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第五話 武闘大会1

 先ほど打ち据えられた右肩が、熱を持ったかのようなジンジンとした痛みを放ち集中力を奪っていく。この世界に召喚されて一週間。この数日、俺は日が高いうちは修練場で剣を習っていた。

 修練場の中央で、荒い息を吐きながら正面に立つ初老の騎士を見る。周囲には先程まで訓練を(おこな)っていた兵士達と、同じく訓練用の武器を手に持つ宗一達。その誰もが俺よりも武器を使い慣れているのか、自然体で居るように思える。そんな彼らの視線に含まれるのは、好奇。

 刃が潰された訓練用の長剣を右手に持ちながら、息を整える。

 深呼吸を三回。心臓はバクバクと鳴り、さっさと休ませろと訴えてくる。しかしその訴えを無視して、長剣を構える。精霊銀(ミスリル)の鎧を纏い、同じ訓練用の長剣を手に持ちながら具合を確かめるように軽く振っている老騎士の息はまったく乱れていない。それどころか、楽しげですらある。俺との訓練を楽しんでいる。こっちは何度も吹き飛ばされて、体中が痛いというのに。そんな彼が持つ剣は、俺が手にしているソレよりも一回り刀身が太く、長い。その分重さもあるはずなのに軽々と振っている辺り、この人も大概どうかしていると思う。年甲斐もなく(はしゃ)いでいる老騎士の名は、オブライエン・アルベリア。


「おうおう。良いぞ若いの。英雄だなんだと謳われて鼻を高くしているかと思ったが、根性があるではないか」

「そりゃどーも」

「くく。儂が褒めるなどそうないのだぞ? もっと喜べ、ヤマダ殿」

「夜、部屋でこっそりと喜ぶさ」


 この世界に召喚されて数日、この老人との訓練をしていていくつか分かったことがある。この人は意地が悪い。

 きっと、さっきの言葉で気を緩めていたら。問答無用で打ち込んできたはずだ。その後は、またいつもの様に地面を転がされる。そこまで明確なビジョンが脳裏に浮かび、口元が引き攣りながら適当に相槌を打つ。

 俺よりも身長は低いのに、こうやって相対すると俺よりもデカく感じてしまう。威圧感というか存在感が違う。俺のような、女神から貰った能力と異世界補正を頼りに戦う人間ではない。たゆまぬ鍛錬で手に入れた力と精神、鍛えた自分を信じる人間の強さ。そういうのを持っているのだ、この人は。

 体中は痛いし、滅茶苦茶疲れているが、それでもこの人との訓練の時間はありがたい。他の兵士達は気を使って手を抜いてくるし、宗一達とは実力が違い過ぎて訓練にならない。


「ほれ、いくぞ?」

「……ぐ」


 こちらを挑発するように、長剣の切っ先がゆらゆらと揺れる。攻めてくるのか、それともこちらを精神的に追い込むのが目的か。戸惑う俺の反応が面白いのか、オブライエンさんがくつくつと笑う。

 その切っ先が邪魔で踏み込むことが出来ず、オブライエンさんが動くと同時に同じだけ下がる事になってしまう。こんな後手後手の戦い方ではまた叩きのめされると頭では分かっているが、どうしても体が動いてくれない。訓練用の剣とはいえ、当たれば痛いし、オブライエンさんの技量なら肉を切って骨を断つくらい簡単だと分かっているからその恐怖は尚更だ。


「山田さん、頑張って!」

「団長、また格好良い所を見せてくださいよ!」


 その声援に手を振って応えるオブライエンさん。余裕である。俺を相手にするのに、なんの気負いも無いのだろう。

 俺も宗一に名前を呼ばれるが、応える余裕なんて欠片もない。間合いを図りながら動くだけで、息が乱れてしまう有り様だ。汗が頬を伝い、長剣を握る手に力を込める。


「おいおい、ただの腕試しだ。殺し合うわけではないのだから、もっと気楽に構えんか」

「――そう言われても」

「怯えて下がらず、前に向かって突っ込まんか。お前にまず不足しているのは、その覚悟だろうが」


 そう言われて、口内へ溜まった唾液を飲み込む。ああ、そうだ。この人に鍛えてもらう事になった経緯を思い出す。この魔物が溢れ、危険が隣り合わせで、常に死が付き纏う。そんな世界で生き残るために、足手纏にならないために、その為に力を望んだはずだ。

 オブライエンさんのその言葉に息を一つ吐いて心を落ち着ける。完全には落ち着かないが、覚悟は決まる。前に出る。剣を向ける、斬る、斬られる、殺し、殺される。命の奪い合い。まだその覚悟は無いが、その瞬間に踏み出せるように。


「いきます」

「宣言など要らん。さっさと最初の一歩を踏み出せ、馬鹿者」


 オブライエンさんが構える。構えると言っても、長剣を肩に担いだだけだが。

 自然体。なんの力も入っていないのに、威圧感が増した気がする。踏み込んで来いという割に、踏み込んだら絶対に俺を斬る気だ。この人の剣は豪剣だ。一撃必殺。受ければ剣ごと打ち砕き、鎧ごと切り裂く豪剣。受けるなんて自殺行為だし、避けれるほどの技量もない。だがそれでも、踏み込まなければならない。これから先、前に進めるか進めないか。その覚悟を示すために。

 足手纏にならない、なんとかなる。そんな口だけの言葉ではない、覚悟を示すために。

 そんな俺の内心の葛藤をどう思っているのか、オブライエンさんは余裕の表情だ。楽しそうに笑いながら、ただただ泰然と佇んでいる。

 そんな彼に向けて、俺は正面から突っ込む。女神の加護も異世界補正も殆ど無い。ただの一般人に毛が生えた程度の身体能力。その全力の踏み込みに、初老の老人は驚くこと無く反応する。肩に担がれていた長剣が少し動いたかと思うと、次の瞬間には剥き出しの地面へと叩きつけられていた。砂利と砂埃が舞い、視界を塞ぐ。

 しかし、その攻撃は読んでいた。右腕の死角へ回り込みながら、手に持つ剣をしっかりと握る。一瞬の葛藤。人に剣を向けるという事は、思いの外精神的に疲れるのだ。しかしソレを考えないようにして、長剣を振り抜いた。ガン、と手が痺れそうになるほどの衝撃。振り抜いたと思っていた長剣が、目にも留まらぬ早さで引き戻された剣に弾かれたのだ。ついさっき地面に叩きつけたはずなのに、どんな手品だと目を剥いてしまう。

 その一瞬の隙。確かにオブライエンさんから感じる圧力が増した気がした。その身体が、存在が、一回り大きく感じてしまう。振り上げられる長剣を、両手で構える初老の騎士をただただ見ていることしか出来ない。次の瞬間、頭で考えるより先に体が動き、その一撃を手に持つ長剣で受けていた。そのまま吹き飛ばされ、地面を転がる。

 荒い息が自分のものだと気付けず、ただ寝転がりながら空を見上げる。手に持っていたはずの長剣の感覚がない。手が痺れているのだ。転がって擦り剥いたのか体の節々と、息を吐きすぎて枯れた喉が痛い。


「今日はここまでだ。夕食後は書館へ来い」

「は、い」


 そう返事をすると、心配そうな顔をした宗一が倒れる俺を覗きこんできた。


「だ、大丈夫ですか?」

「ん……ああ。すまないな」

「いえ、そんなっ」


 小柄で童顔な宗一は、どこか女の子っぽいところがある。妹の弥生ちゃんが大人びているからか、並ぶとまるで双子のようにも見えてしまう。その事を言うと拗ねるのだが、それがまたアレなのだ。どうにも、イジメている気分になるというか。それに、その仕草の所々が……。例えば今、謝った俺に照れたような表情をされるとか。調子が狂ってしまう。そんな宗一の前で負けたということが情けなくて、曖昧に口元を歪めながら立ち上がる。

 俺が立ち上がると、、今度は先ほどの訓練を見ていた兵士達が(ねぎら)いの言葉をかけてくれる。どうやら、人間離れした強さを持つ宗一達よりも、こうやってオブライエンさんに転がされる俺の方に親近感が湧いているらしい。なんとも微妙だが、否定されないだけマシか。世界を救うために召喚されたくせに弱っちいとか言われたら、立ち直れないかもしれない。

 そんな事を考えながら歩き、修練場の隅に用意してあった水瓶から全然冷えていない水を備え付けの木のコップで掬って一気に煽る。宗一は、いつの間にか修練場の中心で剣を振り回していた。型なんて何も無いのだが、そのデタラメな身体能力からか剣圧だけで物が斬れそうな勢いである。羨ましいね、本当に。俺には他の連中のような身体能力が無いから、地道に剣の振り方から覚えていくしかない。一瞬、年下の子供に嫉妬しそうになり首を振る。そのままもう一杯水を汲んで、一気に煽る。クソ美味い。勢い良く飲み過ぎて、口の端から溢れた水が服を濡らすがそれすらも気持ちいい。訓練の高揚と、打ち据えられた傷の熱のせいで、冷えていないはずの水を冷たく感じた。


「あ」

「ん」


 その声に振り返ると、セミロングの黒髪を持つ、長めのプリーツスカートに白いブラウス、その上からブレザーを羽織った少女が立っていた。元居た世界の中学校で着ていた制服らしい。その傍には、同じ黒髪の少女。艶やかな髪を腰まで伸ばしている彼女は、宗一の妹である弥生ちゃんだ。こちらはこの世界で一般的な中世時代(ファンタジー)風の映画などで見掛けるような服装をしている。そして、制服姿の少女は宗一と弥生ちゃんの幼馴染である芙蓉さん。

 その冷たさすら感じる視線を向けられながら、頬を掻く。


「また、そんな怪我をして……」

「う」

「戦いは私達に任せて、山田さんはお城で待っていたほうがいいと思います。藤堂さんや、結衣と一緒に」


 溜息を疲れながらそう言われると、情けなさに視線を逸らしてしまう。本当にその通りなのだ。自分より十も年下のこの少女の言う通り、俺は戦いに向いていない。きっと、宗一や他の戦闘系能力を女神から貰った仲間達どころか、この魔術師の少女にすら俺は勝てない。それが情けないのに、言い返せない。

 そんな俺をどう思ったのか、それとも興味を失くしたのか。


「それでは失礼します」


 一礼して、宗一の方へ歩いていく芙蓉さん。入れ替わりに、弥生ちゃんが俺の左腕へ手の平を向けてくる。暖かな温もりを感じると同時に、感じていた疲労と痛みが消えていく。


「便利なもんだね。魔術に奇跡。本当にファンタジーだ」

「ふふ、井上さんと同じ事を言うんですね」


 傷が癒えた腕をプラプラと揺らしながら言うと、笑ってくれる弥生ちゃん。やっぱり、こうやって笑ってもらえると嬉しいもんだ。芙蓉さんみたいにズバズバいうのは嫌いではないが、少し苦手だ。それに、この世界に召喚されてまだ笑顔を見たことがない。ずっと気を張っているというかなんというか。多分、あの子も余裕が無いんだろう。


「阿弥ちゃんを嫌いにならないで下さい」

「うん?」

「その、慣れない人には話し方、キツくないですか?」

「あー……まぁ、そこまでは」

「だといいんですけど」


 いやまぁ、うん。

 曖昧に言葉を濁すことしか出来ない辺りで、本心を察してほしい。その話題の芙蓉さんは、宗一と一緒に剣を降っていた緋勇さんと話している。


「阿弥ちゃんなりに心配してるんです。皆で、生きて帰れるように」

「分かってるよ。弥生ちゃんは優しいなぁ」

「ふふ。それでは、私も失礼します」


 そう一言断って、弥生ちゃんも宗一の方へ歩いて行く。勇者って凄いね。こっちはぼっちなのに、宗一の周りには美少女が三人である。一人は妹だけど。

 空を見上げながら、溜息を吐く。武器がほしい。神を殺す武器が。足手纏いにならないために。守れないまでも、せめて子供達と一緒に戦えるように。

 女神様。俺はまだ、願いを叶えてもらってない。

 俺とは違い、兵士達から囲まれている宗一達を見ていると、とても悲しい気持ちが胸に宿る。首を横に振り、深く息を吐き、苦笑してその思考を捨てる。


 ――俺も、英雄になりたいもんだ。


 ふと、女神アストラエラから渡されたメダルが気になりポケットから取り出す。

 金のメダル。宝石が嵌め込まれている事以外には特段変わったところはないコレが、神を殺す武器だとあの女神は言った。こんなただのメダルが、だ。これで武器でも買えというのだろうか。まったく意味が判らない。

 先日宇多野さんにも言われたが、ただのハズレではないか。



「プッ、ハハッ――ぜ、全然似合ってないじゃないっ」

「なに爆笑してやがる、そこの羽虫」

「誰が羽虫だ!?」

『……五月蝿い』


 髪を塗料で固めていると、部屋のベッドの上に寝転がっている少女から声に出して笑われてしまう。そんなに似合ってないだろうか。口では悪態を吐きながらも、内心で不安になる。この世界で身嗜みを整える必要がある事など、両手の指で足りる回数しか無かったのだ。それなりの知識はあるが、結局はそれなりだ。これなら、王様へ謁見するために豪奢な鎧を身に纏うほうが気が楽である。あれなら、用意されたものを身に纏うだけでいい。

 ベッドの上の少女――人形然とした容姿を持つ妖精、アナスタシアはドレスのスカートが捲れるのも気にせずにベッドの上で転がりながら笑っているので、時折白いドレスのスカートから覗くこれまた純白の布が目に入ってしまう。だがまぁ、流石に人形みたいなちびっ子に欲情するほど変態嗜好を持っているわけではない。それとなく気にしながら、髪を整える事を再開する。鏡を見る限りではそこまで悪くないはずなのだが、あまり笑われると少し不安になってくるのが人間の心理か。

 小奇麗なワイシャツを着て黒ネクタイを用意すると、どこかの会社に勤めているサラリーマンのように見えてくる。昔を思い出して少し懐かしい気持ちになるが、確かに似合わない。アナスタシアではないが、笑えてくるものがある。それは、この世界へ召喚されてから、その殆どの時間を旅装束で過ごしたからだろうか。


「エルメンヒルデ、どうだ?」

『まぁ、大丈夫なのではないか? 後は、服だな。残っているか?』

「見た感じはな。ただ、まだ着れるかな……」


 俺の部屋は一年前のままで、その時に用意してもらった服や家具も綺麗に整理整頓されている。その中には、良い生地を使った上等な服もいくつかある。ただ問題は、それが三年前に用意してもらったものだという事だ。身長はあまり変わっていないと思うが、筋肉が付き、体付きが一回りは大きくなっている今、その時の服が着れるかどうか。そこが問題だ。

 ネクタイの巻き方はまだ覚えていたらしく、自分でも驚くほど綺麗に巻くことが出来た。なんだかんだで、一度覚えた事というのはそう簡単には忘れないらしい。


「へぇ、器用ねぇ」

「巻き慣れてるからな」

「意外だわ」

『レンジは、身嗜みを気にしないからな』

「うむ」

「偉そうに言うな。格好悪いなぁ」


 アナスタシアもそれなりに身嗜みには気を使うそうだが、今は全然役に立っていない。着替える俺を見て爆笑するか呆れるかしているだけである。なんとも失礼な女王様だ。コイツが妖精族の一番偉い人だと思うと、妖精の未来が心配になってくる。

 まぁ、他の妖精達もアナスタシアとそう変わらず、楽しいこと第一という考えなのだが。


「それにしてもどうしたの、いきなり。全然似合わないんだけど」

「これから阿弥と晩御飯を食いに行くんだよ」

『その為に、レンジへ身嗜みの何たるかを叩きこまなければならないのだ。邪魔だから帰れ、羽虫』

「誰が羽虫よ、メダル女。って……はぁ?」


 何だその呆れ声は。そう思いながらベッドの方へ向き直ると、先程まで笑い転げていた妖精は神妙な顔で起き上がっていた。その表情が怒っているように見えるのは気の所為ではないだろう。身長差からか、見上げるような形で睨まれてしまう。全然怖くないのだが。


「なんで私を誘わないのよ!?」

「誘うか馬鹿」


 そんな事をしたら、阿弥から何を言われるか分かったもんじゃない。言われるというか、何をされるか、か。

 口にはしていないが、なんだかんだで二人で食事に行くと思っているだろうし、その期待を裏切った時に何をされるかは――この身で嫌というほど思い知らされている。いや、こういう事でからかうと笑えないというのがよく判る。うん。俺だっていつまでも子供ではないのだ。二十八歳。心はまだまだ少年のつもりだが、それなりに空気も読まなければいけない年齢だ。

 その辺りをどう思っているのか、アナスタシアはどうやら一緒にご飯を食べに行きたいらしく可愛らしく唇を尖らせている。そうする事で、抗議をしているつもりなのかもしれない。勘弁してほしいものだ。


「今度はアヤか……」

「今度ってなんだ、今度って」


 俺が他にも色目を使っているような言い方はやめてほしい。指を噛みながらシリアスっぽい雰囲気を出しているアナスタシアに、呆れた視線を向ける。お前は一体、俺をどんな風に見てるんだ。というか、皆からどんなキャラだと思われてるんだ、俺は。つい先程、九季からまた女関係か、とか言われたばかりなので普通に泣けてくる。いや、これくらいで泣かないが。

 それでなくとも、ソルネアの事で宇多野さんからの視線が厳しいというのに。どう説得したものか。一番簡単な方法は、明日にでも顔合わせを済ませてしまう事だろう。あらぬ疑いからはさっさと解放されたいものだ。そりゃ、俺だってソルネアは美人だとは思うが、誰彼に色目を使えるほど器用な性格だとは思っていない。そんな事をしたら、きっと何処かで、誰かを傷つけてしまうだろう。そのくらい、馬鹿な俺でも判るというものだ。ただでさえエルの事に踏ん切りが付いていないし、宇多野さんと阿弥のこともある。

 ハーレムって素晴らしいと思うよ。当事者でなければ。


「今度は今度よ。魔神を倒したら勝手に姿を消すし、王都でやっと会えたと思ったらあんまり遊んでくれないし、ご飯にも誘ってくれない。冷たくない?」

「お前の相手は疲れるんだよ」

「失礼過ぎると思うなぁ、その言い方」

『まったくだ』

「アンタも大概でしょうが、メダル女」

『そんな事はない。私はレンジの相棒だからな』


 いや、お前。いつもは相棒って言われると嫌がるじゃないか。どうしてこんな時だけ、そんな嬉しそうに言うんだよ。

 なんだか、とても複雑な気持ちになるのは俺だけだろうか。嬉しいけど喜べない。そんな俺の内心に気付かないエルメンヒルデ。きっと表情を見ることができたら、立派なドヤ顔を決めていることだろう。


「ほら、喧嘩するな。結衣ちゃんに言いつけるぞ、お前ら」

『む』

「う」


 結衣ちゃんの名前を出すと静かになる二人へ向け、聞こえるように溜息を吐く。子供には勝てないというか、なんというか。喧嘩をすると結衣ちゃんが悲しむと分かっているからか、この二人はとても素直だ。それはまぁ、俺も同じなのだが。


「ユイの名前を出すなんて卑怯よ、レンジ」

『本当にな。ズルいぞ、レンジ』

「そんなところだけは仲良いよな、お前ら」

「仲良くなんか無いわよ。ね、メダル女」

『その通りだ、羽虫』


 どうだか。さっきの怒り顔はどこへやら、口元を緩めながら会話をしてくれるアナスタシアへ適当な相槌を打ちつつ着ていく服を選ぶために部屋へ備え付けられているクローゼットを開く。良質な木材で作られているのであろうそれは、見る分には頑丈そうだが、その実とても軽い。少しの力で両開きの扉を開くことが出来る。中に収められている数着の服を手に取りクローゼットを閉める。

 今夜行く予定の藤堂の店は、知る人ぞ知る隠れた名店というヤツだ。いや、世界を救った英雄の一人が店長を勤める店なのだからもっと有名でもいいのではと思うのだが、立地条件が条件なのでそこまで有名ではない。なにせ、大通りの一等地に建っているわけではなく、路地裏の入り組んだ場所へ店を構えているのだ。

 しかも、そんな所で出店しているのに宣伝の一つもしていない。正直、商売をする気があるのかとは宇多野さんの弁である。ちなみに俺も、自分で探して見つけることが出来ずに宇多野さんから王都の地図を使って教えてもらった。それくらい判りにくい店なのだ。


「また今度、どこかに連れて行ってやるから。今日は我慢しててくれ」

「ほんと?」

「多分な。気が向いたらとか、そんな感じで」

「連れて行く気が無いじゃない!」


 服のことで頭を悩ませながら、アナスタシアに軽口を返す。

 当たり前だ。俺だって、そこまで懐が暖かいわけではないのだ。別に、気を向けている相手でもないのに食事になんて連れて行く余裕は無い。アナスタシアの抗議の声を聞き流しながら、今度はいくつか簡単に袖を通してみる。もう二年以上前に用意してもらったものなので、流石にキツイ。困ったな、と鏡の前で頭を抱えてしまう。流石に今から夜までの間に服を用意してもらうのは難しいだろう。服飾の店へ出かけて、それっぽい服を買ってくるのが無難か。懐具合に頭のなかで相談しつつ、夜までの行動を考える。

 その対応が不満なのか、ベッドから浮き上がるアナスタシア。風の精霊の力を借りているようで、スカートが揺れて細く白い、しかし決して肉付きが薄いというわけではない健康的な太腿(ふともも)がチラチラと覗く。とても目の毒だ。


「帰りに屋台でオーク肉の串焼きを買ってきてやるから」

「死ねっ」


 なんて物騒なことを言うちびっ子だろうか。容姿が可愛らしいだけに、変な趣味の男たちは歓喜してしまうことだろう。幸太郎とか、幸太郎とか。後、幸太郎。アイツ、厨二を気取ってるけど中身はアレだからなぁ。

 そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされた。顔を向けると一瞬の間を置いてドアが開き、結衣ちゃんが顔を覗かせる。その後ろには、黒鎧の亡霊騎士、ナイトが控えている。アナスタシアでも探しに来たのだろうか。


「あら、ユイ」

「失礼します、蓮司さん」

「おう。どうした結衣ちゃん? アナスタシアを探してるんなら、連れて帰ってくれ。エルメンヒルデと喧嘩して、堪らん」

「ちょっと、いきなり言うわけ!?」


 アナスタシアが大声を上げるのと、ナイトがドアを閉めるのは同時。結衣ちゃんが悲しそうな表情で、ベッドの傍で浮き上がっているアナスタシアへ近付く。

 なんだろう。話を振った俺の方も、なんだか悪い事をしてしまったような気がしてしまう。そんな表情を向けられたアナスタシアは、俺やエルメンヒルデへ向ける強気はどこへやら、オロオロと視線を彷徨わせている。時折俺の方へ視線が向くが、どうしようもない。諦めろ。

 そんな結衣ちゃんの後ろを付かず離れずの早さで歩いているナイトが、凄いシュールだ。


「……アナ?」

「ち、ちが……喧嘩じゃない。喧嘩じゃないって。ねぇ、レンジ? 喧嘩じゃないよね?」


 その助けを求める声を聞こえないふりをしつつ服に袖を通す。やはり小さい。……が、なんとか着れないこともない。これなら何とかなるだろうか?

 言葉少なくアナスタシアを咎める結衣ちゃんの声と、援護を求めてくるアナスタシアの声。ナイトは喋れないので無言のまま結衣ちゃんの後ろへ控えていると、結衣ちゃんを味方をしているようにしか見えない。エルメンヒルデとアナスタシアだけでも十分に賑やかだったが、それ以上に賑やかになった部屋の中で苦笑する。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだと思う。


「なぁ、結衣ちゃん。こっちとこっち、どっちが似合うかな?」


 いくつか着る事が出来た服を見繕って、結衣ちゃんに意見を聞くことにする。そんな結衣ちゃんの視線が逸れたからか、安堵の息を吐いているアナスタシア。どうしてあそこまで結衣ちゃんに弱いのか。まぁ、子供に怒られると罪悪感を感じてしまうというのはなんとなく分かるが。

 結衣ちゃんとエルメンヒルデの意見を聞きながら服を選び始めると、退屈なのかアナスタシアがまたベッドに転がり出す。今度は結衣ちゃんが居るので、スカートは気にしているようだ。


「ねぇ、レンジ」

「どうした?」

「阿弥とのデート、楽しみ?」

「デートかどうかは分からんが。まぁ、楽しみだな」

「デートでしょ。一緒にご飯を食べに行くんでしょ?」

「というか。デートなんて言葉、どこで覚えたんだ?」

「さっき、ユイに」


 話題を逸らすために別のことを聞いたのだが、アナスタシアの口から少し予想外の名前が出てきて軽く驚いてしまう。結衣ちゃんは、あまりそういうことを気にしていないと思っていたのだ。いやまぁ、今年でもう十六歳なんだ。そういうことに興味が有るのが当然なのか。成長を喜ぶべきか、ついにそういうことに興味を示し始めたことに焦るべきか。取り敢えず、意中の人は居るのか聞いてみたい。

 その結衣ちゃんへ視線を向けると、先ほどまで居た場所にはもう居なかった。いつの間に移動したのか、顔を赤くしてアナスタシアをベッドの上に押し倒していた。口を塞ぎたいのだろうが、運動神経があまりよろしくない結衣ちゃんなので二人して倒れこんでいるようにしか見えない。身長差どころかそもそも種族が違うので、倒れこむというより押し倒しているといった感じだが。その際、二人共スカートなので色々と問題が発生しているのを一瞬だけ確認してしまう。咳払いをして視線を窓へ向けるが、エルメンヒルデとナイトの無言の威圧感が凄い。心臓が弱い人なら、発作を起こすレベルかもしれない。

 そんな、ある意味で修羅場と言えなくもない部屋の中で、ぼーっと窓から空を眺める。


「賑やかなのはいいね、うん」

『どこを見ていた? 何を見た? ん?』


 おう、ナイトさん。威圧しながら傍に立つのは止めろ。心臓に悪いから。

 あとエルメンヒルデ。結衣ちゃんとアナスタシアにまで変な目を向けたら、まず俺自身が俺を許せないから大丈夫だ。安心しろ。



 それにしても、と思うのだ。


「どうかしましたか、蓮司さん?」

「ああ、いや」


 深い蒼色のタイトなドレスに、その上から上等な魔物の毛皮で作られたファーのような肩掛けで着飾った阿弥がこちらを見上げるように話しかけてくる。肘が触れ合いそうな距離だというのは気にしないほうがいいのだろうか。いつもならここで空気を読まないツッコミをしてくるエルメンヒルデも、今は宇多野さんに預けているので静かなものである。

 夕食時。それなりに人通りの少なくなった大通りを並んで歩きながら、藤堂の道への地図を頭の中で思い浮かべる。


「寒くないか?」

「ふふ。いえ、大丈夫です」


 そう言って、心持ちこちらへ身体を寄せてくる阿弥。それに気付かないフリをしながら、阿弥が立つのとは反対側の手で頬を掻く。

 機嫌が良いな、と。聞いたらどんな返事をしてくれるのだろうか。ふとそんなことが気になったが、だが聞かないことにして歩くスピードを少しだけ緩める。いつもより阿弥の身長が高く感じるのは、踵が高いヒールのような靴を履いているからか。解かれた髪が風に(なび)き、魔力灯の明かりの中で艶やかに揺れる。薄く施された化粧は、同年代の少女達よりも大人びている阿弥によく合っている。

 その、寒さも楽しんでいる阿弥の横顔を盗み見ながら、その髪を気付いたら目で追っていた。十八歳。少女と女性の間とでもいうべきか。成長したというか、綺麗になったというか。娘の成長を喜ぶ親っていうのは、こういう気分なのかね。そんな馬鹿な事を考えて気を紛らわせてしまう。


「馬車でも借りたほうが良かったか?」

「気にしなくて大丈夫ですよ。それに、そこまでお金に余裕が無いんじゃないですか?」

「む」

「それにほら、歩きながら話すのって楽しくありませんか?」


 そう言われれば、否定のしようがない。俺も、こうやって話しながら歩くのは悪くないと思う。幾人かの住人達と擦れ違いながら歩いていると、ようやく目印となる道具屋を見付けた。ここから路地裏へ入り込んだ所に藤堂が構えている店があるのだ。阿弥も藤堂の店は覚えているようで、服の袖を弱い力で引っ張られて教えてもらう。

 なんとも(くすぐ)ったい感触だ。(ほころ)んでしまった口元を逆の手で隠し、その路地裏へ入り込む。路地裏と言っても清掃はされているようで、そこまで汚い印象は受けない。ただ、やはり人通りは少ない。俺達意外には、数人の男女が歩いているだけだ。


「あんまり人が居ないんだな、やっぱり」

「本当ですよね。それでそこそこ人気があるから、藤堂さんの料理の腕は凄いと思います」

「だな。にしても、どうしてこんな人が少ない所に店なんか構えたんだか」


 アイツの事だから、客は少ない方が良いけど誰かに料理を食べてもらいたいとか、そんな考えなんだろうな。

 藤堂(とうどう)(ひいらぎ)。俺の仲間の一人で、料理人。異世界に召喚されたというのに料理関係の異能を得たという変わり者。元引き篭もりで、人付き合いが苦手。話すのが下手で、引込み思案。それでも必死に歩き、一緒に旅をした仲間だ。

 そんな一年前の藤堂の姿を思い出しながら歩いていると、ようやくお目当ての店を見つけることが出来た。


「ようやく見付けた……」

「ようやく?」

「王都に来てから何度か探したんだが、見付けることが出来なかったんだ」


 それに、宇多野さんの借金の件もあったので藤堂の店を探すよりも金稼ぎを優先してしまったのも悪いか。

 そんな事を考えながら、眼前の店を見上げる。外見は木の支柱と石壁の建物で、造りはしっかりしているようだ。買った時に破損していたと思われる場所もちゃんと補強されている。指でなぞると、この世界ではありえない感触。これはコンクリートだろうか?

 視線を阿弥へ向けると、曖昧な笑顔で頷いている。用意したのは工藤だろう。セメントなんかをどうやって用意したのかは分からないが、アイツの異能は『道具作り』だ。作ったと言われればそれまでである。なんだかんだで旅の途中、道端に落ちてた物だけで爆弾を作ったという前科があるので今更あまり驚かない。色々必要な物を集めてセメント作りました、と言われても「お、凄いな」で終わりそうである。

 店の名前は『幸福の小鳥亭』。外見はちょっと変わった民家なので、その看板だけが異様に浮いているような気がしてしまう。


「結構いい店だな」

「はい。私も何度か顔を出しましたが、雰囲気も良いんですよ」

「そりゃ楽しみだ」


 スイングドアを軋ませながら店に入ると、店内に居た人達の視線がこちらに向く。しかし、その数は決して多くない。パッと見た感じ、従業員が二人に客が十人程か。後は、調理場で調理をしている人が居るくらい。その調理場は、入り口からは死角になっていてみることが出来ない。おそらく藤堂も調理場に居るのだろう。店は二階建てのようで、奥には階段が見える。宿屋はやっていないという話だったので、二階が藤堂の居室というところか。

 いらっしゃいませ、という従業員の声を聞きながら席へ案内される。ちなみに、従業員の制服はメイド服だった。頭のフリル付きカチューシャがよく似合っている。やっぱりアイツも男だなぁ、と思わなくもない。

 そんな事を考えていたら、阿弥から手の甲を抓られた。その痛みよりも阿弥の笑顔が怖いので、案内されるままにテーブルへと歩いて行く。


「従業員を雇うくらいには、儲かってるみたいだな」

「そうですね。あまり宣伝はしてないみたいですけど、クチコミで人気が広がってるみたいです」


 そう言って、阿弥からテーブルへ備え付けられたメニューを渡された。といっても、その数はそう多くないが。

 この世界に宅配業者など居るわけがなく、安定して食材を確保できる術がないからしょうがないと言えばそれまでなのだが。王都なので素材を集めるのは地方の村よりも簡単だろうが、それでも安価で手に入れるのは難しいのだろう。だが、サラダ関係が充実しているのはそういう農家と繋がりを作れたからか。それと肉関係か。オーク肉……コレはどこにでも流通しているなぁ。

 後は、なんといってもこの世界では殆ど見かけない麺料理だろう。他の利用客のテーブルを見ると、その誰もが麺料理を頼んでいる。


「やっぱり俺達の世界の料理は、この世界だと珍しいんだろうな」

「ですね。この店でしか食べられませんから、通な人達には人気みたいです。まだまだあまり知名度は高くないみたいですけど。王城の料理でも出ませんし」

「いや、出ないだろ」


 まぁ、出たら出たで美味しくいただくのだが。やはり、異世界の料理が広まるのは、色々と難易度が高いんだろう。この世界では材料から何から、まるで違うのだし。代用品を探すのも一苦労だと言っていたのを思い出す。それに、作り方が独特なのも原因の一つか。詳しくがないが、うどんの麺だって小麦粉と水と塩を混ぜて捏ねるのだったか。

 空覚(うろおぼ)えどころか、間違いだらけのようなレシピを思い浮かべながら注文する料理を決める。もちろん麺料理だ。月見うどんとサラダを俺は注文し、阿弥はカルボナーラを注文している。いやまぁ、デートというか、女の子と一緒に食事をする時に頼むものが月見うどんってどうだろうと思わなくもないが。食べたいのだ、うどん。これ、藤堂が捏ねた手打ちうどんなんだろうか?


「それだけで足りるか?」

「はい。そこまで沢山食べませんし」

「俺の懐具合を気にしてるなら、気にしなくていいんだぞ?」

「……その言い方だと、なんだかお父さんみたいですね。蓮司さん」

「流石に、そこまでは老けてないだろ。……多分。せめてお兄さんにしといてくれ」

「ふふ。雰囲気がそれっぽいですし。ほら、宗一も蓮司さんの事をそういう風に見てるみたいですし」


 お父さん、は流石になぁ。そう反応に困る事を言った本人は、俺の顔を見て肩を震わせている。いつもは可愛らしさを感じる表情も、髪を下ろしているからか大人びて見えてしまう。

 そんな俺の視線に気付いたのか、その笑顔を隠すように視線を逸らすようにして俯いてしまう。魔力灯の淡い光源の中で、恥ずかしさに身を縮める阿弥の可愛らしさに口元を僅かに緩めてしまう。


「なんか、懐かしいな」

「え?」


 俺の言葉に、俯いていた顔が上がる。


「この世界に来たばかりの頃は、ほら。あまり話さなかっただろう?」

「そ、それは……」

「昔は、こうやってご飯を食べている時も宗一や弥生ちゃんとばかり話してたし」

「う」


 なんというか、この世界に来たばかりの頃の阿弥は人見知りというか、他人との間に壁を作っていたように思う。家族関係で色々あったとは知っているし、ある程度詳しくも聞いている。だからそれもしょうがないと分かるし、こうやって話せている今だからこそ話題にすることが出来るのだと思う。

 阿弥は阿弥で、そんな昔の自分を思い出して頬を赤くしていた。


「……蓮司さんも、変わりました」

「そうか?」

「はい」


 そう断言されると、色々と悲しいものがあるな。窓から外を眺めるように視線を逸らすと、深く息を吐く。


「昔の俺は、どんなだった?」

「え?」

「阿弥が――」


 そこで、言葉を切ってしまう。どう聞けばいいか、判らなくなったのだ。好きになったと聞くのは、少しばかり気恥ずかしい。というよりも、どれだけ自信過剰だと。俺がもし女なら、こんなヘタレたおっさんなど気にも掛けないだろう。

 かと言って、他にいい言葉が即席では思い浮かばない。一瞬言葉に詰まり、そんな俺の言葉を待つ阿弥。


「――昔、旅していた頃の俺と、変わったか?」


 結局、そんな無難な言葉を探してしまう。そんな自分に溜息を吐きながら、視線を窓の外から阿弥へと向ける。

 そこには、ただただ真っ直ぐにこちらを見つめてくる綺麗な瞳があった。視線が重なるが、寸分も揺るがない強い瞳にこちらが気圧されそうになる。


「はい」


 その力強さを宿した瞳のまま、頷かれる。


「昔の蓮司さんは、もっと格好良かったです」

「格好良い、か」


 なんとも曖昧な言葉である。今と昔、俺がどんな風に変わったかは分からないが、取り敢えず今の俺は格好悪いようだ。まぁ、否定はしない。女々しく過去に(すが)っているのだ。だが――。


「そうか」

「ふふ」


 この少女の瞳を、いつも支えてくれた女性の信頼を、俺をリーダーだと言ってくれる仲間達を――裏切りたくないと思う。守りたいと思う。

 魔族の動き、ソルネアという存在、魔神の不在。いろいろな情報を得て、きっとこれから世界がまた動くのだという予感がある。そうなった時、俺はまたエルメンヒルデと共に戦うことになるだろう。どれだけ戦う事を嫌おうが、戦いから逃げられるわけではない。

 その時、あの時のように――魔神を殺すためにエルを犠牲にしたように、もう誰かを失わない為に。俺は、踏み出す覚悟を決める必要がある。


「まぁ、今の俺は格好悪いよな」

「そんな事はないです。今の蓮司さんも、格好良いですよ?」

「そうでもないだろ。無理して言わなくていいぞ? ほら、顔も紅い」

「……もう、そういう所は気付かないようにして下さいっ」


 唇を尖らせる阿弥を見ながら、肩を震わせる。折角大人っぽい服装をしているのに、その表情は子供っぽい。きっと、阿弥という少女の本当の姿は、こういう子供っぽい表情なのではないだろうか。そう考えていると、一転して満面の笑顔を浮かべてくれる。

 そうやって話していると、注文していた料理がテーブルに並べられた。湯気を出しているうどんが、とても食欲を刺激してくる。阿弥の方のカルボナーラも、とても美味しそうだ。


「頑張るよ」

「え?」

「なんでもない。いただきます」


 手を合わせて、うどんを啜る。阿弥がもう一度言って欲しいと話しているが聞こえない。うん、コシがあって良いうどんだ。さすが藤堂。最高の仕事をしている。そんなグルメレポーターっぽい事を考えながら、ちらりと阿弥を盗み見る。

 俺がもう言わないと諦めたのか、今は自分が頼んだカルボナーラへと向き直っている。下ろした髪を手で抑えている仕草に、目を奪われそうになる。その表情を見ながら、思う。

 ――俺は、英雄にはなれなかった。

 ならせめて、我武者羅に前に進むべきなのだろう。昔のように。一年前のように。


「武闘大会……」

「はい?」

「いや、武闘大会。少しばかり、ヤル気を出すかな、ってな」


 ヤル気を出した程度で優勝できるだなんて思わないが。それでも、少しは変われるかもしれない。

 それならそれで、ヤル気を出す意味はあるだろう。

 俺は英雄なんかじゃない。

 だがそんな俺も、昔は英雄に憧れていたのだ。



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