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第二話 集結1

 重い音を立てて、今日の稼ぎが詰まった革袋を丸テーブルの上に置く。リザードマン五匹に、ゴブリン二十四匹。討伐報酬だけではなく魔物の装備も道具屋へ売ったので、その稼ぎは金貨十一枚と銅貨四十枚である。これを四人で割るから、金貨二枚と銅貨八十五枚が今日の稼ぎとなる。半日で稼いだ額としては、結構なものだろう。

 いつもの俺なら、ここで喜んでいたはずだ。喜んで、少し豪勢な飯でも食べていたかもしれない。

 しかし今は、重苦しい息しか口から出てこない。問題は、目の前の女性である。

 王都イムネジア最大の冒険者ギルド。王都は広いので冒険者ギルドが複数あるのだが、その中で最大のギルドを俺達は多用している。理由は単純で、大きく人が多い所のほうが依頼と情報が集まるからだ。その分、依頼は早い者勝ちだし、実力が伴っていないと報酬を横取りされたりする事もある。

 そんな冒険者ギルドの中で、俺達は――もっと言うなら目の前の女性は浮いていた。この世界では珍しい黒髪に、まるで血か紅玉(ルビー)を思わせる紅眼。病的なまでに白い肌と、まるで感情を浮かばせない表情。洞窟の中で見付けた水晶、その中で眠っていた女性である。


「おい、起きてるか?」

「はい」


 声を掛ければ返事をしてくれるが、その視線にはまるで生気を感じない。ぼう、と声を掛けた俺へ視線を向けてくるだけである。水晶の中に居た事といい、今のこの状態といい。怪しすぎる、と勘ぐってしまう。

 身に纏っているのはフランシェスカ嬢の予備の服と、その上から俺のボロマントだけである。厚手の服とズボン。色気も何も無い服装に、ボロマント。しかしそれでも、その美貌にいささかの陰りも感じさせない。それは、冒険者ギルドの男連中の視線が証明してくれる。近くを通る度に、連中は横目でこの黒い女性を確認している。隠しているつもりなのかもしれないが、丸分かりである。まぁ、この女性は全く気にしていないようだが。

 あの洞窟から王都まで、本当に苦労した。なにせ、水晶の中では全裸だったのだ。俺達だって、魔物討伐に必要無い荷物は持っていかない。つまり、彼女が着る服が無かったのだ。裸、裸足のままで歩かせるわけにもいかず、俺の外套(マント)を貸し、ゴブリンを狩ってブーツを奪わなければならなかった事を思い出す。フランシェスカ嬢には先に王都へ戻ってもらい、服を用意して。本当に、疲れた。精神的に。

 裸の女を連れて歩いていたなんて知られたら、いくらこの世界の法律が日本のソレより緩いと言っても仲間連中からは許してもらえないだろう。下手をしたら、そのまま次の日の朝日を拝めないかもしれない。


『まるで生気が感じられない。……死人だな』


 まったくだな、と心中で同意して備え付けの椅子へ腰を下ろす。フェイロナとフランチェスカ嬢の視線が俺に向くが、その視線からは疲労を感じてしまう。どうやら、この女性から情報を得ることができていないらしい。

 エルメンヒルデの言うとおり、生気を感じさせない真紅の瞳が俺を捉える。しかしその視線から、明確な意志は感じられない。だが、俺から視線を逸らさない視線は……まるで心の奥底まで覗かれているような錯覚を感じさせられる。


「取り敢えず、名前を聞いていいか?」

「……名前?」

「名前だ」


 外見から見るに、歳は二十歳前後といったところだろう。まぁ、エルフや吸血鬼なんて種族も居るから見た目の年齢はあまりアテにならないのだが。身長も高く、フランシェスカ嬢と殆ど変わらない。体付きも、平均的な女性以上だと言えるだろう。胸は負けているかもしれないが、ちゃんと出る所は出ていて引っ込むべき所は引っ込んでいる。しょうがない、洞窟の中とはいえ裸だったのだ。嫌でも視界に入ってしまう。見てしまうのは、男として当然の行動だと思う。


「ソルネア、と」

「ん?」


 その、ぼう、とした瞳が逸らされる。その視線を追うが、別段変わったものはない。窓の外から覗く王都の町並みと、(せわ)しなく動いている住人たち。それだけだ。別段変わったものはない。


「ソルネアと、呼ばれていたはずです」

「呼ばれていた、はず?」


 フランシェスカ嬢とフェイロナの声が重なる。そして俺も、その物言いに内心で首を傾げてしまう。まるで他人事のように言うのが不思議だった。

 女性が放つ雰囲気も相まって、まるで正面に座る女性が人の形をした空っぽの箱に思えてくる。何かを隠しているわけではないのだろう。そういう風には感じない。ただ淡々と言葉を発しているだけのような、そんな印象を受ける。まるで出来の悪い映画に出てくるロボットだ。ふと、そう思った。エルメンヒルデの生気を感じないという言葉も、あながち大ハズレというわけではないのかもしれない。

 そもそも、水晶の中にいて生きていたのかと考えるのも疑問なのだが。いきなり出現した洞窟に、水晶の中で生きていた女性。木製の椅子に深く座り、ポケットから水晶の欠片を取り出す。彼女が目を覚ますと同時に、あの巨大な水晶は砕け散ってしまった。今、手の中にある破片のように。魔力のような、特別な力は感じない。ただの綺麗な水晶だ。エルメンヒルデが言うには、この女性が中に入っていた時は僅かだが魔力を感じたのだそうだが。

 一応破片を持ってきたが、あまり役に立たないだろう。それに、こんなに小さくては売るのも難しい。


「え、っと。ソルネアさん?」

「何でしょうか、フランシェスカ」

「……え?」

「フランシェスカ」


 そう言って、フランシェスカ嬢を指さすソルネアと名乗った女性。次にフェイロナ、ムルル。最後に俺を指さし、その名前を口にする。


「間違っていましたか?」

「いや、合っているが」

「なんだか、調子が狂う」

「本当にな」


 ムルルの言葉に、失礼とは分かっていても同意してしまう。俺達の会話を聞いて名前を覚えたんだろうが、その反応に抱くのは警戒心だ。名を名乗り、俺達の名前を口にした。それだけで警戒心を抱いてしまうのは、彼女の雰囲気に変化がないからだろう。

 まるで凪の海を思わせる。変化がない。どこまでも、見渡す限り平坦な海。感情という波がない、大海原。それは、きっとこの女性のように不気味なのではないだろうか。


「レンジ」

「――――」

『……む』


 その言葉とともに、白魚のように細く美しい指がゆったりとテーブルの下に隠れる俺のポケットへ向けられた。そこには、エルメンヒルデが居る。


「どうかしましたか?」

「……聞こえるのか?」

「いいえ」


 そしてやはり、淡々と俺の質問に答えてくる。隠しようのない警戒心を視線に乗せるが、やはり黒い女性の感情に波は立たない。ただただ静かに、俺を見返してくる。その真紅の瞳が俺の内心を覗きこもうとしているように感じ、先に視線を逸らしたのは俺。どうにも、こういうタイプは苦手だ。会話が通じないというか、一方的に理解しているというか。


「……お前は、何者だ?」

「分かりません」

「またそれか」


 洞窟で目を覚ましてから、ずっとこの調子で。何故洞窟に居たのか、どうして水晶の中で眠っていたのか、何者なのか。そのどれを聞いても、分からないという答えが返ってくるばかり。

 フェイロナが疲れたように息を吐く。


「何者なのか、誰なのか、どうして目を覚ましたのか……」


 その真紅の瞳が伏せられる。ふと、そこに微かな感情の波を感じた。それは不安か、恐怖か。


「分かりません」


 その言葉は本当なのでは。どうしてか、そう思えた。


「分からないんじゃなくて、覚えていないのか?」

「どうでしょうか」


 俺の言葉に、静かな声が返される。伏せられていた瞳が開かれると、また感情を感じさせない冷たい視線が俺へ向けられた。


「それも、分からないのです」

「……覚えていないのも、分からない?」


 フランシェスカ嬢が疑問を口にする。フェイロナへ視線を向けると、難しい顔をしていた。俺が見ていることに気付くと、鋭い視線を向けられる。この女性をどうするか、俺の判断に任せるということだろう。これだから、パーティのリーダーなんてあまり好きではないのだ。仲間の意見を尊重しながら、最終的な決定権は俺にある。

 フェイロナとしては、あまり関わりたくないのだろう。あの洞窟から王都まで連れてきたのだ、それだって十分助けたといえるだろう。此処から先は、関わるべきではない。俺の勘が、そう言ってくる。


「記憶が無いのか?」

「きおく」


 俺の言葉に、ソルネアが反応する。何かを考えこむように、その視線が外へ向く。

 そこで、ギルドの中が今まで以上に騒がしくなった。ふと気になって入り口となっているスイングドアの方へ視線を向けると……どこかで見たような一人の女が居た。

 茶色のボサボサ髪に、やる気をまったく感じさせない碧眼。フランシェスカ嬢やソルネアと比べると低いが、平均からすると高い身長。黒いワンピースに包まれた身体は全体的に細身で、だが女性的な膨らみが無いわけではない。細く(くび)れた腰を白いエプロンが引き締め、男の目を惹き付ける蠱惑的な魅力を感じさせる。足元は編み上げブーツ。長めのフレアスカートが僅かに翻り、彼女の伸びやかな美脚を一瞬だけ覗かせた。

 確か今年で二十二か二十三歳になるんだったか。

 誰かを探しているのか、その頭に乗るフリルのカチューシャが風に揺れた。これで髪をちゃんと整え、しっかりと視線を前に向ければ完璧だろう。

 そう感じさせる、いまいち何かが足りないメイドがそこに居た。

 メイドである。こんなむさいギルドには似つかわしくない……やる気をまったく感じさせないメイド。そんなメイドと目が合い、慌てて逸らした。その逸らした先には、ソルネアよりは意思を感じられるが、やはりぼーっとした視線のムルル。


「知り合い?」

「まさか」


 そう言いながら、腰を低くして逃げようとする。しかしそれよりも早く、(くだん)のメイドさんがいつの間にか俺達が座る丸テーブルの傍に立っていた。相変わらずの仲間のチート具合に、溜息が出てしまう。戦闘職ではないこの女性ですら、俺よりも身体能力が高いのだ。溜息だって吐きたくなる。

 そんなメイドの行動に、ムルルどころかフェイロナすら反応する事が出来ずに呆然と傍に立つメイドを見上げる事しか出来ない。フランシェスカ嬢が驚き、ソルネアはやはり感情を感じさせない視線を彼女へ向ける。

 しかしメイドさんは俺の仲間達の視線をまったく気にせず、どこか冷たさすら感じられる視線で俺を見下ろしていた。特別な性癖がある男なら、それだけでお礼を言いたくなるような視線だろう。残念ながら、俺にそんな趣味も性癖もないが。


「酷いわね。私を忘れたの?」

「というか、なんでメイド服なんか着てるんだ?」


 このメイドの女性。名前は工藤(くどう)(りん)。俺と同じ、異世界から召喚された女性である。英雄の一人である彼女が、どうして給仕(メイド)服姿なのか。……意味が判らない。突然の再会ということもあり、頭が軽く混乱している。

 そんな俺の視線に気付いたのか、フレアスカートの両端を軽く摘んでお辞儀のようなものをする。それで笑顔なら完璧だろうが、表情は相変わらずやる気を感じさせないいつもの顔である。ギャップが酷すぎる。世の中のメイドに謝れと言いたい。


「似合うかしら?」

『ふむ、可愛い服だな』 

「服は可愛いな」

「…………」


 自分でも似合わないと判っているのか、何も言ってこない。だが、雰囲気が沈んだように感じる。服はいいのだ。中身をもっとちゃんとしてくれるなら、似合っていると言えなくもない。

 そんな事を考えながら、周囲へ視線を向ける。いきなり冒険者ギルドへ来て、一冒険者に頭を下げるメイド。……悪目立ちしていた。しかし、そんな事は気にしない彼女である。マイペースだといえば聞こえが良いのかもしれないが、残念ながら彼女の場合は空気が読めないのだ。周囲をまったく気にしない。自分と、自分の周りの仲間達が一番。それ以外は二番。判りやすい性格なのかもしれないが、極端過ぎるとも思う。

 現に、今の彼女の視線には俺しか映っておらず、同じテーブルを囲むフランシェスカ嬢達の事は全然気にしていない。そして、ギルド内の好奇の視線も。今の彼女の世界は俺とエルメンヒルデだけなのだろう。


「取り敢えず、座ったらどうだ。仲間を紹介するよ」

「仲間?」


 まずはそこからだろう。フランシェスカ嬢たちを紹介しないと、きっとコイツは最後まで気付かないような気がする。

 俺がそこまで言って、ようやく同じテーブルに座っているフランシェスカ嬢達に工藤の視線が向く。あ、居たの。的な感じである。

 そんな視線を仲間達に向けながら、促されるままに椅子に座る。メイド服姿なのに、その反応はどうだろう。やっぱり何か抜けているヤツだ。そして、そんな工藤のインパクトに呆然としてしまっているフェイロナとフランチェスカ嬢。あのムルルですら、どう対応すればいいのか分からず困っているようである。変わらないのは、相変わらず感情に揺らぎがないソルネアだけである。


「エルフのフェイロナ、獣人のムルル。それと、魔術師のフランシェスカ嬢。それと、さっき会ったソルネアだ」

「ああ、優子ちゃんから聞いてるわ。山田さんの今のパーティ」

「こっちは工藤燐」

「よろしくね。エルフさん、獣人ちゃん、魔術師ちゃん、黒い人」

『昔と変わらないな、リンは』

「人間、そう簡単に変わらないわよ。私は私、他人は他人、ってね」


 どんな呼び方だよ、と頭を抱えてしまう。相変わらず失礼なヤツだ。そんな工藤の反応をどう思ったのか、フランシェスカ嬢が驚いた顔をしてこちらへ視線を向けてくる。


「リン・クドウ様……あの?」

「どの燐かは分からないけど、私は工藤燐よ。魔術師ちゃん」

「ぅ、ぇ?」


 そのやる気を感じさせない表情からは信じられない程の早さで、テーブルの上に置かれていたフランシェスカ嬢の手に工藤の手が重ねられる。突然の事に驚いたような変な声を上げるのと、俺が工藤の足を踏むのは同時。ブーツの上からだから痛みはないだろうが、それだけで工藤の手からフランシェスカ嬢が解放された。


「相変わらず、可愛い子を連れてるのね」

「どういう意味で相変わらずかは聞かないが、お前も相変わらず手が早いな」

「可愛い子だもの。手を出さないと損じゃない?」

「……本人の前で言うなよ」

「え?」


 その一瞬の隙に、今度は工藤からは対面に座るムルルの手を取ろうとする。しかし、流石にムルルは反応して手をテーブルの下に引っ込めた。

 そんなムルルの反応に驚いたというよりも、嬉しそうな顔で椅子に座り直す工藤。行儀が悪いメイドである。ご主人様にお仕置きされればいいのに。まぁ、コイツ自身がご主人様な性格なのだが。


「それで、どうしたんだ。用もないのにギルドには来ないだろ?」

「山田さんを呼びに来たのよ。優子ちゃんからの呼び出し」

「ああ、そうか」


 そういえば、もう宗一は王城へ行っているのか。ソルネアの事があり、すっかり忘れていた。多分、魔術都市を襲った魔族の事で話があるんだろう。

 ソルネアの事、魔族の事。頭が痛くなりそうだ。こういう難しい事を考えるのは、気が滅入る。こういう場合は、あまり良い事がないと決まっているのだ。こう、俺達の元の世界の言葉を使うなら、フラグ的な意味で。


「よく分かったな、ギルドに居るって」

「あら、私が山田さんの居場所を間違えるわけ無いでしょ?」

『む』


 そう言って、撓垂(しなだ)れ掛かるように体重を預けてくる工藤。小さく声を上げて、(ほの)かに頬を赤くするフランシェスカ嬢。

 そんな反応が面白かったのか、更に密着してくる工藤にゲンコツを落とそうとして避けられてしまう。相変わらず反応が良いな、ちくしょう。


「遊ぶな。どうせエルメンヒルデの魔力でも辿ってきたんだろ」

「面白く無いなぁ……」


 チートの特性上、工藤は魔力の流れに敏感だ。特に、異世界から召喚された仲間達の魔力なら少し離れていてもある程度は分かるのだという。

 俺の場合は魔力が全く無いかわりにエルメンヒルデが居るので、そっちの魔力を探してギルドへ来たのだろう。

 『鍛冶師(メタルスミス)』『道具使い(アイテムクリエイター)』いくつかの肩書を持つ工藤は、魔力の流れを感じながら鉄を打ち、道具を作る。そうする事で、この世界の職人が作った同じものよりも効果が高いアイテムを作れるのだそうだ。本人が言うには。

 俺には武器やアイテムを作る知識はないので詳しいことは分からないが、知り合いの職人からするとその作り方はドワーフやエルフと似た作り方なのだそうだ。つまり、ドワーフに似た錬成技術、エルフに似た魔力付与技術。あと、異世界の人間としての独創性。そういうのが工藤にはあるらしい。旅の時には、爆弾やら毒やら物騒な物を作っていた記憶があるが。


「今日はここで解散にするか?」

「ああ、そうするか」


 そのフェイロナの言葉に頷く。宇多野さんが呼んでいるのなら、行かないといけないだろう。彼女は私用で俺を呼ぶ事は少ない。

 厄介事じゃない事を願いながら、深い息を吐く。ついでに、ソルネアの事を相談しようと思う。水晶の中に眠っていて、名前以外は何も無いと言う彼女。やはり、どう考えても怪しすぎる。


「なにか?」

「……」


 一瞬目を離した隙に、工藤の視線がソルネアへ向く。しかし、ソルネアの反応は相変わらずだ。感情を感じさせない声。何も写っていないかのような真紅の瞳。それをどう思ったのか、すぐに興味を無くしたように工藤が立ち上がる。


「先に行ってるわ」


 それだけを言い残して、ギルドから出て行く。そんな工藤の後ろ姿を目で追うギルドの男連中に同情を禁じ得ない。アイツは男より女のほうが好きな奴なのだ。それに、工藤が理想とするハードルが高い。やる気を一切感じさせない態度なのに、自分が相手へ求めるものは物凄く多い。そういう女なのだ、あいつは。付き合うとしたら、かなり面倒な性格だと思う。ソレが判って付き合うような奴は、余程の善人か特殊な性癖の持ち主だとしか思えない。

 しかし、珍しいと思う。ソルネアへ視線を向ける。感情を写さない瞳、何も浮かばない表情。それを差し引いても、この女性は美女だと十人中十人が言うだろう。そんなソルネアへ何もアプローチをしなかった工藤に首を傾げてしまう。いや、ソルネア的にはそれでよかったんだろうが。


「すまないな。用が出来たから、少し行ってくる」

「いえ、お気になさらないで下さい」

「報酬」

「ああ、さっさと分けてしまおう」


 そう言って、今日の報酬を四人で分ける。そして、俺の稼ぎから金貨を一枚分けてソルネアへ渡す。


「それで服でも買っておけ。外套(マント)は後で取りに来るからな」

「…………」

『おい、借金が……』

「あまり気にしなくていいからな。金なんて、稼げばいいんだから」

『……気付かれたら、後が怖いぞ』


 そう言われたソルネアは、金貨の裏や表を繁々といった風に眺めていた。


「それは金貨。それで買い物をする」

「そうなのですか」

『そんな事も知らないのか……』


 その言葉に、頭を抱えてしまう。ムルルもそうだったが、また金の使い方から教えなければならないのか、と。フランシェスカ嬢へ視線を向けると、困ったような笑顔で頷いてくれた。


「すまないが、時間があるようなら面倒を見てやってくれ」

「はい」


 最後に、フェイロナへ視線を送ってソルネアの監視をお願いする。あまり気は進まないだろうが、ここではいさようなら、というのも気分が悪い。それに、このソルネアと名乗った女性には謎が多すぎる。

 そんな俺の視線に苦笑を浮かべ、頷いてくれる。口にしないでも伝わる辺り、頼りになる仲間である。


「それと。宿を借りるなら、後でその宿も教えてくれ。そんな状態でいきなり消えられると心配だからな」

「分かりました」


 それっぽい事を口にして、立ち上がる。実際は監視のような事をフランシェスカ嬢達へお願いしているのだが。

 その事に気付いているフェイロナは、困ったような表情で肩を竦めていた。ま、俺の気にしすぎならそれでいい。

 今日の報酬を財布代わりにしている革袋へ入れ、ギルドから出る。やはり、男連中の嫉妬混じりの視線を感じてしまう。全然、そんな関係ではないのだが。だいたい、フェイロナだって男だろうに。どうして俺ばかりを睨むのか。

 そんな事を考えて気を紛らわせながら外へ出ると、入口の脇で工藤が待っていた。ナンパでもされていたのか、数人の男に囲まれている。


「…………」

「…………」


 そんな工藤を横目で一瞬だけ確認する。そして、それに気付かないフリをして歩き出す。すると、工藤は工藤でナンパ男達の包囲をするりと抜けていた。大した身のこなしである。抜けられた方は、いきなり視界から消えたメイドに驚いている事だろう。肉体の異世界補正を無駄遣いしてるよな、と思わなくもない。


「面倒臭い。助けなさいよ、英雄(ヒーロー)

「それこそ面倒臭いだろうが。あと、誰がヒーローだ。そんな恥ずかしい事、俺はしないぞ」

「前はしてたじゃない」

「前はな」


 あんなの、若気の至りとかそんなのだ。うん。


『……たまに似ているな、お前たちは』


 エルメンヒルデの溜息混じりの声を聞きながら、そうだろうかと考える。いくら俺でも、工藤ほどやる気の無い態度はしていないと思うが。

 フランシェスカ嬢達と話していた時ほど饒舌(じょうぜつ)でもない、彼女本来の声音に息を吐く。猫被りというか、なんというか。綺麗な女の人が傍に居ないと気分が沈むのだ、コイツは。宇多野さんや阿弥の前だと俺をからかうし、そうじゃない時は女の子相手に手を出す。周りに誰も居ない時は、自分のペースでだらだらする。なんとも扱いに困る性格である。それは、一年前から全然変わっていないようだ。まぁ、たった一年で人間の性格が変わるとも思えないが。


「それよりも」


 そんな工藤が、やはりやる気を感じさせない声で話しかけてくる。俺としては、周りの視線が向くのが気になるのだが。メイドと冒険者。やはり悪目立ちしてしまう。


「あの黒髪。誰?」

「さあな。今日会った。名前はソルネアだそうだ」


 というか、紹介したはずなんだが。話半分しか聞いていなかったのだろう。


「ふぅん」

『なにか感じたのか?』

「さぁ」


 自分から聞いておいて、興味がなさそうに言われてしまう。その態度に色々と言いたい事があったが、工藤はそういう人間なんだと諦める。そんな対応ができなければ、疲れるだけなのだ。


「それよりも、どうしてメイド服なんか着てるんだ?」

「動きやすいし、汚しても大丈夫だから。あと、着たまま寝ても(しわ)が目立たないし」


 夢も希望もない回答である。やっぱり、世の中のメイドさん達に謝れと言いたい。




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