第十六話 剣と剣3
左腰に吊った剣の感触を確かめながら試合場へ上がると、まるで鼓膜が破れそうなほどの大歓声が上がった。
コレの半分が俺へ向けられていると思うと、それだけで身が竦みそうになる。あまり、人前に立つのは得意ではないのだ。
こういう時は、いつもエルメンヒルデや仲間達が話し掛けて誤魔化してくれたのだが……今は一人だ。
ああ、本当に心細いね。
そう内心で苦笑していると、俺とは反対側――そこから、オブライエンさんが入場してくる。
白髪交じりの金髪に、蓄えられた髭。
この世界では現役とは言い難い年齢でありながら、いまだに最前線で剣を振っている英傑。
身に纏っているのは、騎士団で正式に採用されている鉄製の全身鎧だ。下級の騎士が装備しているものだが、こういう大会に出るなら丁度良い装備だろう。
さすがに、この場面でいつも着ている精霊銀の全身鎧を着込まれてはズルいとしか言いようがない。
その手には、抜き身の両手剣。俺が腰に吊っている剣よりも刀身が長く、分厚い。俺や真咲ちゃんのように斬るのではなく、叩き切るための剣である事が一目で分かる。
また、歓声が上がった。
しかし、今度の歓声は俺の時よりも小さく感る。きっとそれは、気のせいではないだろう。
向かい合うように立ったオブライエンさんもその事に気付いているようで、珍しく苦笑している。
目元が柔らかいので、どうやらとても機嫌が良いようだ。機嫌が悪い時は、相対するだけで寿命が縮みそうなほどの眼光を向けてくるのだ。
……あれは、向けられた者だけが分かる恐怖がある。
「人気はお前の方が上だな」
「そうでもありません。俺の中身を知ったら、ほとんど無くなるでしょうし」
「そうでもないだろう」
頭の中に魔術の『声』が響く。
こういう大会に出る度に行われる、俺とオブライエンさんの紹介だ。
実際、こうやって武闘大会――試合場の上に立つのは初めてではない。ここは金を稼ぐのには手っ取り早いし、なにより自分の技術を見つめ直すのにとても便利だ。
今の自分がどれだけ強いのか、一人でどれだけ戦えるのか。
他の十二人よりも弱い俺にとって、こうやって刃の潰された剣で守られた闘技場というのはとても便利な場所だった。
時折、どこかから奴隷商人が捕まえてきた魔物と戦わせられる事もあったが。
「昔はよく、ここで鍛えていたな」
「懐かしいですね。あれから、もう三年くらいですか」
実際、俺達がイムネジア大陸に居たのは……どれくらいだろうか。一年も居なかったと思う。
この大陸で戦う事に慣れ、魔物を殺す事に慣れ、剣と魔術の使い方に慣れた。
次はエルフレイム大陸で本格的に強力な魔物や魔族との戦いで――最後はアーベンエルム大陸で魔物や魔族の大軍勢とドンパチをやらかし、魔王や魔神と戦った。
その事を思い出すと、本当にイムネジア大陸は平和だと思う。
魔物の脅威は確かにあるが、その魔物を捕まえて闘技場で戦わせるという事をしているのだから。
まあ、そんな人間に捕まえられるような弱っちい魔物と死に物狂いで戦っていた俺が何を言っているのか、と言われそうだが。
「いつも泣きそうだった」
「泣かなかったでしょ……」
俺の恥かしい過去をたくさん知っている騎士団長は、ニヤリという擬音が聞こえそうな顔で笑う。
きっと、色々と思い出して心の中で笑っているのだろう。
全部ではないが、俺も色々と憶えているので何とも言えず、右指で頬を掻きながら苦笑するしかない。
仲間と一緒に戦う事に慣れると、次は一対一、一対多で戦うための訓練として闘技場へ放り込まれたことは、今でも軽い心的外傷だ。
ここ、試合場に放たれた何匹ものゴブリンを相手に、今行われている武闘大会で用意されるているような安物の長剣を一本渡されて戦うように言われた時は、本気で死ぬかと思った。
試合場とは試し合いの場と書くが、試し合いの場で命を天秤に乗せないでほしいものだ。スパルタにもほどがある。
……そのおかげで、俺はこうやって今日まで生きてこれたし、一人でも旅を続けることが出来ているのだが。それでもその事を思い出すと、もう少し優しくしてほしかったと思う。
本当に、何度泣きそうになった事か。
「ほら。子供たちの前で、大人が泣くわけにはいかないでしょ?」
「は――確かに、その通りだ」
俺がそう言うと、オブライエンさんが破顔する。
大人というのは、子供の前では格好つけたがりなのだと俺は思う。
それがどれだけ無様で、格好悪い事に見えても、自分が格好悪いと思う事だけは絶対にしたくない。そんな姿を、子供達には絶対に見せたくない。
大人というのは、そういう変なプライドで形成されている人間なのだ。
その変なプライドの為ならどこまでも頑張れるし、どこまでも強くなれる。そういうものなのだと思う、大人というのは。
少なくとも、俺はそう思っている。
「それで、あれから少しは強くなったか?」
「どうでしょうね」
頭の中では、まだ魔術の『声』が響いている。
俺とオブライエンさんの紹介が終わり、今は俺達の旅の事――俺が、どのような魔物と戦っていたのか、という事だ。
とても格好良く、そして強い戦士として自分が紹介されると、恥ずかしいというかなんというか、どうにもいたたまれない気持ちにさせられる。
昨日は宗一や真咲ちゃん、阿弥の紹介を聞いて笑っていたが、いざ自分となるとどうにも笑えない。
笑っているのは、紹介された内容と寸分違わない実績を残している目の前の騎士である。
そのオブライエンさんの言葉へ曖昧に応えながら、長剣を鞘から抜く。
すでに抜き身の大剣を手に持っているオブライエンさんは、その大剣を肩に担ぐようにして構えた。
「どれ、見てやろう」
「よろしくお願いします」
俺達の会話は、観客席の人達には聞こえていないだろう。
だからこそ、こんな会話をできるのだが。
俺に求められているのは、英雄だ。
英雄としての、ヤマダレンジだ。
人類の希望であり、苦しむ人々へ手を差し伸べる存在であり、何者にも負けない……絶対に勝利する英雄。
それでも俺は、この場所に立っているなら――その、身勝手なほどの期待に応えなければならない。
英雄とはそう言う存在だ。
そう思うのは、俺が捻くれているからか。
……絶対に勝利するなど、俺にはとても難しい事だというのに。
まあ、そう思うならこのような場所になど立つなというのだが。
結局は、宇多野さんへの借金を言い訳にしても――こうやって、誰かに関わっていたいのだろう。
認めるのは癪だが、やはり俺は……昔のまま、寂しがり屋なのだ。
長剣を右手に持ち、力を抜く。
構えは無い。そもそも、そのような戦い方など、目の前の騎士から教わっていない。
俺の戦い方には型が無い。真咲ちゃんが使う抜刀術、騎士団の連中が学んでいる剣術といったものは何一つ教わっていない。
戦い方と生き残り方、そして魔物の殺し方。
俺が目の前で対峙する騎士から教わったのは、そんなものだ。
「ふう」
「――緊張はなさそうだな」
「そんなものがあったら、最初の一合で死にますから」
「ふ……手加減は必要無さそうだな」
手加減してくれるなら、してほしいですけどね。
そう言おうものなら、きっと人前だろうが関係なくドつきまわされるのだろうな。そう苦笑して、もう一度深呼吸をする。
口ではああ言ったが、少し緊張しているのだろう。長剣を握る手に籠る力は、平時で魔物を相手にする時よりも強い気がする。
オブライエンさんの強さは、良く知っている。彼が持つ大剣、あの一振りは今俺が立っている石畳など簡単に破壊してしまう破壊力がある。
それは、刃が潰されていようが関係無い。
きっと、俺以外が相手ならそれなりに手加減をするのだろう。
でも、俺が相手なら全力で来る。
そういう人だという事も、分かっている。知っている。
だから俺も、それに応えたいと思う。全力で向って――勝ちたいとも。
英雄とかなんとか関係無く、俺はオブライエンさんに勝ちたい。
この一年、自由に過ごした。魔神や魔族との戦いで混乱した国から目を逸らし、旅をした。
俺がそうやって過ごしている間、オブライエンさんは国を立て直すために、混乱を鎮めるために奔走したはずだ。
だからせめて、全力で向かい合いたいと思う。それは、きっと俺の、勝手な言い分だろう。
――頭の中に響いていた、魔術の『声』が消えた。
「おおっ!!」
瞬間、全身鎧と大剣という重量級の装備をしているはずだというのに、オブライエンさんはただの数歩で間合いを詰めてきた。
その勢いは凄まじく、圧力で一瞬だけ身体が硬直しそうになる。
振り下ろされるのは、剛剣というに相応しい破壊力を秘めた一撃。俺が手に持つ剣では、受ける事すら不可能だろう。
その掛け声に反応する事無く気を静め、その振り下ろしの斬撃を半身になって避ける。
着ている服を剣圧で揺らしながら、大剣が石畳を砕いた。それを確認することなく、右手に持った剣を跳ね上げる。
狙いは首。
しかし、その一閃は大剣を手放した左の手甲に阻まれてしまう。ガン、という金属音が耳に届く。
いくら俺の一撃が軽いとはいえ、手傷とまではいかなくても手を痺れさせる程度の威力はあるはずだ。だが、一切顔を歪める事無く右腕一本で大剣を跳ね上げてくる。
その一撃を皮のブーツを履いた足で受けると、その勢いを利用して間合いを空ける。
この世界の剣は、基本的に量産品だ。
纏めて大量に作るので、基本的に切れ味が低い。精霊銀装備のような一品ものなら切れ味や使い手の癖などを考慮するのだろうが、闘技場で用意される件にそこまで求めるものでもない。
しかも大会用に刃を潰してあるのだ。十分皮のブーツで受ける事が出来る。間違っても、戦場では使えない技ではあるが。
「ほう。まるで軽業師だな」
「言うほどのでもないでしょうよ」
腰を落とし、長剣を両手で持つ。
武器にはそれぞれ、利点がある。オブライエンさんの教えを思い出しながら、深呼吸。
長剣の利点、大剣の利点。武器にはそれぞれ長所があり、短所もある。
徹底的に教え込まれた。体に刻まれたと言ってもいい。言葉で教えられ、身体に叩き込まれ、腕が上がらなくなるまで刻まれた。
懐かしいね、本当に。
「さあさあ、次はどうする?」
「さて、ね」
首を狙っても、あっさりと防がれた。
あの歳で現役な事はある。あの反応の速さには、舌を巻くしかない。
だが、渾身の攻撃を避けて直ぐの一閃をああも簡単に防がれると、こちらも警戒してしまう。
そんな俺の警戒を楽しむように、オブライエンさんが大剣を肩に担ぐ。また、全力の振り下ろしだろう。
この人は、絡め手を使わない。少なくとも、こういう一対一の戦いでは。
大剣の利点は長剣よりも広い攻撃範囲と、破壊力。そしてその重量。重さというのは、それだけで武器だ。
そして――そのどれもが弱点でもある。広い攻撃範囲は、懐に入り込めば弱点になる。
破壊力もそうだ。強力すぎる故に、どれだけ鍛えようが人体をどこかしろを痛めるし、体力の消費も激しい。
重量は……攻撃を外せば、大きな隙になる。
そこまで考えて、さてどうするか、と。
それだけの弱点があってなお、懐に入り込もうが、攻撃を避けようが、俺の攻撃は避けられた。
俺が大剣の長所と短所を、オブライエンさんの戦い方を知っているように。
オブライエンさんもまた、長剣の長所と短所。そして俺の戦い方を知っている。
腕力が無い俺は、打ち合いには向かない。
そうなると、俺の戦い方は限られる。急所狙い。首や関節、心臓。一撃必殺に賭ける戦い方。
だからこそ、先ほどは俺の一撃を防ぐことが出来たのだ。あの場面で狙えるのは、首しかなかったのだから。
「いくぞっ!!」
だからといって、他に戦いようもない。
諦めとは違う、妙に落ち着いた気分でオブライエンさんの突撃に集中する。
手の内はお互いに判っている。なら、後は地力の勝負だ。
今まで俺が勝てなかったのは、その地力がオブライエンさんに遠く及ばなかったから。
腕力も、肉体の作り込みも、技術も、経験も。
振り下ろしの一撃。全力のソレを、やはり半身になって避ける。
もう一度石畳が砕かれる。
そこから俺は、大きく距離を開けるように飛び退いた。
「おおっ!!」
その俺を追うように、大剣が跳ね上がる。
切り上げるような一撃は大剣の重量など感じさせない速さがあり、瞬く間に俺へと迫る。
更に一歩後ろへ跳ぶように下がり、その一撃を何とか躱す。その際に大剣の先端が服を掠り、僅かに破く。
大剣が横薙ぎに払い終わるのと、俺の足が石畳に付くのは殆ど同時。
薙ぎ終わりの大きな隙をつくように、全力へオブライエンさんの懐へ飛び込む。
しかし、俺のその行動は読まれていたようで払い終わりの体勢のまま、腕力だけで体勢を立て直して再度の横薙ぎ。
その体勢からの横薙ぎなど、腰が入っておらずに威力などたかが知れている――はずだ。
嫌な予感と共に、倒れ込むようにして身体を下げると頭のすぐ上を、空気を裂きながら大剣が通過する。
すぐ眼前にはオブライエンさんの右足。その膝が、俺の顔を狙う。
首を曲げて避けると、反射的に繰り出した長剣が残っていた左足を払う。
右足が上がり、左足を払われたオブライエンさんだが、その左足は健在。
舌打ちをしながら石畳を転がって距離を開ける。だが今度はオブライエンさんの追撃。
石畳に膝を付いた体勢の俺へ、降り下ろしの一撃。
「くそっ!」
その一撃を横へ飛ぶ形で避け、跳ね上がった追の一撃も首を逸らして躱す。
大剣を振っているとは思えない鋭さと速さの剣。その連撃を剣で受ける事無く避けていく。なんとか立ち上がるが体勢を整える暇が無い。
切り落とし、切り上げ、薙ぎ払い。
その攻撃を、避け、身体を逸らし、首の動きだけで避けていく。
段々と攻撃の速さが上がっていくのと、俺が避ける速さが上がっていく。
もうすでに、瞬きどころか、呼吸をする余裕すらない。
更に速さが上がる。
魔術による身体能力の強化だ。
俺には無い力。この世界に住む人なら、ほとんどの人間が持っている力。魔力。
オブライエンさんが持つ薄い土色の魔力光が見える。
それをズルいとは思わない。これが、この世界の人達にとっては普通の戦い方なのだ。魔力を持たない俺こそが、異物なのだ。
剣速が、鋭さが、威力が上がる。
それでも必死に避ける。
避けきれない攻撃は、手に持った長剣で大剣の腹を叩くようにして逸らす。
加速する。加速していく。
腕に疲労が溜まり、手が痺れる。酸欠で苦しいし、見開いた目が痛い。
それでもオブライエンさんが加速する。ただでさえ俺より強いのに、更に魔術で強化された動きは、全身に鎧を纏っているというのに俺よりも早い。増した腕力から繰り出される一撃は、ただの一撃で俺の手を痺れさせる。
そんな攻撃を、俺は最小限、最低限の動きでいなしていく。
無言。裂帛の気合いすら邪魔だと言わんばかりに、俺もオブライエンさんも無言。
耳鳴りのような剣劇の音だけが耳に届く。
頭の中で聞こえているであろう、戦況を伝えている魔術の『声』などすでに響かない。
呼吸をしたい。
袈裟斬りの一撃を腰を落とすようにして避ける。
呼吸をしたい。
俺が避ける事を分かっていたかのように斬撃を止め、返す一撃で俺の首を狙ってくる。
呼吸をしたい。
その一撃は、大剣の刃を叩くのではなく、大剣を持つ手――その手首を、左拳を握り込んで受け止める。どれだけ腕力があろうが、所詮は皮膚と肉、その下に骨がある程度だ。剣で斬られるよりも痛くない。
その一瞬。唯一とも言える隙。
俺は呼吸をするのではなく、長剣で全身鎧に守られていない膝関節を狙う。視線を向けるようなヘマはしない、膝関節の場所は今日まで培ってきた勘で当てる。
刃が潰れるどころか、何度も大剣の一撃を受けたせいでボロボロの刀身では斬る事が出来ずに打つような形になるが、それでもオブライエンさんが膝を曲げた。
そこから脇を締め、腕をたたみ、最小限の動きで首へと長剣を添える。
そこでようやく、大きく息を吐いた。
……勢いで首を刎ねなかったのは、奇跡に近い。それとも、俺なら止めると信頼してくれていたのか。
歓声が上がる。轟音のような、とても大きな歓声だ。
「腕を上げたな」
「どこが、ですか」
心臓が破裂しそうなほど、激しく鳴っている。
今になって汗が吹き出し、両腕の痺れが酷くなる。
手に持った剣など、どれだけ修理しようが使う事が出来ないだろう。それほどまでにボロボロだ。
怪我こそしていないが、満身創痍。
そんな俺とは対照的に、オブライエンさんは息を少し乱しているだけ。
誰が見ても、勝者がどちらかなど、分かりそうなものだ。
それでも、頭の中には魔術の『声』で俺の勝利が告げられた。
「ちっ。少しは手加減をしろ……」
そういうと、オブライエンさんが膝をつく。
それと同時に、二つある試合場への出入り口、その片側から白い神官服を着た人間が三人ほど、オブライエンさんの傍に行く。
「折れていない。痛めただけだ」
そう言って立ち上がろうとするが、やはり膝をつく。
その膝は、先ほど俺が打った場所だ。
どうやら、いい形で入りすぎて、関節を痛めてしまったようだ。
一対一の勝負をしていたとはいえ、少し申し訳なく思ってしまう。
まあ。それを言うなら、俺なんて避けるのを失敗していたら頭どころか身体を割られていたのだが。
「大丈夫ですか?」
「当たり前だ。まったく……少し怪我をしたら、すぐこれだ」
「それは、そうですよ」
そう言って、痛めた足を支えるように肩を貸す。
全身鎧が物凄く重い。
「ほら、医務室に行きましょうよ」
「……昔しごいた男に、肩を借りる事になるとはな」
「それを言うなら、こっちも言いますよ。昔、食べた朝食を吐くまで叩きのめされた相手に肩を貸す事になるなんて、って」
「お前が弱かったからだ」
「その通りです」
だから、と。
「ありがとうございます。俺を鍛えてくれて」
「馬鹿者」
俺がそう言うと、驚いたような声で顔を逸らされた。始めて見るオブライエンさんの照れ隠しに、気分が良くなる。
不思議と、礼を言う事に抵抗は無かった。
あれだけ酷いスパルタだったけど、それでも俺の事を思ってくれた事だったし、そのおかげで生き残れたのは事実なのだ。
嫌な思い出ではあるが、悪い思い出ではない。こうやって、感謝の気持ちを素直に伝える事が出来るくらいには、本当に感謝している。
白い神官服の男たちは、俺とオブライエンさんの後ろを着いてくる。
そんな俺達に、観客席の人達が拍手をくれた。
先ほどの戦いは、どういう風に見えたのだろう。
まあ、取り敢えずは満足してもらえた、と思っておこう。
観客席にはフェイロナ達も居るはずなので、今度感想を聞くのもいいかもしれない。
「あまり、ユウコ殿を責めるなよ」
「はい?」
しばらく歩くと、突然そんな事を言われた。
どうしてここで宇多野さんが出てくるのか、と不思議に思っているとオブライエンさんが口を開く。
「私は、お前に何があって暗い顔をしていたのかは分からんが」
「そんな顔、していましたか?」
「昔も言ったが、お前は顔に感情が出過ぎる」
「これでも、それなりの人生を送ってるはずなのですけどね」
まあ、だからといってポーカーフェイスが上手くなるという保証はないのだが。
しかし、実際に言われると結構クるものがある。
そんなに暗い顔をしていたのだろうか。俺としては、普通に過ごしていたつもりなのだが。
けど、オブライエンさんが言うならそうなのだろう、と思う。なんだかんだで、俺と剣を合わせたのはこの人が一番多い。
その分、俺の事を理解してくれている……と思う。
「お前が暗い顔をしているから、借金などと嘯いているのだ」
「暗い顔と借金の関係が分からない……」
「お前をこうやって人前に引っ張って、やる気を出させるためだろう」
暗に、そのくらい分かってやれ、と言われているような気がしないでもない。
いやまあ、うん。
……どれだけ周りに心配されてるのだろうな、俺は。
いったい、どれだけ頑張れば、周りの人の心配に応えられるのだろうか。
宇多野さんに阿弥、他の皆。それに、幸太郎とアストラエラも……。
「どうした?」
「いえ」
そう応えると、オブライエンさんが肩を震わせて笑う。
肩を貸しているから少し歩きづらくなるが、それでもオブライエンさんが笑ってくれる方が嬉しかった。
「やはり、お前は引っ張ってくれる女性の方が合いそうだ」
「はい?」
「昔から思っていたが、お前は誰かに道を示され、引っ張られた方が前へ進むではないか」
そう言われると、どうしても言い返せない。
それはやはり、心のどこかでその通りだと思っているからかもしれない。
この一年、エルとの約束の為に旅をしていたが、宗一達と旅をしていた頃のように前に進んでいた……とは言い難い。
……オブライエンさんの言葉に反論できない自分が情けない。
「そういう事だ」
「どういう事ですか……」
その辺りを伏せないでほしい。
そんな俺の反応が面白いようで、またオブライエンさんが笑う。今度は、声に出して。
「後で、ユウコ殿に優しくしてやれよ」
「どういう激励ですか、それは」
「ふ」
はあ、と息を吐く。
視線を上げると、ちょうど貴族用の観客席――そのバルコニーには宇多野さんと阿弥、そして結衣ちゃんとその肩に乗ったアナスタシアが居た。
多分、その後ろには藤堂や九季、ナイトの奴も居るだろう。工藤は知らん。
そんな俺を見ながら。
「ユウコ殿には内緒にな?」
「言いませんよ」
「怒ると怖いからな、彼女は」
「知ってます」
というか、絶対に言えないだろう。
そんな事を試合の後に話していたなど……あの恥ずかしがり屋な賢者様に言おうものなら、照れ隠しに何をされるか。
まあ、それはそれで楽しみではあるのだが。
「アヤも美しく成長したではないか。うむ、英雄色を好む。大変結構な事だ」
「何、変な事を言ってるんですか」
英雄色を好む。確かに素敵な言葉だろう。
男なら、誰しも憧れる言葉なのではないだろうか。
しかし、だ。
……オブライエンさんのような人も、そう言う願望があるんだなあ、と。
なんだか、とても新鮮な気分になれた。




