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第二話 王都への道2

 視線の先で、白い尻尾がふわふわと揺れている。

 木製の椅子に座るのではなく、その背凭(せもた)れに抱きつくような恰好でムルルが座っているのだ。先程まで外套(クローク)に隠されていた健康的な足や、ショートパンツのようなズボンに包まれたお尻、そこから現れる人間には無い尻尾が目の毒だ。

 そのムルルの視線の先には、ギルドの受付カウンター。俺達が出した依頼が受理されないか気になるのだろう。


「少しは落ち着いたらどうだ」

「難しい」

『まるで子供だな』


 まったくだな、と心中でエルメンヒルデに同意する。

 先ほど俺の名前で出した依頼だが、おそらく面子は俺とムルル、それにフェイロナの三人で王都へ行く事になるだろう。フランシェスカ嬢は学生だし、貴族の子女を王都までの強行軍に参加させる訳にもいかない。

 少人数だが、精霊神の名前が出ている以上急ぐ必要がある。少なくとも、フェイロナはそう判断したようだ。今、旅支度を整える為にフランシェスカ嬢と一緒に買い物に行っている。

 俺とムルルは魔術師を確保できないかと、ギルドへ依頼を出してみたのだ。まぁ、おそらく誰も手を貸してくれないだろうが。

 俺の名前はいくらか広まっているようだが、殆ど無償で王都までの強行軍に参加してくれるような奇特な人物は居ないだろう。こういう時は英雄や神殺しだの肩書よりも、現実的な即物――お金があるのが一番なんだが。

 俺やフェイロナの懐にも限界があるし、なによりいくら精霊神の依頼とはいえ赤の他人であるムルルの為に全財産を使うというのも無理な話だ。この依頼を達成しても依頼主であるムルルは一文無しという事実は変わらない。報酬が出ないのだから、それから先の生活に支障が出てしまう。


「仲間。早く集まるといいな」

「さてな」


 そう言って、指で遊んでいたメダル(エルメンヒルデ)を弾く。

 乾いた音を立てて宙を舞い、掴んだ手の中では――裏。そんなもんだろう。

 その音に、ムルルの視線が俺に向く。人には無い狼の耳がピクピク震えていて面白い。


「何をしているんだ?」

「運試しだな」

「そうか。良い結果がでるといいな」


 そして、まるで子供のように無邪気に笑う。先ほどのエルメンヒルデではないが、本当に子どものようだと思ってしまう。しばらく笑顔を俺に見せた後、また視線がカウンターへ向く。

 白い外套(クローク)が同色の尻尾に押し上げられ、ショートパンツから伸びる綺麗な脚が露わになる。

 溜息を吐いて、視線を討伐依頼が集められたメモ帳に向ける。暇潰しに読んでいるのだが、少し懐が寂しくなるので依頼を受けて稼ごうと考えている。それに、ムルルがどれくらい戦えるのか知っておきたいという考えもある。一人旅をしてきた獣人というからには、それなりに戦えるだろうが。

 この世界は、こういう時は便利だ。魔物を狩るだけで、それなりの稼ぎを得られる。そして、強ければ強いほどその額は大きい。しかも短時間でだ。


「ま、あまり期待しないで待ってようかね」

「私は期待する」


 おそらく、旅をした事が初めてなのだろう。先程食事を奢ってからずっと、周囲を興味深そうに見ている。それは、見る物、聞く物すべてが新鮮だからだろう。観察していると、よく判る。

 獣人――ムルルのような狼人間や、他にも虎や熊、兎のような獣の特性を持つ獣人も居る。人間のように一種の存在ではなく、多種多様な種族が居て、集落(コミュニティ)を築いている。

 獣人たちと亜人や人間のもっともな違いは、彼らは金銭を利用しない。物々交換によって生計を立てるのだ。だから目の前の少女は金銭の価値を理解しておらず、金を盗まれたというのに怒りも慌てもしない。こういう時も、きっと誰かが助けてくれると当たり前のように思っている。

 人間と亜人であるエルフやドワーフとの交流はあるのに、獣人との交流があまりないのもその辺りが起因している。金銭の動きは社会に必要な事だ。物の売買による利益が国を潤し、その潤いが人の生活を豊かにする。

 確かに物々交換、隣人への信頼は尊いものだろう。だが、それだけでは社会は成長しないのだ。

 だから亜人たちとは違い、獣人との交流が少ない。獣人たちは、自分達の世界から出てこず、ある意味で完結してしまっている。中には人間社会に興味を持ったり、ムルルのように何かしらの使命や要件を持って森から出てくるも居るがそれは少数だ。

 ――というのが、俺の認識だ。その認識も、この一年で随分と変わったように思える。魔術都市の中にも獣人は多い。街を時折歩いている姿を見掛ける。この調子なら他の都市や王都にも獣人は居るかもしれない。

 世界は変わったという事か。俺が田舎に引っこんでいる間に。


『呑気なものだな。私としては、ユウコへの届け物が気になるのだが』


 確かにな。

 精霊神と俺達をこの世界に召喚した女神の仲は、悪いとは言えないが良いとも言えない。

 魔神討伐の旅。その際には、最初は手を貸してもらえず敵対……とまではいかなくても、不仲になる事があった。神官と戦い、傷付けた事もある。

 そんな精霊神が、女神の使徒である宇多野さんに何かを贈る、というのが気になる。まぁ碌な物じゃないんだろうな、という予感もあるのだが。

 そもそも、神様からの依頼という時点で怪しい。まず最初に女神からは魔神の討伐を依頼され、あの旅の途中でも様々な無理難題を押し付けられた。そんな俺としては、警戒してしまうと言うものだ。

 そうやって昔の事を考えていると、ギルドのスイングドアが軋みフランシェスカ嬢とフェイロナが入ってくる。美男美女の登場に、ギルドの中が僅かにざわめいた。


「よう、どうだった」

「とりあえず、十日分の食糧を頼んできた。明日には用意できるそうだ」

「後は足か」


 十日分の食糧。干し肉や日持ちする乾物だけだとしても、結構な荷物になる。運ぶには馬が必要だろう。

 馬を買うとなると、質にもよるだろうが銅貨ではなく金貨が必要になる。この世界には車のような乗り物はもちろんなく、移動手段と言えば馬や馬車だ。移動手段が馬一択となると、必然的に値段は上がる。しかも一頭ではなく最低でも二頭。それと魔術師の雇い料で俺の懐は殆ど尽きてしまう。フェイロナの懐も、食料の準備だけで精一杯のはずだ。

 溜息を吐いて、立ち上がる。金を貯めても、すぐ無くなってしまう現実に泣けてきそうだ。

 それなら見捨てろとエルメンヒルデからは言われるだろうが、王都の魔女――宇多野さんの名前が出てくるなら、知らん振りは出来ない。白い少女がギルドのカウンターに居た時に無視する事は出来た。だが、宇多野さんの名前が出てきたならそうもいかない。……繋がりとは、そういうモノなのだ。なんとかしたいと思ってしまう。

 まぁ、エルメンヒルデもエルメンヒルデで。俺が見捨てる事が出来ないと判っていて言ってくるのだから性質が悪いのだが。先程、ギルドのカウンターに立っていた後姿を思い出してしまうと、どうしようもない。流石に、困っている子供を見捨てるなんて事は出来ないだろ。大人として。


「すまないが、馬の方も頼んでいいか?」

「ああ、構わない」


 そう言って立ち上がると、カウンターに向いていたムルルの視線が俺に向く。


「何処か行くのか?」

「お前も一緒にな。フランシェスカ嬢はどうする?」

「私ですか?」

「少しばかり稼ぎにな。ムルル、お前に少しお金ってものを教えてやる」


 そう言うが、不思議そうに首を傾げられるばかりである。

 これからの事に不安を感じ、肩を落として溜息を吐いてしまう。物々交換で済まされる獣人世界なら問題無いが、こうやって人の世界に出てきて、人の営みの中で生活するなら金銭感覚は必要だ。

 一体いくら盗まれたのかは知らないが、きっと盗人にとってはいいカモだったんだろうな。


「稼ぎというと、魔物退治ですか?」

「そうだな。時間も無いし、手軽な場所で手軽な相手だ」


 そう言って、手の中のメモをひらひらと揺らす。

 魔物討伐。相手はこの辺りですぐに見つかるゴブリンだ。これなら短時間で終わらせられる。明日から旅に出るのだから、疲れるような魔物を相手にしたくは無い。

 本当なら薬草採取などをしたいところだが、ムルルの性格上、少し難しいと思ったのだ。今もそうだが、この白い少女は待つというのが苦手なように感じる。


「おかね」

「ああ、そうだ。人間社会じゃ、一人で稼げるようになってから一人前なんだからな?」

「……そうなのか」

「耳に痛いです」

『半人前も良い所だな、これだと』


 エルメンヒルデはそう言うが、俺も似たようなものなんだがな。自分で言っておいてなんだが、フランシェスカ嬢と同じで耳に痛い事だ。

 そして、ムルルは少し驚いた様な顔を浮かべ、フランシェスカ嬢は気まずそうな顔をする。

 ムルルはともかく、フランシェスカ嬢は自分で稼いでいるようなものだと思うが。まぁ、一番最初のゴブリン討伐がトラウマになっているのかもしれない。一人で討伐に向かって死に掛けていたのだから、その事を思い出すのだろうか。


「馬は任せておいてくれ」

「ああ。取り敢えず、ムルルの宿代くらいは稼いでくる」


 このままでは、俺と同じ宿かフェイロナと一緒に森のエルフたちと一緒に夜を明かす事になるだろう。

 俺はともかく、エルフは自分達の仲間以外には割と排他的だ。特にドワーフとはお互いに相容れないと公言するほどに仲が悪い。今のフェイロナのように、周囲とある程度付き合えるエルフの方が珍しいのだ。

 そう考えながら、俺の財布をフェイロナへと渡す。ああ、これで一体いくら減る事になるのやら。魔術都市に来ていくらか稼いでいるので、馬数頭を買うくらいなら足りると思うが。


「ほら、いくぞ」

「うん。判った」

「はい」


 どうやら、フランシェスカ嬢もこっちにくるようだ。

 魔術師が居てくれると楽なので、正直嬉しい。


『やはり、人の輪の中での生活は良いな』


 そんないきなりの言葉に、どうしたのかと軽く驚いてしまう。

 エルメンヒルデがそんな事を言いだすなんて珍しい。


『こうやって、レンジは人と関わり、魔物討伐を行っていく』

「俺が四六時中戦ってるような言い方は止めてくれ。戦いも、魔物討伐も、好きじゃないんだ」


 危険だし、怪我をしたら痛いし、下手をしたら死ぬ。それは俺だけではなく、一緒に旅をする仲間も同じだ。

 だから俺はのんびりと薬草採取やらで生計を立てていきたいのだが。世の中そんなに上手くいかないもので、気付いたらまたこうやって自分から魔物討伐の依頼を受けている。

 フランシェスカ嬢と一緒に黒いオークを狩り、先日はゴブリンの大群と黒いオーガ。それに魔族だ。ここ最近働き過ぎだろう。ここらで少し楽をしようと思ったら、今度はこの白い少女を王都まで送り届けることになった。王都の魔女――宇多野さんが関わっているのだから、見捨てるのも気分が悪い。まぁ、関わっていると言っても一方的にだが。


「いきなりどうした?」

「お喋りな相棒が変な事を言ったんでな」


 トテトテといった感じで俺の隣に歩いてきたムルルが聞いてきたのでそう応えると、不思議そうな顔で見上げてくる。

 ま、エルメンヒルデの声が聞こえないなら普通の反応だろう。最初の頃の自分を思い出したのか、フランシェスカ嬢が小さく笑っている。


「変なレンジだな」

「よく言われる」

『……そう言われる度に毎回思うが、それで良いのか?』


 あまり良くないが、変に英雄として期待されるよりはいいだろう。

 英雄として期待されたとしても、俺に出来る事なんてそう多くない。少なくとも、戦う事しかできないのだし。

 それも、並の冒険者より少し強い程度でしかないのだから。







 ムルルとフランシェスカ嬢を連れて街を出る。ゴブリンなんて探す必要も無く、街道から外れた草原を歩いているだけで向こうから寄ってきてくれる。

 いつもならそうだ。しかし、今日は少し違う。獣人であるムルルの存在が、ゴブリン討伐依頼の難易度を下げてくれていた。


「向こう。見付けた」

「凄いですね、ムルルちゃん」

「……このくらい、村の者なら子供でも出来る」


 そう言うが、褒められて嬉しいのか外套(クローク)の裾から見える尻尾が大きく揺れている。

 ムルルが言った方向へ視線を向けると、俺の視力で何とか見える距離にゴブリンが三匹いるのを確認できた。ムルルが行っている事は実に単純な事で、匂いでゴブリンを見つけているのだ。獣人ならではの身体能力(アビリティ)だと言えるだろう。

 獣人の身体能力は俺たち人間やフェイロナのような亜人のソレを遥かに上回る。五感の鋭敏さもそうだし、腕力、脚力といった肉体的な強さも全然違う。この幼さでこうなのだ、成人した獣人の強さは桁が違う。その分、獣人は魔術の類を一切使えない。魔力を持っていない訳ではないのだが、精霊魔術も使えないのだ。一説によると、持っている魔力を身体強化に使っているからこそ、獣人の肉体はこうまで強いのだとか。

 俺の腰近くまで生い茂った草に身を低くして隠れながら、相変わらずの能力に舌を巻く。


「身体は小さいが、もう立派な獣人なんだな」

「これでも成人の儀を済ませているからな」


 そう言うと、どこか誇らしげに胸を張るムルル。子供っぽくて可愛らしい。微笑ましい気持ちになるのはなんでだろうか。

 俺としては、もう少し身長も身体つきも成長してほしいんだが。亜人であるエルフとは違い、獣人の寿命は人間とほとんど変わらない。見た目からして十四歳か十五歳程度だろう。そう考えると、懐かしい気持ちが少し湧いてくる。そういえば、宗一達がこの世界に召喚された時も今のムルルと同じくらいの歳だったと。


「ムルルちゃんは、獣人の中ではもう成人扱いなんですか?」

「そうだな。獣人たちの成人の儀は、年齢じゃなくて肉体的な強さで決まるんだ。特定の魔物を狩ったり、素材を集めたり。そうやって、仲間の皆から一人前の獣人だと認めてもらうのが成人の儀だな」


 成人の儀。獣人のそれは人間のように特定の年齢になってから行われるものではない。種族によって様々ではあるが、総じて一人で魔物を討伐するというものである。戦闘に向かない獣人は特定の珍しい素材を集めたりもするそうだが。その討伐対象の魔物がゴブリンであったりオークであったりするが、ムルルもある程度は一人で戦えるだけの技量はあるという事だろう。

 そう説明すると、二人から驚かれてしまう。


「詳しいんですね」

「俺も、その成人の儀を経験してるんでね。まぁ、俺達の場合は成人したと認めてもらう為じゃなくて、仲間として認めてもらう為だったけど」


 というよりも、巻き込まれたと言った方が正しいが。

 獣人たちが住むエルフレイム大陸で、彼らから信頼を得る為に一部の森の主と呼ばれる魔物を狩らされたのだ。流石に一人ではなく、宗一達と一緒だったが。

 後から調べたら、あんなボスクラスの魔物ではなく普通はゴブリンやら手軽な魔物を狩るそうだと知ったら驚いたというか騙されたというか。要は成人の儀なんて大仰な物ではなく、厄介事を処理させられただけだったりする。


「そうなのか?」

「これでも、結構ハード……大変な人生を送ってるんでな」

『本当にな……』


 なんだか、エルメンヒルデから疲れた様な溜息を吐かれていた。まぁ、俺だって自分でもかなりハードな人生を送っていると思っている。元ただの社会人が、世界を救う旅だ。

 それ以上考えるとまた鬱が入りそうなので、息を一つ吐いて視線をムルルからまだこちらに気付いていないゴブリン達へ向ける。


「ゴブリンは大丈夫か?」

「ん、問題無い。もっと多くても……五匹くらいなら簡単に相手が出来るぞ」

「そりゃ心強い」


 俺が言いたい事に気付いたのだろう、ムルルの雰囲気が変わる。

 クロークに隠された小柄な身体が、一回り大きくなったように感じる。どこかぼんやりしたというか、柔らかい雰囲気を出していた瞳は剣呑に輝き、ブーツに履いている足の(すね)までが白い毛皮に覆われる。おそらく、クローク下の両腕も同じ状態のはずだ。

 戦闘状態。ゴブリン達の方へ視線を向けると、俺達を見つけていないが、突然現れた強力な存在感に周囲を見渡している。

 フランシェスカ嬢も、ムルルの突然の変化に驚いている。獣人の生態なんて、魔術学院の本に載ってるか怪しいだろう。もし載っていても、魔術の勉強をするなら獣人の生態には興味を示さない魔術師がほとんどだろう。


「狩ればいい?」

「それが仕事だからな」

「判った」


 そう気軽に応えて、身を低くした体勢だというのに凄まじい速さでゴブリン達に走り寄っていく。


『大丈夫なのか?』


 さて、どうだろうか。その辺りを確認するための依頼でもある。これから一緒に旅をするのだ、どれくらい戦えるか、何を出来るか確認しておきたい。

 その頼もしい後姿を見送り、次いでフランシェスカ嬢に視線を向ける。


「獣人を見たのは初めて?」

「は、い……最初は、普通の人とほとんど変わらないんだと思ってました」

「見た目は人間に似てるからな。耳と尻尾があるくらいの違いしかない」


 しかし、一度戦闘状態になると全く違う存在になる。

 遠くでギ、という耳障りな悲鳴が聞こえた。

 二人揃って視線を向けると、ムルルがゴブリンの一匹を早速仕留めていた。といっても、確認できたわけではない。遠目に三匹だったゴブリンが二匹に減っていると判るだけだ。

 そのまま、今度はムルルと思われる白い影が人間ではありえない高さを跳び上がり、その勢いのままゴブリンに襲いかかる。

 最後の一匹は、そのまま(くさむら)へと消えていった。おそらく、ムルルという獣に引き摺り倒されたのだろう。その戦い方はまさに獣である。

 その一瞬の出来事に俺は感嘆の息を吐き、フランシェスカ嬢も言葉が出ないようで呆然としている。


「凄いな」


 その一言しかない。

 正直、あの幼さで俺よりも強いのではないだろうか。また自信が無くなりそうだ。

 宗一達もそうだが、どうして俺の周りの子供たちはああまで強いのか。俺の立場って何だろう、と考え込んでしまいそうになる。


「凄いですね」

「本当にな」


 そう言って、身を隠していた(くさむら)から身体を出して歩き出す。

 先程ゴブリンを瞬殺したムルルは、返り血一つ浴びずに俺達が来るのを待っていた。俺と同じ接近戦しかできないだろうに返り血を浴びていないとかどんだけ凄いんだろうか、この白い少女は。

 その瞳は先ほど見せていた剣呑な輝きを隠していて、ムルルが落ち着いている事を教えてくれる。だが、風に靡くクロークが捲くれて見える腕は少女らしい白く細い腕ではなく、彼女を現す純白の体毛に肘まで覆われている。そして最も異様なのは、小さな少女の身体には不釣り合いとも言えるナイフ程度の長さを誇る鋭利な四本の爪。今は右腕だけの変化だが、本来は両腕が変化するのだろう。

 その姿は確かに人間ではなく獣人で、この少女が全く違う種族なのだと知らせてくる。

 隣のフランシェスカ嬢が息を呑むが、ある程度獣人を見慣れている身としては驚くよりもむしろ、その全身白一色の少女が美しいとすら感じてしまう。

 獣としての気高さは人間には持ち得ない美しさで、先ほど見せられた強さも相まって一瞬魅了されそうになってしまう。


「あとは、っと」


 そんな感情を隠し、鉄のナイフを鞘から抜く。

 ムルルが倒したゴブリンの死体の口を開き、牙を鉄のナイフで切り取る。


「これをギルドの受付に持っていけば、依頼の報酬を貰えるんだ」

「それがレンジの仕事か?」

「俺のというか、冒険者の仕事だな」


 そう軽く説明すると、次はゴブリンの死体から使えそうな装備を拝借する事にする。戦いの後の、いつもの作業だ。

 今回は俺ではなく、ムルルが一人で倒してくれたのだが。


『……こんな時くらい、追剥ぎは止めないか?』

「あとは、こうやって使えそうな装備を売って金にする」

『なぁ、レンジ? そこの獣人と一緒に戦うのは初めてなんだ。こう、英雄らしい行動というのをだな』


 そんな事を言うエルメンヒルデを無視しながら、手際よくゴブリンの装備を剥いでいく。

 そんな英雄らしい行動で懐が温かくなるなら考えてやってもいいかな、と考えながら。実際、今欲しいのは英雄としての名誉ではなくお金なのだ。名誉でご飯は食べられないのだ。……俺は英雄ですとか言うと、田舎ならご飯を食べさせてくれそうだが。それはもう、英雄としてではなく人間として駄目だろう。

 取り敢えず、使えそうなのが武器のショートソードだけなのが悲しい。しかも、刃毀れが酷い。あまり高く売れ無さそうだ、と溜息を吐いてしまう。


「なるほど」

「そこまでする冒険者は、そんなに多くないそうですが……」

「金に困ってる時は、これだって大事な収入源なんだよ」

『嘆かわしい……』


 その後もムルルにゴブリンを探してもらい、次からは俺とフランシェスカ嬢も加わって狩りをする。

 といっても、俺達ではムルルのスピードに合わせる事が難しかったが。速いし強いしで、合わせるよりも単体で動いてもらった方が効率が良かった。正直、身体能力が違い過ぎる。

 人間と獣人という種族の違いを思い知らされる。おそらく、フェイロナですら合わせるのは難しいのではないだろうか。


「ずいぶん戦いましたが……その、大丈夫ですか?」

「ああ、そろそろ限界だな」


 腰にロングソードを二本差し、反対の腰にはショートソードが一本。左腕には鉄の盾、背中には戦斧を交差するように二本背負っている。総重量は軽く四十キロを超えてるだろう。身体が重いというか、動くのが辛い。旅で鍛えられてはいるが、それでもそろそろ体力的に限界だ。チート(異世界補正)が無かったら動く事すら無理かもしれない。

 自然と息が荒くなっているが、まだもう少し頑張れる。街に早く帰りたい。よくファンタジーの主人公とかは、大きな袋の中にこれ以上のアイテムが入っていても動き回れるもんだと思う。もし女神にファンタジー系主人公のようになりたいと言ったら、どうなっていたんだろうか?

 そんな事を考えながら、気を紛らわせる。


『欲張り過ぎだ』

「これで、いくらか懐が温かくなるさ」

「こんなモノより、私の爪の方が良く斬れるのに。何の役に立つんだ、こんなナマクラ」


 そう言うムルルも、その小さな体に似合わない無骨なこん棒やロングソードを手に持っている。

 俺より少なくはあるが、それでもほとんど重さを感じさせないように持っている膂力には驚かされる。俺のも半分持ってもらおうか、と一瞬考えるが首を振ってその考えを捨てる。それは駄目だろう、大人として、男として。


「金を稼ぐというのは、こんな売れそうなものを集める事でもあるんだ」

「……よく判らないな、人間は」

「何か違うと思いますよ」

『絶対間違ってるからな、レンジ』


 うるさい。明日には旅に出るんだから、今日稼げるだけ稼いどかないといけないのだ。

 食料は確保できたし、馬も買ったはずだ。だが、旅にはまだ薬草やら薬やら必要な物が多い。金はいくらあっても足らない。

 普段はここまで頑張らないが、強行軍となるなら不測の事態に備えておきたい。ただでさえ最近は不測の事態というか、厄介事に巻き込まれているのだから。

 そう考えての事だが……疲れた。明日、動けるだろうか。

 魔術都市に戻るとその足で道具屋へ行き、ゴブリンの死体から回収した装備を売り払う。装備をカウンターに置いた時は、道具屋の主人から声を出して驚かれた。それもそうだろう。一回の狩りでこれだけの装備を回収してくる冒険者なんてそんなに居ないだろう。

 装備の回収は金にはなるが、とにかく嵩張(かさば)る。戦いの邪魔にはなるし、邪魔にならないように地面に置いて戦うとしても後で回収するのが面倒だ。そして、使用済みだし魔物は研磨なんてしないからボロボロでそのままでは使い物にはならないのがほとんどだ。

 そこまでして魔物の装備を回収するより、数を多く狩った方が効率的だと考える冒険者がほとんどだろう。

 ゴブリンの牙をギルドの受付に渡し、報酬を受け取る。流石に三人だと効率よく狩れて、結構な額になっていた。それでも、旅の準備に使った出費の方が高いが。


「そういえばムルル。今まで宿はどうしてたんだ?」

「野宿をしていた」


 だよなぁ、と。フランシェスカ嬢は驚いていたが、答えが判っていただけに俺としては驚きは無い。

 無一文で金銭感覚が無いのだ。それに獣人は野に生きる生粋の狩人。野宿なんて苦でもないだろう。


「ほら」


 そう言って、今日の討伐依頼と装備を売った金の一部を皮袋に入れてムルルに渡す。

 フランシェスカ嬢にも渡すと、一度断られてしまう。良いから、と渡すと受け取ってもらえたが。まぁ、手伝ってもらったから正当な報酬なのだが。


「これは?」

「依頼の報酬。お前が今日仕事をして稼いだ金だな」


 その革袋を、何か不思議な物のように眼前に持っていったり、重さを確かめたりしている。

 その様が面白くて、失礼だと思うが笑ってしまう。


「それで、干し肉以外の食べ物を食べたらどうだ?」

「なるほど。こうやって稼いで、ご飯を食べるのか」

「いや、お金を使うのはご飯だけじゃ……」


 そうなのだが、これから買い物の事を教えるとなると疲れるのだ。

 これだけゴブリンを狩って装備を回収して、町で売って……正直、もう疲れた。早く宿に戻って寝たい。

 ギルドに備え付けの木の椅子に座り、重い息を吐く。ああ、疲れた。


『説明するのが面倒なだけだろ』

「さっさとフェイロナを回収して、明日の打ち合わせをしよう。疲れた」

「……もぅ」


 そう言うと、フランシェスカ嬢が色々とムルルに金の使い方を説明していた。

 ま、いいか、と。ムルルの買い物の事は置いておいて、別の事を考える事にする。フェイロナは今頃何をしているのだろうか。馬を買うにしても時間がかかり過ぎているし、もしかしたら一人で狩りに行ったのだろうか。


『ふぅ、今日は働いたな』

「お前は何もしてないだろうが」


 ポケットからメダル(エルメンヒルデ)を取り出し、指で弾く。


「ふむ」


 出た目は表。


「良い事があるといいな」


 カウンターを見ながら、そう呟いてしまう。だが難しいだろうな、とも思う。

 おそらく、魔術師は雇えないだろう。俺が出したような依頼より、稼ぎが良い依頼は山ほどある。真っ当な魔術師なら、そんな依頼など受けないだろう。

 だから、そんな鬱になりそうなことは考えないようにする。

 だが、次に思いつくのは旅の事。馬での移動になるだろうが、正直乗馬というものは辛い。慣れた今でも、長距離移動は肉体的に辛い。詳しく言うと、尻とか下半身が痛くなる。あまり頑張りすぎると、身体全体が痛くなるのだ。

 そう考えて、結局ため息が漏れてしまう。

 そんな俺の隣では、元冒険初心者(フランシェスカ嬢)現冒険初心者(ムルル)にお金の使い方を教えている。その様子が微笑ましくて、癒されてる。


「平和だな」

『ついさっきまで、ゴブリンを相手にしていたんだがな』


 ……夢の無い奴である。


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