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第十話 団体戦1

 空は快晴。僅かばかりの白い雲が青空を彩り、冬だというのに暖かさを感じるほどに太陽が力強く輝いている。

 その陽光に触発されたかのように王都は活気が溢れ、大通りには沢山の人が集まっていた。その大通りには大小様々な屋台や出店、露天商が所狭しと並んでおり、焼かれたばかりの肉、爽やかな果物の香りが食欲を刺激してくる。

 他にも、装飾品(アクセサリ)や、細かな細工が施された実用性に欠ける剣や盾のようなものまで売られている。その露店を覗き込む人達もまた、多い。

 その活気は、大通りに面した様々な店も同様だ。石造りの家屋は飾り付けられ、窓や開かれっぱなしのスイングドアから覗く店内には平日よりも多くの客が居るように思う。特に顕著なのは、宿屋や酒場だろう。今はまだ昼間だというのに、多くの人が酒が注がれた木製のジョッキを傾けている。

 皆が皆、思い思いに今日という日を楽しんでいる。目で見て、肌で感じ、その雰囲気に足が軽くなる。まるで祭りの当日を連想させる王都の装いに、この世界の平和を感じさせられた。


「王都はこんなにも活気があるっていうのに、店を閉めてよかったのか?」

「いや。王様に呼ばれてるのに、店を優先なんて無理だから」

「そりゃそうか」


 そう言い、溜息。普段のソレよりも軽いが、それでも溜息は溜息だ。どうにも胸の奥が重くなってしまう。

 王様に呼ばれるのは良い。あの人は王様というよりも、なんというか近所の元気な爺さんという気がしないでもない。本人や周囲の人達に言ったら、不敬罪で牢屋にぶち込まれるだろうから口が裂けても言わないし、尊敬もしている。

 そんなヨシュア王からの呼び出しは、悪い気はしない。悪い気はしないどころか、頼み事は極力聞きたいとも思う。しかし、どうしても目立つのは嫌なのだ。こっちは根っからの庶民でしかないのだし。


『そうは言うが、そこまで嫌ってもいないのだろう?』

「まぁ、そうだけどさ。ボク達が揃う事って、こんな機会でもなければもう無いかもしれないんだし」

「悲しいね、まったく」

「……その原因の一つは、山田さんなんだけど」

「俺としては、そんなつもりはないんだがな」


 人波を避けながら肩を竦めると、雑踏の中でも分かるほどに深い溜息の声。その視線に、呆れとまでは言わないが、僅かばかりの冷たさを感じたのは気のせいではないだろう。こいつが言うには、俺達十三人が揃う事が出来ないのは、俺が旅をしているというのも一因らしい。

 言われてみれば、それもそうだろう。旅をしていたら、同じ所に留まる事など稀だ。実際は、数か月ほどは田舎の村でのんびりしていたのだが。それでも、王都のような大きな街に居なければ意味が無い。居ないのと一緒のように感じるのかもしれない。それに、宗一達は魔術都市、真咲ちゃんは戦術都市。結衣ちゃんは……何処か、決まった場所に居るのだろうか。ファフニィル達と一緒に旅をしているように言っていた気がする。

 他の連中の居場所なんて知らないし、確かにこういう機会でもなければ集まる機会なんてないのかもしれない。それでも、全員ではないのだが。


「それにしても。そんな恰好でいいのか、藤堂?」

「山田さんにだけは言われたくないんだけど……」

『まったくだな』


 そういう藤堂の服は、王都に住む人達が着ているような、少しばかり生地の良い普段着である。髪が黒くなければ、英雄の一人だなどと誰も思わないだろう。それほどまでに、一般人に馴染んでいる。

 かくいう俺も、どこにでも居るような冒険者の装いだ。今は冬なので毛皮付きのマントに、厚手の服。腰に差した精霊銀(ミスリル)の剣とマントが無ければ、俺も一般人と思われるかもしれない。むしろ、周囲を歩いているエルフや獣人達の方が冒険者の雰囲気を纏っている気がする。

 そんな俺達をどう思ったのか、エルメンヒルデがまた溜息を吐いた。周囲の雑踏を気にせずとも頭に響く声は、こういう時に便利である。


「でも、武闘大会だなんて。よく出場する気になりましたね、山田さん」

「ん?」

「だって。大会だとエルさんは使えないし、そもそも戦うのってあまり好きじゃなかったでしょ?」


 隣の、頭一つほど身長が低い友人へ視線を向ける。面倒臭いのか、背中の辺りまで伸ばされた髪は後ろで縛られており、歩くたびに揺れている。旅をしていた頃よりも一回り以上大きくなった体は、温和な表情もあって愛嬌を感じさせる。

 藤堂柊。一緒に旅をした、十三人の仲間の一人。気心の知れた友人でもある藤堂は、ぽっちゃりとした体を揺らしながら、のんびりと王都の雰囲気を楽しんでいるように見える。


「色々とあってな。出場する事になったんだ」

「ふぅん」

「これでも忙しいんだよ、色々な」

「色々ですか」

「色々だ」

『何を言っているんだ、お前たちは』


 その色々というのは、借金返済とか、なんとか。口にすると、なんとも情けない理由だが。その借金も、宇多野さんの言う事を聞けば、一割ずつ返済されていくのだし。……改めて考えると、尻に敷かれているような気がしないでもない。気のせいであってほしいものだ。


「ボクとしては、最近誰も店に来てくれないから寂しいんだけどね。前は優子さんとか、偶に来てくれていたんだけど」

「武闘大会の件もあったし、忙しかったんだろ。ただでさえあの人は、色々と一人で抱え込むというか、解決しようとするからなぁ」

「ああ、分かる分かる。それも、ボク達が役に立たないからなんですけどね」

「まぁなぁ」


 藤堂は戦う力はあまりないし、本職は料理人だ。旅をしていた頃はいつも料理を作っていてくれていた。俺に至ってはエルメンヒルデを片手に魔物と戦う事しかできない。必然的に、考えるのは宇多野さんの仕事になっていたのだ。

 ……というのは流石に言い過ぎだが。一応、俺達だって無い頭で色々と考えたのだ。だが、俺達が考えた事には穴があったり、言葉足らずで説明しきれない事が多かったのを思い出す。なにより、女神から強力な力(チート)を授かっていたこともあり、正面から叩き潰す事が出来たのだ。この世界の住人では無理な戦い方が出来たこと、それは良い事なのか、悪い事なのか。俺としては、後者なのだと思う。あの時は深く考えていなかったが、今思うと、あれだけの無茶をしてよく無事だったものだ。剣や槍、魔術を上手に使う事は出来ても、頭の方はただの現代人なのだと思い知らされた。

 戦争の結末や結果は歴史の授業で習っていても、兵士の使い方や戦術なんて何も知らなかった。それを上手く言葉にして『作戦』にしていたのは宇多野さん。正面から力で捻じ伏せるよりも効率的に、安全に、俺達を導いてくれていた。


「あれから一年も経ったのに、未だに頭が上がらないからな」

「それは、山田さんだけじゃないかなぁ、とか」

『女に甘いからな』

「誤解される言い方はやめてくれ」


 そう言いながら、エルメンヒルデをポケットの上から軽く叩く。


「なんか、変な感じですね」

「ん?」

「山田さんが、エルさんの事を名前で呼ぶの」

『そうか?』

「というよりも、……エル、も名前だと思うけどな」

「そうですけど」

『それに、前からそうだろう?』

「え?」


 その一瞬、確かに藤堂の足が止まった。不思議そうに、こちらへ視線を向けてくる。

 その視線を受け、気付かないふりをしながら俺は足を止めることなく歩く。


「色々あったんだよ。こっちも」

「……そうなんですか?」

「なぁ、エルメンヒルデ?」

『本当にな。旅の仲間が増えたり、借金が出来たり』

「仲間の事はともかく、後半のは黙ってような」


 そう言って、エルメンヒルデを叩いて黙らせる。

 まったく。油断するとすぐに必要のない事まで口にする奴である。


「まぁ、あんまり変わってない……のかな?」

「どうだろうな、それなりに変わったかもしれない。お前は少し太ったみたいだしな」


 そう茶化すと、肘で軽く小突かれてしまう。文句を言ってこないのは、自分でも自覚しているからだろう。

 以前も太ってはいたが、今ほどではなかったのだ。本人も、その辺りは気にしているのかもしれない。

 上手く話題を逸らせた事に、内心で息を吐く。いつかは切り出さないといけない事なのかもしれないが、どうにも。口にする勇気が無い。その事を胸の奥に隠しながら、視線を前に向けたまま歩く。隣の藤堂も、もうあまり気にしていないようだ。


「旅をしなくなったし、魔物と戦わなくてもいいようになったから。食材(オーク肉)は冒険者頼みだし」

『少しは動いた方がいいと思うぞ。私は』

「結構、体力を使う仕事なんだけどな。料理人って」


 そうぼやく藤堂に、悪いとは思うが笑ってしまう。

 きっと、こいつはもう旅をしないだろう。そう思ったのだ。

 自分の店を構えて、従業員が居て、こうやって異世界での生活を楽しんでいる。もう、この世界の一員なのだ。王都の住人なのだ。世界の危機は去った。あの頃のように、旅をする必要はない。

 体を動かすために魔物討伐の依頼を受けるかもしれないが、きっとそこまでだ。そう思うと、隣で楽しそうに笑う友人が遠く感じて、そして羨ましく思ってしまった。


「平和そうで何よりだ」

「そりゃもう。魔物と魔族の脅威はまだあるけど、一番の問題は解決したしね」


 笑いながら言う藤堂が、また肘で俺を小突いてくる。その意味を感じ取り、少しだけ胸が重くなる。

 藤堂が言う一番の問題――魔神の討伐。それを成したのは俺で、その為の犠牲は数えきれないほどだ。その中には、一番守りたかった人も含まれている。ただ……王都を賑わしている沢山の笑顔。老若男女。皆が皆、笑っている。右を向いても、左を向いても。人間も、亜人も、獣人も。笑っている。

 命の危険は常に隣り合わせだというのに平和だと胸を張って言える。俺達も、随分とこの世界に馴染んだものだと思う。元の世界(地球)に居た頃は、考えられなかったことだ。

 高い壁に守られた王都であっても、魔物の脅威がまったく無いわけではない。イムネジア大陸には少ないが、空を飛ぶ魔物だって居る。魔族なら、魔術で空を飛んだりも出来るのだ。このお祭り騒ぎのような平和だって、次の瞬間には阿鼻叫喚の地獄に変わってしまう可能性だってある。それを分かっているのに、俺達はそれでもこの世界は平和だと言う。

 それでも、俺達は笑おう。ここで辛気臭くなる事ほど、犠牲になった人達を侮辱することは無い。彼ら、彼女らは、この笑顔の為に、平和の為に、皆の為に命を賭けたのだから。


「それで山田さん、今日の団体戦には参加するの?」

「団体戦には出ないな。今パーティを組んでいる仲間が出るから、応援には行くつもりだけど」

「へぇ」


 そう言うと、どうしてか嬉しそうな声を出す藤堂。

 そんな藤堂を尻目に、ふと目についた屋台でオーク肉の串焼きを二本買い、一本を藤堂へと渡す。


「ありがとうございます。仲間っていえば、旅ってどこに行ったんですか?」

『この大陸を歩いて回っただけだ。この一年の半分ほどは、田舎の村でのんびりしていたがな』

「そこは言わないでおいてくれ」

「……何をしているんですか、山田さん」


 田舎の村でのんびり、辺りで藤堂の視線に呆れのような感情が混じる。いや、俺も分かっているのだ。


「半年ものんびりしていなかったから。多分、三か月くらいだったからな」

「十分、のんびりしてるじゃないですか……」

『しかも、フランシェスカと会わなければ旅を再開する気もなかったようだしな』

「名前からして女だね」

『ああ、女だ』


 そしてどうしてか、意気投合している二人。相変わらず仲が良いな。


「なに、お前ら。俺をいじめて楽しいか?」

「イジメてなんていませんって。ねぇ、エルさん?」

『ああ。お前の事を報告しているのだ、レンジ』

「やめんか」


 そう言って、もう一度エルメンヒルデを軽く叩く。


「もしかして、同じ事を宇多野さんにも言ってないだろうな?」

『もしそうなら、お前は今頃、王都に軟禁されているだろうな』

「うわぁ」

「うわぁ、じゃねぇ。笑えないからな、まったく」

「いや、妙に現実味があるなぁ、と」

「ねぇよ」


 なんだよ軟禁って。いくら宇多野さんでも、そこまではしないだろ。多分。


「そういえば、優子さんで思い出したけど」

「碌でもない事だったらぶん殴るからな」

「いや。あれから少しは進展したのかなぁ、と」


 そういった瞬間、真横に向けて拳を振り抜く。前振りなど一切無い、当てるためだけに放たれた拳だが、掠る事無く空を切ってしまう。


「あぶなっ」

「まったく。変な事ばかり気にしているな、相変わらず」

「だからって、いきなり殴らないで下さいよ」

「避けただろうが」

「そりゃ、避けますよ」

「避けんな」

「嫌ですよ」

『……楽しそうだな、お前達』


 まぁ、それなりには。なんだかんだで、こうやってバカをやれる相手はそう多くない。冗談が通じないわけではないのだが、冗談に悪乗りしてくるというか。俺にとっては、その悪乗りが命に関わりそうなほどに危険なのだ。そんな、冗談が通じる藤堂は、俺の突然の凶行にも全く動じることはない。歩くスピードが変わらないほどだ。

 きっと、俺の拳なんて藤堂からしたら止まって見えていたのだろう。不意打ちだったというのに、だ。何とも悲しくなる話だが、俺達の中でも戦闘に向いていない部類に入る藤堂でさえ、これだけの身体能力である。

 戦闘に特化した真咲ちゃんと戦う事になったら、どれだけの差がある事やら。今から少し憂鬱である。まぁ、彼女と戦うためには、まずはオブライエンさんに勝たないといけないわけだが。


「それにしても、どうしてメイド服なんだ?」

「いいじゃないですか、メイド服。この世界だと、あまり需要が無いですけど」

「そうなのか?」

「メイドなんて、身近に居るから。地球みたいに夢や希望が詰まった職業でもないですしね」

「ああ」

『メイドに、夢や希望?』

「気にするな」

『?』


 確かに、藤堂が言う通りこの世界ではメイドは身近だ。普通に暮らしていたら雇う事なんて無いだろうが、貴族に雇われているメイドが店に買出しに行く姿はよく見かける。ご主人様を立てるのは俺達の世界と変わらないのかもしれないが、その動きは俺達の世界のメイド達よりも洗練されているのでは、と思う。メイド喫茶に行ったことは無いので分からない。

 その辺りは、藤堂の方が詳しいのではないだろうか。店でメイドっぽい人達を雇っているし。まぁ、あの服装には心惹かれるものがあるのも事実だろう。俺も男だ、否定はしない。あの真新しさの無い、何度も着て使い慣れた感じのメイド服なんて手放しで褒めていいほどだ。うん。商売、メイドではない。職業、メイドと言うべきだろう。


「あのメイド服はどうしたんだ?」

「お城で余ってる分を貰ったんですよ。制服に、って」


 なるほどな、と納得してしまう。

 会社の社長や店長の経験は無いが、店を出すなら制服があるほうが好感が持てるだろう。この世界には、あまり馴染みは無いのかもしれないが。

 この世界には制服といった概念は無いのだろうが、どんな仕事でも、動き易い服装で仕事をしている。藤堂としてはそこで、少し趣向を凝らしてみたのだとか。制服を用意することで、興味を持ってもらおうと考えたのだそうだ。

 良い切り口だと思う。その辺りは、異世界人特有の思考なのではないだろうか。結局はメイド服だが。どれだけ真っ当で真面目な事を考えようが、結局行きつく所はメイド服である。男として分からなくもないが、もう少し凝る所を変えるべきではないだろうかと思わなくもない。

 というよりも、メイド服よりも料理に凝っているのではないだろうか。この世界にはない新しい料理。

 俺が話題に挙げたからかもしれないが、メイド服よりも料理の説明をしてほしかった。


「色々と考えていたんだな」

『ああ。驚いたぞ』

「……二人して、そこまで驚かなくても」


 そうやってエルメンヒルデと二人……一人と一枚で驚くと、藤堂が少し悲しそうな顔をしていた。大方、考え無しで店を開いたのだと思われていたのだとか、変に勘繰っているのだろう。

 そういう反応も面白いので、何も言わないが。これでも一応、尊敬しているのだが。こいつの事は。

 戦いに不向きな異能を持ちながら、魔神を討伐する旅に最後まで付いて来た事。戦火に晒され、焼かれ、沢山の人が死に、多くの人が涙を流す村や町で、それでも必死に料理を作っていたこいつの姿を知っている。

 俺達には出来ない事(料理)で、沢山の人を救った事を。それはきっと、誰も彼もができる事ではない。そう思う。

 思っても、口にしても、きっとほとんどの人は行動に移せない。どれだけ高尚な理想を胸に抱こうと、行動に移せなければ意味が無いのと同じ事。

 人を本当に救うというのは、そういう事なのだと思う。

 本当に、心から、尊敬しているのだ。絶対に口にはしないし、態度にも出さないが。

 先ほど買った串焼きを食べ終わり、肉が無くなった串を指でくるくると回しながら遊ぶ。


「それじゃ。俺はこれから闘技場に行くけど、藤堂はどうする?」

「もうそんな時間ですっけ」


 そう言って、空を見上げる藤堂。武闘大会の開始は太陽が中天に差し掛かる頃からだ。おそらく、あと数時間後といったところだろうか。

 そろそろ控室に顔を出して、また煌びやかでクソ重い鎧を着なければならないだろう。そう思うと、気分も重くなる。本当に重いのだ、鎧というのは。慣れていないから、というのが一番の理由だが。


「ボクも行きますよ。折角ですから、そのフランシェスカさん? その人を紹介してください」

「ああ、いいぞ。っていうか、紹介していなかったか?」

「してませんよ……」

「お前の店で、一緒にご飯を食べたんだがなぁ」

「店に来たんですか!? その時に紹介してくださいよ……」

「いや、仕事が忙しそうだったから。邪魔をしたら悪いなぁ、と」

「声を掛けるくらい大丈夫ですから!?」

『そういう反応がレンジを楽しませるんだぞ、ヒイラギ』


 そんなエルメンヒルデの助言をどう思ったのか、肩を落とす藤堂。うむ。こういう反応が楽しいのだ、こいつは。


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