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第一話 魔神復活の旅

 先日まで開催されていた武闘大会が終わったという事もあり、ギルド内は(にわ)かに活気づいていた。

 冒険者が大会に参加したり観戦したりと、依頼が溜まりに溜まっているというのが理由である。魔物討伐から薬草や食材などの素材採取、中でもこの時期一番人気なのは馬車の護衛だ。

 先に言った武闘大会を観戦しに来ていた貴族達が自分の領地へ戻る際に冒険者を雇う事はよくある事で、時期が時期だけに貴族達の懐はとても緩くなっている。つまり、羽振りがいい。報酬が通常の護衛よりも良いのは当たり前で、働きが良ければチップがもらえる事もある。

 なのでギルドへ集まった冒険者たちの殆どは、報酬の良い護衛依頼を何とかモノにしようと精力的に動いているのだ。


「それで、報酬なのですが。これくらいでどうでしょうか」


 テーブルを挟んで座っている小太りな男性が提示した額は、護衛依頼の報酬としては破格の額であった。

 依頼主へ気付かれないようにギルドの受付員へ視線を向けると、なんとも困り顔で頭を下げている。その顔を見て、出てくるのは肯定の言葉ではなく溜息だ。

 どうしてこのような事になっているのか。答えは簡単で、武闘大会で俺が顔と名前を売ってしまったことが原因だ。

 ただでさえ神を殺した英雄として名前が知れており、今までは田舎に隠れて生活していたから情報があまり手に入らなかった俺が、武闘大会という(おおやけ)の場へ姿を現した。しかも今は一冒険者として活動しているとなれば、そんな俺を雇おうとする貴族の一人や二人現れる。

 貴族というのは、見栄を張りたがる人も少なくない。『私は以前、英雄の誰々を雇った事がある』と風聞されたいのだろう。

 確かにその額は魅力的で、出来るなら受けたいところではあるが。


「申し訳ありませんが、他に依頼を受けていますので」


 そう言って、断る。

 これで、今日は三件目である。目の前の貴族と、少し離れた場所に居るギルドの受付員が揃って肩を落とした。

 どうやらこの貴族、ギルドではそこそこ顔が知れている相手であるらしい。なので話を聞くだけでも、と言われたのだが。


「そうですか」

「もしよろしければ、腕利きの冒険者を紹介しましょうか?」

「いえ。こちらの話を聞いていただけただけでも、十分でございます」


 そのまま席を立ち、一礼して去っていく貴族の男性。中々礼儀正しい人のようだ。

 中にはこちらが受けないと分かると態度を一変させる……とまではいかなくとも、あからさまに気分を害しましたと言うアピールをする人もいるというのに。


『面倒だな』

「まったくだ」


 エルメンヒルデの声に応え、俺も席から立ち上がる。軽く伸びをすると、首の関節がコキ、と小気味いい音を立てた。


「それにしても、フェイロナ達が遅いな」

『向こうも用事があるのだろう。私達のように、自由に動いている方が珍しいのだ』

「それもそうか」


 今まで特に擦れ違う事無く会えていたが、やはり携帯電話のようなものが無いこの世界では会いたい時に会うというのは難しい。

 今日、ギルドで会おう。そう話していたが、細かな時間までは指定できない。こっちや向こうに急な用事が出来てしまうという事もある。

 ま、のんびり待たせてもらおうと目立たない奥の席へ移動する。

 今日はあいにくの曇り空で、いつ天気が崩れてもおかしくない状態だ。冷え込みも相当なもので、おそらく昼過ぎには雪が降るだろう。

 以前は雪が好きだったが、この世界に来てからはあまり好きではない。寒いし、冷たいし、旅をしていると様々な不具合が発生してしまう。

 王都周辺は人の往来が激しいとはいえ、俺達の世界のように四六時中車が走っているわけでもない。道が凍れば馬車が事故を起こすし、旅をしていると暖を取るための枯れ木を見付けるのも難しい。水は氷りそうなほどに冷たく、野営の際はテントの中に居ても身体の芯まで冷えてしまう。

 本当、大変な時期に女神様は依頼を寄越してくれたものだ。

 そんな事を考えながら窓越しに外を眺めていると、人の視線を感じた。暫くは無視していたが、その視線の主は立ち去る気配が無いようだ。


『どうした?』

「誰かが俺を見ている」

『む。……ああ、また貴族のようだぞ』


 エルメンヒルデにそう伝えると、その視線の主を教えてくれる。

 こういう時、エルメンヒルデは本当に役に立つ。実体が無いので俺とは別に周囲を観察できるし、その事を気付かれない。それに、声は俺にしか聞こえないのだから。

 その答えに、またかと溜息。英雄の肩書というのは、本当に面倒だ。簡単に目立ってしまうのは、正直に言うと面倒臭い。


『フランシェスカ達も一緒だ』

「……なに?」


 次いで聞こえた知った名前に声を上げ、俺も視線を感じる方へ顔を向けた。

 そこにはエルメンヒルデが言うようにフランシェスカ嬢の姿があり、他にもムルル、フェイロナだけではなくソルネアの姿もある。そして、その中に見慣れない女性が一人。

 その女性の顔は、どこかで見た記憶があったが思い出せない。豊かなはちみつ色の髪は肩口まで伸びており、ポニーテールのようにして結ばれている。ギルド内だというのにドレスを纏っている事から、彼女がエルメンヒルデが言っている貴族であろう。情熱的な紅いドレスを十二分に着こなし、そのドレスに合う意思の強さを感じさせる鋭い視線。

 十人中十人が美女と答えるであろう女性だ。身長もフランシェスカ嬢とほとんど変わらない。ムルルなど、その胸くらいまでの高さしかない。申し訳ないが、フェイロナが美人美女三人に囲まれているように見えてしまう。本当に申し訳ない、ムルル。お前は身長的に少し無理がある。

 そんな事を内心で謝っていると、フェイロナ達がこちらへ歩いて来た。


「気付くのが遅い」

「気付いていたとも」

「反応しなかった」

「知らない人の気配もあったからな。エルメンヒルデに見てもらっていた」


 俺がそう言うと、なるほど、と小声で言ってムルルが隣の席へ移動してきた。無言で催促されるまま、立ちあがる。

 改めてその表情を見ると、鋭い視線に引き結ばれた唇。唇には薄い朱が引かれており、微かに薫る香りは香水であろうか。身嗜(みだしな)みには気を使う性格なのかもしれない。

 そうやってずっと観察しているのも失礼かと思い、貴族への礼儀として俺も姿勢を正す。

 そこでふと、彼女の顔に見覚えがある事に思い至った。どこで、と考えるまでも無く思い出す。武闘大会の時だ。フランシェスカ嬢が負けた後、彼女と話している時に感じた視線の主が確か彼女だったような気がする。


「武闘大会の折、一度お会いしましたか?」

「――気付いておられたのですか。レンジ・ヤマダ様」

「勿論ですとも。視線には、敏感でして」

「それは失礼を。あの時は挨拶もせず」

「レンジ様、もしかしてお知り合いで……?」

「いや。武闘大会の会場で、すれ違っただけだ」


 実際、話すのはこれが初めてだ。その鋭い視線と雰囲気から冷徹とも感じられそうな空気を発していながら、予想以上に可愛らしい声には少し驚いた。こういうのもギャップというのだろうか。


「初めまして、……」


 そこで、彼女の名前をまだ聞いていない事に気付く。ここで名前を聞くというのもなんだかバツが悪いので、それとなく視線をフランシェスカ嬢へ向けると、俺の視線に気付いて慌てて紹介してくれた。


「こちらはメーレンティア・バートン。私の、七つ上の姉です」

「メーレンティア・バートンです。妹がお世話になったようで」


 フランシェスカ嬢がそう紹介してくれると、そこでメーレンティアさんが頭を下げた。

 その仕草は洗練されており、一朝一夕で身に付くようなものではない。歳の頃は二十代半ばといったところか。七つ年上と言うには、随分と若く見える。それに、それだけの若さで貴族としての立ち振る舞いがしっかりしているというか。おそらくもっと以前から、貴族として人前に出ていたのだろう。

 ただ、気の強そうな視線はそのままだ。あまり俺の事は、歓迎されていないのかもしれない。

 あれだろうか。妹に冒険者みたいな危ない事をさせて、と怒っているのだろうか。内心でそう考えながら、俺も頭を下げる。


「フランシェスカ殿の姉君でしたか。知らなかったとはいえ、挨拶もせず申し訳ありません」

「いえ、そのような。こちらこそ、不肖の妹がご迷惑をおかけしたようで」

「そのような事はありません。フランシェスカ殿には何度も旅の途中で助けられましたよ」

「そうでございますか? コレは、魔術師としては大成しないと学院の教師から聞かされていましたので」

「大成するしないは、才能ではなく本人の意思次第かと」


 相変わらず視線は鋭いが、その声音には優しさを感じる。おそらく、言っているほどフランシェスカ嬢を悪くは思っていないのだろう。

 むしろ、冒険者として行動している彼女を心配しているのかもしれない。まあ、普通はそうだろう。冒険者など、明日がどうなるかも分からない職業なのだから。


「ふふ。良い方と出会えたようですね、フランシェスカ」

「はい」


 そこまで持ち上げられると、なんともむず痒い気持ちになってしまう。フランシェスカ嬢も、そう言われて嬉しいようで、表情に笑みを浮かべている。

 視線を逸らすと、ムルルは不思議そうな顔をして、フェイロナは微かに口元を(ほころ)ばせていた。きっと内心で笑っているに違いない。ソルネアはどうにも興味が無いようで、静かな湖面を連想させる瞳を俺へ向けているだけだ。


「先程は、視線に気付いていたのに反応もせず、失礼いたしました」

「いえ、こちらこそ。妹がお世話になった相手へ、不躾な視線を向けてしまいました」

「お気になさらず。美しい女性から視線を向けられるのは、男にとっては(ほま)れでございます」

『おい』

「御上手ですね」


 エルメンヒルデがツッコミをくれるが、どうやらメーレンティアさんは動じる事無く頷いている。表情には僅かな動揺すら浮かんでおらず、薄い笑顔を浮かべている。言われ慣れているというよりも、俺の言葉が社交辞令だと分かっている反応だ。

 それだけで、こういう会話に慣れているのだと分かった。


「立ち話も何ですので、座りませんか?」

「はい。それでは、失礼させていただきます」


 俺がそう言うと、全員が一つのテーブルを囲むように腰を下ろす。ただ、メーレンティアさんとソルネアだけが最後まで立っている。

 メーレンティアさんは礼儀として最後に座ろうとしているのだろうが、ソルネアはよく分かっていないようだ。もしかしたら、俺とメーレンティアさんの会話で混乱しているのかもしれない。


「ソルネア、座って良いぞ」

「分かりました」


 俺がそう言うと、ソルネアが腰を下ろす。それを待って、最後にメーレンティアさんが腰を下ろした。


「いきなり妹を使うようにしてお会いしたこと、失礼いたしました」

「いえ。驚きましたが、フランシェスカ殿の姉君で会られるなら、いずれご挨拶をと考えていましたので」

「え?」

「大切な妹君を何度も危ない目に合わせてしまいましたので。いずれ、謝らなければと思っていました」

「それは私が――」


 そこまで言って、言葉を留めるフランシェスカ嬢。隣に座るフェイロナが止めたようだ。その口元は、僅かにだが綻んでいる。おそらく、俺が心にもない事を言っていると分かっているのだろう。

 いや、こうやって会う機会があれば、謝ろうと思っていたのだ。うん。


「それで。どのようなご用件で?」

「はい。武闘大会も終わりましたので、妹の件でのお礼も兼ね、宜しければ屋敷へご招待できたらと」

「それはまた、ご丁寧に」


 彼女の鋭い視線が、ほんの僅かにだが柔らかくなる。どうやら、屋敷への招待というのは本心からのようだ。

 私の妹に危ない事をっ、と襲われる心配も無いだろう。まあ、相変わらず視線が鋭いので油断はできないが。


『レンジ。分かっていると思うが……』


 ただ問題として、俺には女神様から(たまわ)った依頼がある。ソルネアを魔神の座へ導く。そして、魔物達を大人しくさせるという依頼が。

 特に期限は設けられていないが、内容が内容なだけにあまり時間を掛けたくない依頼である。エルフレイム大陸を経由してアーベンエルム大陸まで。船での移動となるだろうから、どれだけの日数が掛かるか分からないというのも面倒だ。


「そのお誘いはとても嬉しいのですが」

「何か、ご予定が?」

「先に依頼を受けておりまして。近いうちに商業都市(メルディオレ)へ発たなければならないのです」


 商業都市メルディオレ。このイムネジア大陸とエルフレイム大陸を繋ぐ唯一の海路を持つ港町でもある、イムネジア大陸で最も栄えているとも言われる大都市だ。

 そこから船を借り、エルフレイム大陸へ。結衣ちゃんに頼みファフニィルの翼を借りる事も検討したが、それはとある事情から断念する事となった。

 俺は一応、世界を救った英雄の一人という事になっている。俺本人がどれだけその事を否定しようと、周囲がそうと思えばそうなってしまうというのは世の常であろう。

 そんな俺が、世界の敵である魔神を復活させる。たとえそれが世界を延命させる為であり、復活させる魔神が全くの別物であろうと、救世の英雄が世界の敵を復活させるというのは体面が悪すぎる。最悪、俺だけでなく他の十二人にも害が及びかねない。そう考えると、他の誰からも助けを借りず、俺一人で行動する必要があった。

 考えすぎかもしれないが、この世界は良くも悪くも純粋だ。女神を信奉(しんぽう)し、その言を絶対とする。その女神が魔神を復活させろと言ったのだが、その事を言おうものなら嘘つきと後ろ指をさされかねないとは宇多野さんの言だ。それほどまでに、この世界に生きる人間たちの根底には、魔神への恐怖が巣食っている。それは、たった一年では取り除けないほど奥深くに、宿っているのだ。

 人の感情など、心理学など(かじ)ってすらいない俺には分からない。だが――魔神への恐怖と憎しみは、少しは理解できる。俺などこの世界で生活し始めてたったの三年、魔神と関わったのはその内の二年でしかないが魔神への気持ちは複雑な物がある。俺よりも長く生きているこの世界の人達には、俺など遠く及ばないほどの複雑な感情が渦巻いているはずだ。

 なのであまり目立つ行動はせず、ファフニィルの翼はエルフレイムからアーベンエルム――魔神の座があるであろう、神の城へ至る際にのみ借りる事になっていた。


「お急ぎですか?」

「そうですね。船を借りる必要がありますので、急ごうかと思っております」

「では、我が家の船をお貸しいたしましょう」

『なに?』


 俺の代わりに、エルメンヒルデが返事をする。勿論、メーレンティアさんには聞こえていない。


「どうかなさいましたか?」


 なので、急に黙る形になった俺を不思議そうに見返してくる。

 その仕草はどこか幼く感じ、確かにこの女性がフランシェスカ嬢の姉だと思わされる。


「いえ。船を用意していただけるのですか?」

「ええ。我が家はメルディオレを主とする商家でございます。一隻であれば数日中にでも」


 そこまで聞いて、フランシェスカ嬢へ視線を向ける。彼女も俺へ実家の事を話していなかったのを思い出したようで、なんとも言えないような顔をしていた。

 彼女の家の事は全くと言っていいほど聞いていなかった事を思い出す。いや、彼女があまり貴族の肩書を好いていないように感じていたので聞かなかったのだが。まさか彼女の実家が商家だとは……いや、と。

 初めて会った時に精霊銀(ミスリル)の剣をみて口にしていた感想を思い出すと、家の仕事で物を見る目が肥えていたのだと説明がつく。


「それは、とても助かるのですが……」

「もし、こちらに悪いと思われているのでしたら、お気になさらず。英雄へ船を貸すというのは、お金には代えがたい信頼という形で返ってきますので」


 まあ、そうだろうと思う。

 商売というのは得意ではないが、その根底が店側と客側との信頼関係から成り立っているというのは分かる。元の世界でも、有名人をCMに起用するのは誰彼が使っていたから、という信頼を得る為でもある。そこに、世界でも知らない者が居ない英雄へ船を貸したともなれば、その家には『英雄が信頼している』という(はく)が付く。それだけでも、きっと俺には分からないような利益があるのだろう。

 ギブアンドテイクとまではいかないが、向こうにも何かしらの利益があるのなら断る理由も無い。船の手配は面倒で、一隻を借りる際の相場も分からないのが現状だ。ならば、餅は餅屋。分かる人に用意してもらった方が安心というものだ。フランシェスカ嬢の親類であるなら、安心できる。


「少し、考えさせて下さい」


 しかし、ここで飛びつくというのも弱みを見せそうなので、一応それとなく間を開ける事にする。

 実際、旅に出るのはまだ数日先の予定なのだ。ここで急いで返事をする必要も無い。


「分かっています。王都は三日後に発つ予定ですので、それまでにお返事をいただければ」

「申し訳ありません」

「いいえ。これだけ有名なのですから、動き辛い事もあるのでしょう」


 その辺りも分かっているようで、特に何かしらの注意をしてくることも無い。俺がこういうと言う事も分かっていたのかもしれない。


「それでは、失礼いたします。有意義な時間を、ありがとうございました」


 そして、一礼をして去っていくメーレンティアさん。最初は険しい顔をしていたが、最後の方にはそれなりに優しい顔をしてくれた。

 信頼してもらえたのか、それともあの顔も演技なのか。商家――お金を扱う側の人間は、その内心が読みづらいから困る。それは、どこの世界も同じなのだろうか。


「ふう」

「申し訳ありませんでした、レンジ様。いきなり、姉を紹介してしまい……」

「ああ、いいさ。もし会う機会があったなら、一度話したいと思っていたから」


 それは本当だ。

 妹さんを危険な道に進ませたのだ。それを彼女自身が望んだのだとしても、家族へ一言伝えるのは俺の仕事だろう。彼女へ戦い方を教え、見せた、俺の。

 とまあ、メーレンティアさんの事はもう決まった事だ。深く考えてもしょうがない。そう思い、視線をフェイロナへ向ける。


「これからどうする?」

「そう聞いてくるという事は、なにかしらの次を考えているという事か?」

「……察しが良くて助かるよ」

「どういうこと?」


 俺がそう聞くと、分かっているとばかりにフェイロナが肩を竦める。ムルルは分かっていないようで聞き返してくるが、内容は先ほど言った通りだ。

 また、旅に出る。そしてその旅に、俺はまたフェイロナ達を誘おうと考えている。

 何度か一緒に依頼をこなしてその実力や、個人の性格も分かっているつもりだ。そのうえで、信頼しても大丈夫だと思ったのだ。


「さっきの話通りさ。次の旅、その目的地は海の向こうだって事だ」

「海の向こう?」

「エルフレイム大陸。向こうに渡る。もしこれから何かをすると決めていないなら、フェイロナとムルル。二人を雇おうと思っている」


 俺がそう言うと、不思議そうな顔をしていたムルルの瞳が僅かに開かれた。


「レンジが私を?」

「正確にはムルルとフェイロナを、だ」

「……フランは?」


 そう言うと、その表情が何かを心配するようにフランシェスカ嬢へと向けられた。少し悲しそうだと感じたのは、気のせいではないだろう。


「フランシェスカ嬢には学院がある。それに、次の旅は……少々危険だ」

「それは、その。私は実力不足だ、と?」

「というよりも、次の旅は長くなる。もしかしたら、一年近くこっちの大陸には帰ってこられないかもしれない」


 そうなると、学生としては色々と問題もあるだろう。特にフランシェスカ嬢は三年、今年で魔術学院を卒業する身だ。そうなれば、卒業後の生活にも影響が出てしまう。

 その辺りを考えると、どうしても彼女を連れていくことは出来ないと思うのだ。そこはフランシェスカ嬢も分かっているようで、旅が長くなると伝えると複雑そうだが安堵の息を吐いていた。

 彼女を足手纏いとは思わない。ここ数か月、一緒に旅をしてきたのだ。その実力も、行動力も、性格も知っている。今のフランシェスカ嬢なら、一端(いっぱし)の冒険者と言える。


「それはまた、随分と長い旅だな」

「ああ。少しばかり面倒な所からの依頼でな」

「どこ?」

「それは、俺の依頼を受けてくれたら教えるよ」


 流石に、アストラエラからの依頼だとは、簡単に口に出来ない。それにここには人の目も口もある。どこからアストラエラの、そしてこの旅の目的が漏れるかもわからないのだ。

 まあ、教えるとしたら商業都市(メルディオレ)へ発ってからだろう。


『長くなると言っても、もしかしたら状況次第ですぐに終わる可能性もある』

「ふむ」

『ただ、危険な旅だ。それだけ、二人の実力を信頼しての依頼だと受け取ってほしい』

「要らんことを言うな、馬鹿」

『馬鹿とは何だ』

「相変わらず仲が良いな、お前たちは」


 そんな俺達の遣り取りに苦笑しながら、フェイロナは顎に指を添えるようにして考えている。ムルルは……あまり考えていないように見える。もしかしたら、フェイロナの判断に任せようとしているのかもしれない。


「それで、レンジ様。メルディオレの方には……」

「ああ。船の件が無くても、商業都市の方へは行くつもりなんだ。そこまで、一緒に行こう」

「はい」


 俺がそう言うと、フランシェスカ嬢は満面の笑顔で頷いてくれた。

 この笑顔ももうすぐ見納めだと思うと、なんとも言えない気持ちになってしまう。


「レンジ」


 そんな俺へ、静かな声で呼びかけられた。

 視線を向けると、やはり何の感情も感じさせない表情で、ソルネアが俺を見ていた。


「私はどうすれば?」

「どうしたい?」


 彼女の質問へ、質問で返す。

 今までは俺がこうしろ、ああしろと言っていたが、これからは彼女の意思を聞いていこう。例えそこに、まだ何も宿っていないのだとしても。

 アストラエラは言った。戦いの嫌いな魔神を、魔神(ネイフェル)とは違う魔神(ソルネア)を神の座へ導けと。

 それがどういう事か、俺にはまだ分からない。だが、今のままではだめだという事は分かる。今のソルネアは、言われるがままに行動するだけの人形と変わらない。それは彼女が生まれたばかりで、感情や自分の意思というものをまだ持っていないからだと思う。

 そう考えれば、ソルネアに記憶が無い事も頷ける。人格というものは、生きてきた経験で決まる物だと俺は思う。その経験が彼女には何もないのだから、感情や意志が希薄なのではないだろうか。

 なら俺がする事は、彼女へ世界を見せる。人の世界を、獣人や亜人の世界を。この世界がどれだけ綺麗で、楽しいのか。

 ネイフェルは闘争を望み、戦いの中でしか生きている事を実感できない神だった。女神(アストラエラ)が人の生活を見て過ごすように、精霊神(ツェネリィア)が静かな平和の中で微睡(まどろ)むように、魔神(ネイフェル)は恐怖され、怯えられ、憎まれ……その感情のまま、自分へ向かってくる強者と戦う事を望んでいた。

 アイツはきっと、オーク肉を焼いた串焼きの美味さも、新鮮な食材を使って作られたシチューの温かさも、瑞々しい果実を絞って作った搾り汁(ジュース)の味も知らなかったはずだ。

 なら俺は、それをソルネアへ教えたい。人の営みを、この世界の美しさを、友人や仲間と話す楽しさを。

 武器として生まれたエルが変わったように、魔神(人類の敵)として生まれたソルネアも変われるのでは……そう思うのだ。甘い考えなのかもしれないが、俺にはそれしかない。笑われ、呆れられるかもしれないが――それしか、俺にはないのだ。


「わかりません」


 そんな俺の質問に、ソルネアはやはり……感情の波が感じられない顔でそう呟いた。


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