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第一話 新しい命

 そこは冷たい場所だった。冷たくて、静かで、寂しい場所。何もなくて、暗くて、悲しい場所。

 その中心に、私は居る。立っているのか、座っているのか、どちらが上でどちらが下なのか。それすらも分からない。

 私は誰?

 問う。答えはない。そも、この問いが声なのか思考なのかも分からない。ただただ、孤独の中に私は居る。

 人に会いたい。誰でもいい。何者でも構わない。誰かに会いたい。暗い、暗い、闇の中。それだけを願い続ける。

 会いたい。



 ギィ、と耳に残る断末魔の声を上げて、先ほど切り伏せた緑の鱗で身体が覆われた魔物が絶命する。トカゲ男(リザードマン)。ファンタジー系のゲームや小説では馴染みの深い魔物だろう。二メートル以上の身長に、人間のように二足歩行。身体は緑の鱗に覆われており、その上から更に鉄やレザーの鎧を身に纏っている。手には剣や槍のような得物と盾。

 その身体能力も凄まじく、走る早さや筋力は獣人並。手に持つ得物を脅威に感じるが、最大の脅威はその尻尾からなる一撃だ。下手をしたら、大岩すら砕くほどである。

 そんなリザードマンを切り伏せ、息を吐きながら精霊銀(ミスリル)の剣を腰の鞘へ収めた。戦闘の音が止み、近くを流れる川の音が耳に届く。長い年月をかけて育った木々、清涼な風を運んでくれる沢。キャンプをするには絶好の場所だろう。魔物が現れなければだが。王都の近くだというのに、魔物の数は多い。それに、二年前に起きた大きな戦いの影響か、この辺りの魔物はイムネジア大陸にしては強力だ。リザードマンも、辺境のソレと比べると身体能力は格段に高い。それは、ゴブリンのような他の魔物も同様だ。

 普通は、こういう人が集まるような場所の近くには魔物は近寄らないというのに。


「相変わらず、見事な手際だな」

「こっちは死にかけた気分なんだがね」


 俺がリザードマンと一対一で戦えるよう、取り巻きのゴブリン達を相手にしていたフェイロナがそう声を掛けてくる。風に揺れる金の髪、人間離れした美貌。エルフの美丈夫は、仲間と一緒だったとはいえゴブリンを五体も相手にしたというのに息一つ乱していない。

 そんなフェイロナの後ろから、蜂蜜色の髪を持つ美女と、銀髪獣耳の少女が歩いてくる。銀髪の少女はまるで何事もなかったかのように、もう片方は少し肩を落として。


「どうかしたか、フランシェスカ嬢?」

「いいえ。その……」

「フランシェスカが魔術を使う頃には、殆ど戦いは終わっていたからな」


 ああ、役に立てなかった事を気にしているのか。そんな事、別に気にしなくていいのに。まぁ、パーティを組んで一緒に戦っているのだ。自分だけ役に立たなかったというのは、負い目というか引け目に感じてしまうのだろう。


「最後のゴブリン」

「ん?」

「体勢を崩してくれた。助かった」

「うう……ムルルちゃん」


 なんか感動して、後ろから抱きしめていた。身長差もあるし、肉体的な成長差もあるので、ムルルの頭がフランシェスカ嬢の胸に埋まっているようにすら見えてしまう。いや、そこまで露骨じゃないが。とにかく、いい年した男としては非常に目のやり場に困る友情である。ムルルの方は、相変わらずどうでもよさそうな顔をしているが。

 そんな微笑ましい二人から視線を逸らし、リザードマンの死体の傍に膝をつく。討伐の証明となる右手を手首から切り落として、革袋へと入れる。ついでに、このリザードマンが使っていた獣の骨で作られた片刃の剣をいただく。あまり見かけないタイプの剣だからか、結構高値で売れるのだ。


「なんか、俺が居ない一週間で随分仲良くなってるな」

「女同士だからな。男の俺は肩身が狭かったぞ」


 口ではそう言っているが、そこまで大変ではなかったのだろう。口元は微かに緩んでいる。本当に、俺が居ない一週間で随分と仲良くなっているようだ。羨ましいね、まったく。


「手を洗ってくる」

「ああ、離れすぎないようにな」


 そこまで子供のつもりはないがね。

 そう言ってその場を離れると、川の水で手を洗う。透き通った水は冷たく、指の関節が痛くなってしまう。微かに顔を(しか)め、念入りに手に付着した血を洗い流す。


「どうした、黙って」

『別に』


 ポケットの中の相棒に声を掛けると、私怒ってます、といった感じの声音で返ってきた。いつも聞いている声だが、ここ最近はずっとこんな調子だ。口にはしていないが、どうやら俺が精霊銀(ミスリル)の剣を使っているのにご立腹しているらしい。

 しょうがないだろうが。銀貨十枚だ。元を取らないと勿体無い。


「そう拗ねるなよ」

『拗ねてなどいない』


 間を空けずにそう返される。どこか子供のようなその声に、口元が緩んでしまう。そんな声を出すエルメンヒルデを可愛いと思ってしまうのは、子供っぽいだろうか?

 手を洗い終わり、立ち上がる。今日の稼ぎは、リザードマンが五匹と、ゴブリンが二十匹ほど。中々の稼ぎだが、これを四人で割ると手元に残るのは微々たるものだ。これでは宇多野さんへの借金返済など、一体何年必要になることか。ここ一週間の稼ぎは、金貨四枚と銅貨十数枚である。

 魔物を討伐するだけならいいが、宿を借りるのにも、食事をするにも、装備の補充にも金は掛かるのだ。


「フランシェスカ嬢は落ち着いたか?」

「あ、はい。レンジ様は、大丈夫ですか?」

「あれからもう一週間だぞ。もう大丈夫さ。心配してくれてありがと」

「いえ、そんな……」

「……重い」


 照れるフランシェスカ嬢の胸元で、ムルルが疲れた声を上げる。重いのは体重か、その胸か。王都で装備を新調したらしく、今まで見ていた皮の胸当て姿ではない。魔術師然とした服装のフランシェスカ嬢。

 深い蒼色のフード付きのローブ、その下には同色のブレザーのような服と白いブラウス。下は深いスリット入りのロングスカートで、ニーソックスに包まれた美脚が時折覗く。見た目重視なのかと思いきや、魔術的な防御が高いそうだ。まぁ、見た目も似合っていて防御力も高いなら言うことはない。

 一つ問題があるとすれば、今までなら胸当てで押さえつけられていた(凶器)が解放されている事だろう。ついつい視線が向いてしまう。服と下着で押さえつけられててあの存在感はどうよ、と俺は言いたい。


「一週間でアレだけの傷が完治するほうがどうかと思うがな」

「俺なんかとは違って優秀な賢者様が知り合いに居るんでね」


 治療してもらった後ずっと寝ていたのも、ただの疲労だしな。それがなければ初日から動き回れただろう。

 今日の戦利品を集め、フェイロナと帰り支度をする。日はまだ高いが、根を詰めすぎても怪我の元となるだけだ。


「しかし、王都へ来てから随分とやる気になっているな。会ったばかりの頃は、もう少し気が抜けていたと思うが」

「色々あってね。少しばかり、金が必要なんだよ」


 実際は、少しどころではない金額がだが。銅貨一枚を百円だとしても、一千万円の金額である。流石に、借金をしているとは誰にも伝えていない。いや、格好悪いし。変な見栄を張ったと、自分でも思う。

 銀貨十枚。俺を頑張らせる為の借金だとしたら、宇多野さんの手の平の上で行動している事になるのだろうか。まぁ、考え過ぎだろうが。


「もう戻るのですか?」

「ん、ああ。今日は、宗一と弥生ちゃんが王都へ来るからな」

「勇者?」

「そう、勇者。俺なんかとは違って、本物の英雄だよ」


 少なくとも、俺みたいに借金生活とは縁の無いヤツだろう。そんな宗一は想像できないし、借金をする前に弥生ちゃんから止められるはずだ。

 しかし、ムルルとしてはあまり興味が無いらしく、川へ石を投げて遊んでいた。せめて、帰り支度くらいは手伝ってほしい。


「今日のご飯」


 そんな俺の視線に気付いたのか、そう言ってくる。何を言っているのか分からず、ムルルの視線を追って川を見る。すると、石で魚を仕留めていた。どんだけ動体視力が良いんだ、この仔オオカミ。

 ムルルが仕留めた魚が流されていくのを黙って見ているのもアレなので、ズボンを捲り上げてブーツを脱ぐ。


「どうしたんですか?」

「こんな寒空の下、ムルルを川に入れるのも可哀想だからな」


 そう言って、川に入る。肌を刺すというよりも、身を切るような冷たさに意図せず足が止まってしまった。


「だ、大丈夫ですか?」

「つっっ……めたいっ」

「いや、当たり前だろ。もう『九の月』だぞ……怪我の次は風邪でもひくか?」

『まったくだ』


 フェイロナとエルメンヒルデの呆れ声を聞きながら、川に浮いている魚を回収する。心配してくれるのはフランシェスカ嬢だけである。その間にも、ムルルは更に魚を仕留めていく。俺の事なんか全く気にしていない。

 俺が川に入った事で逃げ惑っているはずなんだが。あのぼーっとした目で、よくやれるもんだ。粗方回収し終わる頃には、フェイロナとフランシェスカ嬢が帰り支度を終わらせてくれていた。


「俺にも分けてくれ」

「わかった」

『……はぁ』

「火を起こすから、こっちに来て温まったらどうだ?」


 川から上がり生臭くなった手を洗っていると、フェイロナがそう言ってくれる。是非もない。川に浸かった足どころか、体全体が冷えてしまっている気がする。


「優しいな。持つべきものは信頼できる仲間だと思うよ」

「心にもない事を」

「まさか、本心だとも」


 フェイロナが枯れ木を集め、フランシェスカ嬢が魔術で火を起こしてくれる。足を拭いて火に両手を向けると、それだけで体全体が温まるような気がしてくる。


「ふぅ」

「魚、焼く?」


 ちょこん、と隣へ座ってくるムルル。どうするかな、と考えているとフランシェスカ嬢とフェイロナも焚き火を囲んで腰を下ろす。


「少し遅くなったけど、昼飯にするか」

「はいっ」


 なんだか嬉しそうに返事をしたのはフランシェスカ嬢。彼女はこういうアウトドアな事が好きなようだ。テントで寝たり、焚き火を準備したり、捕れたての獣の肉や魚を食べる事だったり。外見に似合わず(たくま)しいのだ。

 そんなフランシェスカ嬢の反応に、小さく笑みを漏らしながら焼き魚の準備をするフェイロナ。鱗を剥いで、内臓を抜き、ナイフで即席の木串を作る。手馴れているなと感心しながら、俺も準備を手伝う。といっても、同じ事をするだけだが。新しく買い直した鉄ナイフの最初の仕事は、魚の鱗剥ぎである。

 魚の準備を終わらせ、焚き火で焼いている間に再度川で手を洗う。その時ふと、変な視線を感じた。


『どうした?』

「いや……」


 視線を感じた川向うを見るが、誰も居ない。ここ最近はこの周囲を狩場にしているので、その先になにもない事も判っている。

 魔物だろうか?

 そう考えるのが自然だろう。こちらは四人。その数を見て、逃げ出したのかもしれない。深く考えず、焚き火の傍に戻る。


「さっき、なにか居なかったか?」

「なにか……ですか?」

「ああ。変な視線を感じた気がしたんだが」


 そう言って、フェイロナとムルルへ視線を向ける。そういったものには俺以上に敏感な二人だが、首を横に振られてしまう。


「俺の気の所為かな」


 エルメンヒルデも気付いていないし、その可能性が高いだろう。

 先ほどの視線を忘れる事にして、焼けていく魚をじっと見詰めることにする。どうしてか、こういう時は魚を見てしまうのだ。それはフランシェスカ嬢とムルルも同じようで、四人も居て無言の空間が出来上がってしまう。フェイロナとエルメンヒルデが溜息を吐いたような気がしたが、気にしないでおく。

 そうやって暫くすると、良い具合に魚が焼き上がる。焼いた魚は六匹。フランシェスカ嬢とフェイロナが一匹、俺とムルルが二匹である。フェイロナは俺と身長がそう変わらないのに、小食だ。よく足りるもんだと思う。俺なんて、魚三匹は食べれる気がする。そこまで食べようとは思わないが。何事も、腹八分目が丁度良いのだ。

 焼き上がった魚に齧り付くと、水が綺麗だからか泥臭さは感じられない。焼きたて、しかも先程まで生きていたのだから鮮度も良い。あっという間に一匹を完食してしまう。


「ん?」

『いま、魔力を感じたな』


 また視線を感じて振り返ると、同時にエルメンヒルデも魔力を感じたようだ。


「どうした?」

「また視線を感じた」


 立ち上がる。視線だけならともかく、魔力を感じたとなると警戒せざるを得ない。腰に精霊銀(ミスリル)の剣を差していることを確認して、川へ近寄る。

 フェイロナ達も、何も感じていないようだが俺と同様に警戒する。しかし、暫く経っても何も起こらない。離れた場所で魔術師が戦っているのかというと、そうでもないようだ。エルメンヒルデが魔力を感じたのささっきの一度きり、もう感じていない。なんなんだ、と頭を掻く。

 視線の先には変わらず流れる綺麗な川と、汚されていない美しい自然、肌寒さを感じる冷たい風。何も変わったところはない。強いて挙げるなら、変な視線を感じている俺が変なところか。


「ま、気にしてもしょうがないか」


 何かあったら対処すればいいだけだ。そう考えて、焚き火の傍へ戻る。そうするとフェイロナ達も警戒を解いて、自分の焼き魚へと意識を向ける。


「……おい、俺の魚が一匹無いぞ」

「んぐ、むっぐ」


 視線を向けると、隣のちびっ子が勢い良く口内の魚を咀嚼していた。行儀が悪いったらありはしない。ただ、その前には三本の木串が会った。声を掛けるが、明後日の方を向いて視線を合わせようともしてこない。


「おい、ムルル。怒らないからこっちを向いてみろ」

「ん……怒らない?」

「多分な」


 そう言うと、また視線を逸らされてしまう。この野郎。

 フランシェスカ嬢とフェイロナは苦笑しながら自分の魚に齧りついていた。まぁ、俺も一匹は食ったからいいんだが。納得のいかない気持ちでいると、また視線を感じた。振り返る。


『またか?』

「ここまで来ると、流石に妙だな」


 フェイロナが立ち上がり、装備の確認を始める。フランシェスカ嬢も慌てて食べ終わると、同じように動き始める。変わらないのは自分の肉体が武器であるムルルだけだ。ゆっくりと口内の魚を味わっている。今日の晩御飯、おかずを一品奪ってやろう。そんな子供っぽい事を考える。

 しかし、何故フェイロナやムルルが気付かないのか。俺としては、そちらのほうが気になってしまう。


「しょうがない。川を渡るか」


 寒いんだがなぁ。ま、そう深くもないのが救いか。



 川を渡り暫く歩くと、その先には高い崖がある。およそ三十メートルくらいだろうか。その上には何もなく、崖を越えたその先は何も無い荒野。草花も木々も何も無い死んだ平原。俺達がこの世界に召喚されて、初めて魔神の眷属を討伐した場所。その影響か、そこら一体は死の大地となってしてしまっている。更にその荒野を抜けて一週間ほど歩くと、戦術都市へと辿り着く。

 まぁ、それはさておき。その崖に、見慣れないものがあった。この辺りはどこに何があるか確認していたはずなのだが、洞窟が一つ。大きさはオーガがなんとか通れる程度……五メートルほどの高さの洞窟だ。その入口で、首を傾げてしまう。


「こんなもの、あったか?」

「いえ、無かったかと」


 手元の地図を見ながら、フランシェスカ嬢が答えてくれる。簡易な地図だが、ここまで王都に近い場所の洞窟なら書かれているはずだ。書かれていないということは新しい洞窟なんだろうが、数日前には俺達もこの辺り一帯を散策している。そんな簡単に洞窟が出来るものなのか?

 それと――。


『魔力を感じるな。先ほど、私が感じた魔力だ』

「ここか。エルメンヒルデ、その魔力に心当たりはあるか?」

『無いな。弱々しい……下級の魔族かもしれん』


 ぽん、とポケットの上からエルメンヒルデを軽く叩く。


『罠かもしれん。それでも行くのか?』

「行く?」


 エルメンヒルデの声が聞こえたのか、三人の視線が俺に向く。もうエルメンヒルデの声は隠していない。俺からの信頼の証のようなものだ。それをどう受け取ったのか、この三人からの反応は上々だ。今は拗ねて、エルメンヒルデがあまり喋らないが。そんなに俺が、お前以外の剣を使うのは嫌か。

 だが、さすがに今の状況を理解しているのか反論は無い。エルメンヒルデの声を聞いて、ムルルがどうするか確認してくる。


「こういう時は多数決だろ」

「リーダーはお前だ、レンジ」

「前もそう言っていたが、いつから決まったんだ?」


 そう聞き返しながら松明を荷物袋から取り出すと、油を染み込ませた布にフランシェスカ嬢の魔術で火をつけてもらう。

 危険はあるだろうが、それよりも好奇心が優った。俺にだけしか感じられない視線も気になる。それに、どうしてかそこまで危機感を抱かないのだ。勘を頼りにするなら、大丈夫。意味もなくそう思える。


「んじゃ、いくか」

「はい」


 軽い調子で言うと、フランシェスカ嬢も同意してくれる。並びは俺、ムルル、フランシェスカ嬢、フェイロナの順だ。俺は松明を持ち、フランシェスカ嬢は魔術で光源を出している。

 洞窟の中は不思議と居心地が悪いわけではなく、風通しもいい。もしかしたら、どこかに通じているのかもしれない。松明と魔術の光で照らされる洞窟は、均一の広さで抉られている。普通、洞窟というのはデコボコだ。ここまで綺麗な穴は、自然に出来る事はない。そもそも洞窟なんて誰かが作るもので、自然には出来ないか。魔術で掘られた穴かもしれない。

 そう推測しながら歩いていると、後ろでフランシェスカ嬢が小さな悲鳴を上げた。次いで、ムルルがぐえ、と女の子らしくない声を上げる。その二人の声が、洞窟の中に響く。


「どうした?」

「虫だ。もう殺した」

「さよか」


 もしこの先に罠があるなら、さっきの声で気付かれただろうな。腰に差していた精霊銀(ミスリル)の剣の柄に手を添える。フェイロナもそう感じたようで、緊張感を背後から感じる。

 暫くそのまま動かないでいるが、変わったことは起きない。緊張を解いて、剣から手を退ける。


「何も居ないのか?」

「虫が居ましたけど……」

「そんなのどうでもいい」


 ムルルの声音が、少し不機嫌そうに感じた。多分、虫に驚いたフランシェスカ嬢が抱きついて、首を絞められたのだろう。喉が締まったような声だったのを思い出す。

 そのまま、穴に沿って歩いて行く。体感で十分ほどだろう。視界の先に、蒼い光が見えた。


「出口でしょうか?」

「それにしても、光が暗すぎると思うが」

『……何か居るぞ』


 そのエルメンヒルデの声に、全員が各々の得物に手を添える。ムルルも、両の腕が獣のソレへと変化する。


『慎重にな』

「俺が先に行く。フェイロナ、援護は出来るか?」

「難しいな」

「ムルル、少し離れて付いて来い」

「わかった」


 松明と魔術の光程度の光源では、弓での援護は難しいか。なら、身体能力に優れたムルルと一緒に蒼い光の元へと進む。

 これで罠なら、松明を持っている俺は絶好の的だな。そんな事を考えるが、俺達以外の気配は感じない。無人の洞窟。その感覚に、疑いは無い。

 だが、エルメンヒルデが言うなら何かが居るのだろう。警戒しながら歩くと、不意に洞窟が開けた。


「――――」


 喉が詰まる。

 視線の先に、蒼い光を放つ水晶のようなものがあった。大きさは五メートルほど。とても大きな水晶のような宝石が、空中に浮いてくいる。

 しかし、問題はそれではない。空中に浮かぶ水晶はたしかに珍しいが、ここは剣と魔術の世界だ。こんな現象だって、何度か見た事がある。だが――。


「寝てる?」


 水晶の中に人間が入っているのは、流石に俺も初めてみた。周囲を警戒しながら近寄る。ムルルが言うとおり、眠っているかのように瞳を閉じている。

 蒼い光の中で、全裸の女性が膝を抱えて眠っている。そんな印象。生気が感じられるので、死んではいないはずだ。


「大丈夫だ、来てくれ!」


 フェイロナ達に声を掛けると、松明をムルルへ渡す。


「なんだか分かるか?」

『…………』


 そう聞くが、エルメンヒルデからの返事はない。

 不思議に思いながら、恐る恐るその水晶に手を当てる。温かい。宝石の、無機物の冷たさは感じない。まるで人肌のような暖かさだ。

 そして――。


「――!?」


 その中で眠っていたはずの女性と、視線が合った。



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