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幕間1 

 控え室に用意された椅子に腰を下ろし、息を一つ吐く。

 昼食を食べたお腹が少し重く感じるが、それもトーナメントへ出場して動けば解消されるだろう。

 最初のころに比べると、半分まで減ってしまった参加者たちが思い思いに仲間たちと話している。私達のように学校の制服を着ているチームは、もう居ない。

 控え室は二つ用意されているのだが、残っている学生のチームは魔術学院から参加している私達と、あとは『魔剣使い』マサキ様を擁する戦術都市のチームだけだ。そのマサキ様のチームは、もう一方の控室を使っている。


「でも、ソウイチ様もアヤ様も、結構気軽な方々でよかったですね」


 そう口にしたのは、同じ組として大会に参加している一つ年下の女の子。

 小さな顔に低い身長、短く切り揃えられたくすんだ金髪を彩る赤いリボンが印象的な子だ。私より一つ年下、アヤさんと同い年にしては幼く見えるが、それも彼女の魅力だろう。

 そんな彼女が言っているのは、今日、一緒に控え室へ居た時に言われた言葉の事だろう。

 様付けで呼ばれるのは苦手なので、せめてさん付けで、と。


「そうだね。二人とも、英雄という肩書を持っている割には、こちらの話に合わせてくれるし」


 返事をしたのは、こちらも同じ組――そして、私と同い年の子だ。

 燃えるように赤い髪と、強気な瞳。自信に満ちた表情。私には無い強さや魅力を持っている女性だ。

 身長も私より少し低いだけで、女の子としては十分高い。学院ではいつもちゃんと着ている制服も、今は誰も注意しないからと胸元を僅かに開いたりして着崩している。真面目な人だと思っていたが、どうやらこの姿が本当の彼女なのだろう。


「お二人とも、(かしこ)まった対応をされるのが苦手とか……驚きました」

「だよね。もっと作法に厳しい性格だと思ってたわ。貴女は、フランシェスカ?」


 不意に話題を振られ、ぼう、と話を聞いていたので少し驚いてしまう。

 そんな私が面白かったのか、二人が口元を隠してクスクスと笑う。


「お疲れみたいですね、先輩」

「まあ、なんといっても。一回戦と二回戦、両方勝ったんだものね。凄かったのね、貴女」

「ほんと、驚きました」

「……相手が油断してくれていただけだと思いますけど」

「それでも、よ」


 学院での私の評価を知っているのだろう、なんとも複雑そうな表情をされてしまう。あまり成績も評価も良くなかった私が勝っているのだから、単純に驚いているだけではなさそうだ。

 一部の貴族は、地位と評価に(こだわ)る傾向がある。こういう大会も、卒業後の自分や、実家の評価に関わるからと目指している人が多い。勝てば成績が上がるという訳ではないが、勝てていない彼女はあまり面白くなさそうだ。

 年下の子は、純粋に驚いているだけのようだ。

 魔術師とは、一対一で戦う職業ではない。それは学院でも言われるし、旅で実感したことだ。

 魔術の準備をしている時には守ってもらわなければならないし、魔力が着れたら無力になってしまう。弱点は多いが、魔術を発動する事さえできれば強力な力で戦える。

 守ってもらわなければ弱いが、破壊力は剣士や傭兵を凌駕している。なんとも極端な存在だと思う。

 そんな典型的魔術師である二人は、魔術を発動する前に倒されている。

 こういう時の為の勉強もしているが、それでも本職の人達に通じるような本格的なものではない。現に、私は一応剣の手解きを受けているが、旅に出てすぐの時、ゴブリンに殺されかけた。

 命の危険が無いだけ、この二人は幸運なのかもしれない。


「それとも、こういう一対一の戦い方も教えてもらったの?」

「ああ、いえ。そのような事は……」

「ほんとう?」

「はい」


 そこは本当なので、はっきりと彼女の目を見返して頷く。

 赤毛の彼女が言っているのは、私が旅の際に……レンジ様から戦い方を教わった事だ。

 実際は一緒に旅をしただけで、教えてもらった事は旅の心得やそれに準ずる事……戦い方としたら、最初に落とし穴の魔術、その重要性を説かれたこと。それと魔物の生態を教えて下さったことだろう。

 こうやって勝てたのは、魔物との戦いの応用だ。

 人間よりも、魔物の方がはるかに強靭で素早い。ここ半年ほどは、ずっとそう言う相手と戦っていたのだ。それと相手が、私が学生だからと油断してくれているから勝てただけだ。次は、勝てるかどうか分からない。


「だって、あの『英雄』様と一緒に旅をしたのでしょう? 何か、特別な戦い方とか……」

「特別……というのは、あの人とは無縁かと」


 レンジ様は、どこまでも自分の経験を基準に戦われる。何度も、何度も、何度も魔物と戦い、殺し、生き残った経験を大事にされている。

 そんなレンジ様だから、一緒に旅をしていて、見ていて、為になる事が多い。魔物の癖や習性のようなものをたくさん知っている。

 口にした事は無いが、フェイロナさんやムルルちゃんよりも魔物の生態には詳しいのではないだろうか。以前話した際、本人も凄く勉強したと言っていたし。

 なんだかんだで、どれだけ才能が有り、女神様からの加護があろうと、勉強は大事なのだと思ったものだ。

 だが、まぁ。特別といえば、特別なのか。エルメンヒルデ様という、特別な武器を持っておられるし。


「そうなのですか?」

「ええ。話してみると、結構気さくな方ですよ。素人同然の私を、見捨てないで下さいましたし」

「ふうん」


 いつの間にかソウイチさんやアヤさんの話題から逸れていたが、それでも話が盛り上がるなら、と思う。

 どうにも、レンジ様と一緒に旅をしているという事でこの二人からは距離を置かれていたのだ。私としては、本当に運よく出会えただけなのだが。


「そういえば、レンジ様もソウイチさん達と同じ事を言われていましたよ」

「同じ事?」

「何を言われていたのですか?」

「様付けはやめてほしい、と」


 そう言うと、大きな声を出して驚く二人。しかし次の瞬間には、控え室に居た他の参加者達が視線を向けてきて、顔を赤くして黙ってしまう。

 そんなに意外なのだろうか? でも、私も初めて言われた時は同じように驚いた気がする。

 どれだけの時間を話しただろうか、話す事に疲れて一息入れる。


「なんだか、考えていた以上に勝ち進めましたね」


 年下の女の子が、ふとそう漏らす。

 二回戦突破。

 あまりに拍子抜けと言えばそれまでな成果に、あまり実感が湧かない。それは、学生である私達とは全然違う本物のお二人と一緒に戦っているからだろう。

 ソウイチさんとアヤさん。

 気さくで話しやすいお二人だが、世界を救った英雄という肩書は私達とお二人の差を如実に表している。

 私は必死に戦い、ようやく勝つ事が出来た。だというのに、お二人は危な気無く勝利している。相手が年上で、現役の冒険者であっても、それは変わらない。


「友達に自慢出来るわね」

「ふふ。そうですね」


 赤毛の彼女が言う。何処か嬉しそうなのは、毎年参加している魔術学院の生徒達はいつも初戦で敗退しているからだろう。

 まぁ、ソウイチさん達が居なければ今年も同じ結果だったのだろうが。


「それより、フランシェスカ。貴方、次の試合もその剣を使うの?」


 そう言われ、その視線が私の腰に吊られているショートソードへ向く。


「ええ、そのつもりですが?」


 何か問題があるのだろうか。

 彼女が何を言いたいのか分からなくて首を傾げると、同い年の子は溜息を、年下の子は困ったような苦笑いを浮かべている。


「えっと……この剣が、何か?」

「だってそれ、ただの鉄の剣でしょう?」

「ええ、まぁ」


 そう応えると、もう一度溜息。


「折角の大会なのだから、もっと良い剣を使うべきだと思うわよ。ほら、今から街に買いに行く?」

「あ」

「そうですよ、先輩。もっと強い剣を使った方が、良い結果を残せますよ」


 そういうものだろうか。

 二人の言葉は善意からのものなのだろうが、今から剣を変えたとしても結果が悪くなる事はあれ、良くはならないと思うのだが。


「使い慣れてますから」

「そんな剣が?」

「はい」


 言いたい事は、何となくではあるが、分かった。武闘大会に出場するような人間が、こんなどこにでも売っているような安物の剣を使っているというのが問題なのだろう。

 しかし、と思う。

 私が旅――冒険を始めてからずっと使っている剣なのだ。愛着もあるし、使い慣れている。今から新しい剣を用意したとしても、このショートソードのように使いこなせるとはとても思えない。

 そんな二人の視線を感じながら、その柄を優しく撫でる。

 なにより、こうやって指で柄を撫でると、勇気が湧いてくるのだ。


「もっと魔術付与とか、良い素材の剣を使いなさいよ。学院の生徒らしく」

「はあ」


 そう言われると、なんとも言えなくなってしまう。

 魔術師の武器は杖というのは常識だ。魔術を使用する際の媒介となるし、素材の良い杖は打撃武器としても使える。現に、アヤさんは木の杖で器用に立ち回っている。

 魔術で身体能力を強化しているにしても、どこにでもある木の杖で魔物と戦う事を生業にしている冒険者を簡単に打倒しているのだ。今はまだ魔術を行使するほどの相手は居ないようだが、あの動きで魔術を使う事がアヤさんの戦場での姿なのだろう。

 その姿こそが、魔術師としてのあるべき姿。

 私のように杖ではなく剣を握るという事が、間違った姿なのか。この剣がせめて魔術付与されているか、精霊銀(ミスリル)製なら少しは違うのかもしれないが。

 そう思うが、今は深く考える必要も無いだろう。今から急に戦い方を変えれるほど、器用でもないというのは私自身が良く分かっている。変に形を拘っても、失敗してしまうのがオチだろう。

 友達の忠告に曖昧に頷くと、控室の扉が音を立てて開いた。私達だけではなく、控室に居た人間全員の視線が向いた。


「お疲れ様です、アヤ様」

「あー、はい。どうも、お疲れ様です」


 どうにも疲れたように、友達からの(ねぎら)いの言葉に応えるアヤさん。以前、僅かの間だが一緒に旅をした際に、様付けで呼ばれるのが苦手と言っていたのを思い出す。

 その辺りは、レンジ様によく似ていると思う。ソウイチ様は受け流すというか、軽く返しているイメージがあるが、レンジ様とアヤ様は慣れない相手からの言葉には何処か困ったような顔をする。

 それがどうにも英雄らしくなくて、少し微笑ましいと思うのは不敬だろうか?


「どうしたのですか、アヤさん。少しお疲れのようですが」

「いえいえ。少しそこで、次の対戦相手に会いまして」

「次の?」


 さて。次の相手は誰だっただろうか。

 私たちの次の試合の勝者……となると、王都の冒険者組か、戦術都市の学生組。

 そこまで考えると、アヤさんが疲れるような相手は学生組だろう。


「マサキ様、ですか?」


 そう聞くと、どうしてかアヤさんだけではなく友達二人からも驚いた顔をされた。

 アヤさんの態度を見ていれば簡単に思い付く事だと思うのだが。


「ええ、そうです。真咲さんとそこで会いまして。少し」

「少し?」

「……まぁ、少し」


 少し、何があったのだろう?

 歯切れの悪いアヤさんに首を傾げていると、再度控え室の扉が開いてソウイチさんが入ってくる。その表情は、アヤさんと同じように何処か困っているように見える。


「お疲れ様です、ソウイチ様」


 そう言って、にこやかに話し掛けるのは私と同い年の友達。そして、一瞬呆気にとられた後、後輩の女の子もソウイチさんに駆け寄った。

 女の子二人に囲まれると、いつもなら困ったような嬉しそうな、曖昧な表情を浮かべるソウイチ様だが、今は二人に気付いていないように表情は困った顔のままだ。

 もう一度、アヤさんへ視線を向ける。


「真咲さんから、本気で戦おう、って提案を受けたんですよ。宗一が」

「本気で?」

「まぁ、武器はそのままですけど」


 本気。ソウイチさんもアヤさんも、今のままでも十二分に強過ぎると思う。更に本気となると……どれくらい凄いのか想像もできない。

 一年前まで続いていた魔族との戦争でも、私は戦線に出ていたわけではない。この二人の本気を知っているのは、現役で戦っていた冒険者や騎士団の方々くらいだろう。

 私達のような学生は、ただただどれくらい凄いのか想像する事しかできない。

 頭の中に浮かぶのはレンジ様だが、あの方も本気を見せてくれた事は無い。エルメンヒルデ様を手に取ったのも、オーク討伐の時と魔術都市の郊外でオーガを討伐した時だけだ。そのどちらも、ソウイチさんからすると本気とは程遠いそうだし。

 ソウイチさんとマサキ様の本気という言葉がイマイチ想像できないでいる私をどう思ったのか、アヤさんが肩を震わせて笑っていた。


「まぁ、普段の宗一からだと想像しにくいですよね」

「え、っと。はあ」

「結構凄いんですよ。顔に似合わず」

「顔は関係無いよね!?」


 アヤさんの言葉に、ソウイチさんが大きな声で反応する。顔の事を気にしているのだろう、なんだか必死だ。

 しかし、そうすると控室に居る人間の視線がソウイチさんに集中してしまい、その事に気付くと恥ずかしそうに顔を(うつむ)けてしまう。ちょっと可愛い。

 女子生徒達がソウイチさんに構う理由が、少し分かった気がする。


「それで、どうするの?」

「いや、断ったよ」

「何をですか、ソウイチ様?」


 話を聞いていなかったのだろう、年下の女の子がソウイチさんに聞いている。けど、それには困ったような曖昧な笑顔を返すだけだ。

 その様子に、アヤさんはまた笑う。困っているソウイチさんが面白いようだ。

 そして、そんなアヤさんへ助けを求めるような視線が向けられる。ソウイチさんは女の子が苦手なようで、左右からくっつかれて動けないでいるようだ。


「まぁ、ちょっとね。僕も、真咲さんには興味があるけど、後で優子さんと蓮司兄ちゃんに絶対怒られるし……」

「そうよねぇ」


 そう同意するアヤさん。

 レンジ様が怒る様子は想像できないが、ユーコ様が怒ると……怖いのだろうな、と思う。『王都の魔女』と称されるほどの女性だ、きっと凄く恐ろしいはずだ。

 以前、倒れたレンジ様を王都まで運んだ際の事を思い出す。来客用の談話室で会った時だ。

 あの時は、凄く怖かった。冷たい目。私の内面まで見通しそうな眼力。

 思い出すと、僅かに口元が引き攣ったような気がした。


「あと、その言い方だと誤解されるわよ?」

「誤解?」

「……まぁ、いいけどね。夜道は弥生(背中)に気を付けなさいよ」

「う、うん。取り敢えず、問題は次の試合だよ。兄ちゃん達に良い所を見せたいし、勝ちたいね」

「当たり前でしょ?」


 でも、どうするか迷っているのだろう。断ったと言うには、表情が迷っているように感じる。

 『勇者』であるソウイチさんの本気。見てみたいと思うが、それは興味本位で見て良い物なのだろうかという気持ちもある。

 女神アストラエラ様から授けられた力。世界を守るための力。世界を救った力。それは、興味なんて理由で見ていいものとは思えない。そもそも――。


「ソウイチさんの本気というのは、この闘技場(コロシアム)で発揮しても大丈夫なのですか?」

「それもあるんだよね」


 そう言うと、困ったように頭を掻く。

 多分、この方たちの本気というのは、闘技場(コロシアム)が耐えられないのでは、と思う。魔神――神を打倒する力なのだから。


「それで、本当にちゃんと断ったのよね?」

「一応は」

「……一応?」

「そんな怖い顔をしないでよ。僕が断っても、きっと真咲さんは本気で来るよ」

「ああ。そう言う事ね」


 よく分からないが、ソウイチさんは断って、マサキ様はそれに納得していないという事なのだろうか?


「武器が武器だから、どれだけ戦えるかは分からないけど」

「流石に、優子さん達が見ている前で堂々と魔剣は抜いてこない……わよね?」

「そうなったら僕が死ぬよ」


 なんだか不穏な会話が聞こえるが、私が何を言っても解決には結び付かないだろう。


「あまり仲がよろしくないのですか?」

「逆ですよ、先輩。真咲さんは宗一と本気の勝負がしたいんですよ」

「本気の?」

戦闘好き(バトルジャンキー)と言いますか……そういうのが好き、とだけ思っていてください」

「はあ」


 ばとるじゃんきー、というのはよく分からないが、マサキ様はソウイチさんと本気の勝負をしたくてたまらないという事だろうか。

 レンジ様もフェイロナさんも戦う事にあまり興味を示さないので、よく分からない。


「それよりソウイチ様、これからお暇ですか?」

「ん?」

「次の試合までお時間がありますので、お茶でも――」

「一緒にいかがですか?」


 まったく、と思う。心に余裕があるのは良い事なのだろうが、大会の最中だというのに、と。

 アヤさんは、そう言われて困っているソウイチさんを見て笑っている。

 ……緊張なんて、無縁なんだろうな。そんな仲間たちが羨ましくて、気付かれないように肩を落とした。



 三回戦。あと三回勝利する事が出来れば優勝だが、残っているのは私達のような学生では太刀打ちできないような猛者たちばかりである。

 闘技場(コロシアム)の入り口に張り出されているトーナメント表を見上げながら、溜息を吐く。周囲には次の試合まで時間を潰している人達や、どの組が優勝するか賭けている人達が多い。

 ここまで勝ち進めたのはソウイチさんとアヤさんが居たから。あと、相手が私を学生だからと(あなど)ってくれたからだろう。次は、そうもいかない。同じ学生なのだから、強い方が勝つ。


「それでも、勝ちは勝ち」


 腰に吊ったショートソードの柄を撫でながら、内心で頷く。

 大会が始まる頃は中天にあった太陽も、すでに傾き始めている。季節が季節なだけに、陽が完全に落ちてしまうのはもうすぐだろう。

 団体戦が、もうすぐ終わる。武闘大会の一日目が。結果がどうであれ、大会の半分が終わるというのは少しの寂しさを抱かされる。

 明日は個人戦。明日も勝ち残れたらいいな、と。

 一回戦は緊張していて、気付いたら勝利していた。

 どうやって戦ったのか、トドメはなんだったのかも覚えていない。気が付いたら、試合場の中央に対戦相手が倒れていた。二回戦は相手が油断してくれていたから勝つことが出来た。学生だから、女だから、と。粗野な冒険者だったが、不用意に近寄ってきてくれたので楽に勝つことが出来た。ゴブリンでも、もっと警戒するというのに。

 優勝。最初は大会に参加するだけで満足だったのに、あと三回勝ち進むことが出来れば、その栄光に辿り着く事が出来る。もう、手が届くところまで来ている。

 私がレンジ様達と旅をして、どれだけ成長したか。強くなれたのか。

 それを、一つの形にできたら、と。


「大丈夫か?」


 そう考えていると、肩に手が置かれた。

 振り返ると、金髪にエルフ特有の長い髪を持つ美丈夫、フェイロナさんが立っていた。すぐ傍には、ムルルちゃんとソルネアさんも。


「あれ?」

「どうした、驚いた顔をして。激励に来たのだが、あまり緊張していないようだな」

「ああ、いえ。そのような事は」


 緊張は……もう二回も勝ち進んだのだ、薄れている。ただ、フェイロナさん達が声を掛けてくれたことに驚いた。いや、声を掛けてくれた事よりも、ここに居る事に、か。


「人混みが苦手だと思っていました」


 なので、武闘大会は見に来ないと思っていたのだ。朝、宿屋で分かれる時に「頑張れよ」と言ってもらえたし。


「ふむ」


 そんな私の反応をどう思ったのか、何かを思案するように細く綺麗な指を顎へ添えるフェイロナさん。

 考える仕草が一枚の絵画を連想さるように美しいのは、この人の一連の動作が洗練されているからだろう。教育を受けた貴族よりも貴族らしい、と思うのも間違っていないように感じる。


「応援してる。仲間、だから」

「うん。ありがとうね、ムルルちゃん」


 仲間。なんともこそばゆい感じがして、気持ちを紛らわすためにムルルちゃんの頭を撫でる。

 人間には無い獣耳の付け根を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めた。その表情が可愛くて少し力を込めると、恥ずかしそうな顔をして逃げられてしまった。


「本当なら、大会が始まる前に来るべきだったのだろうが。あまり勝手が分からなくてな」

「いいえ。来ていただけただけで十分です」

「そう言ってもらえると助かる。こういうのは、レンジが得意そうなのだがな」

「しょうがありませんよ。レンジ様もお忙しいようですし」


 一緒に旅をしているから忘れがちになるが、フェイロナさんは人混みが苦手だ。こうやって武闘大会の応援に来てもらえただけでも、とても嬉しいのは本当だ。

 ムルルちゃんも同じ。獣人だからか、感覚が鋭すぎて人が多いと混乱してしまうのだそうだ。ソルネアさんは……まだよく分からない。

 視線を向けても、ぼーっとした視線を返されるだけだ。現に今も、フェイロナさんやムルルちゃんはしゃべっても、ソルネアさんは一歩引いた場所でこちらを眺めている。

 一番よく話しているのがレンジ様だが、レンジ様との会話にもあまり変化はないし。正直な話、私はこの人が、何を考えているのかよく分からない。


「それより、頑張っているな。人間が相手で緊張するかと思ったが、良く動けている」

「本当ですか?」

「うん。次も、頑張って」


 旅の仲間からそう言ってもらえると、本当に嬉しい。

 次は同じ学生だが……勝てると良いな、と思う。この人たちが見ていてくれるなら、負けたくないな、とも。


「頑張るね。ムルルちゃん」


 今度はこちらから近付いて、綺麗な銀色の髪を梳くように撫でる。


「フランシェスカ」


 そして、まるで水面に浮いた波紋のように。その静かな声が、耳に届いた。

 不思議なもので、これだけ騒がしい場所だというのに、ソルネアさんの声はしっかりと聞こえる。

 それはフェイロナさんとムルルちゃんも同じようで、不思議そうにソルネアさんへ視線を向けている。まぁ、この人が自分から話しかけてくるという事が珍しいのだが。


「貴女は、何故戦うのですか?」

「えっと、どういう事でしょうか?」

「戦うのは、あまり好きではないと思っていましたので」


 ああ、と。


「そうですね。あまり、戦うのは好きではないです」


 というよりも、苦手という方が正しいのか。

 私には、戦いの才能が欠落していると思う。魔術の才も無く、剣術の才も無い。そのどちらも欠けているのに、冒険者として旅をした。

 今日まで生き残れたのは一緒に旅をした皆のおかげで、私はいつも守られ、助けられていたのだと思う。

 それでも――。


「ならどうして、このような見世物に?」

「見世物、という言い方はどうかと思いますが」


 その率直な物言いに、苦笑してしまう。

 その、ソルネアさんが言う『見世物』に出るために必死な人も居るのだが。


「私がどれだけ強くなれたのか、成長できたのか、知りたいからです」

「成長?」

「恥ずかしい話なのですが、私はいつも皆の足を引っ張ってばかりでしたので」


 そう言うと、まるで不思議なものを見るかのように私へ視線を向けてくる。

 その、きょとん、とした表情が何処かソルネアさんらしくなくて少し面白い。

 足を引っ張ってばかりだった私が、どれだけ強くなれたのか知りたい。何の才能も無い私が、どれだけ成長できたのか知りたい。旅で培った事、学院で学んだ事、私一人でどこまでできるのか。

 この大会は、それを知るのに絶好の機会なのだ。


「分かりません」

「はい」


 だから、そう言われても悲しいという気持ちは無い。

 もう一度、ショートソードの柄へ指を添える。私と一緒に旅をしてくれた剣は、指に触れるだけで勇気を分けてくれる気がする。


「それでは、行ってきます」

「うん。頑張って」

「ああ。楽しんでこい」

「……楽しむ、のは少し難しいかもしれませんが」


 何せ、相手は実力も才能も、私より上なのだろうから。それに、油断もしてくれないだろう。


「もう少し自信を持て。何も、そういう所までレンジに似る必要は無い」

「似ていますか?」

「嬉しそうに言うな」


 そう言うフェイロナさんも、どこか嬉しそうに感じる。ムルルちゃんも、だ。

 ただ、そんな私達をぼう、と見ているソルネアさん。

 気になって視線を向けるが、だからといって何かしらの行動を起こすわけでもない。相変わらず、よく分からない人だ。



 歓声が上がる。視線が集中する。

 石造りの四角い試合場を挟むようにして入場したのは十人。どちらもまだ二十にも届かない年齢の学生ばかりだが、完成は今日一番の大きさなのではないだろうか。

 それも、こちらにはソウイチさんとアヤさん。向こうにはマサキ様。きっと、観客の人達が一番見たい、本日一番の見応えある試合なのかもしれない。

 きっと、私達の事はおまけ程度なんだろうな。そう考えると少し気が楽になるが、程よい緊張感は保てている。

 観客の人達が誰を見ているのであれ、私も戦うのだ。気を抜くわけにはいかない。私は先鋒、一番手だ。


「うわぁ」


 少し離れた位置に居たアヤさんが、驚いたような、呆れたような、どうにも表現しづらい声を出す。

 離れた場所に居る私にも聞こえるほどの声だ、他の皆にも聞こえている。視線を向けると、額に手をついて溜息を吐いていた。

 その隣、大将であるソウイチさんも、アヤさんのように溜息は吐いていないが、その口元が引き攣っている。

 その視線の先、おそらく相手側の対象であろうマサキ様へ私も視線を向ける。他の四人は戦術学院の制服姿だというのに一人だけ、マサキ様だけが武装していた。

 武装、と言ってもそれほど物々しい装備ではない。羨ましいほどに長く艶やかな黒髪は首の後ろで纏められ、服は制服のようなものではなく冒険者が着るような厚手の服。その上から胸当てと手甲(ガントレット)、下は足甲(グリーブ)という最低限のものだ。おそらく、動きを制限しないように軽装なのだろう。

 腰には、見慣れない形の剣を差している。私のように吊っているのではなく、腰紐(ベルト)に差して固定されているのだ。

 その姿は一年前、魔神を討伐した後にソウイチさん達が王都へ凱旋してきた時の姿そのもの。つまり、マサキ様は魔神討伐の旅、その際に装備していた防具で身を固めていた。

 ……ソウイチさんとアヤさんの反応にも納得できる。

 先ほど、控室でした会話を思い出す。マサキ様は、ソウイチさんと本気で戦う気なのだろう。

 その表情は、不敵な笑みを浮かべながらソウイチさんへ向けられていた。

 そんなマサキ様を見て、ソウイチさん達は小声で何か話し合っている。多分、態度で本気である事を示しているマサキ様をどうするかの相談だろう。

 彼女と戦うのはソウイチさんなので、私達にはどうする事も出来ないのだが。


「ぅわ……」

「何、あれ。本気?」


 マサキ様の姿を見てしまって、私以外の二人は不安がっている。それと同時に、向こうの組は全員が自信に満ちた表情をしているように感じる。

 大将の姿一つで、こうまで差が出るものなのか。士気というほどでもないだろうが、どうにも勢いは向こうの組が高いように思う。それに、観客の人達も、向こうの組を応援する人が多い気がする。

 夕焼け時。おそらく、次の試合からは魔術による照明が付くことになるだろう。

 そんな明るさと薄暗さが入り混じった時間帯、観客たちの歓声とは別に、魔術による『声』が頭の中に響いた。轟音のような歓声も、同時に収まる。

 『声』で呼ばれたのは私で、誘導されるままに試合場へ上がる。それと同時に、歓声が一層大きくなった。


「では、行ってきます」

「頑張ってください、先輩」

「まずは一勝、お願いしますね」


 頭の中で、魔術による『声』で私の紹介がされている。私の出自や通っている学院、どういう経緯でこの大会に参加したのか。そして、レンジ様と一緒に旅をしたこと。

 少し恥ずかしいが、三回戦にもなるとその恥ずかしさにも慣れる。

 あまり気にしないようにして、ショートソードを抜いて右手に持つ。視線は前に、相手を向いて逸らさないように。一度深呼吸をすると、頭の中の雑念が消えていく。

 私が相手をするのは、学生というには精悍な顔つきの男子だ。短い金髪に、力強さを感じさせる瞳。紹介では私と同い年と言われているが、身体つきはもう成人男性と遜色ない。手に持っているのは、私では両手でも持つ事が出来ないような幅広の大剣だ。それを、肩に担ぐようにして持っている。


「…………」

「あれ、挨拶も無し?」


 大剣を見て緊張していると、そう声を掛けられる。結構気さくな人のようだ。

 試合場の中央で、視線を交わす。この人の戦いは、試合の合間に何度か見ている。大剣を豪快に振り回す人だ。隙は多そうだが、私のショートソードでは受ける事など無理だろう。

 色々と休憩時間に対策を考えてはいたが、どれだけ通用するか。


「んー……」


 返事をしない私をどう思ったのか、剣を持つのとは逆の手で頭を掻く。

 そしていると、私と彼の紹介が終わった。

 もう一度、深呼吸。


「では」


 ショートソードを握る手に力を込める。

 相手の方も両手で大剣を構えると、油断なく距離を詰めてくる。剣の長さは向こうが上、扱いも向こうの方が上だろう。

 魔術を使うにしても、その瞬間を見逃してくれるほど甘い相手ではないはずだ。なにより、もう三回戦なのだ。ここまで勝ち進んできた相手に私の(つたな)い魔術が通用するとも思えない。

 四角い試合場の中心を円を描くように回りながら、距離を測る。

 剣で注意を逸らせて、魔術で勝負を決める。今まで通りだ。というよりも、私にはそれしかない。


「――フッ!」


 瞬間、何の前触れも無く大剣を構えたまま相手が一気に向かってきた。幅広の大剣という特性からか、まるで槍による突撃(チャージ)を連想させる攻撃。

 男子の体格もあり、一瞬身体が竦みそうになるがその一撃を横へ避けると、避けた私を追って剣が横薙ぎに振られる。

 豪快な風斬り音を伴う一撃をショートソードで受ける事に成功する。


「ぃっ!?」

「はぁっ!」


 受けた剣から、今まで聞いた事の無いような甲高い音。明らかに質量が異なる剣の一撃に、私のショートソードが悲鳴を上げる。

 あまりの威力に踏み止まる事も困難で、その勢いのまま数歩後ずさる。

 重い。考えていたよりも、ずっと重くて痛い一撃だ。


「……っぅ」

「そんな細い剣で、よく受けれたな」


 ショートソードを握っていた手が痺れる。それを顔に出さないようにして、剣を両手で握る。とてもではないが、片手で受け止めれるものではない。

 それを察したのか、男子は一気に勝負を決めるかのようにもう一度突撃してくる。今度は上段に大剣を構えた状態だ。

 打ち下ろし。その一撃を、大剣の腹にショートソードを当てる事で逸らす。剣と剣がぶつかる音、そして大剣が石畳を叩く音が観客達の歓声の中でなお耳に届く。試合場の石畳が砕け、破片が散る。

 そのまま懐に飛び込もうとするが、それより早く大剣が跳ね上がった。力任せに跳ね上げられた刀身が私の足を狙う。

 突然の攻撃に驚くが、なんとか後ろへ飛び退いて回避に成功する。石畳を砕いたというのに、大剣も手も無事のようだ。


「よく避けれるな」

「それは、どうも」


 大剣を振る。まるで大気すら斬りそうな勢いの一振りに、僅かに私の髪が揺れた。

 たったの数合だというのに、もう息が上がっている。一対一、という状態は酷く緊張する。体力の減りが速く、手足の疲労も必要以上に感じてしまう。

 互いに剣の届かない位置まで離れ、仕切り直す。相手は息も上がっていなければ、余裕も感じられる。それでも、私を油断なく見ている辺り、口が軽い割りには堅実な性格なのかもしれない。

 上がってしまった息を落ち着けながら、手に持った剣を腰だめに構える。

 しかし、向こうも今度は慎重になって攻めてこない。もしかしたら、顔に出していないだけで剣か手に不調を覚えているのかもしれないが、表情からは判断が出来ない。

 息を深く吐く。

 それと同時に、私の前面に魔力を集める。創造(想像)するのは、出来るだけ大きな風の玉。

 魔力の流れを感じたのだろう、一瞬だけどうするか迷ったように動きを止め、男子がこちらへ飛び込んでくる。

 風の球は回避するのが難しい。だが、魔力を感じられるならすぐに分かるし、それに注意深く観察すると大気の揺らめきを確かに見る事が出来るのだ。


「フッ!!」


 魔術が完成するよりも早く、風の玉を避けるようにして接近してくる男子。放たれなかった風の玉は、私の前に存在したままだ。

 勝利を確信したような男子の表情、その変化が確かに見て取れた。その勢いのまま大剣を振ろうとするが、それでも遅い。その大剣を振り抜くよりも早く、創造した風の玉を爆発させる。

 火や氷のように目に見える被害は無いが、圧縮された空気の爆発を至近距離で受けた男子がその風圧で私と一緒に吹き飛んだ。

 一瞬思考が飛び、前後が分からなくなる。気付いたら、石畳へ両手をついて倒れていた。


「こ、れは……」


 予想以上に、効いた。まるで、頭を何度も棍棒で叩かれたように視界が定まらない。

 なんとか頭を上げると、少し離れた場所に男子生徒も倒れていた。向こうは完全に気絶しているようで、ピクリとも動かない。さすがに死んでは……いないだろう。

 しかし、魔術を爆発させるのがこんなに強力だとは。

 爆発の魔術は確かにあるが、これほど至近距離で、しかも自分を巻き込むような使い方をする魔術師はそうそう居ないだろう。もしかしたら、私が初めてかもしれない。

 頭痛と、吐き気。

 それらを何とか堪えて立ち上がる。

 剣では勝てない。魔術は当てられない。なら自分ごと巻き込めば、と考えたのだが。どうやら短絡的過ぎたようだ。

 頭の中に魔術の『声』で私が勝者だと宣言されるが、その声も気持ち悪い。

 試合場から降りると、皆から心配されてしまう。それもそうだろう。魔術を至近距離で爆発させたのだから。

 ソウイチさんやアヤさんでさえ、苦笑いを浮かべていた。


「次、お願いしますね」

「はいっ」


 一つ年下の後輩が、元気良く頷いてくれる。

 これで一勝。あとは、ソウイチさんとアヤさんが勝ってくれたら……。また、勝ち進むことが出来るだろうか。


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