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第三話 王都への道3

 馬の(くら)に荷物を付けながら、欠伸を一つするとフランシェスカ嬢と視線が合った。少し恥ずかしい。その恥ずかしさを隠すように、荷物の整理に集中する事にする。

 秋の頃に差し掛かった季節の早朝は少し肌寒く、まだ薄暗い事もあって気が滅入(めい)りそうになる。


「蓮司さん、他に纏める荷物はありませんか?」


 魔術都市の門の外で準備をしていると、俺の後ろで作業をしている少女が声を掛けてくる。


「いや、大丈夫だ。それより、準備なんて俺とフェイロナでやるからもう少し休んでていいぞ?」

「そんな……大丈夫です。これでも、旅には慣れてますし」

「そりゃ知ってるが」


 その声に応えながら、どうしてこうなった、と何度目かの自問を心中でする。答えなど判りきっているのだが。

 鞍に荷物を付ける俺の後ろで、しゃがみ込むようにして荷物袋の中へ荷物を詰めている少女へ横眼を向ける。芙蓉阿弥。十三人の英雄の内の一人。『大魔導師』の二つ名で呼ばれる若き天才。

 ……なぜ、こんな報酬もまともに出せない依頼に食い付いたのだろうか。答えはなんとなく判っているが、確信には至れない。だから聞くのを躊躇ってしまう。それはきっと、阿弥自身もその質問をしたら困るだろうと判っているからだ。芙蓉阿弥という少女は、山田蓮司という男に何を求めているのか。その答えは、俺も阿弥も、まだ出していない。

 そんな状態で一緒に旅というのも変な話だろう。一応、これでも説得しようとしたのだ。報酬は出せないし、授業もあるだろうし、一週間後には先日魔術都市近くに現れた魔族を王都へ送る依頼もある。とてもではないが、俺達に構っている暇なんかないはずだ、と。


「本当に一緒に来るのか?」

「はい」


 即答だった。その事に溜息を吐き、一度言い出したら無駄だからなぁ、と諦める事にする。もう何度も説得したのだ。今更駄目だと言っても聞いてくれないだろうし、これ以上言ったら機嫌を損ねてしまう。そうなったら、最悪街中で落とし穴に落されかねない。……そんな事はしてこないだろうと信じているが、落とされた男が居る前科があるので確信は出来ない。

 エルメンヒルデがポケットの中で笑っているような気がしたが、気の所為だろう。


「だって、宗一や弥生だけ一緒に依頼をして……不公平です」

「不公平と言われてもなぁ」


 アレはその場に居たから、ただ誘っただけなのだが。そこに別段特別な意味があった訳でもないし、都合が合えば阿弥だって誘っていただろう。まぁ、誘っていないのは事実なのだが。唇を尖らせて言ってくる姿は可愛いが、こんな事になるならあの時誘っておけばよかったと少し後悔してしまう。

 誘ったら誘ったで、なにか別の言い訳をして着いて来たのかもしれないが。実際、来てくれて助かるという思いはある。俺と阿弥の事情はともかく、芙蓉阿弥という魔術師の実力は本物だ。俺なんかよりも、魔術学院の一生徒でしかないフランシェスカ嬢よりも。格が違うと言える。


『こういう時は、素直になっておくべきだと思うが』

「そうもいかないのが大人の辛い所だ」

「なんですか、それ」


 そう言って、小さく肩を震わせて笑う阿弥。

 そんな姿を見てしまうと、息を吐いて肩を落とすしかない。


「危険な事をしてほしくないし、学生なら勉強を頑張ってほしいって事だ」

「大丈夫ですって。これでも頭は良いんですよ、私。よっと」


 荷物を詰め終えたリュックを背負いながら、何の気負いも無い笑顔を向けてくる。信頼――されているのだろう。その視線は、旅の途中で何度も向けられたものだ。だから、今更それを否定するなんて事はしない。ただ、表情に出さないようにしてその笑顔を向けられるに相応しい実力が俺にあるのか、と心中で自問する。

 その笑顔に、信頼に応えようと努力したつもりだ。ただ、それに伴った実力があるのかと問われたなら首を傾げてしまう。それほどまでに、阿弥と俺には実力の差がある。


「勉強は大丈夫です。あとは……私が危なくなったら、また助けて下さいね?」


 そんな俺に、阿弥はやっぱり笑顔でそう言ってくる。それはきっと、いつか交わした約束をこの少女がまだ覚えているからこその言葉だろう。

 髪を乱暴に掻き、視線を逸らす。気恥ずかしい。むしろ、助けてほしい、守ってほしいのはこっちなのだが。……それを言えないのは、俺が男で、大人になってしまった辛い所か。年下の女の子に守ってくれなんて、言えないわな。


「…………」

「……えーっと、返事は…」


 さて、どう答えるかな、と。そう考えながら、視線をこちらを遠目でチラチラと見ているフランシェスカ嬢へと向ける。フェイロナとムルルはあまり気にしていないようで、荷造りに集中していた。ありがたいことである。

 そのフランシェスカ嬢の視線は、きっとなんでこんな報酬もまともに出ない依頼を阿弥なんて英雄が受けているのか、という疑問だろう。まぁ、俺と阿弥が知り合いという理由しかないのだが。ギルドに出した依頼書には、集合場所を魔術都市の東門と書いていたのだが、東門に集合したら驚いたものだ。阿弥が立って待っていたのだから。一体何事だと。良く宗一がオッケーしたな、とも思ったがあいつはどっちかというと阿弥の味方だからな……阿弥に逆らえなかったという所もあるかもしれないが。もう少し強くなってくれ、宗一。

 確かに助かると言えば確かに助かるのだが、皆にどう説明するかなぁ、と。そりゃそうだ。こんな依頼に救国の英雄が着いて来るなんてどうかしてる。阿弥を依頼で雇うとなったら、一体どれくらいの報酬を積まないといけないだろうか?

 期待していたわけではない。最悪、俺とフェイロナとムルルの三人で出発する気だったのだ。フランシェスカ嬢が受けてくれただけでも御の字だ。彼女も、よく判らない。こんな危険な依頼を受けてくれたものだ。本人が言うには、冒険をしたいという事だったが。その内容は重苦しかったが。

 もう少しでフランシェスカ嬢は卒業らしく、貴族である彼女に卒業後の自由は少ないのだそうだ。そりゃそうだ。貴族には貴族の義務がある。学生でなくなったら冒険なんてしている余裕なんてないだろう。いや、学生の間だって冒険をする余裕があるのかどうか。きっとその辺りは、実家の方と揉めているんだと思う。俺の知り合いにも貴族は何人か居るが、あまり自由は無いとぼやいていたのを思い出す。そう考えると、フランシェスカ嬢はかなり自由を与えられているのだろう。貴族がそれで良いのかという人もいるかもしれないが、そこはフランシェスカ嬢の問題だ。俺にはどうしようもない。

 この旅は危険で、命の危険がある。それを理解して、それでも一緒に来るというのなら俺にはもう何も言えない。あとは、もし何かあった時に俺達を巻き込まないでいてくれるなら、それでいい。何かあった時の為に、戦力は多い方が良い。


「こっちは準備完了だ。そっちは?」

「ああ、こっちも大丈夫だ」


 フェイロナに声を掛けると、あっちの方も準備が終わったらしくこちらに歩み寄ってくるところだった。阿弥の視線が少しキツくなったような気がするが、気にしない。残念ながら、クソ恥ずかしいセリフはもう言わないと決めたのだ。大体、守るなんて台詞は勇者(主人公)が言うべき言葉だ。俺には重すぎる。

 買った馬は三頭。フェイロナが一人で一頭、フランシェスカ嬢とムルル、俺と阿弥が二人で一頭に乗る事になっている。俺としては、後ろはフランシェスカ嬢が良かったと思わなくもない。そんな下心丸出しの提案をしようものなら、落とし穴どころか燃やされそうだが。

 そんな事を考えながら、ムルルに視線を向ける。何処か眠そうな瞳をしているのは、この少女が朝に弱いからだろうか。これから辛い旅だというのに、その表情に和んでしまう。


「起きろ、ムルル。出発するぞ」

「ぅん――大丈夫」


 全然大丈夫そうに見えないんだが。フランシェスカ嬢が起きるように肩を揺するが、頭がグワングワンと揺れるばかりである。それに合わせて、白いポニーテールも揺れてちょっと面白い。

 フェイロナに視線を向けると、困ったように肩を竦めていた。俺としては和めていいのだが。


「寝惚け娘は放っておいて、これからよろしくお願いします。アヤ殿」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って、礼儀正しく自己紹介をしている阿弥とフェイロナ。だが、堅苦しいという感じがしないのは二人の性格だろう。

 そう考えていると、外套(マント)(すそ)を引っ張られる感触。そちらの方へ視線を向けると、先ほどまで眠そうにしていたムルルが俺のマントを小さな手で引っ張っていた。


「どうした?」

「誰?」


 阿弥に視線を向けながら、そんな事を聞いてきた。……知らないのかよ。

 俺はともかく阿弥を知らない事に軽く驚いていると、その後ろからフランシェスカ嬢が慌てて阿弥の事を説明していた。いや別に、知らないくらいで怒らないだろうけど。そこまで心が狭い訳ではないだろうし、むしろ知らない方が阿弥としては嬉しいのではないだろうか。

 英雄視されるのは、結構疲れるのだ。精神的に。おそらく阿弥もそう思っていたようで、困ったみたいな視線をフランシェスカ嬢とムルルへと向けていた。


「……女神が選んだ英雄」


 どういう風に説明したのか、ムルルの中での阿弥はそう言う立ち位置になったらしい。


「よろしくね。え、っと……」

「ムルル」

「ええ。よろしくね、ムルル」

「よろしく」


 その事に苦笑しながら、阿弥がムルルの視線に合わせて挨拶をする。ムルルも阿弥の事をそう警戒していないようで、挨拶を返している。


「これで、挨拶は終わったか?」

「そうだな。なら、早く出発するとしよう」

「うん」


 フェイロナの言葉にムルルが同意し、俺と阿弥、フェイロナ、フランシェスカ嬢とムルルの組に分かれる。

 本当は阿弥とフランシェスカ嬢、俺とムルルの組に分かれる予定だったのだが、そこに阿弥が待ったをかけていた。理由は……あまり詮索してあげないのが大人の男だろう。うん。いくら俺でも、ムルルのような子供に反応はしないし、特別な感情も抱かないとだけは言っておく。

 この世界の馬は俺達の世界でよく見る競走馬ではなく、体格がもっとがっしりとした軍用馬である。人間二人分の体重に荷物を足したくらいの重さなら余裕で乗せて走れる体力がある。その分足が少し遅いが、それでも人間が走るよりも早い。二人乗り用の鞍の前に腰を下ろし、阿弥に手を伸ばす。

 俺の手を握り、そこを支点に器用に鞍に座る阿弥は相変わらず惚れ惚れするような美しさがあった。容姿が優れていると、仕草一つでも目を惹く魅力がある。

 ふとフランシェスカ嬢たちの方へ視線を向けると、向こうもすでに馬へ乗り終わっている所だった。フランシェスカ嬢はいつもの旅装束――革の胸当て姿で、ムルルも白い外套(クローク)で全身を隠していた。だが今は、鞍の上に載っているからかクロークの裾から健康的な太腿が覗いていたりする。

 そんな所を見ていると、阿弥から背中を抓られた。地味に痛い。


「よろしくお願いします」

「ん、よろしく」


 言葉少なく応え、馬を走らせることにする。ここで変に言い訳をすると泥沼なのだ。それは、人生経験として知っている。同じ失敗を何度もしないのは良い男の条件だ。たぶん。

 門番の守衛が俺と阿弥の姿を見てギョっとしていたが、気にしない事にする。この依頼が終わったら、またどこかに隠居しようかと考えてしまう。目立つのはあまり好きではないのだ。


『なにをやっているんだか』

「別に、変なつもりは無かったんだがな」


 そう言うと、ポケットと背後から溜息。そこまで信用が無いのか、俺は。


「宗一もフランシェスカ先輩の胸とかよく見てますけど……男の子って、皆そうなんですか?」

「…………」


 答え辛い。しかも、話題に出てきた本人にも聞こえたようで、心なしか馬の距離が離れたような気がした。多分気のせいだが。

 しかし、答えようがない質問である。少なくとも、二十八のおっさんが十八の少女に答えれる質問ではない。この場に居ない宗一に、なぜかスマンと謝ってしまう。

 なんか本人不在なのに、フランシェスカ嬢の好感度が下がってしまったような気がした。

 走る馬に揺られながら、落とされないようにと阿弥が強く抱きついてくる。先日見たアルバーナ魔術学院の制服姿ではなく、朱色の布に銀刺繍が施された魔術衣(ローブ)は生地が柔らかく、阿弥の肢体の柔らかさをダイレクトに伝えてくる。身長は伸びたが、あまり成長していないな、とは口が裂けても言えない。まぁ、マントとチュニック越しなので俺に届く感触など微々たるものなのだが。

 その阿弥の服装だが。特殊な(クロウラー)が紡いだ聖銀糸のローブに火精霊(サラマンダー)の加護を授ける事で朱色に変色し、更に精霊銀(ミスリル)の刺繍が施されたローブ。その上から身体を隠す外套(クローク)を纏い、そのクロークも水龍の皮を加工して作ったモノだ。その腰には柄尻に翡翠石(エメラルド)が嵌め込まれた精霊銀(ミスリル)の短剣と、透き通る水晶のような宝石が先端に飾られた魔術短杖(ロッド)

 魔神と戦った時の装備である。そのどれもが値段も付けられないような高価なものだ。コイツは一人で戦争でもしに行くのだろうか、と思わなくもない。まぁ、旅をするなら阿弥の装備の方が正解なのだが。何が起こるか判らないのだから最良の装備と万全の準備を。金が無いからと装備を渋っている俺が間違いなのだ。


「しかし、こうやって馬を走らせていると、旅をしていた頃を思い出すな」

「……はぁ」


 話を逸らした事に溜息を吐かれるが、それ以上の追撃は無い。

 良かった、と肩を落とす。


「そうですね。結衣ちゃんがドラゴンと契約してからは、移動手段はずっとドラゴンでしたから」


 緋勇(ひゆう)結衣(ゆい)。魔物使いと謳われる英雄の一人。俺達の仲間で最年少の彼女は、今頃どうしてるだろうかと思う。

 彼女が契約した魔物はどれもが有名だ。精霊魔法に精通した妖精。不死にして卓越した剣技を持つ亡霊騎士。そして、王を名乗る古き竜。あれだけ目立つ面子なのに情報が何一つ入って来ないという事は、おそらくこのイムネジア大陸ではなくエルフレイム大陸にでも居るのだろう。実際、この大陸よりも向こうの大陸の方が居心地が良いのかもしれない。


「結衣が今何してるかは――」

「どうでしょう。優子さんなら知ってるかもしれませんけど」


 宇多野さんか。あの人も、今は何をしてるんだろうかと考える。その思考も一瞬だが。

 あの人の事だから、きっと面倒事を背負い込んで頑張っているのだろう。パンクするギリギリのラインで。そういう人だ。ちょっと怖い時もあるが。


「レンジ。このまま腐霊の森へ向かうぞ」

「ああ! 一気に森の入口まで行って、一晩休もう」


 馬を併走させて、フェイロナがこれから向かう場所を口にする。

 腐霊の森。その名の通り、死者と霊が溢れる森で生者はあまり寄り付かない。王都までの街道はこの森を迂回する様に作られているが、この森を突っ切る事が出来ればかなりの時間を短縮できる。

 昨晩はフェイロナと二人でどのルートで王都へ向かうか話し合い、この森を突っ切る事に決めていた。

 死者(ゾンビ)はタフだが動きが鈍い、(ゴースト)は気を強く持っていればそう害は無い。討伐するなら銀装備が必要な相手だが、進むだけなら無視をすればいい。

 最初はフェイロナとムルルの三人で進む予定だったが、阿弥とフランシェスカ嬢が居るなら魔術で倒す事も出来る。ゾンビは物理でも倒す事が出来るが、ゴーストは精神体だ。魔術か精神体に干渉できる銀装備が必要になってくる。当初は無視して森を突っ切る予定だったがその問題も解消されたので、これで安心して腐霊の森を進む事が出来る。

 後の問題は道に迷わない事だが、それもエルフのフェイロナがいれば問題無いだろう。


『アヤとの旅か。懐かしいな』

「ええ、そうね。よろしくお願いね、エル」

『ああ。レンジをよろしく頼む、アヤ』

「……よろしくされるのは俺か」


 そう息を吐く。実際その通りなので言い訳のしようも無いのだが。

 阿弥と。一年振りに、同郷の仲間との旅。

 まだ朝靄(あさもや)に包まれた街道を走りながら、気分が高揚している。阿弥も同じ気持ちだろうか。そう考えると、嬉しくなれた。



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