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第十一話 団体戦2

 手甲(ガントレット)足甲(グリーブ)、鎧を身に纏うと強くなったように錯覚するのは、俺が小物だからだろうか。その上から豪奢な刺繍がなされた外套(マント)を身に纏う。

 手伝ってくれたメイドさんに軽く礼を言うと、小さく頭を下げられた。そこまで(かしこ)まられることには、未だに慣れない。

 そんな俺の反応が面白いのだろう、先に身支度を済ませていた九季がクツクツと低い声で笑っている。

 ちなみに、少し離れた位置では藤堂が鎧を装備する事に難儀していた。何しろ、一年前よりも体格が一回りほど大きくなっているのだ。その分、体が硬くなっているのだろう。

 俺と同じで鎧を装備し慣れていないという事もあり、メイドさんと一緒に四苦八苦している。先ほどまでの自分を忘れ、藤堂を見ながらニヤニヤしていると、離れた場所へと移動していった。

 身支度を整える場所として提供された部屋は、結構な広さがある大部屋だ。見ただけで高価だと分かる家具が置かれている事から、おそらくそれなりの地位にある人物が使う控室なのかもしれない。ただ鎧を身に着けるだけなのだから、もっと質素な場所でいいのにと思う。高級そうな家具に、飾られた花。そのどれもが、闘技場(コロシアム)の控室には不釣り合いなものだ。

 そして、そのどれもが俺の手持ちの金では手も出ないほどの値段が付けられているはずだ。触るのも恐ろしい……とまではいかないが、あまり触りたいとは思わない。


「本当に、お前は鎧が似合うな。九季」


 俺がそう言うと、少し照れたように頬を掻く九季。

 柔らかな表情に高い身長は、重厚にして華美な騎士鎧が良く似合う。赤マントを靡かせながら馬を駆る姿など、貴族の女性に大人気なのではないだろうか。


「似合うというよりも、着慣れていると言った方が正しいと思いますけど」

「そうか?」

「仕事柄、ほぼ毎日と言っていいほど着てますからね。鎧」


 それもそうか、と思う。王都の第三騎士団、副団長。その肩書き通り、騎士としての毎日を過ごしているのだ。そして、この国のお姫様と恋仲。人生勝ち組だよな、という思考は(ねた)みか、ひがみか。

 まぁ、姫様の事はさておいて。結局、鎧というのは似合わない人が着ても似合わないものだと思う。俺や藤堂がその典型だ。

 やはり。顔が良い奴は、何を着ても似合うという事か。九季然り、宗一然り。こいつらはこう、なんかオーラのようなものがあるのだ。強者とか、人の上に立つ人間とか、自分に自信があるとか。そんな感じの、オーラっぽいものが。


『レンジも似合っているぞ』

「そりゃどうも」


 エルメンヒルデの声を聴きながら、手甲を装備して重くなった腕を数回振る。どうにも動かし辛い。九季のように着慣れていないからだろう。

 腰に精霊銀(ミスリル)の剣を吊ると、少しは騎士らしく見えるだろうか。ふとそう考えながら、精霊銀(ミスリル)の装備に身を固めた自分を想像する。

 うむ。似合わない。馬子にも衣裳とか、そんな感じなのだと思う。鎧を着ているというよりも、鎧に着られているといった感じかもしれない。

 結局、どうしても今日一日はこの姿でいないといけない事に変わりはない。願わくば、笑われない事を祈ろう。豪奢な鎧を身に纏って、似合わないと笑われたら本気で心が折れると確信できる。


「それで今日は?」

「これから、王様たちと一緒に試合を観戦してください」

「それだけ?」

「はい」


 今日の予定を、九季に確認する。俺の秘書という訳でもないのだが、よく淀みなくスラスラと出てくるものだ。

 しかし、王様と一緒に団体戦の観戦か。何一つ面白味の無いイベントだと思うのは、俺だけだろうか。そんな事を口にしようものなら、確実に不敬罪で首を刎ねられそうだが。


『ふむ。退屈そうだな』

「まったくだ」


 頭に響いた声に同意すると、九季が苦笑する。実際、興味があるのは身内の試合だけなのだ。

 フランシェスカ嬢、宗一、阿弥は同じチームだし。後は真咲ちゃんが居るチームくらいか。その他は……まず誰が出るのか知らない。

 騎士団から数人、チームを組んで出場しているらしいが、知らない顔ばかりなのであまり興味が無い。各都市の冒険者ギルドと各学院から知り合い同士でチームを組んでいるようだが、まぁ、優勝は十中八九騎士団チームだろう。

 宗一達や真咲ちゃんを擁する学生チームもそこそこ頑張れるだろうが、勝ち抜き戦ではないので一人が突出した強さを持っていても意味が無い。

 その辺り、よく考えられていると思う。どれだけ宗一や真咲ちゃんが強かろうと、一勝では意味が無い。五対五。三勝したチームが勝ちとなれば、本職である冒険者や騎士団のチームが優勢だ。

 魔術都市の学生チームには宗一と阿弥が居るが、それでも二勝。あと一勝は……学生には難しいだろう。


「おや。あまり興味がありませんか?」

「身内以外にはな。正直、顔も名前も知らない冒険者同士の試合ってのも……ちょっとな」

「それは分かりますけどね」


 そう同意してくれる九季も、おそらく内心では退屈だと思っているのだろう。

 俺も九季も、どちらかというと観戦するよりも体を動かす方が好きだ。それに、静かに観戦することは出来ないだろうという予感がある。

 一年も音沙汰が無かったのだ、きっとその辺りを聞かれるに違いない。酒を飲みながら。

 ……王侯貴族用の客席は、一般客席からは詳しく見る事が出来ない造りになっている。顔は見れても、何をしているか、どんな話をしているかは分からない。遠いから、表情を見る事も難しいだろう。あの酒好きの王様が、そこでどんな事をするかなど考えなくても分かるというものだ。


「顔には出さないで下さいよ?」

「お前も、騎士生活が板に付いて来たな」


 小さく溜息を吐くと、小さな笑い声で応えられる。

 まぁ、俺もあの方の相手をするのは嫌ではない。酒は好きだし、ヨシュア王の事も好きだ。悪意も策謀も無く、ただただ善意だけで心配してくれる人を嫌いになれるはずがない。お祭り騒ぎの雰囲気に流され易いというのが少し問題だが。


「それで」

「はい?」

「お前は、どのチームが優勝すると思う?」

『私は、ソウイチ達が優勝すると思うが』

「面白味のない答えをありがとう、エルメンヒルデ」

『む』


 そう応えながら、近くにあった椅子へ腰を下ろす。鎧を身に着けているからか、とても座り辛い。

 それにしても、メイドさんから椅子を引かれるとどうにも落ち着かない。どうやら俺は、根っからの庶民なのだろう。その感情を顔に出さないようにして、九季へ視線を向ける。

 視線を向けられた大男は、何かを思案するように腕を組むような格好で数瞬固まる。そんな姿も様になるのは、正直に言うと羨ましい。九季の身の回りの世話を担当しているのであろうメイドさんが、チラチラと横目で九季を見ているが、当の本人はその視線に気付きもしない。姫様という御相手が居るのに、罪な男である。


「僕は騎士団の仲間だと思いますよ。それか、戦術都市の冒険者チームか。彼らは、王都のソレよりもレベルが高いですから」

「ふむ」


 なるほど、と。まぁ、その辺りの事情は俺よりも騎士団に所属している九季の方が詳しいはずだ。きっと言う通りなのだろう。

 戦術都市はその名が示す通り、学業や開発よりも、戦う事を重視している。それは、海を挟んでいるとはいえ、魔族の拠点であるアーベンエルム大陸に最も近い都市だからだ。

 魔神が健在の頃は、空を飛べる魔物や魔族、海を渡れる魔物の襲撃が毎日のように行われていた。自然、他の都市以上に戦う機会が増え、都市に住む戦士達のレベルも自然と高くなっていったのだとか。

 地獄の最前線。都市とは名ばかりの防衛施設。それが戦術都市であり、そこを拠点にする冒険者や傭兵達は自身の力に絶対の自信を持っている。

 自信とは、主柱である。それが無ければ戦えないし、それが折れれば何もかもが終わる。そう言ったのは、誰だったか。

 エルメンヒルデは宗一達、九季は騎士団。


「蓮司さんは、どこが優勝すると思いますか?」

「俺は……そうだな」


 やはり、優勝する可能性が高いのは宗一達か騎士団か。勇者と大魔導士。魔神との戦争を生き残った百戦錬磨の騎士団。騎士団の中には、件の戦術都市出身である騎士も多く居る。総合力という面で見るなら、騎士団以上のチームは居ないだろう。

 しかしそうなると、九季達と被る事になる。それはそれで面白くない。

 賭け事ではないが、こういうのは意見が分かれた方が楽しいし盛り上がる。そうなると、選択肢はそう多くない。というよりも、この場で選べるのは一択だろう。


「なら俺は、真咲ちゃんのチームに一票だ」

「それはまた。随分と分の悪い」

「何か賭けたわけじゃないからな。そういう時は、大穴狙いで分の悪い賭けに乗るのも悪くない」

「え、賭けないんですか?」

「……何か賭けるか?」

「賭けましょうよ」

『不謹慎だぞ、二人とも』


 といっても、賭ける事が出来るものなど何も無いのだが。エルメンヒルデが何か言っているが、聞こえないふりをして考える。

 手持ちの私物を頭の中に思い浮かべるが、どれも店で売っているものばかりである。希少さや真新しさなど何もない。

 着替えを手伝ってくれたメイドさんが用意してくれた紅茶を啜りながら考えていると、豪奢な鎧を身に纏った藤堂がメイドさんと一緒に歩いてくる。こちらも、俺に負けず劣らず似合っていない。


「馬子にも衣裳だな」

「そっくりそのまま、その言葉を返すよ」


 そう言い合った後、二人して溜息。今からこの似合わない姿で人前に出なければならないのだ、溜息も吐きたくなる。雰囲気に慣れたら、この格好も気にならなくなるのだろうが。やはり、最初の一歩というのは恥ずかしいのだ。気分的に。

 頭の中に『落ち込むくらいなら言わなければいいだろうに』という声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。


「……で、何の話?」

「どのチームが優勝するか、賭けていたんですよ」

「好きだねぇ、そういうの」

「数少ない楽しみだからな。で、藤堂はどのチームに賭ける?」


 取り敢えず、宗一と真咲ちゃん、騎士団のチームは俺達が選んだことを伝える。


「目ぼしい所、全部埋まってるんだけど」


 肩を落としてぼやいていた。しょうがない、鎧を着る事に手間取ったお前が悪い。


「それより、何を賭けましょうか?」

「金を賭けるのも面倒だしな。武闘大会が終わった後、一緒に飯でも食いに行くか?」

「いいですね。王都に揃ってますけど、男だけで揃う時間ってありませんし」

「だな。藤堂の店で、飯代を奢りにするか」

「それってですよ……場所も、飯代も、労働力も。全部ボクが用意するってことですか?」

「お前が賭けに勝てばいいだろ?」

「勇者が居るチーム、騎士団……既に負けフラグが確定してるしっ」

「大丈夫ですって」

「その根拠は何処から!?」


 かか、と笑うのと藤堂が情けない声を上げるのは同時。

 ただ、まぁ。


「お前が作った料理は美味いからな。また集まって食べたいんだよ。男同士だから、変に気を使わないで済むしな」

「山田さん……」

「馬鹿話をしながら飯を食いたいんだよ、藤堂」

「……まぁ。まだボクが負けるって決まったわけじゃないんですけどね」


 そう言いながら、何処か嬉しげに頬を緩める藤堂。なんともチョロい奴である。

 実際、本心ではある。本心ではあるが、こんなにも簡単に乗ってくる藤堂は実に面白い。エルメンヒルデとはまた違ったからかい方が出来る。

 九季も、俺と藤堂のやりとりを見てニヤニヤと笑っていた。そんな俺達をどう思ったのか、部屋の中に控えていたメイドさん達が頭を下げながら退室していく。足音はおろか、ドアを開け閉めする音も僅か。これが本当のメイドである、と言わんばかりの動きだ。おまけに、空気も読める。何処かのメダルにも見習ってほしいものである。


「ふぅ。メイドが居ると疲れるね」

「お前は店で、いつもメイドに囲まれているだろうが」

「あっちはメイドの真似事だよ。本職がメイドってわけじゃないし。そもそも、本物のメイドさんは飲食店で働かないと思うよ」

「そりゃそうだな」

「というか。余っていたメイド服を貰って行ったと思ったら、店の制服にしてたんですね、藤堂さん」


 九季の話だと、藤堂の店で使っている制服(メイド服)は王城のメイド達が使っている服と同じ物らしい。 

 なんでも、余っていて使わないなら譲ってほしいと王城のメイド長に言ったのだとか。何度かお世話になった人の顔が思い浮かび、よく言えたもんだと感心してしまった。

 長い茶髪をまとめた、きっちりした雰囲気の美人メイド長。そう聞けば邪な想像をしてしまうだろうが、かなりお堅いのだ。仕事に完璧を求めるというか、頭が固いというか、手抜きが出来ないというか。とにかく、お堅い。そして怖い。必要なこと以外は、仕事中は話さないとメイドさん達の間では有名だ。

 よくそんな人に、余っているメイド服を下さいとか言えたもんだ。


「そんなに怖い人でもないんだけどね。私生活は、結構面白い人だよ?」


 とは藤堂の言である。詳しくは話してくれなかったが、外見と内面は真逆なんだとか。全く想像できない。

 というか、嬉しそうに話す辺りに、藤堂とあの人の子供達には不適切な関係を匂わせているような気がしてしまう。それは、俺が汚れている大人だからだろうか。

 聞いてもはぐらかさられたが。というよりも、嘘が苦手な藤堂である。実際に、何もないのだろう。

 ちっ、面白くない。


「藤堂にも、ついに春が来たかと思ったのに……」

「僕みたいな奴に、そうそう春は来ないと思うけど」

「相変わらずの自虐ですね。言うほど、藤堂さんも人気が無いわけじゃないと思うんですけど」

「嘘だぁ」


 自分の容姿に自信が無いのは相変わらずのようで、九季の言葉にも笑顔で否定する。低い身長に、太った体。そのコンプレックスは、この一年でも変わっていないようだ。

 実際、俺も藤堂は女性に人気があると思う。容姿ではなく、内面的な意味で。それに、魔神討伐という実績もある。宗一や九季に埋もれているのかもしれないが、藤堂を支持する女性も少なくないのではないかと思う。

 だが、藤堂の気持ちも分かるのだ。すぐ傍に美形の勇者に、容姿端麗な長身の騎士が居れば誰だって自分の容姿にコンプレックスの一つや二つは抱いてしまう。特に藤堂は、元の世界でも引きこもりというか、ニートというか。自分の容姿に自信が無くて、部屋に引きこもっていた人間だ。

 異世界に召喚されて外に出ざるを得なかったというのが現実だが、それでも容姿に自信を持てないというのは根っこの部分にあるのだろう。

 今は笑っているが、昔は太っているという言葉や背が低いという言葉に、過剰に反応していたのを思い出す。まぁ、自分の容姿を笑い話にできるくらいには、成長しているという事か。


「お前も、今年で二十六だろ。そろそろ、良い相手を探した方がいいぞ?」

「山田さんにまで言われるなんて……」

「俺にまで?」


 その言い方はまるで、俺以外にも言われているような言い方である。

 九季へ視線を向けると、困ったような笑顔で頷く。


「僕はともかく。藤堂さんに隆君、幸太郎君は世界を救った救世主で独り身ですから」

「ああ」

「貴族の方が、お嬢さんを紹介してくることがあるらしいですよ」

「この前なんて、九季君の紹介だって言われたしねっ」

「それは悪かったと思ってますよ。でも、僕もしがない騎士の一人に過ぎませんし。貴族様からの相談には応えないといけないんですよ」

「藤堂と幸太郎はともかく、伊藤にまでそんな話題が行くのか……」

「結構人気ですよ、彼。この世界は強さが第一ですから」

「はぁ」


 強さが第一、辺りで藤堂が溜息を吐く。安心しろ。少なくともお前は、俺より強い。

 それよりも、伊藤である。伊藤隆。『武器の王』とまで言われるほどの、あらゆる武器を使いこなせる異能を持つ英雄。

 アイツの噂はあまり聞かないが、時折耳にする噂だと傭兵として魔物狩りの仕事をしているのだとか。実際、一緒に旅をしている頃からアイツは戦闘をしたがる性格だった。

 与えられた能力が能力なだけに、戦う事が一番伊藤隆という存在を生かせる場だと思っているのかもしれない。俺は伊藤本人ではないから分からないが。俺としては、戦いなんて必要な時と金を稼ぐ時以外は御免だ。

 そういう性格だからか、この世界の女性にも人気なのかもしれない。魔神との戦い、魔族や魔物の脅威。戦いや人間の生き死にが生活の一部となっているこの世界では、伊藤のような男はさぞかし心強く感じるはずだ。


「藤堂さんや隆君もそうですけど、山田さんはどうなのですか?」

「どう、って言われてもな。俺はいいんだよ」


 そう、手甲(ガントレット)を装備している右手を軽く振る。カチャ、と乾いた音が耳に届いた。


「そうだよ。ボクなんかよりも山田さんだよ」

「いきなり生き返りやがったな、この野郎……」

「この前、宇多野さんにメイド服を一着貸したんだけど。どうだった?」

「知るか」

『? ユウコにメイド服が関係あるのか? あの性格だから、絶対に着ないと思うが』

「あの性格だから良いんじゃないか、エルさん。分かってないなぁ」

『ふむ』

「あまり考え込むなよ。バカが伝染(うつ)るぞ」

「酷すぎませんかね、それは」

「自業自得だ、バカ」


 エルメンヒルデに変な事を教えるのは、幸太郎と工藤だけで十分だ。


「メイド服?」

「さて、ね。俺には何の事やらさっぱりだ」

「羨ましい事で」

「俺からしたら、お姫様と熱愛しているお前の方が羨ましいがね」

「それ、優子さんと阿弥ちゃんの前で言えますか?」

「残念ながら、自殺願望は持ってないな」


 それに、今は誰かを好いた恋いたという青春のような感情を持てるほどの余裕があるわけでもない。


『お前の女好きは変わらないな、レンジ』

「女好き、っていうのは誤解されるからやめてくれ」

『誤解でもないだろう。実際――』


 頭の中に、エルメンヒルデの小言が響く。しかし、その小言ももっぱら最近のものばかりだ。

 以前、オーガに襲われた村で助けた少女の事。フランシェスカ嬢、ムルルの事。何とも耳に痛い話である。

 言い訳をすると、それは男としては自然な事で、疚しい気持ちは僅かしかないと胸を張って言える。言えるが、その言い訳が通用するとは思わない。宇多野さんに知られたら、俺は間違いなく酷いメに遭う事だろう。絶対に。


「そういえば、今回。蓮司さんのお弟子さんが参加されているとか」

「弟子?」

「山田さんの弟子?」


 その聞き慣れない単語に、藤堂と二人して聞き返してしまう。藤堂はともかく俺が聞き返す事が予想外だったのか、九季の表情が少しだけ困った色を浮かべたのは気のせいではないだろう。

 そして、一緒に聞き返された藤堂もまた、俺に視線を向けてくる。そんな視線を向けられても困るのだが。

 弟子という単語に、聞き覚えが無いのだ。思いつく人物なら一人居るが。阿弥ではないだろう。落とし穴の魔術を教えた……というか一緒に考えた事はあるが、それだけだ。俺と阿弥の関係は、師匠と弟子ではなく、仲間だ。それは九季も分かっていることで、今更弟子という言い方はしないだろう。

 なら、残りは一択である。


「フランシェスカ嬢か」

「ああ。蓮司さんが一緒に旅をしてるって人?」

「ええ。有名ですよ。学生が武闘大会の本選に出場、しかも美貌の女学生。更には、『英雄』山田蓮司と一緒に旅をしている」

「それはまた……話題性たっぷりな女の子が出てきた訳だ。弟子っていうのは、一緒に旅をしているからか」

「そうですね」

「弟子というほど、何かを教えたつもりはないんだけどな。あと、英雄なんてガラでもない」


 一緒に旅をしたのも、ここ数か月だけなのだが。何とも、噂には背びれ尾びれが付いてしまっているようだ。

 これは、フランシェスカ嬢には悪い事をしたかもしれない。注目されるという事は、警戒されるという事だ。これで、彼女と戦う相手が学生だと甘く見てくれる事は無いだろう。


「まぁ、美人であれだけ戦えるなら、注目もされるか」


 相手の油断が狙えないなら、あとは実力勝負。武闘大会で結果を残したいのなら、そちらの方がいいだろうが……はてさて、フランシェスカ嬢は勝ち上がれるかね。

 弟子だと言われてもピンと来ないが、出来るだけ勝ち上がってほしい思う。


「また美人と一緒に旅をしてるの? 羨ましい……」

「お前も一緒に旅をするか? ダイエットにもなるぞ」

「命懸けのダイエットか。痩せそうだなぁ」

「昔は痩せましたもんね」

「本当に、何度か死にかけたけどね」


 そんな馬鹿な話をしていると、ドアがノックされた。

 一言断って部屋へ入室してきたのは、先ほど九季の世話係として部屋に居たメイドさんである。

 準備が整ったので、闘技場(コロシアム)の観戦席へ来てほしいと言われ、そのメイドさんに案内されながら部屋を出る。


「緊張するな」

「山田さんよりこっちですよ。鎧、変なところはないですか?」

「大丈夫大丈夫。似合ってる似合ってる」

「凄い適当!?」

『少しは静かにしないか。恥ずかしい……』


 石造りの廊下を歩きながら、視線を窓の外へ向ける。目が覚めるような青空とは、きっと今の天気のようなことを言うのだろうと思う。藤堂の落ち着かない声と、九季の笑い声。そして、鎧防具や腰に帯びた剣が乾いた音を立てている。

 青い空に、白い雲。陽光に眩しく輝く緑と、空を飛ぶ小鳥たち。絶好の祭り日和、闘技場(コロシアム)は眩しいほどの陽気と観客たちの熱気、出場者達の気迫によって冬だというのに熱くなるはずだ。

 そう、予感させるほどの快晴。

 宗一、阿弥、真咲ちゃん、フランシェスカ嬢。

 口元が緩む。

 がんばれ。届かないはずの言葉を、心中に浮かべた。



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