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第十一話 神殺し達5

 阿弥達が待っていたレストラン……と言うよりも大衆向けの食堂には、あまり客が居なかった。

 木造のテーブルに椅子の数は多く、掃除も行き届いている。大きなピアノが一つ置いてあるが、今は弾き手が居ないのか静かなままだ。

 カウンターには阿弥達と同年代くらいの少女が注文を受けており、その奥にあるキッチンではその少女の両親と思われる二人が調理を行っている。

 牧歌的な雰囲気の店内は居心地が良く、四人で一つのテーブルを囲みながらメニューを広げる。ちなみに、俺の両隣は宗一と弥生ちゃん、正面に阿弥が座っている。


「けっこう良い雰囲気の店だな。よく来るのか?」

「うん。昼間は僕らと同い年の学生とかが多いんだけど、夜はお客さんが少ないんだ。僕達って結構有名だから、夜は良く食べに来てる」

「有名人ってのも大変だな」

「それに、ここの料理ってとても美味しいんです。量も多いですし」

『ほう』

「いや、お前が感心する必要は無いだろ。口が無いんだから」

『むぅ……』


 なるほどなぁ、と。他に数組居る客にそれとなく視線を向けるが、全員若い。おそらく二十歳には届いていないだろう。

 夜の客に人気が無いのは酒をあまり出していないからか。宗一達の言葉を聞きながらメニューを見ると、酒の種類は数種類だけ。田舎の村だって、一品二品は多い。未成年――学生向けの食堂だと考えると、普通なのだろうか。

 この世界の飲酒には、特に年齢制限が無い。適度に飲んで、他人に迷惑を掛けないようにと言う最低限のルールさえ守れば、よほどの子供でなければ飲める。

 カウンター奥、目に見える範囲に酒が無いのも学生向けをアピールしているのかもしれない。学生が多い街なりのアピールの仕方だろう。


「そんなんじゃ、街に買い物に行くのも苦労するんじゃないのか?」

「流石にそこまではないかな」

「お兄ちゃんはあまり買い物に行かないから……大きなお店とかに行くと、やっぱり目立ちます」

「え、そうなの?」

「そうよ……宗一は身嗜みは気にしないし出不精だから、小さなお店で買い物を済ませちゃうから気付かないだろうけど。私達の顔は、結構有名なのよ」

「……そうなんだ」

「宗一、お前。彼女とかと買い物に行かないのか?」

「居ないよ、彼女とか」


 そう言って肩を落とす宗一。そして、そんな宗一に彼女が居ない事に驚いてしまう。


「居ないのか?」

『レンジと違って、ソウイチなら女性に好かれそうだが』


 エルメンヒルデの言葉を無視して阿弥と弥生ちゃんに視線を向けると、阿弥は曖昧な、弥生ちゃんはどこか嬉しげな笑顔で頷く。

 居ないのか、彼女。

 宗一を見る。中性的な、言い方を変えれば男にしては綺麗な顔立ちだ。身長はこの年代の男子の平均よりも低いだろうが、そこまで気にする必要は無いだろう。

 人に好かれる性格だし、腕っ節も良い。優良物件だと思うが、この世界ではこのスペックでも不足するものがあるのだろうか?

 それとも、阿弥と恋人同士だとでも思われてるのだろうか? 同じ神殺しの英雄。一緒に魔神討伐の旅に行った同年代となれば、そう勘繰る輩も居るだろう。

 俺としても、そっちの方が自然な関係だと思う。

 宗一と阿弥の距離は曖昧だ。友達と言うには近くて、恋人と言うには少し遠い。二人は互いを幼馴染みや親友と称するが、少し違うようにも思える。かといって、互いを全く意識しないという訳でもない。

 まぁ、俺には幼馴染みも親友も居ないから二人の関係の距離が、それで正しいのかどうかは判らないのだが。


「変に有名だと、他の皆が気後れしてくるか?」

「そんなとこ。英雄だ、神殺しだ、ってなるとね。話し掛けてくれるのは、名前も知らない有名貴族の女の子達ばっかり」

「いいじゃないか、貴族。贅沢が出来る」

「あんまり興味無いよ。僕は、卒業したら冒険者になりたいし」


 そうなのか、と視線を向ける。


「蓮司兄ちゃんみたいに、世界を見て回りたいんだ。自分の目で」

「そりゃ楽しそうだ。でも、俺みたいな生活はやめとけ」

『ああ、やめておけ。そんな生活をされたら、おそらくレンジはユウコに埋められる』

「……割と現実的な未来だから、本気で止めてくれ」


 そう肩を竦める。

 その日暮らしの生活。ギルドで報酬を得て、ご飯を食べて、宿で寝る。ある程度の金が貯まったら次の村へ。

 自由と言えば聞こえがいいが、貯えも何も無い生活だ。歳を取って爺さんになった時の保証なんて何も無い。

 そんな生活を宗一が真似をしたとなったら、母親代わりの宇多野さんに何をされるか……。エルメンヒルデの言うとおり、埋められる――だけで済めばいいが。


「お兄ちゃんには似合わないよ、冒険者」

「そうよね。まず、大人っぽさも冒険者としての凄味も足りないわね。舐められたら終わりよ、冒険者なんて?」

「……直球なご意見、どうもありがとう。弥生、阿弥」

『凄味?』


 何が言いたい、とポケットの中のエルメンヒルデを軽く叩いてやる。

 そうしている間にも、二人から駄目出しされて宗一が本気で落ち込んでいた。

 その様が面白くて、三人で笑ってしまう。


「さて、何を食うかな。三人とも決まったか?」


 そう聞くと、各々が頷いて注文する料理の名前を口にする。

 阿弥はともかく、弥生ちゃんは結構食べるんだなぁ、と驚いた。一緒に旅をしていた時は、そこまで食べるイメージが無かったからだ。

 逆に、阿弥の方が少食で心配になってしまう。宗一は見かけによらずかなり食べるが、阿弥も同じとまでは言わなくても結構な量を食べていた。


「なんだ。気分でも悪いのか?」

「え?」

「いや、前はもっと食べてただろ?」

「ぅ……」


 そう言うと、顔を赤くしてメニューで隠してしまう。ああ、恥ずかしいのか、とそこでようやく思い至る。

 デリカシーが無い事を言ってしまったな、とそれ以上は言わない事にして店員さんを呼んで注文を行う。

 宗一と弥生ちゃんが笑いを(こら)えるように肩を震わせ、すぐに宗一だけがテーブルに突っ伏してしまう。おそらく、テーブルの下で阿弥に蹴られたのだろう。


『子供は食べないと成長しないぞ?』

「お前は少し黙ってろ」

『……なっ。酷いぞ、レンジ』

「ぷっ」


 ヒドイのはお前だ、エルメンヒルデ。

 そして、弥生ちゃんが耐えきれずに噴出して、小さな鈍い音が響く。また宗一が蹴られたようで、その身体が一度小さく震えた。

 なんだかなぁ、と頬を掻く。


「懐かしいな」

『そうだな』


 やはり、と思う。どれだけ言葉で取り繕っても、この雰囲気は楽しいと思ってしまう。

 宗一と阿弥が騒いで、弥生ちゃんがそれを見て笑う。この異世界に来て、妙な関係で繋がってしまった十三人。赤の他人なのに誰よりも信頼できる仲間で、血は繋がっていないのに家族のようなもの。

 だから懐かしいと――そう思ってしまった。





 料理を食べながら、色々な事を話した。宗一達の学院生活の事。俺の旅の事。この一年の事。他の皆が今何をしているかという事。

 気付いたら頼んだ料理を食べ終えていて、追加で軽いお菓子のようなサイドメニューを注文した。

 やっぱり頼んだ量では足らなかったのか、お菓子は阿弥が結構食べていた。まぁ、そこに突っ込むほど空気が読めない訳でもない。見て見ぬふりをした俺は、大人だと思う。ツッコミを入れた宗一は、再度テーブルに突っ伏す羽目になったが。


「やっぱり似合いませんよ、髭」

『そう思うか、ヤヨイ。アヤはどうだ?』

「え、っと。……まぁ、うん」

「男らしいと思うよ、僕は」


 そしてどうしてか、話題は俺の無精髭に移っていた。

 そんな話題にするほどなのだろうか、髭。あと、仲間が増えてエルメンヒルデがやたらと嬉しそうなのが苛立たしい。

 どうにも俺の無精髭は、阿弥と弥生ちゃんにも不評のようだ。後宗一、男らしいのと似合ってるでは意味がかなり違うという事に気付いているか?


「こうやってだらしない恰好をしてると、俺をただの冒険者だって見てくれて楽なんだがなぁ」

「ああ、なるほど。変装って訳ですか」


 それだけじゃなくて、ただ綺麗に剃るのが面倒なだけと言うのもあるが。

 この世界に髭剃りやクリームなんてものは無いので、剃るとしたらナイフで剃るしかない。それが結構というか、かなり危ない。何度か失敗して首筋や頬を切った事がある。

 その事に注意するようになると、今度は髭を剃るのが面倒になり、まぁいいかという感じで今のような無精髭に。結果、俺をただの冒険者として見てもらえるから便利だという事に気付いた。


『ただ剃るのが面倒なだけだと思うがな』


 アタリだよ。本当に俺をよく理解してるな、お前は。

 まぁ、そう簡単に正解を口にするつもりは無いが。


「俺だって色々考えてるんだよ、エルメンヒルデ」

『どこまで本当なのやら……というか、身嗜みに気を付けるのは当然だろうが』

「……そう言われると辛い」


 阿弥達にも不評だし、今度からちゃんと剃るかなぁとか考えてみる。

 剃る分には特に異論はない。面倒だという気持ちはあるが、子供達にだらしない所を見せたくないという気持ちの方が僅かばかり大きい。

 この一年間だらしない生活をしたので、これを機に少しばかり生活というか身嗜みの改善を。なんだか子供たちを見ていると、そんな気持ちにさせられた。

 これが若さ故の元気なのだろうか。この三人と話していると、俺も元気になれた気がする。


「まぁ、前向きに考えるかね」

「それ、やらないフラグじゃないですよね?」

「少しは信用してくれ、阿弥」

「し、信用は……してますよ」


 今の会話のどこに照れる要素があっただろうか?

 目線を逸らし、口元を隠す阿弥を見ながら首を傾げてしまう。今のは本当に判らない。宗一も同じようで、視線を向けると不思議そうな顔をしていた。

 弥生ちゃんだけはニコニコと笑っていたが。


「宗一も生やしてみるか、髭? 男らしく見えるかもしれないぞ」

「そ、そうかな?」


 そう言うと、嬉しそうな顔をして見上げてくる勇者様。この中性的な顔に髭が付くのか。……想像して、それな無いな、と宗一の視線から逃げるように目を逸らす。似合わないにも程がある。

 宗一が髭を生やしたら、俺、宇多野さんに埋められるだけで済むかな?

 そんな事を考えて、少し怖くなった。あの人はヤる時はヤる。そういう人なのだ、宇多野優子さんというのは。名は体を表すというが、そんな事は無い。


「お兄ちゃんは似合わないよ、完全に」

「うん。無いわ」

『ソウイチは顔が綺麗だからな』


 そして、また駄目出しされていた。

 言い出した俺もそう思うので、何も援護してやれない。すまんな、宗一。

 あと、「顔が綺麗」は男への褒め言葉じゃないぞ、相棒(エルメンヒルデ)





 食事を終え、食堂を出る。朱色の月は中天にまで昇り、今がもう結構な時間だと教えてくれる。

 ふぅ、と吐いた息が少し熱い気がした。

 熱気を感じる様な事は無かった。だが少しだけ、宗一達の元気を分けてもらえた。そんな気がする。

 楽しかった? ああ、そうだ。俺は楽しかった。

 うだうだと下らなくて難しい事を考えず、ただ昔の仲間と、子供たちと、話をしながら食事をした。

 それがこんなにも楽しい事だったと、思い出せた。勇者だ英雄だと考えないですむ時間が、こんなにも落ち着く事だと思いだした。


「腹いっぱいになったか?」

「はいっ。沢山食べましたっ」

「なら、身長がもう少し伸びるといいな」

「はい……」


 元気いっぱいに応え、その次の言葉で小さくなる宗一を笑ってしまう。


「ありがとうございます、蓮司お兄さん。奢ってもらって」

「流石に、子供と割り勘は格好悪いからなぁ」

「ふふ」

「学校を卒業して、働く様になったら……今度は俺が奢ってもらおうかね」

「はい」


 弥生ちゃんは相変わらず、一番年下なのにどこか大人っぽく感じる。


「…………」


 そして阿弥は、俯いて黙っている。

 帰ると言いだしてからこの調子なのだ。まったく、と頭を掻いてしまう。


「おい、宗一」

「はい?」


 そう声を掛け、エルメンヒルデを投げて渡す。

 いきなりの事に慌てて、両手でちゃんと受け止めていたが、危なっかしい。学生生活をしているからだろう、少し気が緩んでいるように感じた。まぁ、それが普通の事なんだろうが。

 四六時中気を張った生活なんて、いつかどこかで潰れてしまう。だから、それでいいのだ。その為に、宇多野さんは宗一達を『学校』に通わせたのだろうから。


『どうした、レンジ?』

「少し阿弥と歩いてから帰る。ちゃんと後で寮に送るから、気にするな」

「相変わらず、いきなりすぎだよ。蓮司兄ちゃん」

「気にするな。いつもの事だ」


 そう言って、歩き出す。エルメンヒルデが何か言っているが、聞こえないフリをする。

 ふと振り返ると、弥生ちゃんがガッツポーズをしていた。何をやってるんだか、吐息を一つ吐く。


「……………」

「……………」


 無言。

 だが、俺が突然言い出した事に反論は無い。

 チラリ、と隣を見ると阿弥はさっきとは違ってちゃんと前を見て歩いている。

 芙蓉阿弥。天樹宗一、弥生兄妹の幼馴染みで、おそらくこの世界最高の、そして最強の魔術師。

 俺は――この少女が判らない。なぜ俺に話し掛けてきたのか、何を求められているのか。

 昔、何度か助けた事があった。魔物から、事故から、病気から。

 あの頃から、随分と成長した。

 たった一年。だが、女の子が成長するには十分な時間だろう、と思う。俺の胸くらいまでだった身長は少し伸び、もう少しで肩に届こうというくらい。髪も少し伸びて、表情も大人っぽくなった。

 宗一と話している時は子供っぽい顔で笑うのに、こうやって並んで歩くときに見る横顔は落ち着いている。


「身長、伸びたか?」

「少し――ですけど」


 会話が途切れる。

 俺は、人の話に合わせるのは得意だが、自分から話題を振るのは苦手だと思っている。

 何か目的があれば別だが、特に目的が無いならこうやって歩いているだけでも満足してしまうので、あまり話を必要としていないんだと思う。

 視線を阿弥から逸らし、並んで歩きながら夜空を見上げる。


「制服、似合ってるな」

「ありがとうございます」


 何かを話したかった訳ではない。

 ただ、阿弥が俺に何かを言いたいのだろう、と感じた。

 だから俺は、阿弥が口を開くのを待つ。のんびりと、夜空を眺めながら。目的地の無い夜の散歩は、気持ちが良い。

 この世界に住む皆は、寝るのが早い。何もする事が無いからだ。娯楽と呼べるものは酒や賭け事。しかし、賭博場(カジノ)があるのは貴族連中が住む区画だろう。しかもあまり合法ではない類の。

 そういう事が好きな連中は夜遅くまで起きているだろうが、月が中天に差し掛かる時間帯に散歩をするのは、よほどの物好きくらいのものだ。

 周りに誰も居ない。静かな時間。この時間に歩くのは、気持ちが良い。


「蓮司さんは」


 阿弥の足が止まる。

 視線を向けると、目と目が重なった。


「悲しいですか?」

「ああ」


 何が悲しいのか、と言う問いかけはしない。答えが判っている問いに、意味など無い。

 阿弥が言っているのは昼間の事だろう。

 四人が死んだ。そしてそれは、俺と一緒に戦っていた冒険者だ。俺が守れなかった命だ。


「悲しいんだと思う」

「……私は、悲しくないです」

「そうか」

「はい」


 そう言う阿弥を、薄情だと思うだろうか?

 俺は、思わない。思えない。むしろ、それでいいとすら思ってしまう。

 俺達十三人の誰かが死んだなら。親しい人が、大切な人が死んだなら……きっと阿弥は泣くだろう。

 だが、顔も名前も知らない四人が死んでも、悲しいとは思えない。たとえそれが、同じ戦場に立っていた人だったとしても。

 それは当然の事だ。そうしなければ、次に死ぬのは自分だから。そう、俺達は理解しているから。戦場とは、そういう所なのだと判っているから。

 元の世界の十八歳の感性ではないのだろう。だが、この世界では当然の心構えだ。きっと、その事を阿弥は気に病んでいるのだと思う。人の死に心が動かない自分を、気にしてしまっているのだろう。


「私は、蓮司さんが無事で嬉しいです。……喜んでいます」

「俺もだ。阿弥が――宗一達が無事で良かったと思ってる」


 だが俺は、それと同時に四人の死を気にしてしまっている。顔にも態度にも出さなかったつもりだが、気付かれていたのか。それとも、俺が一年前から全然成長していないだけか。

 ただそれだけの事だ。割り切れない俺が悪い。――きっと今戦場に立てば、怪我をするだろう。意味も無く、ただそう思う。


「あの――」


 夜の静寂の中に、阿弥の声が響く。


「助けてくれて、ありがとうございました」

「気にするな。オーガと戦ってる時も言ったが、約束しただろう? 危なくなったら助けるって」


 あの時も、こんな夜だった気がする。よく覚えていないが、静かな夜。焚火の前で、そう約束した。

 この世界最高で、最強の魔術師を守ると。


「約束。覚えててくれたんですね」

「ま、大切な約束なんでな」


 そう肩を竦める。

 約束を守る。それは普通の事で、当たり前の事。それを、俺は当たり前に守っただけ。


「蓮司さんは、相変わらずですね」

「約束だけは、破りたくない。せめて、自分からは」


 約束を守るのは難しい。この世界に来てからも、俺は何度も約束を破ってる。

 だが、せめてどうしようもない時以外は――自分からは約束を破らないように気を付けている。

 たとえそれが、どんな些細な約束でも。どうしようもないくらい、大切な約束でも。

 風が吹き、阿弥の髪をさらさらと揺らす。夜の闇、魔力光で淡く光る街灯の下、元の世界の夜では感じられない淡い光が阿弥の輪郭を映す。


「ねぇ、蓮司さん」


 十八歳。

 だというのに、その表情には惹きつけられる何かを感じた。


「ありがとうございます」

「ああ」

「私はまた、蓮司さんに助けてもらいました」

「――そうだな」


 四人の命は守れなかった。だが、阿弥の命は守れた。

 言いたい事は、そういう事だろう。四人の死を気にし過ぎる、俺を気遣ってくれている言葉。その言葉が優しくて、温かくて、俺も自然と笑う。

 そして、息を一つ吐く。ダメだな。子供に気を使わせて。大人失格だ。そう、苦笑する。

 そんな俺を見てどう思ったのか、悪戯っ子のように阿弥が笑う。さっきの惹きつけられるような笑顔ではなく、年相応の笑顔。


「泣かないで下さいね?」

「泣かないさ」


 くつくつと笑ってしまう。

 似た言葉を、全然違う場所で聞いた。全然違う声で聴いた。

 一年前――最後に泣いた場所で。


「そう、エルメンヒルデと約束したからな」


 だから泣かない。

 仲間が死んでも、誰が死んでも、何を失くしても。

 ――そう、約束したから。


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