第十二話 英雄たちのその後
鉄のナイフで髭を剃り終わり、顔を洗う。鏡を見るとさっぱりしたおっさん顔が一つ。
朝からじっくり見ても何の感慨も湧かない、どこにでも居るような顔である。
「変な顔だな」
そう呟くが、返事は無い。そういえば、エルメンヒルデは宗一に預けていたんだったな、と。寂しい訳ではないが、僅かな物足りなさを感じて溜息を吐く。
さっさと着替えを済ませて部屋を出る。相棒の代わりに鉄ナイフの柄を指でなぞりながら宿屋の一回で朝食を簡単に済ませてしまう。
この世界はパン食が主流なのだが、偶には米を食いたいなぁ、と思ってしまう。無理な事なのだが。
農業には詳しくないが、米を作る為には種が必要だという事くらいは判る。種籾とか言うんだったか。魔神討伐の旅の途中で探した事もあったが見つからなかったので、この世界には無いのかもしれない。それとも、種籾とは別の名前で普及しているのか。
そう考えながら焼きたての黒パンとありあわせの野菜を突っ込んだシチュー、薄切りハム、新鮮なサラダを口に運ぶ。朝から結構重いメニューだが、この世界の朝食はこんなものだ。その分、農業や仕事でカロリーを消費する。動かない役所仕事の連中や貴族は結構肥満が多い。その理由はこの食事にあるんだろうな、と思う。
女将さんから食後の水を貰いながら、今日はどうするか考える。
エルメンヒルデを受け取りに魔術学院か宗一達が生活している寮へ行くか、薬草採取でもして魔術学院の授業が終わるまで時間を潰すか。
「……取り敢えず、ギルドに行くか」
悩んだのは一瞬。
寮や魔術学院よりもギルドの方が近いというのが決め手だ。別に、小五月蠅い小姑が居ない時間を少し楽しもうなどとは思っていない。
そう決めると、席から立ち上がって朝食の勘定を済ませて宿屋から出る。
そろそろこの街も離れないといけないな、と歩きながら考える。宗一達にも会ったし、昔のように仲良く話せた……と思う。
この街での目的も果たしたのだから、次の目的――王都に居る昔の仲間に、魔神の眷属の事を伝える旅に出るべきだろう。懐もそれなりに暖かくなったのだし。
そんな事を考えながら、早朝の仕事に向かう人の波をすいすい避けてギルドへと辿り着く。
「あー、疲れた……」
そう息を一つ吐いてギルドのドアを開ける。両開きのスイングドアがギイ、という音を立てる。……どうしてか、全員の視線が俺に向いた。
いや、理由は判っているのだ。ゴブリン掃討戦でやり過ぎたのが原因だ。翡翠色の神剣を手に、英雄と一緒に戦ったのだ。俺が何者かなど、気付かれて当然だ。
居心地の悪い視線を無視し、カウンターから採取依頼が集められたメモ帳を取る。そうすると、隣の女性と手が当たった。
「っと、すみません」
「あ、いえ」
そう二人して謝り、表情を見る。その女性の顔に見覚えがあった。
「お、フランシェスカ嬢」
「あ、レンジ様」
「……様付けは止めてほしいんだがな」
そう呟き、息を一つ吐く。
透き通るような蜂蜜色の髪に、翠の瞳。今日は魔術学院の制服姿で、阿弥や弥生ちゃんには無い胸元の圧倒的な膨らみが目の毒だ。
白いブラウスが本人の性格と違って挑発的に突き出され、金刺繍が施された青ローブがその存在感を際立たせている。
一瞬だけその威容を視界に収め、気付かれないように視線を逸らす。
「どうした、こんな所で」
「いえ、その……」
妙に歯切れが悪いな、と。
同じメモ帳を取ろうとしたという事は、採取系の依頼を受けるつもりだったのだろうと予想する。
「魔術か錬金術の素材集めか?」
「あ、え? なんで……」
「いや、素材採取の依頼を受けようとしてたようだからな。違ったか?」
メモ帳をひらひらと振ると、なるほど、と感心された。
いや、それくらい誰でも予想できるだろうけど、と内心で呟く。
「ま、丁度良かった」
「はい?」
「宗一と連絡を取りたいんだが――」
と、そこまで口にしてギルド内にざわめきが広がる。
何事かと視線を向けると、フランシェスカ嬢と同じ制服――アルバーナ魔術学院の青ローブを纏った宗一と弥生ちゃんが丁度ギルドの建物に入ってくるところだった。
「お」
「あ」
同時に声を上げる。今日は運が良いみたいだな、と一人ごちると手を上げる。
「よう。どうした、こんな所に」
「蓮司兄ちゃんを探しに来たんだよ。はい」
『…………』
「お、ありがとな」
差し出されたエルメンヒルデを受け取り、ポケットへと入れる。
「やっぱり」
「ん?」
「髭。無い方が格好良いですよ」
「そりゃどうも」
素直に喜べないというかなんというか。
そんなに似合ってなかったのだろうか。髭。結構気に入ってたんだが。今はもうないひげの感触を確かめるように、右手で顎をさすってしまう。
「それより蓮司兄ちゃん。昨日、遅くまで待ってたのに」
「……そりゃ悪い事をしたな。阿弥を送った後、そのまま帰ったからな」
『また酒場か?』
「…………」
『私を迎えに来るより……酒場に行ったのか、お前は』
「いいだろ、偶には。俺だって、一人で飲みたい時くらいある」
『ほう』
どうやら、相当ご立腹のようだ。
どうするかなぁ、と頭を掻く。まぁ、機嫌はすぐ治るだろうが。こうもあからさまに拗ねられるとこっちが悪い気分になってしまう。実際、俺が悪いのだが。
俺だって、偶には一人で居たい時だってあるんだからいいじゃないか。田舎ならともかく、こんな人が多い街で宿屋にエルメンヒルデを置いていたら盗まれそうで怖いのだ。
昨日は丁度宗一に預けられたので、そのまま酒場に……ちょっと魔が差したというか、阿弥と話して気が緩んだというか。
心中で言い訳をしながら、どうやってご機嫌を取るかな、と考える。
「宗一達は、エルメンヒルデを連れてきてくれただけか?」
周囲の冒険者たちのざわめきが鬱陶しい。
これだから、有名になるのは嫌なのだ。何処に行っても注目されてしまう。これでは、立ち話だってできはしない。
「ちょっと依頼を受けてくるから、待っててもらっていいかな?」
「おっけ。外に居るわ」
そう言って、俺達を囲んでいた冒険者を掻き分けて外に出る。
あー、面倒臭い。また暫く、田舎に引っこまないとなぁ。そう考えてしまう。
『浮気者め』
「一体どこでそんな言葉を覚えてくるんだ、お前は……」
誰だよ教えたヤツは。宗一はそんな事を言わなさそうだから、阿弥か弥生ちゃんか?
どっちもあんまりイメージが出来ないが、まぁどっちかなんだろうな。
『それよりレンジ』
「急に態度が変わったな……で、なんだ?」
『捕えた魔族を、王都へ送るそうだぞ』
「ま、そうだろうな」
『……なんだ、驚かないのか?』
そんなの、誰だって少し考えれば判るだろ。
王都には対魔物、対魔族とも言える四つからなる王国騎士団がある。
魔族なんて面倒事は、王都送りにして丸投げするに限る。戦術都市の脳筋どもなら魔族が攻めてきたから報復だ、なんて言い出すかもしれないが、魔術都市の連中は腰が重いから面倒事は丸投げするだろう。
「王都へ送る時の護衛は、宗一達か?」
『むぅ。面白くないぞ、レンジ』
「魔族なんて大物だからな。万全を期すなら宗一達を動かすだろうよ」
それに、あの魔族は召喚術を使った。ゴブリンを――そして、あの黒いオーガを召喚した。
ゴブリン程度ならともかく、あの黒いオーガは冒険者には荷が重すぎる。まぁ、あんなバケモノをそうポンポンと召喚出来る訳でもないだろうが。
そんな事よりも、宗一達が王都に行くなら俺も付いて行けないだろうか、と考える。王都まで魔族を連れて行くなら、結界を施した馬車に乗せるだろう。なら、護衛の足も馬か馬車になるはずだ。
もし宗一達と一緒に行けたら、旅が楽になるだろう。魔術都市から王都まで、歩きだとおおよそ二十日ほど。馬車ならその半分以下の時間で行けるはずだ。
ギルドの前を通り過ぎていく人波を眺めながら、どうにかできないだろうかとぼんやり考える。付いて行けなかったら、歩いて行くだけだが。それか、商隊護衛の依頼で儲けるか。
「あ、レンジ様」
「様付けなんてされるほど、偉くなったつもりは無いがね。どうかしたか、フランシェスカ嬢」
そんな事を考えていたら、スイングドアが揺れてフランシェスカ嬢が顔を出す。
相変わらずの様付けに息を一つ吐く。あの戦いでは、俺は数匹のゴブリンと黒いオーガしか倒していないんだがな。
俺からしたら、殆どのゴブリンをただ一つの魔術で無力化した阿弥の方が様付けされるに相応しい戦果を挙げていると思うのだが。
ま、誰をどう呼ぶかなんて、フランシェスカ嬢の自由か。
「それで、何か依頼を受けたのか?」
「はい。魔力の森へ錬金術の材料を集めに」
「ふぅん」
依頼を受けた事より、魔力の森へ行って迷わないだろうか、という心配の方が先に来てしまう。
先日一緒にオークを対峙したが、どうにも頼りないというか、危なっかしいイメージがあるのだ。貴族らしい、ふんわりした雰囲気だからだろうな、と結論付ける。
「一人でか?」
「いえ。先ほど案内の方を雇いました」
「そりゃいい」
取り敢えず、森の中で迷うという事は無いだろう。多分。
後は、そのガイドが変な事をするような奴じゃなければいいのだが。と、そう考えているとギルドからもう一人でてくる。
金の髪に尖った耳。見慣れた仏頂面の顔は、それでもなお綺麗である。
「よう」
「む、貴方様は……」
呼び方が変わっていた。
その事に肩を落とし、溜息を吐く。
「今まで通りにしてくれ。正直、好奇の視線だけで参ってる」
「ふ……身分を隠す事で内心は笑っていたのかと思ったが。ただ、面倒臭いだけか」
「当たり前だろ。面倒こそ自由気ままな旅の大敵だ」
『金が無ければ、自由など夢のまた夢だがな』
「夢の無い事を言うな、お前は」
そう言って、手に持っていたエルメンヒルデを指で弾く。
クルクルと回るメダルを掴み、手を開く。表。うん。運が良い。
「そういえば、試験はどうなったんだ? 受かったのか?」
「あ、はい。そう言えば、お伝えしていませんでした……すみません」
「いや、謝らなくてもいいんだけど。ま、受かって良かったな」
「はいっ……また、御迷惑をお掛けすると思いますが」
何故今更迷惑を? そう内心で首を傾げる。
そもそも、オーク退治は俺も良い稼ぎになったから迷惑でもなんでもないのだが。
そう応えようとすると、エルフの青年が一歩動き、ギルドから今度は宗一と弥生ちゃんが出てくる。
「ごめんなさい。お待たせしました」
「ごめんね、蓮司兄ちゃん」
「いや、良いんだけどな。どうせ、依頼もまだ受けてないし」
『私が居なかったら、また楽をする気だったな?』
「まさか。俺は勤労意欲に目覚めたんだよ、エルメンヒルデ。見てみろ、ちゃんと髭も剃った」
『それが当たり前なのだっ』
相変わらず、口煩い相棒である。
肩を竦めると、宗一と弥生ちゃんから笑われる。フランシェスカ嬢たちはエルメンヒルデの声が聞こえないので、少し不思議そうな顔をしていた。
「お前達も何か依頼を受けたのか?」
「ううん。依頼を出してきたんだ」
「出す方か。魔族を王都へ運ぶ時の護衛か?」
そう言うと、大仰に驚かれてしまう。
「あ、エルさんが教えた?」
『ああ。だが、驚いてもらえなかった……つまらん』
「お前は、いったい俺に何を期待してるんだ」
そう言いながら、メダルをポケットにしまう。
「俺も何か依頼を受けてくるかな……」
どうしてこうなったのだろう。内心で首を傾げる。
せっかく再会したのだからとフランシェスカ嬢と同じ、魔術の媒体に使う霊草採取の依頼を受けたのだが。どうしてか宗一と弥生ちゃんも一緒だ。授業は大丈夫なのかと聞いたら、笑顔で大丈夫だと言われた。あんまり信用できない笑顔だった。特に宗一。あとで、阿弥か弥生ちゃんに学院での成績を聞こうと思う。
それにしてもこの過剰戦力。偶に遭遇するゴブリンが可哀相に思えてしまう。
なにせ、相対したかと思うと手に持った得物ごと、身に纏った鎧ごと断ち斬られるのだ。流石ラスボス討伐後の勇者。流石ある種最強のチート持ち。
手に持つのは淡い蒼の魔力を纏う聖剣。チートも相まって、俺どころかエルフの青年すら何かをする間もなく勝負がついてしまう。それが一匹だろうが、三匹だろうが関係無くだ。
取り敢えず、戦いは全部宗一に任せている。下手に俺達がなにかするよりも、そっちの方が効率が良いからだ。
「……これが英雄の力か」
「俺を一緒にしてくれるなよ? 俺は、宗一の半分も戦えないんだからな」
「またそんな事を……」
弥生ちゃんの言葉に事実だからな、と肩を竦める。
実際、宗一と戦うなんて事は無いだろうが、一対一で戦うなら勝てる気が全然しない。仮にエルメンヒルデの制約が七つ全部解放されたとしても、俺は宗一に勝てないだろう。
俺が全力を出して戦えるのは魔神だけであり、宗一は本人の気持ちが負けないなら誰とでも全力で戦える。
俺達十三人の中でも突出したチートを持つ勇者。そう呼ばれるからこそ、宗一は強いのだ。そうありたいと、本人も望んでいるから。
俺としては、そんな重苦しい肩書よりも、年相応に過ごしてほしいとも思うのだが。そこは個人の自由。宗一がそう望むなら、何も言えない。
「レンジ様も、ソウイチ様に負けないくらい御強いかと」
「勘弁してくれ。一人で正面から戦ったら、俺はゴブリン二匹が限界だな」
不意打ちならもう少し相手に出来るだろうが、宗一のように無双できる気はしない。
そもそも、まず一人で魔物と戦うというのがどうかしているのだが。
『レンジ。私も斬りたい』
「お前はどうしてそこまで物騒な事を言い出す。しかも突然」
「?」
反応に困るから勘弁してほしいんだが。
あと、エルメンヒルデの声が聞こえないからか、俺の独り言に首を傾げて見上げてくるフランシェスカ嬢が可愛い。
「そういえば、阿弥は一緒じゃなかったんだな」
「阿弥ちゃんは授業が……って、そういえば蓮司お兄さん」
「ん?」
俺としては宗一と阿弥はセットみたいな感じで思っていたので、こうやって別々だと珍しいな、と思って聞いただけなのだが。
どうしてか、弥生ちゃんが少し怒った風に言ってくる。何かしただろうか? 内心で昨日の事を思い出すが、特に問題は無かったはずだ。
「阿弥ちゃん、凄く機嫌が良かったみたいですけど。何か言いました?」
「さてね。ま、世間話をした程度だよ」
「ふぅん」
明らかに信じていない感じの返事である。
だがまぁ、俺としては本当に世間話をした程度の感覚なのだが。実際、昔話をした程度だ。あと、心配された。
『で、阿弥を寮へ送った後に酒場へ行った訳か』
根に持つなぁ。
別に、二人で旅をしていた頃は宿屋にエルメンヒルデを預けて飲みに行った事だってある。
そこまで気にするような事でもないと思うんだが。
「アヤ様は、確かに朝から随分と御機嫌のようでしたね」
「ふぅん。ちなみに、どんな具合にご機嫌だったんだ?」
「スキップしたり、鼻歌を歌ったりしていたかと」
それくらいか?
「阿弥は割と、機嫌が良い時はそんなもんだぞ」
『うむ。可愛い奴だからな、アヤは』
可愛いかどうかは置いておいて。一緒に旅をしていた頃は、何か良い事があったらそんな感じだった気がする。
魔術が上達したり、珍しいアイテムが手に入ったりとか。
弥生ちゃんとフランシェスカ嬢が言うような、特別ご機嫌という訳ではないのではないだろうか?
「はぁ」
「溜息を吐かれるような事は何も無かったし、何もしてないんだがね」
そう言いながら、地面に膝を突く。目的の霊草を見つけたからだ。
目的の数までまだまだだが、それでも大事な霊草だ。大切に摘み取る。
「確信犯ですか、蓮司お兄さん」
「さて。男の俺には、女心など欠片も判らんよ」
「ん? 何の話?」
ゴブリンを倒し終えて、それでも息一つ乱していない宗一が戻ってくる。
その後ろには、弓を手に持ったエルフの青年。美男子二人が並ぶと絵になるなぁ、と思う。
「女心は男には判らない、っていう話をな」
「あー、確かに。よく阿弥から怒られるもん」
「依頼の最中に何の話をしてるんだ、お前たちは」
『まったくだ』
真面目なエルフとエルメンヒルデから呆れられた。肩を竦めると溜息まで吐かれてしまう。
その手には、俺が集めた物の倍以上の霊草がある。本当に真面目な奴だな。
「お兄ちゃんはしょうがないよ」
「……それはそれで、凄く傷つくんだけど」
まぁ、宗一だしな。昔からぐいぐい近づいて来るけど、近づき過ぎて押しやられる事もあった。
自分が思った事に素直なのは良いが、素直すぎるのも問題なのだ。あれから少しは成長したようだが。
「大丈夫。お兄ちゃんには私が居るよ?」
「弥生が居てもなぁ……」
「…………」
本当に、宗一は女心がなぁ。
まぁ、弥生ちゃんも弥生ちゃんなんだが。どうやら相変わらずのようで、安心して良いやらそろそろ一言言うべきなのやら。
その辺りは、宇多野さんに任せようと思う。同じ女だし。男の俺じゃ、どう言って良いか判らないし。
「本当に仲が良いですね、お二人は」
「はいっ」
「そうかな?」
宗一がそういうと、弥生ちゃんの笑顔が固まった気がする。フランシェスカ嬢も、少し困ったような笑顔になってしまう。
なんだかなぁ。さっきまで話していた俺も俺だが、ピクニックみたいな感じになってる気がする。
宗一が居るのでしょうがないという所もあるのだが。何せ、危険が何も無い。ゴブリンは敵ではないし、野生の獣も聖剣の気配を警戒して近寄ってこない。
エルフの青年と二人で霊草を集めながら、一つ息を吐く。
子供らしいのは良い事だな。うん。
「魔神討伐の旅をしたのだろう?」
「ん?」
そうエルフの青年に木から、一拍の間をおいて頷く。
「その時も、こんな調子だったのか?」
「ああ」
いくら危険度の低い採取系の依頼とはいえ、ここまでのんびりした雰囲気で行えるものではない。
そもそも、ゴブリンが襲ってきてものんびり出来る事がおかしいのか。
「いんや。あの時は、こんな余裕はなかったよ」
思い出すのは、辛くて苦しくて何度も泣く事になった旅。
今では懐かしいと――そう思える、大事な記憶。
「それを聞いて安心した」
「安心?」
そう聞き返すと、今度はエルフの青年が肩を竦める。
「こんな調子で旅をして、魔神を討伐されたのでは……何も言えなくなってしまう」
「たしかにな」
あの時は、毎日が限界だった。旅なんてした事が無かったし、長時間歩くなんてのも慣れてなかった。
この世界に召喚されて、王国騎士団の皆に鍛えられて、皆から期待されて。
「けど、これでいいんだ」
「そういうものか?」
「楽しく笑える。そんな世界の為に、俺達は頑張ったつもりだ」
言っておいて、自分でもクサい台詞だと思う。昔の仲間が揃っていたら、一様に似合わないと言われる事だろう。自覚はある。
まだ笑えない人たちも多いと判っている。
この世界には孤児が多い。大切な人を無くした人が多い。世界を救ったが、救えない人も沢山居た。でも、それでも。
「――そうか」
『うむ。その通りだ』
そのエルメンヒルデの声に、肩を震わせてしまう。
ああ、そうだな。その通りだ。
今この時、この瞬間。ようやく、魔術都市に来て良かったと。宗一達に会えて良かったと、心から思えた気がする。




