第四話 英雄と新人冒険者4
旅をするに必要な物とは何だろうか?
この世界に来た当初は、それこそ町から町、村から村へと歩いて行けばいい、と簡単に考えたものだ。
馬車に揺られて旅をするのも、異世界の醍醐味とも思えた。
……アレは辛い記憶だな、と。
まず必要なのは食料だ。それも、日持ちする干し肉や乾パン。これがあまり美味しくない。
干し肉は塩漬けにしてあるのでそのまま食べると味が濃い。しかも堅い。凄く硬い。
顎が鍛えられるといえば良い事のように聞こえるが、顎が疲れる。
現代社会の料理の柔らかさを、異世界生活一週間目くらいで恋しく思うくらいだ。
乾パンもパサパサしているし、味が無い。お腹には溜まるが、それだけだ。
ファンタジー生活を舐めていたとも言える。
現代でレトルト食品を考えた人は天才か神だと思ったものだ。
馬車にしても、だ。
食べるものは自分で用意しないといけない。食事なんか出るはずがない。
考えが甘いと言えばそれまでだが、その辺りを甘く考えていたのだ、あの頃の俺たちは。
「さて、それじゃ旅に必要な物を買い揃えようか」
その辺りの話をフランシェスカ嬢と話したところ、一緒に準備をする事になった。
異世界云々は黙っていたが。
というのも、彼女は旅の準備に何が必要なのか、誰かに教えてもらった事が無いらしい。
それもそうだろう。
そう言うのはギルドの先輩が教えてくれるか、自分の長年の経験で学ぶものだ。
新米冒険者の彼女に先輩のような人は居ないし、経験などあるはずもない。
今回の場合だと、俺が先輩になるのだが……。
「といっても、なぁ」
俺としては、数日分の着替えと食料、あとは水と毛布くらいだろうか。
細々としたものを言うなら、魔法が使えないので火打石やら油やらも必要か。
テントのような物も売ってあるが、嵩張るので一人旅では必要としていない。
天気が崩れたら近場の岩陰や木の下などで晴れるまで一休みする。そっちの方が金銭を節約できる。
今回は同行者に女性が居るので買う必要があるが。
流石に、女性を夜空の下で野宿させるのも気が引ける。しかも貴族だ。
「そういえば、魔術学院の生徒なら魔術とか使えるの?」
「あ、はい。少しですが……」
そう言って、少し恥ずかしそうにはにかむフランシェスカ嬢。
その容姿と相まって、凄く可愛らしい。
『おい、鼻の下』
おっと。
「なら、火は起こせる?」
「大丈夫です」
なら火打石は必要無いか。
魔法で火を起こせるなら、あとは野宿する場所で枯れ木でも集めれば暖をとれる。
旅において、魔術師というのはとても重宝する。
外で休む時に簡単に火を起こせるし、綺麗な水を作る事も出来る。
魔術というのはとても便利だ。万能とも言える。
この世界の魔術は脳内で現象を想像し、発現させる。
ゲームのように詠唱は基本的に必要としない。しかし、火の玉を出すのと火の玉を飛ばすのは全く違う。
そこが想像の難しい所なのだと、異世界の大魔導師と中二病一歩手前の魔法使いは言っていた。
火の玉を出すだけなら、手の平の上に火の玉を想像すればいい。
後はその想像に必要な魔力を消費するだけだ。
だが、火の玉を飛ばすには、火の玉を想像し、その軌跡を想像しなければならない。
高度な魔術になるほど、想像する内容が複雑に、難しくなっていく。
そして、必要な魔力も。
魔術師というのは、脳内でいくつもの想像を同時に思い浮かべれなければならないのだそうだ。
それを助けるのが詠唱。
呪文を口にする事で、想像を深く、鮮明に思い浮かべるのだそうだ。
集中が深ければ深いほど、想像が克明なら克明なほど、魔術は鮮明に、強力に、発現する。
それがこの世界の魔術である。
本当は、そこに複雑な数式やらがあるらしいのだが、使い手は何せ神殺し。
その辺りの数式などを無視して、強力な魔術を発現させていた。
「魔術が使えるなら、少し経験を積めばゴブリン相手でも善戦できるだろうな」
「ぅ……すみません」
「いや、謝らなくてもいいんだが」
魔術というのは、とても便利で、そして強力だ。
彼女は筆記は得意だと言っていた、なら火の玉だけでなく氷の刃や風の刃なども想像できるはずだ。
後は発現させるだけ。その威力は剣の一撃など比べるまでもない。
火の玉なら肌を焼き、氷の刃は皮の鎧程度なら簡単に貫く。風の刃は不可視の一撃となって肌を裂く。
だが、実戦の時で魔術師が使い物にならなくなる時がある。
それは斬り合いの最中に目の前の敵以外の事を考える余裕がなくなるからだ。
目の前に凶刃が迫っているのに、呑気に脳内で火の玉を飛ばすイメージなんてできるはずもない。
想像が甘ければ、発現する魔術は弱い。そもそも、発現すらしない時が多い。
魔術師と戦う時は接近戦に持ち込むのが基本と言われる理由だ。
まぁ、一流の魔術師となると接近戦をしながら魔術をバンバン撃ってくる奴もいるが。
新人冒険者でしかない彼女に、そのレベルを求めるのは酷だろう。
「後は武器か」
彼女は新品のショートソードを持っているが、俺は無手だ。
神殺しのチートが手元にはあるが、おいそれと他人に見せられるものでもない。
英雄という肩書が面倒で一人で旅に出たのに、自分から英雄だと知らせるつもりはない。
何か買うべきか、と息を一つ吐く。
こんな事なら、ゴブリンから鹵獲したボロボロのロングソードを売らなければ良かった。
フランシェスカ嬢に女性用の服や下着を選んでもらっている間に、俺は自分が持つ武器を選ぶことにする。
『痛い出費だな』
まったくだ。
旅に必要な道具とは別に、壁に立てかけられた新品のロングソードや戦斧などに視線を向ける。
どれもこれも高い。平均して、どれも銅貨数十枚以上、高い物は金貨数枚の値段がついている。
一番安いのは鉄製のナイフで、こちらは銅貨八枚だ。
戦う為のナイフというよりも、家事の道具に近い。
これにするか、と一目で決める。
正直、店売りの武器等は本当は必要無かったりする。
何故なら、俺にとって命を預けられる武器とは相棒だけだからだ。
そんな事、もう二度と口にはしないが。
口にすると、このメダルはすぐに調子に乗るのだ。
以前何度かそう言った時のテンションと言ったら……仲間から妙に勘繰られるほどだった。
魔神との決戦の前に言ったら、フラグを立てるなと怒られたが。
なんだかんだで、俺の仲間に感化されたよなぁ、と。
懐かしいな、本当に。皆は元気だろうか?
溜息を一つ吐くと、ナイフを一本手に取る。
ふと、視線がこの村に来た時に売った剣を捉えた。
人間の国『イムネジア』の国王から賜った名剣。
刀身はドワーフが鍛えた精霊銀、飾りはエルフが仕上げ、大地と森の精霊の加護がされた剣である。
柄尻の紫水晶には、魔力を込めると《イムネジア》の国章が浮かぶように細工されている。しかも世界に十三本しかない。
その名剣には、値段が付けられていない。
こんな田舎で値段が付けられる様な一品ではない。
おそらく、今度行商が来た時に相応の値段で売るのだろう。
そんな名剣を田舎の店に売っただなんて、バレたら不敬罪で投獄されかねないだろう。
今更ながら、少し嫌な汗が背中に流れた。
「凄い剣ですね……見てるだけでも、相当の品だと判ります」
「そうだな」
その名剣を見ていたら、フランシェスカ嬢から声を掛けられた。
俺が言った服や下着などは買い終わったのだろう、来た時には持ってなかった布に包まれた荷物を胸に抱えていた。
この世界では紙は貴重だ。製紙技術はあるが、安定していない。
機械などある訳もなく、手作業で作っているから生産が追い付かないのだ。
なので買い物をした時などは、買った物が少なかったらそのまま渡される。
多かったら、今回のように小奇麗な布に包まれる。
「珍しい剣だよ。剣士なら、誰だって欲しがるだろうな」
「精霊銀を加工して作られていますから、ドワーフ作のようですが……魔力を感じます。
エルフが精霊銀を鍛えたんでしょうか?」
「さて……エルフに精霊銀を加工できるほどの製造技術があるとは聞いた事が無いな」
そう嘯く。
「値段が付けられていないという事は、売る気は無いのでしょうね」
なにせ、仲が悪い事で有名なエルフとドワーフが共同で作った逸品だ。
造られた経緯を知っているなら、値段なんか付けられないだろう。
どこか目を輝かせながら喋るフランシェスカ嬢に苦笑を向ける。
精霊銀や多種族の事を話題に出すくらいなのだから、自分の知識に自信があるのだろう。
――筆記、座学が得意というのは真実なのだろうな。
今度、その辺りの話題で話すのも悪くないかもしれない。
何処か他人事のように考えながら、鉄のナイフをカウンターに置く。
『なんだ、あの剣に未練でもあるのか?』
「まぁ、俺には鉄のナイフも精霊銀の名剣も、どっちも変わらないさ」
「そんな事は無いと思います。精霊銀は悪霊や不死者にも効果がありますから、鉄と一緒だなんて…」
エルメンヒルデへの言葉に、フランシェスカ嬢が反応する。
そのちぐはぐな会話に、ポケットの中でエルメンヒルデがクツクツと低い笑い声を出す。
「そうだな。鉄とは比べられないな」
だが、どちらもただの武器だ。相棒の代わりにはなりえない。
カウンターに鉄のナイフと日持ちする食糧やテントなどを置き、銅貨を二十枚置く。
痛い出費だ。本当に。
俺の懐具合を知っている老店主は、苦笑いしながら干し肉をいくつかオマケしてくれた。
『村人に施しを受ける英雄というのは、どうなんだろうな』
「ありがとうございます」
ポケットの中から、どこか達観したような声が聞こえた。
どうしてこいつは、こうも俺を英雄にしたがるのか。
俺は英雄なんて肩書き、必要としていないのに。
溜息を吐いた俺を、痛い出費で肩を落としていると勘違いされたのか、更に乾パンを一つ貰えた。
視線はもう精霊銀の名剣に向く事は無く、店主に回収されていく銅貨に釘づけだ。
俺にしか聞こえない声で溜息が聞こえた気がしたが、気にしないでおく。
人間が生きていくには、武器より資金が必要なのだ。
結構な大荷物を脇に抱えながら、もう一度溜息。
もう少し真面目に金策しておけばよかったなぁ、と。
店から出ると、その足で宿に向かい、荷物を置いた。
流石にテントのような旅道具を持って歩くのは手間だ。
そのまま、宿屋の一回で休憩する事にする。
俺はミルクではなく、無料で飲める水を頼む。これ以上の出費は、今晩の食事にも影響してしまうのだ。
フランシェスカ嬢には悪いが、自分の分は自分で頼んでもらう事にした。
『……甲斐性が無いな、相変わらず』
ほっとけ。
どこか楽しげな声に憮然としながら、水を飲む。
温い。
こんな田舎の宿屋に、氷を求めるのもどうかしているか。
王都や少し大きな町や都市の方ならば魔導師が魔術で氷を作ったりもするが、こんな田舎に魔導師が居るはずもない。
目の前には居るが、店員ではないし。
「明日から、村を出る」
「はい」
それは最後確認だった。
説明は、買い物の前に済ませている。
この村を出て、二つ隣の村まで歩く。
馬車で移動しないのは、体力作りと旅に慣れるためだ。
魔物討伐が終わったら学生に戻るのだろうが、今は冒険者だ。
なら、この期間は冒険者として鍛えようと思っている。
その方が、報酬は弾んでもらえそうだし、本人も同意してくれている。
「御迷惑をお掛けします」
そう言って、頭を下げられる始末だ。
俺としては、むしろ馬車で移動してもらう方が困るので、とてもありがたい。
主に、金銭的な意味で。
馬車はそれなりに金銭に余裕がある連中が乗るものだ。後、安全を確保したい人。
商隊などがコレに当る。よく連中はギルドに護衛の依頼を出してくるので、何度か護衛した事がある。
金回りは良いし、護衛中は食事は出るしで、中々悪くない。
まぁ、偶に馴れ馴れしい商人や、奴隷を商品にしている連中もいるが。
「気にするな。君にはまず、体力が足りないから丁度良い」
「ぅ」
そう言葉に詰まる女性を見て、苦笑してしまう。
そもそも、学生が旅をするというのが珍しいのだ。
学校の机に座って毎日勉強しているのに、体力が付くはずもない。
そんな事を考えながら、窓から外を見る。
ふと、視界に孤児と思われる少年が映った。
道に座り込んで、ぼんやりとしている。誰かが金か食べ物を恵んでくれるのを待っているのだろう。
この世界には孤児が多い。
魔神が討伐される前は、魔物によって村が襲われ、家が焼かれ、人は殺されていた。
その名残か、一年経った今でもこの世界には孤児が多いのだ。
孤児院というのも一応あるが、正直数が足りていないのが現状だ。
仲間の何人かはその現状を変えようと努力しているようだが、まだ上手く軌道に乗っていない。
そもそも、福利厚生の概念が無かったのに、一年で変えれるはずがない。
それを訴えているのが、世界を救った英雄でもだ。
金を持っているのは貴族。
その貴族を納得させることが出来るほど、俺達は口達者じゃない。
神殺しの英雄も人間だということだ。
まぁ、そのチートで荒稼ぎして世界を変えようとしている奴もいるみたいだが。
たとえば将棋やチェス、トランプ。
魔物の脅威に怯えて娯楽が無かったこの世界に、この一年で人の生活に浸透した遊びだ。
そう言う娯楽を提供して、一セットいくらでお金に換えているそうだ。
上手くやるもんだ、と。
俺ももっと要領良く生きる事が出来たら、もう少し生活が楽になっていたのだろうか?
そうだろうなぁ、と。
俺の要領が悪いのか、その辺りも連中のチート能力なのか。
ま、前者だろうな。
そんな事を考えていたら、金貨が一枚差し出された。
「報酬の前金です」
「ん、すまんね」
金貨一枚。銅貨にするなら百枚の価値がある。
さらに、金貨百枚で銀貨一枚の計算になる。
俺としては、銀貨などここ一年見た記憶が無い。
そんな大金なんて、普通の生活ではまず必要としない。
金貨ですら久し振りに見た気がする。
ちなみに、目の前の女性の財布には、金貨が数枚詰まっているのを知っている。
先ほどの買い物の時に、チラッと見えてしまったのだ。他意は無い。
見えてしまったのはしょうがないと思う。
流石貴族。
なんか無防備すぎて、そのうち泥棒に盗まれないか心配でしかない。
あと、今更だが、買い物の前に貰えば良かったな、と思わなくもない。
そうすれば、もうちょっとマシな旅支度が出来ただろうし。
まぁ、結局干し肉生活だろうが。
その辺りを、どうにか改善したいものだ。
異世界に来てずっと思っているが、料理などしない身では改善のしようがない。
『はぁ』
その溜息は、無防備なフランシェスカ嬢に対してか、財布を覗き見るという英雄にあるまじき行為をした俺に対してか。
それとも、相変わらず下らない事で頭を悩ませているからか。
……とりあえず、俺関係なのは間違いない。
「ま、明日からは歩きの旅だ。今日はゆっくり休もうか」
「はい。これからよろしくお願いします、レンジさん」
そう、満面の笑顔でお願いされるとこちらも嬉しい気分になる。
これは一種の才能かもしれない。
『だらしない顔だな、嘆かわしい』
「男なんてそんなもんだ」
美人の笑顔には弱いのだ。しょうがない。
「宿とかはどうしてるんだ?」
「この宿屋さんに、一部屋貸してもらう事になってます」
そう言われ、女将さんに視線を向けると満面の笑顔だった。
まぁ、雇い主様でもある、同じ宿なのは色々と都合がいい。
「……私、あまり朝は強くなくてですね…」
だそうだ。
本当に、都合がいい。
どうにも楽しそうな旅路になりそうだ。
『顔、顔』
うっさい。