第七話 武闘大会3
多人数用の大きなテーブルの上に並べられた料理が減っていく様を眺めていると、ある意味で気持ち良いものがあるのは俺だけだろうか。使い慣れない箸は既にテーブルの上に置かれており、今はフォークでうどんを食べているムルルへ視線を向ける。暫く料理だけを見ていたムルルも、俺の視線に気付いて顔を上げた。
「……なに?」
「いや、よく食べれるな、と思ってな」
「美味しい」
「そりゃ良かった。俺の友達の料理だ、そう言ってもらえて嬉しいよ」
「そう」
何故そこで満面の笑みを浮かべられるのか、意味が分からずに首を傾げてしまう。だが、分からないことを考えるのも変なので、俺も自分の料理へ箸を伸ばす。頼んだのは蕎麦である。ソルネアも同じものを頼んでおり、慣れない箸を使って四苦八苦しながら食べている。そこまでして食べるなら、ムルルのようにフォークを使って食べればいいのにと思わなくもない。いや、一応フォークを使うように言ったのだが、どうしてか頑なに箸を使うことに拘っているのだ。熱心になる理由が分からないが、本人が使いたいなら別にいいだろうと思う。見ていてもどかしいが。麺が伸びるので、早く食べてほしいとも思う。
フランシェスカ嬢とフェイロナはあまり冒険心が高くないらしく、この世界でも一般的なスパゲティ料理を頼んでいる。こちらはフォークを器用に使い、綺麗に食べている。本当に、そういう仕草が様になる二人である。ソルネアは……美人が食事に苦戦しているさまは、コレはコレで意外性があって良いのかもしれない。
あとは、揚げ物や野菜の煮物のような料理がテーブルの上に並んでいる。そして、一番目立っているのは刺し身か。この世界では魚料理は珍しく、川魚を塩焼きにする程度しか料理はないのではないだろうか。海は魔物の領域であり、漁などされていない。海辺にある商学都市でも、海魚はあまり出回っていない。全く無いわけではないが、数や種類が少ない。そのため魚料理はその数自体が少なく、内陸の方では海に魚が居るということを知らない人も多いのではないだろうか。
さて、そんな魚料理の中でも、生で魚を食べる刺し身はこの世界の住人にとっては新鮮というレベルではないだろう。実際、食べているのは頼んだ俺だけだ。
「しかし。異世界の料理というのも、食べてみると美味いものだな」
「刺身も美味いぞ?」
「……ナマで食べれるものなのか?」
「まぁな。あと、山葵もあれば最高なんだがな」
「よく分からないが、お前が美味いならそれでいいさ」
どうやら、食べる気は全くないらしい。森に住んでいたフェイロナからしたら、海産物自体が珍しいものなのだろう。魚をすり身にして作った揚げ物にも手を出していない。
フェイロナのその言葉に苦笑しながら刺し身へ箸を伸ばすと、横からフランシェスカ嬢とソルネアも箸を伸ばしてきた。
「お」
「なにか?」
「いや、なんでも。大丈夫か?」
こちらの二人は、特に刺し身には難色を示していない。俺が食べているから食べられるものだと踏んでいるのだろう。フランシェスカ嬢はフォークで刺して、ソルネアは箸の先を震えさせながら刺し身を自分の小皿へと取り分けていく。
「俺が住んでいた場所だと、刺し身ってのは高級品なんだがな」
「そうなのですか?」
「魚を生で食べるからな。鮮度が良くないと危ないから、その鮮度を保つために色々大変だったんだ」
「色々、ですか?」
「そ、色々だ」
そう言って、会話を切るように刺し身を口に入れる。話題の種にしたのはいいが、その辺りは全然詳しくないのだ。それに、俺の世界の事を話しても、フランシェスカ嬢たちには理解するのが難しいだろう。変に混乱させてしまうのがオチか。話題の選択に失敗した、と思わなくもない。それに、高級品だと言っても俺が貧乏生活をしていただけなのだが。
ソルネアには俺の事情は話していないので、フランシェスカ嬢たちと合わせるのが少し面倒に感じてしまう。だが、ソレもそう長くないはずだ。もう暫く我慢しなければならないだろうが、いつまでもソルネアの面倒を見るわけでもないのだし。
「それにしても。よく頑張ったな、フランシェスカ嬢」
「はい?」
「予選だよ。正直、あそこまで上手く戦えるとは思ってなかったんでな」
「……最初は、負けるかもとか言ってた」
そこは黙ってような、ムルル。
案の定、なんとも言えない表情で固まってしまっているフランシェスカ嬢。咳払いを一つして、茶を一口飲む。
「おめでとう。もしかしたら、本戦で戦うことになるかもな」
「え?」
「いや、俺も本戦に出るからな。もしかしたら当たるかもしれないだろ?」
「ぅ、あ……本当にですか?」
「さて、な」
「意地が悪いな、お前は」
そのフェイロナの言葉に肩を竦める。実際の相手は宗一なのだが、その事を知っているのは俺だけだ。こうやってフランシェスカ嬢をからかうのも少しくらいはいいだろう。俺が知らない所で成長して、寂しい気持ちが僅かに湧いたのかもしれない。
それに、おめでとうは本心だ。初めて会った頃のフランシェスカ嬢を知っている身としては、たった数ヶ月であれだけの成長を見せられると本当に嬉しくなってくるのだ。
「初めて会った頃は、ゴブリン相手に殺されかけてたっていうのにな」
「まだ覚えて……」
「忘れないとも」
そう言ってカカと笑うと、恥ずかしそうに俯いてしまう。そういう仕草は、初めて会った頃から全然変わらない。
経験もないのにゴブリンを討伐しようとして殺されかけて、号泣して。そんな彼女が、今では武闘大会の本戦に出場するのである。どれだけの成績を残せるかはまだ分からないが、ぜひとも満足できるように頑張ってほしいものだ。
「昔のフラン?」
「昔って言う程でもないけどな。フランシェスカ嬢が初めてゴブリンを討伐しようとした時に助けてたから知ってるぞ」
「ほう」
「あの時は、本当に殺されかけててな。俺が助けなかったら、どうなっていたことか」
「はい……あの時は、本当にありがとうございます。レンジ様に助けていただかなかったらどうなっていたか……」
「いや、本気で謝られても困るんだけどな」
「そのような事はありません。レンジ様のお陰で、武闘大会でも本戦へ出ることが叶いましたし」
こっちとしては、笑い話の冗談のつもりだったのだが。フランシェスカ嬢にとって、あの時の恐怖は未だに心中に強く根付いているようだ。
まぁ、だからこそ今の彼女は無理も無茶もせずに、必死に頑張れるのだろう。ほとんど戦闘経験が無いのに王都周辺の魔物と戦えたり、武闘大会で勝ち残れるほどまで強くなっても天狗になっていないし。いい感じに成長している、といえるのかもしれない。
「その感謝は、俺じゃなくてフェイロナにじゃないのか?」
言っては悪いが、俺は彼女に何かをした覚えがない。強いて言うなら、初めて会った頃にオークと戦う際の切り札として落とし穴の魔術を話した事か。あとは、冒険の基本と魔物の生態を少しだけ教えたくらいか。
剣の振り方も、戦い方を教えた事もない。そんな俺に「お陰」などという言葉は似合わないだろうと思うのだ。
「私やムルルが教えたことも、戦闘の際に気をつけることだけだ。剣については、フランシェスカが見て覚えたのだ」
「剣……俺か?」
「えっと、はい」
フェイロナは剣よりも弓を多用するし、ムルルは自身の肉体を武器に戦う。必然的に、フランシェスカ嬢が見ていたのは俺の戦いだろうということに思い至る。なんとも恥ずかしい話ではあるが。
しかし、と。闘技場でのフランシェスカ嬢の戦いを思い出す。言ってはアレだが、俺はあそこまで華麗に戦える自信が無い。剣術に加えて、直接戦闘中でも使える魔術。まだまだ荒削りなところがあったが、十分一端の冒険者としての実力がある姿だった。その容姿もあり、本戦では結構な人気者になるのではないだろうか。彼女の剣の見本であるらしい俺としては、なんとも悲しいやら情けないやらではあるが。
実際、俺に剣を教えてくれたのはオブライエンさんだが、俺が彼の剣を使えていないというのも問題か。彼は一撃必殺の豪剣、俺は手数で攻める軽く速い剣。そしてフランシェスカ嬢は剣と魔術を合わせた華麗な剣。言葉にすると、まったく似ていないと思う。
「俺の戦いに似ていたか?」
「全然」
試しにムルルへ聞いてみると、即答された。俺も同意見である。
「だよな。俺はあそこまで――」
「レンジの剣は、もっと器用」
華麗ではない。そう言おうとして、ムルルから言葉を遮られた。
「ムルルちゃんの言う通りですよね……」
「及第点は貰えると思うがな。その辺りはどう思う、お師匠様?」
「誰がお師匠様だ。剣を教えた覚えなんか無いんだが」
「……うぅ」
フランシェスカ嬢が呻くのとムルルが俺を睨んでくるのは同時。仲が良いな、お前たち。少し羨ましく思いながら、どう答えたものかと頭を悩ませる。
というよりも、俺としてはアレだけ華麗に戦えるなら十分凄いと思うのだが。少なくとも、俺がこの世界に来て三ヶ月の頃は、必死に剣を振っていて、型なんか何もなかったような気がする。どれだけ訓練で剣を振ることが出来ても、実戦では十分の一も生かせないものだ。それが分かっている身としては、フランシェスカ嬢の努力は相当のものだと分かる。及第点どころか、手放しで褒めたいくらいだ。
「大体、器用な剣なんて俺は持ってないだろ」
「そうか?」
「俺の剣は不器用だよ。俺より強い魔物と戦って、必死に振っていただけだ。基礎はちゃんと教えてくれた人が居たけど、それも一ヶ月くらいだったしな」
後は、ゴブリンやらオークに始まり、リザードマンにゾンビ、ホークマンやヴァンパイアのような有名な人型の魔物。トレント、ガルム、ゴーレム、キマイラ、ドラゴンのような人とはかけ離れた形をした存在たち。そいつらと戦い、生き残るために剣を振っていたら今の形になった。器用だなんてとても言えない、どこまでも不器用な剣だろう。少なくとも、俺はそう思う。
そんな俺の剣は、仲間達には器用な剣に見えるらしい。確かに、様々な種族を斬ってきた剣ではあるが、なんとも擽ったい話である。
『ふふ』
「器用なんて言葉、俺には似合わないと思うがね」
そう頭を掻きながら応えると、フランシェスカ嬢とムルルはキョトンとした顔で俺を見てくる。フェイロナは、そんな視線を向けられて困っている俺を見て口元を緩めている。変わらないのは、相も変わらず感情の浮かばない表情で俺を眺めているソルネアだけだ。
『信頼されているではないか』
「まったく」
そのエルメンヒルデの言葉に答える声にも、自信が無い。確かにあの旅は普通の人間では経験できないことを経験出来た。並みの冒険者を超える成長をしたとも思う。ゲームや漫画ではないが、強者との戦い、旅の経験、それは俺の強さの一つだ。
それはフランシェスカ嬢も同じで、新人冒険者が遭遇するには難易度が高過ぎる旅を彼女は多く経験している。魔神の眷属、魔族の奇襲、腐霊の森での遭遇戦。化けるには十分すぎる経験を積んだのかもしれない。
「まぁ、俺の剣を見ていてくれたってのは確かに嬉しいな」
「え?」
「本当に。最初の頃からは見違えるほど成長したなぁ」
「もう、それはいいですからっ」
はっはっはっ。俺だけ照れるのもなんだか嫌なので、フランシェスカ嬢も巻き込むことにする。ゴブリンに襲われ、死に掛け、泣いてしまったフランシェスカ嬢を思い出すだけで気持ちが軽くなるというものだ。ああ、落ち着くね。
『意地が悪いな』
いつもの事だろ。
魚のすり身を揚げた物を口に入れながらフランシェスカ嬢をからかうと、フェイロナとムルルが小さく笑う。おそらく、俺の照れ隠しに気付かれているのだろう。そんなに分かりやすいだろうか、俺は。
「どうだ。すり身は美味いか?」
「変な感じ。噛んでると、美味しくなる」
「はは。たしかに変だな」
慣れない食感なのだろう、ムルルがどこか困ったような顔をする。その表情が面白くて笑ってしまうと、テーブルの下で足を蹴られた。力は込められていなかったので、全然痛くないのだが。
『何をやってるのだ、お前たちは』
「……じゃれ合い」
「どうかした?」
「なんでもない」
それとなくエルメンヒルデの声に応えると、ムルルが反応するので適当に返事をする。そんないつも通りとも言えるムルルとの会話を楽しんでいるのを、フランシェスカ嬢が楽しそうに眺めている。おそらく、俺がエルメンヒルデの声に反応したことに気付いたのだろう。最近は、そういうところへの勘も鋭くなってきたのかもしれない。
結局その後も、祝勝会なんて雰囲気ではなく、いつも通り笑いながら食事をしていると頼んだ料理を食べ終わってしまった。大体、ムルルが食べてしまったが。ソルネアも結構食べる方なのだろうが、やはりムルルには遠く及ばないようだ。それでも、フランシェスカ嬢の倍近く食べているが。
会計を済ませて店を出ると、人通りの少ない路地裏の冷たい空気に肩を震わせる。藤堂へ挨拶をするべきだったのかもしれないが、フランシェスカ嬢たちを待たせるのも気が引けたので今日は顔を見せていない。まぁ、会おうと思えばいつでも会えるのだし、いいだろう。
「すぐに武闘大会の本戦だな。優勝できるくらいの自信はあるのか?」
「まさか。けど、少しばかりヤル気を出すつもりだ」
「ほう」
「ま、それだけで勝ち残れるほど甘くもないんだろうがな」
フランシェスカ嬢達女性陣が歩き出し、その後ろを俺とフェイロナが追いかける。そうすると、不意にそう声を掛けられた。
優勝の自信は無い。宗一相手に、勝てるとも思わない。だが、せめて少しばかりは抵抗しようと思う。
もし、一回戦の相手が宗一ではなかったら。俺は、どこまで進めるのだろうか。優勝に、どこまで近付けるのだろうか。ふとそう考えるが、頭を振る。考えても意味のないことだ。ヤル気を出した程度で優勝できるほど、世界は甘くない。そもそも、そんな甘い考えは本気で武闘大会に望む他の参加者に失礼だ。
「いい顔をしているな」
「どこにでも居る、平凡な顔だろ」
「そう思わないか?」
『そうだな。悪くない――私の好きな顔だ』
その一言に、ドキリと胸が高鳴った。エルメンヒルデにとっては他愛のない、世間話のつもりだったのだろう。だが、その声で、その一言はズルいと思う。
表情には出さなかったと思うが、不自然に視線が泳いでしまった。そんな俺の一瞬の変化を、隣を歩く目敏いエルフが見逃すはずもない。何も言ってこなかったが、その肩は小刻みに震えている。そんなフェイロナを横目で睨みつけるが、気付かないフリをされてしまうとどうしようもない。ちくしょう。
『どうした?』
「なんでもねぇよ」
『?』
口調を荒くして応えるが、一度照れてしまった心情はどうしようもない。こんな状態など、誰彼に見せられるものじゃない。
「お前は変わっているな、レンジ」
「……なにがだ?」
先ほどのこともあり、フェイロナにも若干強い口調で言葉を返してしまう。しかし、そんな俺を気にすることなくフェイロナは言葉を続けた。
「英雄らしくない」
「そりゃお前、俺は英雄の器じゃないからな」
その言葉に、流れるように返事をする。
英雄。
俺は、その器じゃない。それは、他の誰よりも俺が知っているのだ。
「お前が思う英雄とはどういうものだ?」
「そりゃ……まぁ。英雄っていうのは、皆の希望だ。願いに、祈りに応える。絶望しても前を向き、世界の為に、皆の為に、誰かの為に。そんな多くの為に頑張れるってことだと思うよ。なにより、英雄ってのは名乗るもんじゃない。呼ばれるもんだ」
「ふむ。それも一つの英雄の形だな」
その言い方はとてもあっさりしていた。俺の意見を無視しているわけではないのだが、考慮しているわけでもない。そういう印象を感じる言い方だ。
「なら、お前が思う英雄ってのはどういうものなんだ?」
「誰からも信頼される者。信頼を受け止めれる者」
その真っ直ぐな視線が辛くて、逃げるように目を逸らす。
信頼。
俺には、その言葉が重い。阿弥達も、俺を信頼してくれていた。一緒に旅をして、信頼して、想ってくれていた。そのくらい、俺でも分かる。そして今でも、昔と同じように信頼してくれていることも。その信頼が重いと言っているくせに、甘えていることも。
でも、だ。それでも俺は――同じ世界から召喚された家族同然の仲間達よりも、エルを選んだのだ。彼女との約束を果たすことを、選んでしまったのだ。
もう、エルは居ないのに。
「フェイロナ……」
「今のお前はいい顔をしているよ、レンジ」
「…………」
その一言に、唇を尖らせる。どこがだ、と聞きたかったがやめておく。
エルを選んだというのに、阿弥達の想いに応えようとしている。わけが分からなくて、頭がどうにかなってしまいそうだ。
「初めて会った頃は気力を感じない、面倒臭がりな人間だと思ったが。今のお前は、前を見ている」
「前を見なきゃ、転んで怪我をするからな」
そのフェイロナの言葉に軽口を返すが、特に怒った様子は無い。
「そうだな。前を見なければ躓いて怪我をする」
ただ、そう返された。それはとても静かな声で、胸の奥にストンと落ちてくる。
エルを選んだことは怪我か?
アストラエラへ願った想いは、躓きだったのか?
違う。そんなことはない。そう心中で叫ぶが、声には出なかった。
ああ、訳が判らない。
「昼にも言っただろう。私は、頑張りが実らないのは辛いことだと思う」
「ああ、言ってたな」
「フランシェスカの頑張りを無駄にしないでくれ。英雄ではなくていい。確かにお前はその器ではないのかもしれない」
視線を前に向けると、先を歩いていたフランシェスカ嬢達が立ち止まって待っていてくれていた。
「ただ、お前は彼女の目標なのだ。世界や誰かの信頼ではなく、彼女の信頼に応えてくれ。一人くらいなら背負えるのではないか?」
それは、あの時――魔神を殺した時の俺の選択に似ていると思う。
俺は、一人を選んだ。
世界ではなく、仲間ではなく、皆ではなく……エルを。
それは間違いではなくて。たしかに今、楽しい時間を過ごせている。
「……さて、な」
前を見る。そこには、今の仲間達が居る。
隣を見る。そこには、お節介な仲間が居る。
ポケットに手を入れる。そこには、昔と変わってしまった相棒が居る。
「頑張るよ」
「それでいい」
返事は簡潔で、応える声も簡潔だった。
ただ、それくらいでいいのだろう。俺が難しく考え過ぎなのかもしれない。よく分からないが。
「なぁ、フェイロナ」
「なんだ?」
「お前って、何歳だ?」
「人間の計算では……百五十くらいのはずだ」
「そうか」
そりゃ、そんなフェイロナから見たら、俺は子供同然だわな。
その一言で、随分と心が軽くなった気がした。
「なぁ、レンジ」
「なんだ?」
「私達は、お前に英雄のような肩書を求めていないからな」
「……そうか」
こいつ、もしかしたら読心者かもしれない。
そんな馬鹿な事を考えて気を紛らわせることしかできない。
『…………』
ポケットの中で、エルメンヒルデの縁を指で撫でる。だが、返事は帰ってこない。




