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第三話 集結2

 城内へ入ると、ひやりとした冷気が頬を撫でた。石造りの城は、冬場だととても寒々しい。そんな中、鉄の鎧兜を身に纏いながら直立不動で警護にあたっている兵士達はどれほどの冷気を感じているのだろうか。

 ふとそんな事を考えながら、工藤と並んで廊下を歩く。工藤の奇抜ともとれるメイド衣装にも慣れているのか、擦れ違う兵士や貴族達に動揺はない。もしかしたら、俺のメイドとでも勘違いされているのかもしれないが。……そちらのほうが可能性が高いかもしれない。こんな物騒でやる気を感じさせないメイドなんて、雇う気はないのだが。そもそも、雇う金が無い。


「そういえば、宇多野さんはどこに居るんだ?」


 呼ばれているからと城に来たが、よく考えると居場所を知らないことに気付く。一応宇多野さんの部屋へと向かっているが、擦れ違うのも面倒なので工藤へと聞くことにする。

 しかし聞かれた方は、相変わらず疲れたようなやる気を感じさせない表情である。


「部屋じゃない?」

『聞いてないのか?』

「呼んで来いって言われただけだしね」


 そう言うと、立ち止まる工藤。俺も(なら)うようにして立ち止まる。丁度十字路の中央で立ち止まる形なので兵士たちの視線が集まり、少し居心地が悪い。

 どうした、と視線を向けると向こうもこちらを見上げてくる。何か変なことを言っただろうかと考えるが、そもそもまともな会話をしていない。コイツの気紛れだろう。


「私、修練場に用があるから」

「お前が?」

『珍しいな』

「優子ちゃんの方より、そっちの方が面白そうだからね」


 そこでやっと、今まで浮かんでいたやる気のない表情に、少しばかりの感情が映る。小悪魔的とでも言うべきか、意地の悪そうな顔。――誰かをからかう時の表情だ。

 こんな表情の時は、誰かがこのイジメっ子の犠牲になるだが。頭に思い浮かぶのは、俺と宇多野さん、あと阿弥か。子供は守備範囲外なのか、それともこの小悪魔にもまだ僅かばかりの良心が残っているのか、結衣ちゃんをからかう事はない。ある意味で、面倒見のいい姉貴分を演じている。それとも本心かも知れないが。

 それはともかく、このタイミングだと餌食になるのは阿弥だろうか?


「阿弥ちゃんじゃないわよ」


 そんな思考が顔に出たのか、先に釘を差されてしまう。

 しかしそれだと、残りは誰だろうか。ふとそう考えようとするが、今俺達がいるのは廊下の真ん中。しかも十字路の中央だ。歩いてきた騎士や貴族達の視線を感じて一つ咳払いをする。


「じゃあ、俺は宇多野さんの部屋に行くから」

「うん。部屋から修練場が見えるでしょ?」

「ん? ああ」

「優子ちゃんの部屋についたら、窓から見ててね」


 そう言うと、スキップでもするかのように足取り軽く歩いていく工藤。残されたこっちは、首を傾げるばかりである。


『なんだ?』

「さてな」


 そもそも、アイツの思考はよく判らない。それは昔からだ。それはエルメンヒルデも同じようで、疑問の声は自然と出ているようだ。応えを返せなくても、何も言ってこない。

 まぁ、宇多野さんの部屋へ行けば分かるだろう。そう考えて、俺も歩き出す。修練場。修練場。修練場で何かあっただろうか。ここ数日は冒険者稼業に忙しくて、あまり兵舎の方へ顔出ししていなかったのが悔やまれる。

 そうやって歩いていると、ふと思いつくことがあった。そういえば、宗一達がもう王都へは来ているはずだ。ソルネアの事で忘れていたが、今日の昼には王都に辿り着く予定だったはずだ。


「宗一か」

『ん?』

「工藤の遊び相手だよ。今日は、宗一が王都に来てるはずだ」

『ああ。そういえばそうだったな』


 ようやくその事へ思い至り、喉に刺さっていた魚の骨が抜けた時のような開放感を感じてしまう。いや、それが適切な表現かは微妙だが。どうでもいい事だが、小さな事でも分かると嬉しいものだ。まぁ、少し声が大きくなりすぎて周囲の兵士たちの視線がこっちに向いたのは恥ずかしいが。

 エルメンヒルデと二人。一人と一枚。そんな事を話しながら歩いていると、すぐに宇多野さんの部屋の前へ辿りつけた。ドアを二回ノックすると、直ぐに返事が返ってくる。乾いた音を立ててドアを開けると、暖炉で火を起こしているらしく温まった空気を感じる。


「お疲れ、宇多野さん」

「ええ。お疲れ様、山田君。燐ちゃんは?」

「修練場に用があるんだと」

『ユーコは聞いているか?』

「私も聞いてないわね。修練場なら、宗一君か雄哉君に用でもあるのかしら」


 挨拶を交わしながら部屋へ入ると、まず最初に目に映ったのは机の上の大きな丸い水晶。細かな装飾が施された金の台座に備え付けられ、一目で値打ちがあるものだと分かる。目にして最初に思い浮かんだのは、元の世界の漫画とかだと道端の隅で占い師が持っているであろう占い水晶である。宇多野さんなら、頭から黒いローブを被って占い師の真似をすると……よく似合うと思う。うん。

 それにしてもこの丸水晶、昨日まではこの部屋に無かったはずだ。しかも、大きさは俺の握り拳二つ分はある。

 そんな俺の視線に気付いたのか、部屋の奥に備え付けられている執務机から立ち上がって机に歩み寄る宇多野さん。その手の平を水晶へ向けると、透き通る水晶の内部に紫電が迸る。激しくはないが、だからといって紫電なんぞ見せられてもどうしようもない。魔術道具の一種なのだろうとは分かるが。


「それは?」

「紫ね」


 俺の問い掛けは無視して、そう口にする。紫というと、雷の色か。宇多野さんへ視線を向けて先を(うなが)す。


「トーナメント表よ。面倒だから、魔力の色で決めてるの」

『……トーナメント表?』

「武闘大会のね」


 どこか疲れたような声に一瞬労いの言葉を掛けようとするが、思い留まる。いやいやいや。


「出ないぞ?」

「借金分は働きなさい」


 問答無用だった。いや、借金をしている俺が悪いんだが。そもそも、金に困ったからと王様から(たまわ)った名剣を売るのが悪いのか。ゲームとかだと売れませんだとか、それを売るなんてとんでもないだとか商人から止められるはずなんだが。

 ふとそんな事を考えながら、水晶が置かれているテーブルの近くにあった椅子へ腰を下ろす。それにしても大きな水晶である。売ればいくらくらいするだろうか。そう考えてしまうのは、俺が借金生活をしているからか、それとも根っからの貧乏性だからか。


「そんな顔をしないの。ちゃんと、報酬は出すわ」

「え?」

「出場してくれたら、銀貨一枚。優勝したら銀貨五枚の賞金も出るから、貴方にとっても悪い話じゃないと思うけど?」


 ふむ、と。顎に指を添えて考える。いや、宇多野さんの言うとおり俺にとってのメリットは大きい。なにより、出場するだけで銀貨一枚というのが大きい。出場するメンツにもよるが、俺は多分優勝できないだろう。なにせ、判っているだけで宗一と阿弥、真咲ちゃんがまず出場する。この三人に勝てる気がしない。宇多野さんは出ないかもしれないが、もしかしたら九季の奴まで出場するかもしれない。

 そんな俺をどう思ったのか、宇多野さんが執務机に備え付けられていたベルをチリンと鳴らす。すると、そう間を開けずにドアがノックされた。返事とともにドアが開けられると、現れたのはメイドさん。工藤とは違い、完璧な笑顔である。やはり、メイドというのはこうあるべきだ。うん。

 そのメイドさんに飲み物と摘める物を頼んで、宇多野さんも水晶を挟んだ反対側の椅子へと腰を下ろす。


「工藤から、なにか用があるって聞いたが?」

「さっきのが用よ」

『武闘大会への参加か』

「ええ。客寄せパンダ、よろしく」

「そんなストレートに言われてもな……」


 まったく喜べない。いや、この大会に出場するために沢山の人が頑張っているのは知っているつもりだ。けど、真っ直ぐに客寄せパンダ呼ばわりされると、どういう意図があるのか分かってしまう。

 魔神が討伐されたとはいえ、まだたったの一年。希望を持つ人も居れば、傷付いていたり、絶望している人も居る。なんというか、この世界の人達にはこう、(すが)るものが必要なんだろう。それは女神アストラエラであり、その使徒である十三人の英雄。つまり俺達。武闘大会に出て、目立てということだろう。世界を救った連中の姿を見たら、皆がやる気を出してくれる。そんなところか。

 そう上手く行くかは分からないが、たしかに効果はあるのかもしれない。


「取り敢えず、一回戦で誰かと当ててくれるなら」

「宗一君と真咲ちゃん、どっちがいい?」

「宗一で」

『優勝を狙うのか?』

「無理言うな」


 問題は、俺である。油断するつもりはないが、下手をしたらただの冒険者か学生に負ける可能性だってある。そんな英雄の姿なんて、誰も見たくないだろう。

 だから一回戦で他の英雄と戦えるようにと宇多野さんへ訴えると、すぐにお許しが出た。その辺りは、宇多野さんも考えていてくれるらしい。だから、参加するだけで銀貨一枚か。この調子だと、宇多野さんのお願いを十回聞いたら借金返済か。……その考えは、それはそれでどうかと思うが。

 そこまで話すと、またドアがノックされる。現れたのは先程のメイドさん。フワリと香ったのは、甘いお菓子だろうか。そのまま、あまり音を立てずにテーブルの上へティーポットと高価そうなカップ、綺麗に皿へ盛られた焼き菓子が置かれる。とても美味しそうだ。

 一言礼を言うと、深く頭を下げて退室していくメイドさん。


「なに?」

「いや、工藤とは違うな、と」

「燐ちゃんは、ね」

「いきなりメイド服だったから、ギルドで恥ずかしかった」

「それはご愁傷様」


 どこか楽しそうに言うと、ティーポットからカップへ紅茶を注ぐ。良い香りを感じ、俺もティーポットを受け取ろうとすると宇多野さんがカップへ注いでくれた。お礼を言うと、声にして笑わないが小さく口元を緩めている。機嫌が良いようだ。宇多野さんの機嫌が良いと、俺も嬉しい。


「しっかし、この世界は不便なんだか便利なんだか。メイドなんて、俺達の世界じゃ金を払わないと見れなかったしなぁ」

『レンジが元居た世界では、メイドに会うのに金が必要だったのか?』

「ああ」

「…………」


 電話に車、インターネット。文明の利器はないけれど、魔術やベル一つですぐに来てくれるメイドさん。どちらが便利かと言われたら、なんとも言えない俺がいる。

 そう考えていると、ジッ、と宇多野さんの視線が細まった。


「そういうお店、行ったことがあるの?」

「店?」

「その、お金を払ってメイドに会うような、お店」

「ああ。いや、行く勇気が無かったな」


 そもそも、そんな時間がなかったような気がする。仕事ばかりしていたつもりはないが、さりとて自分の時間を持っていたのかと聞かれると首を傾げてしまう。元の世界。俺は、何をしていただろうか。最近、その事を考えないし、思い出せなくなってきている。それは、俺がこの世界を生きるべき場所だと受け入れているからだろうか。

 なんとも湿っぽい思考である。紅茶を口に含んで、一緒に嚥下してしまう。


「ふ、ん……」

『どうした、ユーコ?』

「ああ、いえ」


 考え込んでいたのだろうか。少し気を逸らしていたら、宇多野さんがその形の良い顎に指を添えて、なにか考え込んでいた。エルメンヒルデが問い掛けるが、どうにも返事は上の空のように感じる。

 そんな宇多野さんを眺めながら、もう一口紅茶を口に含む。次いで、焼き菓子を一枚。俺が知っている市販のクッキーに似ているが、一回り小さい。そのまま食べると仄かな甘味が口の中に広がって、もう一枚食べてしまう。美味いな、これ。

 そこでふと、先ほど工藤から言われたことを思い出した。そういえば、修練場を見ろと行っていたんだったか。


「ちょっと失礼」


 そう一言断りを入れて、椅子から立ち上がる。そのまま窓へ向かうと、水滴がついた窓へと顔を寄せる。眼下に見えるのは、修練場。俺の部屋と同じく、宇多野さんの部屋からも修練場が上から見下ろせる作りになっているのだ。

 工藤を見つけるのは簡単だった。なにせ、メイド姿である。修練場にメイドなんて一人しか居ない。そのメイドは何を考えているのか、宗一の腕に抱きついていた。本当に何をやっているんだろう、アイツは。その宗一の近くには二人の女の子。一人は弥生ちゃん。宗一の妹。異世界補正で強化された視力は、彼女の引き攣ったというよりも、作り物の「笑顔のようなもの」を見せてくれる。なんとも恐ろしい。宗一と工藤はこちらからは背中しか見えないが、きっと兄の方は顔面蒼白で引き攣った笑みを浮かべていることだろう。容易に想像できる。

 もう一人は、長い黒髪を(うなじ)の所で縛っている宗一達よりもいくらか年上に見える女性。身に纏っているのは、宗一達のようなブレザー。下はひざ上くらいの短さしか無いスカートである。生足がとても目に眩しい。どこか――多分、戦術都市にある学校の制服だろう。こちらの女性は、(ほが)らかに笑っているように見える。声が聞こえないのでどうにも判断し辛い。その手には、緋色の鞘に収められた剣。この世界には存在しないはずの反りがある片刃の剣は、俺達の世界では刀と呼ばれているものだ。

 そんな四人を、修練場の兵士達は遠巻きに眺めているようだった。その中には、長身の男――九季と阿弥の姿もあった。止めてやれよとも思うが、俺があの場に居たらきっと止めないだろう。見ている分には面白いし。


「仲良いな、相変わらず」

『そうか?』


 俺の言葉に、エルメンヒルデが疑問を返す。まぁ、仲が良いだろ。宗一の取り合いなんて見るのは何時ぶりだろうか?

 なんとも懐かしい。まぁ、工藤は煽っているだけだろうが。そうやって窓から宗一達を眺めていると、すぐ隣に宇多野さんが来る。二人で窓から宗一達を眺める形になってしまう。


「まぁ、雄哉君が居るならもしもの事もないでしょうしね」

「そもそも、そこまで工藤が煽らないだろ」


 弥生ちゃんと真咲ちゃんをからかって遊んでるだけだろうし。これを見せたかったんだろうか、と考えていると修練場に居る工藤がこちらを見上げてくる。視線が合うと、半眼でニヤリ、と擬音がつきそうな笑顔を浮かべた。

 なんだろうか、と首を傾げていると何かを宗一へ耳打ちする。次に、驚いたようにこちらを見てくる宗一。工藤のやつは、何を言ったのだろうか?


「子供達は楽しそうね」

『……そうか?』

「元気に遊んでるじゃない」


 あれは、遊んでいるといえるのだろうか? 元気だとは思うが、少し違うのではないだろうか。

 取り敢えず、『魔剣使い』である真咲ちゃんが魔剣を顕現させている時点で遊んでいるという状況ではないと思うのだが。まぁ、抜いていないからまだ大丈夫か?

 鞘の色からして、顕現させているのは炎の魔剣だと分かる。あんなのを抜いたら、修練場の一角が炭になってしまうだろう。


「ま、いいか」


 言いたいことは色々あったが、ここからでは止めることも出来ない。あとは、宗一がどうにかしてくれるだろう。がんばれ勇者様。女難は勇者の特権だ。

 そんな事を考えながら、先ほど座っていた椅子に腰を下ろす。冷めてしまった紅茶を口に含むが、冷めても結構美味しい。いい茶葉を使ってるな、流石王城。


「そういえば、宇多野さんに相談があるんだが」

「山田君が私に?」

「えっと、地図はある?」

「地図?」

「新しい洞窟を見付けたんだ。多分、つい最近。誰かが魔術で掘った洞窟だと思うんだが」

「……どういう事?」


 そう言いながら立ち上がり、執務机の引き出しから綺麗に折り畳まれた地図を取り出して持ってきてくれる。丸水晶が邪魔だったので、無造作に台座を持ってテーブルの上から退かすか。周囲を見渡し、取り敢えず窓際の物置代わりに使われている空いた本棚にでも置いておくか。


「あ、大事に扱ってよね。それ、高いんだから」

『両手で持て、馬鹿』


 へいへい、と気の抜けた返事をして丸水晶を執務机の上へゆっくりと置く。高価なものなら、本棚はないな、うん。ここでこれを壊したら、また借金が増えるのだろうか。ふと、そんな事を考えてしまった。当然の思考だろう。


「それで、新しい洞窟なんてどこで見付けたの?」

「ん。いや、えっと」


 さっと地図全体へ目を通す。昔見ていたものとほとんど差異はない。幾つか地名が書き足されているが、それは俺達が旅をして書き足された辺りに森や湖があったと教えたからだ。細かな測量がされているわけではないので、あまりアテにならない。

 それはともかくとして、やはり宇多野さんが持っている地図にもソルネアが眠っていた洞窟は書かれていない。やっぱり新しく見付けた洞窟のようだ。まぁ、そこまで深くはないし、奥へ行ってももう何も無いのだが。


「この辺りに、新しい洞窟が作られていたんだ」


 椅子に座る宇多野さんの隣に立ちながら、ソルネアを見付けた洞窟がある場所を指差す。王都の東、『死の平原』と名付けられた魔神の眷属との決戦場の傍。二年ほど前、イムネジア大陸最大の魔神の眷属と戦った場所だ。

 しかし、そんな場所に洞窟が無いと宇多野さんも判っているようで、疑わしげな視線を向けられる。


「……一応、後で兵を送るわ」

「ああ。そうしてくれ。あの洞窟は、色々と怪しそうだったしな」

「怪しい?」

「穴は魔術で掘られてるみたいだったし、二、三日前まではそんな洞窟は無かったのを確認してる。なにより、中に水晶の中で生きている人間が居た」

「水晶の中で生きている人間?」


 そう聞き返されて、肩を竦めて応える。普通はそう思うだろうな、確かに。水晶の中でなんて、人間は生きられない。なら彼女は?

 ソルネアの事を考えながら、ポケットから欠けた水晶を取り出してテーブルへ乗せる。


「これは?」

「その、生きた人間が入ってた水晶の欠片だな。人間が目覚めたら砕けた」

「……(にわか)には信じられないわね」


 そう言うと、その水晶の欠片を摘むようにして目の高さまで持ち上げる宇多野さん。


『なにか分かるか? 私は、もう魔力を感じないのだが』

「もう? 元は、魔力を持っていたの?」

『ああ。私は魔力を感じた。パーティを組んでいる魔術師は感じなかったが』

「ふうん」


 フワリ、と。亜麻色の髪が風もないのに揺れる。魔力。おそらく、宇多野さんがその水晶の欠片へ魔力を流し込んだのだろう。

 しかし先ほどの、丸水晶のような変化は現れない。どれだけの時間が過ぎただろうか、宇多野さんが小さく息を吐くと同時に僅かに感じていた圧迫感のような魔力が収まる。


「ただの水晶じゃないの?」

「だといいんだがね。その人間、今一緒に行動してる。しかも、自称記憶喪失と来たもんだ」

「……また面倒な。自称記憶喪失、ね。一度会ってみたいわ」

「そう言ってもらえると助かる。明日にでも連れてくるよ」

「そうして頂戴。武闘大会前に面倒事は、さっさと解決しておきたいわ」


 コト、と水晶の欠片がテーブルの上に置かれる。

 面倒事。確かにその通りだ。ソルネア――水晶の中で眠っていた女性。それだけでも怪しいのに、記憶喪失ときた。怪しさ満点、それこそ爆発しているといえるだろう。ふと視線を感じると、宇多野さんがジト、と俺を見ていた。


「え、っと?」

「その人間、もしかして女じゃないでしょうね?」

『よく分かったな。その通りだ』

「…………」


 なにその、重苦しい溜息。


「またか」

「なんか、俺が悪いみたいな感じになってるのは気の所為だよな?」

「ええ、何も悪くないわ。なんにも、ね」

『どうした、ユーコ?』

「いえ、少し疲れただけよ」


 いや別に、ソルネアを女性として見た事なんか無いんだが。そんな宇多野さんからの好意に苦笑しつつ、口元をカップで隠すようにして紅茶を口に含む。

 阿弥にも教えたら、同じような反応をされるのだろうか。


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