る道だ。

 どれだけ歩いてもHP(ヒットポイント)が減らない勇者(主人公)が羨ましいもんだ。

 宿屋に泊れば完全回復するし。


「レンジさんも、最初の頃は」


「全身筋肉痛で死に掛けた」


 フランシェスカ嬢の問いに、間髪入れず先程考えていた事と同じ事を口にする。

 旅の途中で筋肉痛は本当に危険なのだ。

 魔物に襲われても、全力で戦えない。

 命の危険が傍に在れば死に物狂いで戦えるとか、アレは非現実的だ。

 筋肉痛は本当に危ない。全力で動こうとすると足を攣る。


「野宿は初めて……じゃないか」


 馬車で旅をしてきたと言っていたのを思い出す。

 馬車での旅の場合、街道の途中で休む時もある。

 そういう時は、荷台で休むか、各々(おのおの)テントを用意して休むことになる。

 この女性の事だから、多分馬車の荷台で休んだんだろう、と思うが。

 そんな事を考えながら立ち上がる。


「明日も歩くから、疲れは極力抜いてくれ」


 暗に、そのままマッサージを、と告げる。

 ま、テントを立てるくらいはしてあげるべきだろう。

 俺がマッサージをしてあげても良いが、そうなった場合、相棒(エルメンヒルデ)の好感度がどうなる事かは火を見るよりも明らかである。

 そもそも、好感度なんて上等なモノがあるのかも怪しいが。


魔物(モンスター)討伐の訓練もさせるべきだと思うのだが』


「運良く遭えたらな」


 荷物からテントを取出し、準備をする。

 俺は火の番をする事になるから、一人用の小さなテントだ。

 まぁ、野宿する時に天井があるだけでも随分と精神的に違うものだ。

 俺はもう、その辺りは全く気にしないくらい、精神が図太くなってしまったが。

 むしろ、異世界に来た最初の頃は、テントを用意しても眠れなかったが。

 あの頃は繊細だったのだ。色々と。

 成長したという事にしておこう。うん。 



 

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いちいちエロ目線があるのが嫌だなぁ
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