第十二話 団体戦3
メイドさんに案内されて王族や貴族用に設えられた観戦席へ向かうと、もう既に宇多野さんと工藤、結衣ちゃんがソファへ座って俺達を待っていた。
まず最初に思ったのは、思っていたよりも広いという事。人間が二十人ほどは楽に入るくらいの広さがあり、設置された丸テーブルは四つ。そして、そのテーブルを囲むように柔らかそうなソファが置かれている。テーブルの上にも綺麗な花や、一目で高価と分かるテーブルクロス。おそらく、テーブル自体も相当良い物なのではないだろうか。
そのどれもが高級感を醸しており、ここが闘技場にある一室だとは思えない気品を感じさせる。かといって、高級品ばかりが置かれているからと緊張するるような感じも受けない。リラックスして観戦できる。気の持ちようもあるのだろうが、作り手の気遣いが感じられる部屋だ。
「よく似合ってるわ。鎧姿」
「それはどうも。宇多野さんも、ドレス姿がとてもお似合いで」
「ありがと。お世辞として、受け取っておくわ」
「本心なんだがね」
そう肩を竦めると、クスリと宇多野さんが笑う。どうやら少し緊張しているようで、動きが硬いように思う。
まぁ、俺の軽口で笑えるのだから、そこまで気にする必要も無さそうだが。
その宇多野さんは、黒いロングトルソーと呼ばれているタイプのドレス姿である。名前の由来は分からないが、そう呼ぶのだと以前教えてもらったのを思い出す。
高い身長と美しいくびれを際立たせ、凛とした雰囲気を前面に押し出すようなデザイン。スレンダーな体型だからこその美しさを強く印象付けるドレスだろう。
黒、というのも宇多野さんにピッタリの色だ。俺個人の意見だが。
「あら、中々似合っているじゃない」
「そりゃどうも。そっちも中々似合ってるじゃないか、工藤」
「そうかしら」
そう言う工藤は、マーメイドラインと呼ばれているドレス姿だ。ドレスの名称などうろ覚えなので、確信は持てないが。上半身は豊かな胸元や驚くほどに細いくびれを際立たせ、下半身は裾を床に引き摺るほどに長いスカートが隠している。そのスカートが人魚の尾びれのようだから、マーメイドという名前が付けられているのだとか。この世界では、おそらく違う名称だろうが。何せ、マーメイドは人類の敵なのだし。
美しい歌声で人間を魅了し、海中へと誘って溺死させる。そのあと、溺死した人間を食らう魔物だ。容姿も、御伽噺で聞くような美しさは微塵も無い。上半身は首筋と腹部に鰓があり、顔は人間と魚が混じったような異形。所詮、幻想とはそんなものである。現実は厳しい。その現実に、何度泣いた事か……。
工藤の見事な美脚が隠れているのはもったいないと思うが、よく似合っていると思う。
それに、綺麗なドレスを着ているからか、工藤も普段より生気を感じさせる表情をしている。なんだかんだで、工藤も女だ。綺麗なドレスを着れて、機嫌が良いのだろう。
「ぁ、あの……」
その宇多野さんと工藤に隠れるように、白いドレス姿の少女が小さな声を掛けてくる。
いつものおさげのような髪型は解かれ、きちんと整えてから後ろに流されている。普段が少し子供っぽいからか、そうするだけでも随分と大人っぽく感じてしまう。
ドレスも年相応の淡いふくらみや僅かなくびれにピッタリとフィットした上半身。スカート部分には宇多野さんや工藤とは違い、美しい脚線を覗かせる大胆なスリットが入っている。可愛らしさと大人っぽさを感じさせるドレス姿と言えるだろう。
正直、とてもよく似合っている。白い髪に、白いドレス。そして、紅玉を連想させる紅い瞳。だというのに、自分に自信が無さそうな表情。そのギャップが、結衣ちゃんらしい。
「結衣ちゃんも。よく似合ってるな」
「あ、そ……そう、ですか?」
「ああ」
なんだろう。糸らしさや可愛らしさよりも先に、感動のような胸を打つ気持ちが湧き上がるのは。
これが父性なのか、それともまた別の感情なのか。
ちなみに、その背後にはそこが定位置だと言わんばかりに黒鎧の騎士――ナイトが控えている。確かに騎士らしくはあるのだが、ドレス姿の美女美少女を前にすると異様というか異彩というか。とんでもない存在感だ。
そんな三人と一体へ視線を向けていると、案内をしてくれたメイドさんが一礼して観戦席の奥へと下がる。
おそらく宇多野さん達を案内したのであろう、彼女以外にも数人のメイドさんがすでにそこへ控えていた。その傍にはティーカップやポットが置かれている。武闘大会の間、彼女が俺達の世話をしてくれるようだ。
「おお」
「おや。三人ともお綺麗ですね」
後から来た藤堂と九季が、溜息を吐くように驚きの声を上げる。
特に藤堂は、驚きで言葉も出ないように固まってしまっている。その脇を小突くと、手甲と鎧が乾いた音を立てた。
「お世辞をどうも、九季君」
「いえいえ。本当にお似合いですよ、工藤さん」
「そう。あなたもその鎧、よく似合っているわよ」
「ありがとうございます」
「藤堂君もね」
「ど、どうも……」
「……なに緊張してるのよ。今更でしょうに」
そう言って、ドレスの胸元を軽く引っ張る工藤。そうすると、形の良い胸元の上半分が見えそうになり、九季はさり気なく、藤堂は慌てて目を逸らす。
そんな反応が楽しかったのだろう、ニヤニヤと笑いながらそれとなく場所を移動して藤堂をからかいにかかる工藤。
工藤の隣に居た宇多野さんは、呆れ顔である。怒らないだけ、アイツの行動にも慣れたという事かもしれないが。
昔は口にこそ出していなかったが、工藤の行動に相当苛立っていたものだ。主に表情が。
相変わらず、男をからかって楽しむ奴である。
そんな工藤の行動に慣れている九季は、苦笑しながら視線が胸元へ行かないようにしている。それもそうだろう。こんな所を姫様に見られでもしたら、ご機嫌取りにどれだけ苦労する事か。今は背後にお城勤めのメイドさんが居るのだ、どこからこの事が漏れるか分からないというのもあるだろう。
その横では、相変わらず女性に免疫の無い藤堂が顔を赤くして照れていた。そういう反応が工藤を楽しませるというのに……まぁ、俺も楽しいからいいのだが。
蒼いドレスは工藤の肢体を包み、メリハリのある魅力的な体を十二分に際立たせている。肌を露出させた肩と、深いスリットから覗く美脚が艶めかしい。工藤燐という女性の魅力を生かしている服装だろう。
その上等なドレスも、藤堂をからかう為だけに乱れてしまっているが。何とも勿体無い。本当に自由すぎる奴である。あのドレス一着でどれだけの値段なのだろうか。あまり胸元を引っ張ると、生地が伸びてしまって価値が下がってしまいそうだ。
そう考えていると、宇多野さんの横に居た結衣ちゃんと視線が合った。何か言いたそうだが、縮こまって黙ってしまっている。
「スケベな目」
代わりに口を開いたのは、先ほどまでは居なかった口の悪い女王様である。
いつも結衣ちゃんと一緒に居るのにと不思議に思ったが、闘技場を飛びながら眺めていたのだろう、客席を覗ける窓から入ってきたようだ。その服装はいつも通りの白いワンピースのようなドレス姿。他の女性陣もドレス姿なので、違和感が無い。
「別に、そうでもないだろ」
「そうかしら。鼻の下が伸びてるように見えたけどね」
そう言われ、手甲を装備した手で鼻の下をさする。冷たい。
「そうか?」
「まったく。目の前に、こんなに可愛い子が居るっていうのに。ねぇ、ユイ?」
「わ、私っ!?」
「どう、レンジ。可愛いでしょ?」
「それには同意する」
そう言うと、頬を赤く染めて俯いてしまう結衣ちゃん。その仕草がまた、可愛らしい。
からかいくなってしまうのは、正常な男として当然の感情だと思う。
「結衣ちゃんは、可愛いな」
そして、わざと「は」の部分を強調しながら言う。もちろん、アナスタシアを見ながら。
それだけで俺が何を言いたいのか悟ったのだろう、満面の笑顔が引き攣ったような気がした。気がしたが、気にせずに宇多野さんへ視線を向ける。
「ヨシュア王達は?」
「まだ準備の途中でしょう。私達よりも、身嗜みには気を遣わないといけない人達だから」
「そうか」
そう言って、テーブルを挟んで宇多野さんの正面へ腰を下ろす。
すると、何も言っていないのにメイドさんが紅茶を用意してくれた。
「あら。私なんかの前に座っていいのかしら?」
「ん?」
「燐の胸元、スケベな目で見ていたようだし」
なんだそりゃ、と。
アナスタシアの言葉を真に受けたわけでもないのだろうが、その物言いに苦笑してしまう。
「そうでもない。さすがに工藤は、なぁ」
「そうなの? 私から見ても美人だと思うけど。あと、おっぱいも大きいし」
俺と宇多野さんの会話に割り込んできたのは、またアナスタシア。こいつが変な事を言うから、宇多野さんが変に勘違いしているのだが。まぁ、勘違いというよりも俺をからかっているだけだろうが。そう思いながら、いつもの定位置――結衣ちゃんの肩に座る小さな妖精へ視線を向ける。
それにしても、女王様がおっぱいとか言うのはどうなのだろう。その辺りにもう少し恥じらいを持ってほしいと思うのは、俺が女性に幻想を抱いているだからだろうか。
見た目は西洋人形のような完成された美しさを持つ美少女だというのに、その物言いが威厳とか風格とか、女王として大切なものを色々と台無しにしている。
「もう、アナったら」
「お前は色々と小さいからなぁ」
「うっさい」
また「は」を強調して言うと、歯を剥いて威嚇してくる。……が、全く怖くない。
人とは違う、小さな妖精にその辺りを求めるのも変な話なのかもしれないが。まぁ最悪、こいつは魔術で大きくなれるのだが。
魔力の無駄遣いだとしか思えないけど。
『それより、大会はまだ始まらないのか?』
「王様がまだだろ」
『む』
珍しく、今まで黙っていたエルメンヒルデが退屈そうな声を上げる。
「あら、居たの? あんまり静かだったから、居ないと思ったわ」
『私は誰かのように、騒がしくないからな』
「賑やかなのは良い事よ。楽しいじゃない」
『賑やかなのと五月蠅いのは違うと思うがな。そうではないか、レンジ?』
「そうなの、レンジ?」
そこで俺に振るのかよと内心で溜息を吐きながら、メイドさんが注いでくれた紅茶を一口啜る。嗚呼、上手い。
「さて、と」
そんな二人……一枚と一匹の言葉を無視して立ち上がる。
貴族用の観客席は一般席よりも高い場所に作られているので、見下ろすような格好で武闘大会を見に来ている観客達を見る事が出来る。
席は満席。老若男女、多くの観客達が大会の開始を今か今かと待っている。
きっとこの中に、フェイロナやムルル、もしかしたらソルネアも居るのかもしれない。それとなく探してみたが、流石に人が多すぎて見付ける事が出来なかったが。
そんな俺をどう思ったのだろう。エルメンヒルデとアナスタシアの無言が辛い。
「誰か探しているの?」
「ああ、いや」
そんな俺を見かねたのか、それとも面白かったのか、観客席を見下ろしている俺へ宇多野さんが声を掛けてくる。
その声に振り返りながら、何でもないと首を横に振る。
「人が多いな、ってな」
「それはそうでしょうよ。魔神を討伐した英雄、勇者と呼ばれる人が出場しているのだもの」
「中身は、どこにでもいる普通の人間と変わらないんだがね」
「それでも、私たちは求められるのよ。英雄という役を」
「そうだな」
「ええ。そうね」
俺達はただの人間だ。アストラエラの加護を受けているが、中身はこの世界の人間と何ら変わりはない。
それでも魔神を討伐したという事実は、この世界の人達の希望となってしまった。
だから求められる。英雄という役を。
人々の希望で、絶対の存在で、最後に縋るべき光で……不敗で、常勝という完璧な偶像を。
「ま、これだけ盛り上がってるとなると、無様な負け方は出来そうにないな」
「本当よ。頑張ってよね?」
「取り敢えず、頑張れるだけは頑張るさ」
俺がそう言うと、ただ静かに……一瞬だけ、その右手が俺の腕に触れた。
「盛り上げる為に、宗一君達には頑張ってもらうのだから。貴方も明日は頑張って」
「はいはい」
「はいは一回。子供じゃないのだから」
宇多野さんと一緒にソファへ座ると、今度は隣へ結衣ちゃんが座ってくる。
これだけ席が空いているのにどうして俺の隣に来たのか。気になって視線を向けると、紅玉を連想させる紅い瞳が見上げてくる。俗にいう上目遣い。
妹というか、娘というか。そういう風に見ている少女にそんな事をされると、どうにもこそばゆい。
「お隣……いい、ですか?」
「ん。それは良いけど。鎧、冷たくないか?」
「え、聞くところはそこ?」
「いや、冷たいだろ。鎧」
アナスタシアのツッコミに、素で返してしまう。
いくら高価で魔術に耐性がある精霊銀の鎧とはいえ、鎧は鎧。銀は銀。表面が冷たい事には変わりがない。
そう思うのだが、結衣ちゃんは気にしていないようで、何も言わずに首を横に振ってくれる。
「相変わらず、仲が良いわね」
「羨ましい?」
「ええ」
正面の宇多野さんがそう言うと、結衣ちゃんの白磁のような肌が僅かに赤くなったような気がした。
宇多野さんも、普段の難しい顔ではなく口元を緩めるという希少な表情なので、どうにも妙な雰囲気になったように思える。
置いて行かれた俺とアナスタシアは、どう反応すればいいのか困ってしまう。いや……。
「どうかしたのか、結衣ちゃん。顔が赤いみたいだけど」
「ぁ、いえ……」
昔のノリでこうやってからかえば良いのだろう。
しかしそうすると、だ。背後に控えている亡霊騎士からの圧力が増すのだ。相変わらず過保護なようで。アナスタシアは、結衣ちゃんの肩でくすくすと笑うだけである。出来ればナイトの奴を止めてほしい。
仲間とはいえ、ナイトは亡霊だ。亡霊の圧力が増すと、冬の冷たさ以上の冷気を感じてしまうのだ。無言というのも、その圧力に拍車を掛けている気がする。
まぁ、それも楽しくはあるのだが。楽しいというか、懐かしいという方が正しいのか。やはり、こうやって仲間内で馬鹿をやるのは楽しい。
「ああ、酷い目に遭った」
「それこそ酷くないかしら、藤堂君?」
「酷くないよ。まったく」
そうやって宇多野さんや結衣ちゃんと話していると、疲れたように藤堂がこちらに来る。
流石に、一つのテーブルにこれ以上の人数はバランスが悪いと思ったのか、藤堂、九季、工藤は別のテーブルを囲んで座る。
そうしていると、丁度いいタイミングで豪奢な貴族服に身を包んだヨシュア王、そしてその後ろへ控えるようにヲーレンさんとオブライエンさんが観戦席へ入ってくる。
慌てる仕草も失礼に当たるかもしれないので、静かにソファから腰を上げて膝を付こうとすると、ヨシュア王がそれを手で制した。
「よい。それよりも、よくまた揃ってくれたな」
「いえ。私たちの生活は国に支えられているようなもの。王の言葉に応えるのは、当然の事です」
そう宇多野さんが言うと、口元を大きく緩めるヨシュア王。その表情は、御年五十を超える身
「そうか。いや、そう言ってもらえるならこちらも嬉しい」
そう言うと、一番豪奢なソファへ腰を下ろすヨシュア王。
その背後には結衣ちゃんを守るナイトのように、オブライエンさんが立つ。ヲーレンさんは、ヨシュア王とテーブルを囲むように別のソファへ座る。
そして、座ったヨシュア王が、何か意味深にこちらへ視線を向けてくる。同じテーブルに来い、という事だろう。
観客席の隅に控えていたメイドさんが、紅茶用のポットではなく瓶に入った液体を用意しているのを視界の隅に確認してしまうと、自然と口元が引き攣ってしまう。
「宇多野さんは?」
「貴方をご所望のようですし、行ってらっしゃい」
なんとも冷たい言葉である。遠くで工藤が肩を震わせているので、後でどうにかして仕返しをしたいものである。しようとしたら、逆に罠には嵌められそうだが。ま、それはそれで楽しいだろう。多分。
そう思いながらヨシュア王の元へ向かうと、一言断ってから正面のソファへ腰を下ろす。
大きいとは言えないが豪奢なソファに一人で座るというのは、どうにも贅沢に思えてしまう。
「その鎧、似合うではないか」
「用意してくださったのはそちらでは?」
「ふ、そうだったな。昔の採寸で作らせたが、体形が変わっていないようで安心したぞ」
ヨシュア王がそう笑うと、その背後に控えるオブライエンさんも頷きながら口元を緩めている。宇多野さんと同じ、珍しい表情だ。
まぁ、体形が変わっていないのも、それほどカロリーが高い食事をバクバク食っているわけではないし、ほぼ毎日体を動かしているのだ。太るという事も無い……はずだ。
「王も。その服、よくお似合いですよ」
「そうでもない。この一年はずっと椅子に座ってばかりなのでは」
そう言って、軽く腹部を叩くヨシュア王。無駄な贅肉が付いたと言いたいのだろう。
口元を隠さず、カカ、という笑い声。
その笑い声が本当に元気そうで、聞いているこちらも気分が良くなってくる。
「レンジ殿」
「なんでしょうか、ヲーレン殿」
「今回は大会に参加してくださり、誠にありがとうございます」
「いえ、まぁ……」
出場する理由は、宇多野さんへの借金というか借りがあるからなのだが。
その辺りは黙っていた方がいいだろう。なんというか、理由が恥ずかしすぎる。
「まったく。お前達二人は、相変わらず堅苦しいな。こういう所くらい、もっと柔らかくできんのか?」
「そうは言われましても、王よ」
「一応、周りの目もありますので」
俺とヲーレンさんが合わせるように言うと、ヨシュア王が大仰に肩を竦めながら溜息を吐く。
その仕草が面白かったのか、王の背後に控えていたオブライエンさんも小さく肩を震わせる。
というよりも、この王様が柔らかすぎると思うのだが。
「遅くなりました」
「お……」
和やかな雰囲気の場に、凛とした声が響く。
先ほど王様が入室してきたドア。そこから、声の主が入室してくる。
長い銀の髪、華奢な体に同年代の女性より僅かばかり低い身長。普段は可愛らしいと称される容姿も、化粧と服装、湖面のように静かな眼差しと雰囲気も相まって、凛とした冷たさを感じさせる。
ほう、と息を吐く。
美しい。一年前も宝石と見紛う美しさがあったが、成長してその美しさに磨きがかかったというか。
先日、礼拝堂の方で一度見ているはずなのだが、近くで見るとその成長が良く分かる。
なんというか……確かに、見とれてしまった。
『レンジ?』
「いや、なんでもない」
「くく。なんだ、レンジ。アマルダに見とれたか?」
「まさか。そのような事はありません」
そこは黙ってましょうよ、王様。
父親の軽口に微かに表情を綻ばせる姫様。その表情は確かに一年前の姫様のもので、成長しても根っこの所は変わっていないようだ。
それに、どことなしか、母親――王妃様に似てきたような気がする。あの人も、凛とした表情の下には家族や国を大切に想う暖かな母親の顔を持っていた。
その事が嬉しくて、俺も少しだけ口元を緩める。
「どうだ。娘と結婚する気は――」
「ありませんよ」
「お父様?」
俺が最後まで言わせないのと、姫様の冷たい声は同時。
その提案はものすごく魅力的ではあるが、そこで頷いたら俺は試合という名目で九季から亡き者にされる事だろう。確実に。
それに、仲間の恋路を邪魔する趣味も無い。
――幸せになってほしいじゃないか。仲間には。
それに、英雄という肩書すら俺には重いというのに。姫様と結婚するという事は、男児が居ないこの国では次代の王になる事と同義だ。俺には難易度が高いどころの話ではない。無理だ。
その姫様の視線だって、俺に向いたのはこの部屋に来た最初だけだ。今は、奥で宇多野さん達と話していた九季へ向いている。その表情は、先ほどの凛とした冷たさを感じるものではなく、人としての温もりを感じるというか、なんというか。有体に言うと、恋する乙女とか、そんな感じだと思う。俺は向けられた事など無いが、そんな表情。チクショウ。
そんな姫様の表情を見て溜息を吐く王様。分かります。それでも、九季の元へ歩み寄らないだけ、王族としての立場というか、そういうのを分かっているのだろう。ただ単に、人前でイチャつくのが恥ずかしいだけかもしれないけど。
もし結衣ちゃんがアマルダ姫のような表情を誰かへ向ける事になったら、ナイトやファフニィルと一緒にそいつを圧迫面接をするかもしれない。
「さて、揃いましたな」
「うむ。そうだな」
その言葉と同時に、王様が立ち上がるより先に腰を上げ、オブライエンさんの隣へ並ぶ。王様を挟んで俺が左、オブライエンさんが右という立ち位置だ。
左腰へ吊った精霊銀の剣がカチャ、と乾いた音を立てるとオブライエンさんが確かに頬を緩めた。
「また少し、顔付きが良くなったな」
「そうですか?」
鏡も無いし、自分の表情など分からないのだが。オブライエンさんが言うのなら、そうなのだろう。
そんな俺の後ろには宇多野さんが、その傍には工藤達。オブライエンさんの側には九季やヲーレンさん、結衣ちゃんとナイトが立つ
「では、これ以上民達を待たせるわけにもいかんな」
「それに、出場者の皆様も、ですわ。お父様」
先頭には王と姫。本来ならヨシュア王の隣には王妃が立つべきなのであろうが、あの方は一年前の戦火で命を落とされている。
……よく、あの悲しみを乗り越えられたと思う。
王様も、姫様も。
俺は一年が経った今でも引き摺っているというのに。
バルコニーの先へヨシュア王とアマルダ姫が立つと、闘技場がシン、と静まり返った気がした。実際、ざわめきが徐々に小さくなっていく。
「皆――」
そして、魔術で増幅された声が闘技場へ響く。
祭りが始まる。
闘技大会――その、団体戦という祭りが。




