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幕間2

 阿弥が試合場へ上ると、フランシェスカ先輩の時とは比べ物にならないくらいの大歓声が上がった。

 一勝二敗。

 ここで阿弥が負けるようだと、勝敗が決してしまうという場面。そこで戦うのは、英雄の一人である阿弥だ。盛り上がらないわけがない。

 視線を来賓席がある上へ向けると、バルコニーから顔を出して試合を観戦している結衣の顔があった。

 声は聞こえないが、その様子から阿弥を応援しているであろうことが分かる。


「アヤさんは勝てるでしょうか」

「まあ、問題無いと思いますけど」


 そう聞いて来たのは、僕と阿弥以外で、どの試合でも一勝してくれているフランシェスカ先輩。

 蓮司兄ちゃんと一緒に旅をしているのは伊達ではないようで、学院の生徒達からすると随分とレベルが高い。一回戦、二回戦は舐められていたとはいえプロの冒険者相手に勝っているのだから、その実力は本物なのだろう。

 まあ、僕と阿弥が勝っても、他の人が誰か一勝してくれないと勝ち上がれないので、正直助かっているけど。

 そのフランシェスカ先輩。先ほどの試合でのダメージが残っているようで、少しフラフラしながら歩いている。どうにも、見ていて危なっかしい。


「それより、大丈夫ですか? まだ、座って休んでいた方がいいですよ」

「ぅ……そう見えますか?」

「それはもう」


 なにせ、足取りがしっかりしていないのだ。

 いくらフランシェスカ先輩の魔力が低いとはいえ、至近距離で空気を爆発させたのはやりすぎだ。下手をしたら、鼓膜が破れていてもおかしくない攻撃である。

 むしろ、ダメージと気絶だけで済んだのは幸運と言えるだろう。

 そんな戦い方なんて、魔術学院では教えていないのだが。一体どこで覚えたのか。


「阿弥なら大丈夫ですよ。絶対に勝ちますから」

「え?」


 そこには、一抹の疑いすらない。

 阿弥が僕達と同じ異世界から召喚された側の人間だからというのもあるし、大魔導士と呼ばれる世界最高峰の魔術師であるからという事もある。

 そしてなにより、『絶対』という言葉など存在しない事を知っている。

 どんなにこちらが有利な状況でも、些細な事で戦況は一変する。絶望は、すぐ傍に、常に存在するのだと。

 けど、なにより。

 僕達は『英雄』と呼ばれる側の人間なのだ。

 『英雄』と呼ばれる人間は、負けてはならない。それは、絶対だ。

 人の希望でなければならない『英雄』は、絶対に勝たなければならない。

 絶対など存在しない。けど、僕たちは絶対に勝たなければならない。

 ……そういう存在でもあるのだ、僕たちは。

 難しく考えすぎだと言われる時もあるけど、『英雄』と呼ばれるというのはそういう事なのだと僕は思う。

 まぁ、英雄の考え方は、人それぞれだろうけど。


「それより、よく見ていてください」


 そう言って、視線を試合場へ向ける。

 阿弥の手には、ただの棒切れと見紛う樫の杖が一本だけ。

 相対する相手は、刃が潰されているとはいえ立派な長剣が一本。大会運営側から用意されたであろう剣はよく手に馴染むのか、相手の選手はとても戦いやすそうだ。

 表情にも、僅かな自信が覗いている。相手が阿弥とはいえ、魔術師。接近する事が出来れば一太刀を浴びせる事が出来ると思っているのだろう。あれは、そういう表情だ。


「多分、結構勉強になると思いますよ」


 頭の中に、魔術の『声』が響く。相手選手と、阿弥の紹介が始まったのだ。

 相手選手は、学院ではそこそこ名の知れた剣士のようだ。僕達より一つ年上で、フランシェスカ先輩のように冒険者としての経験もある。

 貴族の出ではないからこそ、剣技に自信があるようだ。

 対する阿弥は、魔術学院で研鑽を積む大魔導士。

 魔神を討伐した『英雄』の一人であり、世界最高の魔術師。

 その二人が、試合場の上で相対する。片方は刃が潰された鋼の剣。片方は、木の棒にしか見えない樫の杖。

 多分、さっきのフランシェスカ先輩の質問は、武器の差を心配しての事だろう。ショートソードでは大剣を受ける事が出来なかったから、同じように阿弥も苦労するのでは、と。


「始まります」


 僕がそう言うのと、魔術の『声』が試合開始を告げるのはほぼ同時。

 魔術師と対した時の基本として、剣士はまず距離を潰す。魔術の発動を妨害するためだ。

 魔術は使用者の想像によって顕現される。ならまず、魔術師が想像できないように、思考を乱すために接近して重圧(プレッシャー)を掛けるのが定石となっている。

 それは確かに、並の魔術師には有効な手段だろう。

 この世界の魔術師の役割は、大砲と同じだ。遠距離からの強力な範囲攻撃で、敵集団を吹き飛ばす。戦場で求められる魔術師に一番の仕事と言えば、それだろう。

 次は、剣士のような近接職と組んで、足止めしてもらっている間に敵へ魔術を叩き込む。

 どちらにしても、『魔術師は近接職に守ってもらう』というイメージが強い。

 そういう意味では、阿弥はこの世界の魔術師には当て嵌まらない。新しい(タイプ)の魔術師。だからこそ、『大魔導士』と呼ばれるのだ。

 まぁ、最初にそう呼んだのは幸太郎さんだし、そういう二つ名(肩書き)を広めたのも幸太郎さんだけど。

 あの人からしたら折角の異世界なのだから、二つ名のような異名を名乗った方が格好良いとか、そんな理由だったんだろうと思う。現に、あの人もこの世界では唯一の『魔法使い』と名乗っている。要は、他の人とは違うというのを簡単に証明できる“何か”が欲しいのだと……そう他の皆は言っていた。

 阿弥に至っては、変な名前を広められて恥ずかしいやら何やらで、凄く幸太郎さんを嫌っている。

 ……僕は格好良いと思うけど。

 そう言うと、もの凄く怒られるから絶対に言えない。

 そんな事を考えていると、既に勝負は始まっていた。

 僕達とほとんど変わらない年だというのに、結構鋭い剣が阿弥を襲う。その剣速と威力は、一回戦でフランシェスカ先輩が戦った相手を上回るだろう。

 しかし、阿弥はその剣から逃げるではなく、向き合う。

 自身へ向けられた剣へ臆する事無く樫の杖を合わせ、受けるではなく逸らしてその斬撃を無力化する。剣の腹を樫の杖で叩いて剣筋を逸らせる魔術師など、この世界に何人居るだろうか。

 その戦い方は、フランシェスカ先輩に似ている。というよりも、フランシェスカ先輩が阿弥の戦い方に似ているのか。

 目標としている人が同じで、同じ人の戦い方を見ているから、戦い方が似るのも当然だろうと思う。ふとそう考えながら、阿弥の動きを注視する。

 当たり前というか、フランシェスカ先輩とは比べ物にならないほど洗練された動きだ。動きは最小限、相手の攻撃を無力化しながら、自分は余裕を崩す事が無い。剣士が接近戦をすることで魔術師へ重圧(プレッシャー)を掛けるように、その剣士の攻撃を軽く凌ぐ事で重圧(プレッシャー)を与える。

 これでまだ、身体能力の強化(ブースト)の魔術は使っていない。それに、大会運営側から怒られるので、捕縛や落とし穴の魔術も禁じられている。あれは試合場の石床を駄目にしてしまうので、処理が面倒なのだそうだ。

 そうこうしている内に、少しずつ相手の剣筋が雑になってくる。接近戦に自信があるなら、一対一の戦いで魔術師に完封されるなど認めたくないのだろう。その心の隙が、戦い方の雑さへと繋がる。

 どんな状況でも、相手が何者でも、冷静に。とても難しい事だけど、とても大切な事だ。

 その雑さを阿弥が見逃すはずも無く、叩き付けるような横薙ぎの一撃。力んで速さを失ったその一撃は、樫の杖で手元を叩いて止められる。カウンターで綺麗に入ったのだろう、その一撃で相手選手は剣を落としてしまった。

 相手は打たれた手首を抑え、剣を拾う事無く膝を付いた。そのあまりの痛がりように、もしかしたら骨を痛めたのかもしれない。

 そこで、試合終了。頭の中に、阿弥の勝利を伝える『声』が響いた。三回戦の副将戦だというのに、あっさりとしたものである。


「ほら、勝った」

「……はあ。やはり、お強いですね。アヤさんは」


 僕達は少し話している間に終わってしまった勝負に、闘技場の観客達は湧きに沸いている。

 相手選手を圧倒した阿弥を称賛する声が多い。それに阿弥は可愛いから、男の人達に人気があるようだ。幼馴染としては、いろいろと複雑である。

 そうしていると、阿弥が試合場から降りてくる。当たり前のように汗は掻いておらず、息も乱れていない。


「お疲れ」

「お疲れ様でした、アヤさん」


 僕とフランシェスカ先輩がそう声を掛けると無言で、でも少しだけ微笑んで僕達に並んでくる。残り二人のチームメイトにも、同じような反応だ。

 阿弥は別に、他人に冷たいという訳ではない。人見知りはするけど、この大会に参加しているメンバーとは打ち解けている。

 でも、そのどこか……良く言えば凛とした、悪く言えば壁を作ったような態度には首を傾げてしまう。他の皆も同様だ。

 そこまで考えて、ふと視線を上に向ける。すると、今度は結衣と一緒に蓮司兄ちゃんもこっちを見ていた。多分、阿弥の試合を見ていたのだと思う。

 そして、阿弥の反応。いつもならハイタッチでもする場面なのに、勝って当たり前だとばかりの態度。

 その答えに思い至り、自分でも意地が悪い顔をしているんだろうなあ、と思うほど頬が緩むのを自覚した。


「蓮司兄ちゃんに、格好良い所を見せる事が出来たね」

「――――」

「あっ」


 すると、無言で足を踏まれた。

 僕は真咲さんみたいに完全装備をしているわけではないので、足は革靴のような薄い履物だ。なので……阿弥から足を思いっきり踏まれると、とても痛い。こちらも無言になりながら、歯を食いしばってしまうほどに。

 流石に、(うずくま)るというのは格好悪いので我慢した。

 でも、そんな僕に気付いたフランシェスカ嬢が驚いたというか、僕の代わりに痛そうに顔を顰めてくれた。


「うるさい」

「……はい」


 僕としては、変に大人ぶった反応をするよりも、勝った事を喜んだ方が蓮司兄ちゃんも嬉しいと思うけど。

 まぁ、それを言ったらまた足を踏まれそうなので黙っておく。

 阿弥は大人びた容姿だから、なんだか勝って当たり前みたいに考えるような乾いた(ドライ)性格なのだと誤解されないかの方が心配だ。まあ、蓮司兄ちゃんなら阿弥の事を良く知っているし、大丈夫だと思うけど。

 本当は喜怒哀楽は激しいし、子供っぽい一面もあるのだ。なのに強がったり、恥ずかしがる自分を怒り表現するから誤解される事が多い。

 それが良いという奇特な男子生徒も居るけど、本当の性格を知っている人は……まあ、そういう僕も阿弥の全部を知っているわけではないけど。それでも、もう少し可愛らしさや子供っぽさを出してもいいと思うのだ。せめて、蓮司兄ちゃんが見ている時くらい。

 その方が、絶対に可愛いと思う。


「ソウイチさん。女の子に格好良いは、あまり褒め言葉にはなりませんよ」

「あ」

「ぐっ……そこじゃないっ」


 なんとも――なんというか、間の抜けたフランシェスカ先輩の言葉に、僕も間の抜けた返事をしてしまう。

 そして、小声で阿弥から怒られた。どうしてか、僕が。まあ、いつもの事と言えば、いつもの事なのだけど。

 でも、照れからか。頬が少し赤くなっているので全然怖くない。むしろ、そんな視線を向けられるとニヤニヤしてしまう。

 幼馴染の恋模様ほど面白いものも無い。

 けど、足を踏まれる。

 ……幼馴染の恋模様ほど、痛いものも無い。


「さっさと、次も勝ってきなさいよ」

「はい」

「次も、レンジ様に良い所を見せないといけませんしね」

「それはもういいですからっ」


 すると今度は、フランシェスカ先輩にからかわれていた。

 僕は足を踏まれたのに、フランシェスカ先輩には恥ずかしそうに反応するのはどうしてだろう。この差が分からない。僕が男だからだろうか?

 なんとも言えない理不尽というか、幼馴染の照れ隠しの謎に首を傾げながら、魔術の『声』に言われるまま試合場へ上がる。

 反対側からは、ニヤニヤと笑いながら真咲さんが試合場へ上がってきた。


「相変わらず賑やかね。少し妬けてくるのだけれど、宗一君」

「じゃあ、変わりませんか?」

「そこは遠慮しておくわ」


 そういうと、真咲さんは口元を手で隠して肩を震わせる。何とも優艶と言うか、品のある笑い方だと思う。

 しかし、その装備は極悪だ。何せ、魔神討伐の時と同じ装備なのだ。とても、ただの武闘大会に挑む装備ではない。

 そんな感情が顔に出たのか、真咲さんの雰囲気からも遊びが消える。


「本気で勝負しましょう、と言ったでしょう?」

「僕は断りましたよ」

「ええ。だから、私だけ本気で行くわ」


 そう言って、その腰へ差している『刀』へと手を伸ばす。

 刀。日本刀。この世界には存在しないはずの、僕達の世界の剣。

 でも、感じるはずの魔力は感じない。それに鞘の色……魔剣であるならその属性を現す色が、無い。(ルビー)(サファイア)(エメラルド)(トパーズ)(シルバー)。そのどれでもない。

 黒い鞘は日本刀らしさを現しているのだろうが、知らない刀だ。


「これ、大会の為に燐さんが打ってくれたの」


 そんな僕の視線に気付いたのか、そう教えてくれる。

 ああ、そうか、と。僕もその言葉で納得する。

 『作り手』(クリエイター)である燐さんなら、確かに刀を打つことが出来る。僕達が旅をしている時、まだ聖剣や魔剣を持っていなかった際には燐さんによく武器を作ってもらったものだ。


「……ズルくない?」

「そう思うなら、宗一君も聖剣を抜いていいのよ?」

「遠慮しとくよ」


 西洋剣と日本刀は扱い方が全然違う。むしろ、剣と刀を互いに持って、ようやく対等と言えるのかもしれない。

 それでも、こちらは闘技場(コロシアム)の控室に置かれている鈍剣(なまくら)で、向こうは英雄が打った刀だ。とても対等とは言えないのかもしれない。

 勿論(もちろん)、こちらが不利という意味で。

 そうやって話していると、頭の中に魔術の『声』が響き、僕と真咲さんの紹介が始まる。もう何度目かになるか分からないが、こうやって大勢の人に自分の事が説明されるのは慣れない。恥ずかしい。


「ふふ」


 そんな僕の内心に気付いてか、真咲さんが小さく笑う。

 そのまま、お互いの剣が届かない範囲まで離れていく。僕も真咲さんに合わせるように、試合場の端近くまで下がった。

 僕達の、紹介が終わる。

 僕は剣を鞘から抜き放ち、その鞘を捨てる。

 真咲さんは刀を鞘へ納めたままだ。


「ふう」


 息を吐く。

 緊張しているのだろう。剣を握る右手に、必要以上に力が籠っているように感じる。

 こうやって、剣を持って真咲さんと向き合うのは何度目だろう。

 思うのは、懐かしいという感情だ。

 僕と真咲さんは、剣士だ。

 蓮司兄ちゃんや伊藤さん、江野宮さんのような戦士じゃない。

 九季さんのような騎士でもない。

 僕達は剣士だ。

 何度も斬り合った。何度も打ち合った。何度も腕を試し合った。

 剣と刀。その違いがあっても。


「いくぞっ!」

「こいっ!」


 ――剣だけは、誰にも負けたくない。

 それだけは、僕達はお互いに譲れないのだ。

 試合場の端と端、普通の人なら打ち合うまで数瞬の間があるであろう距離を一瞬で詰める。その蹴り足に、石床が砕けるほどの勢いだ。


「はぁっ!」

「ぜぁっ!」


 僕は剣を振り下ろし、真咲さんはその剣を刀で斬った。

 抜刀術。

 刀を鞘から抜く勢いを利用して、ただ斬るよりも速い斬撃を放つ術。

 そして真咲さんには常人以上の身体能力(女神の加護)があり、その手には英雄の一人である燐さんが打った名刀だ。

 一本いくらという程度でしかないただの剣では、受ける事すら出来ずに半ばから切り裂かれてしまう。


「ちっ」


 僕の剣を断ち切った勢いのまま、刀が僕の首へ向かう。

 その瞬間を目で追いながら、とっさに勢いを殺して後ろへ飛ぶ。

 胸元を浅く切り裂かれ、鋭い痛みに顔を顰めてしまう。真咲さんがあと一歩踏み込んでいたら、確実に致命傷だっただろう。というよりも、あそこで避けなかったら確実に死んでいた。

 それは、僕が避けると確信していたから振り抜いたのか、それとも止められなかったのか。……前者だろうなと思うと、不思議と胸の奥に嬉しさが湧いてしまう。

 僕なら反応できる。僕なら避けれる。僕なら死なない。それは真咲さん(バトルジャンキー)の信頼であり、本気の証。そう言うのを向けられると、嬉しくなってしまう僕も……きっと戦い好き(バトルジャンキー)なのかもしれない。

 殺し合いにも近い試し合いだというのに、不謹慎だと弥生は怒るだろうか。

 手には半ばから断ち切られた剣。そして、相対する真咲さんはまた刀を鞘へ納める。

 勝利を確信したわけではないだろう。現に、その腰は僕がどんな行動をしようと対応できるように落とされている。

 そんな真咲さんの反応を見ながら、僕も折れた剣を構えて腰を落とす。

 魔術の『声』は、まだどちらが勝者かを伝えていない。普通なら、剣を斬られた時点で勝敗が決するのだろう。でも、僕がまだ(あきら)めていないのだ。


「ふぅ……」


 長く、ゆっくりと、息を吐いた。

 神経を集中する。視界を真咲さんの一点へ向ける。大気が震えるほどの歓声も、皆の応援も耳に届かない。

 ただ、ただ――次は、僕が真咲さんを斬る。

 それだけを考える。

 それは一瞬だったのか。

 それとも数秒か。

 もしかしたら、数分の時間が経ったのか。

 また、動いたのは同時。

 馬鹿正直に正面から、先ほど剣を斬られた時を再現するかのように突撃する。

 違うのは、僕の剣は半ばから無くなっているという事。

 それでも真咲さんは油断も慢心も無く、抜刀の構えを維持したまま一足飛びで間合いの中へ突っ込んでくる。

 放たれるのは鋼すら切り裂く斬撃。

 それに応えるように、僕はさらに一歩を踏み込む。もう刀身が無いのだ、真咲さんの刀が届く距離でも、僕の剣は届かない。

 なら、さらに一歩を踏み込み、刀身の先ではなく、刀身の付け根部分を短くなった鋼の剣で受け止める。いくら刀の切れ味が鋭くても、使い手の力が十二分に伝わる部分は限られている。

 その、力が伝わらない部分で受ければ、いくら鈍剣(なまくら)でも受けることは出来る。

 互いの顔がぶつかりそうなほどの至近距離。早く動けたのは僕。剣を持つのとは逆の手で、胸当てから僅かに覗く胸倉を掴んだ。

 そうなると、長物である刀は不利だ。振る事も、突く事も出来なくなってしまう。いくら僕が小柄だとはいえ、おなじ『女神の加護』を受けていて、男なのだ。力勝負で負ける気はしない。胸倉を掴んだまま、力任せに石床へと押し倒す。勝負の最中だからか、力加減が出来ずに石床へ叩き付けるような形になってしまう。

 そのまま、その首筋へと折れた剣を押し当てる。


「いった……いっ」

「こ、こうさん?」


 真咲さんが痛みに呻き、僕も息が上がっている。

 もし胸当てが無かったら、きっと僕は胸を揉みながら女の子を押し倒している変質者にしか見えないだろう。


「…………」

「…………」


 そうやって、しばらくの間が過ぎる。

 真咲さんの痛みが引くのを待っていると。


「スケベ」


 僅かに頬を赤くして、そう言った。

 それと同時に、魔術の『声』で――僕の反則負け、真咲さんの勝利が告げられた。


「え!?」


 驚いて、真咲さんから飛び退く。

 誰がどう見ても、僕の勝利だろう。

 そう思って阿弥の方へ視線を向けると、彼女の表情はとても笑顔だった。あれは怒っている時の笑顔だ。蓮司兄ちゃんに向ける笑顔ではない。

 どうしてか分からずに混乱していると、視界にあるはずのない銀髪が映った。

 そこで、慌てて自分の前髪を指で摘まんで視界へ入るように持ってくる。

 黒髪であるはずの僕の髪が、銀髪になっていた。

 そこで、思い至る。この大会に参加する際に、優子さんから言われた事を。


『聖剣も魔剣も無し。実力を抑えて戦うように』


 そう、言われたのだ。


「ふふ。最後の一合……宗一君の本気、とても良かったわよ」


 真咲さんの声に、悟る。

 きっと僕は、最後の一合――真咲さんの本気を嬉しいと感じた時に、本気になってしまったのだ。

 女神アストラエラ様だけではない、精霊神ツェネリィア様も併せた魔力の供給と、『聖剣』を使う準備が出来た今の状態、それがその証拠だ。

 肩を落とすと、また観客の人達が湧いた。

 きっと、僕の姿を見て興奮しているのだろう。どうやらこの姿の僕は、女神さまに似ているのだそうだ。僕は男なのに。

 あと、僕の本気とか言いながら顔を赤くして悶えないでほしい。絶対に変な想像をされるから。というか、してしまうから。僕も、思春期の男なのだ。

 そんな不埒な妄想も、一瞬だけだ。二対三。僕達の負けが、『声』で告げられてしまう。

 僕としては、この後にあるであろう幼馴染様からのきっついお仕置きが恐ろしくてたまらない。


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