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第九話 神殺し達4

 ゴブリンの大群、魔族が召喚した集団を討伐したすぐ後。

 俺達一介の冒険者は、オーファンに戻る事無くゴブリン達の死体の処理に追われていた。

 使えそうな装備は剥ぎ取り、死体は一か所に集める。纏めて焼くためだ。

 放っておいたら野生の獣や別のゴブリンが死肉を求めて集まってくる。そうなると、また人数を集めて討伐しないといけなくなるので面倒なのだ。


『なんで私達まで……』

「そりゃお前、俺もただの冒険者でしかないからなぁ」

『……はぁ』


 街の為、人の為。だというのに、エルメンヒルデのテンションは低い。

 朝から溜息ばかりである。まぁ、理由は判らなくもないが。

 ついさっき、エルメンヒルデを片手に持って、魔神の雰囲気を持つ黒いオーガ相手に大暴れをした。正体がバレた。十三人の神殺しの内の一人だと気付かれた。

 だというのに、そんな俺が冒険者に混じってゴブリンの死体処理をしているのが気に食わないらしい。こんなのは、本当は素人や新人冒険者の仕事である。あと、仕事にあり付けない浮浪者だとか。

 良いじゃないか。今ギルドに戻ると、絶対面倒に巻き込まれるのは目に見えている。

 こんな疲れるような仕事、誰だってしたがらない。報酬のは悪くないのだが、精神的に辛いのもある。

 ゴブリンに限らず、死体から発せられる死臭は凄まじい。一日経った死体は肉が傷み、血が異臭を発してくる。なにより巨大な黒いオークの死体はすでに存在しないが、死体が転がっていた場所には黒い染みが出来ている。それがまた臭うのだ。


「お前は鼻が無いから大丈夫だろ。我慢しろ」

『そういう問題じゃないっ。レンジならもっと……良い仕事があるだろう?』

「面倒な仕事は嫌いだ」


 それよりも、死体掃除と言う単純な仕事が良い。報酬も出るのだから、贅沢は言っていられない。


我儘(わがまま)ばかり言って……あと、これも面倒な仕事だろうが』

「死体から装備を剥いで、一纏めにするだけだろう? 単純単純」

『何故だろうな。泣けてくるんだが?』

「さて、何故だろうね?」


 そうエルメンヒルデに応えながら、手際よくゴブリンの装備を剥ぎ取っていく。

 魔神討伐の旅をしていた頃は金に困っていなかったが、ここ一年は割と金欠が続いていた。漁った装備を売ると良い金になるという事に気付き、こういう事に対する手際が良くなったと思う。

 エルメンヒルデはそんな英雄が居るかと怒るが、金は大事なのだ。


「ちゃんと働いてるだろ? グータラしてないだけ、マシだと思え」

『それが普通なんだっ。もっと仕事を選べと言いたいんだ、私はっ』

「仕事を選べるほど偉くは無いんでね」


 ゴブリンの死体から装備を外し終わり、その死体の腕を掴んで、指定された一纏めに集める場所へと持っていく。

 二百体以上ともなると、この単純な作業も結構疲れる。

 参加しているのは十人ほどの冒険者と、あとは魔術都市の住人達が三十人ほどである。中には子供も居る。良い小遣い稼ぎなのだろう、(たくま)しい事である。


『英雄の一人だと知られたのだから、もっと良い仕事を回してもらえるだろうに』

「そういうのにはあまり興味が無い。御近所関係の付き合いならともかく、貴族やら英雄やらの権力争いなんて御免なんでね。あと、俺は英雄なんて柄じゃない」


 英雄と言う肩書は、嫌でも人目を惹く。

 現に、こうやって死体処理をしている俺に他の冒険者たちはちらちらと視線を向けてくる。

 そこにどんな意味があるかは判らないほど無知でもない。そして、それに応える気も無い。


『まったく……』


 新しいゴブリンの死体の(そば)に膝を突き、装備を剥がしにかかる。

 エルメンヒルデはまだ何かぶつぶつ言っているが、俺がどうこう言えるような事ではない。

 死者四名。重傷者十一名。軽傷者三十一名。

 それが今回行われたゴブリン掃討戦による、前衛組が出した被害の数字である。

 死亡者は全員若い冒険者で、前線に出ていた少年たちだ。――俺が、作戦前に話した少年である。

 あの時話した事を思い出す。彼らを奮い立たせた言葉を思い出す。

 運が良い?

 戦場に立つ事になった時点で、運などありはしない。あの若さで戦場に立つという事。それこそが不幸だろうに。

 そして、魔術師や射手で組まれた後衛組。

 重傷者二名、軽傷者十七名。被害なんて、たったそれだけである。重傷者だって、傷が癒えれば今までと同じ生活に戻れる。後遺症が残らない程度の傷だ。

 魔族の奇襲。しかし、宗一と阿弥が後衛組を守り、戦線を維持させ、戦わせた結果だ。

 ……そう考え、溜息を吐いてしまう。

 俺と、宗一達の差。最弱の神殺しと、勇者や大魔導師と称される英雄の差。犠牲が無ければ戦う力を得られない神殺しと、常に最良の状態で戦える勇者達との差。

 前衛と後衛では危険度が違うなんて言い訳だ。死人が出た。英雄なら――死んでしまった少年たちを守れたはずだ。守らなければならなかったのだ。

 だというのに俺は、守るどころかあの少年たちの死こそを糧として、力を得た。

 結果的に黒いオークを倒して、周囲はまた俺を英雄だとか言い始める。今日の朝、ギルドでも言われた。

 そんな英雄なんて、居て良いはずがないのに。


『それでも周囲は、レンジを英雄だと持ち上げるぞ?』

「面倒な事だな」


 そう言いながら、ゴブリンの死体から装備を剥ぎ終わる。


「俺はのんびりしながら、お前と世界を見て回りたいんだが」

『――ふん』

「それなりに楽しいと思うんだがね。お前はどう思う?」

『さあな』


 エルメンヒルデからの答えは、随分と素っ気無い。

 それからしばらくは、二人して無言のまま仕事に励む。といっても、死体から装備を剥ぎ取るのだが。

 宗一達は、先ほど捉えた魔族の処分をどうするか魔術都市の市長の方へ相談しに行っている。

 おそらく王都の方へ運ばれて、情報を聞きだされる事になるだろうと読んでいる。

 魔術都市には魔術師が多いが、戦闘が出来る魔術師はそう多くない。魔術学院の生徒は所詮学生でしかないし、実戦経験のある魔術師は王都の騎士団、または研究所に勤めている事が多い。

 そんな戦力では重症とはいえ、あの魔族が行動を起こしたら面倒になるのは確実だ。宗一達だって人間だ、不意打ちの攻撃には弱い。現に、今回の作戦はその不意打ちで被害が出てしまっている。

 だから、近い内にあの魔族はオーファンよりも安全な王都に送られるだろう。


「魔神を復活させない魔王、か」

『――戦いは嫌いか?』


 魔神。

 俺が全力で戦える、数少ない存在。

 魔神の復活は、俺の存在意義の復活でもあるのかもしれない。エルメンヒルデが何を言いたいのか気付いてしまうが、それに応える言葉を俺は持たない。

 魔神を殺す武器であるエルメンヒルデ。神としか全力で戦えない神殺し。

 だが、魔神に復活してほしいかと聞かれると、首を横に振る。魔神が復活したなら、俺は全力で戦える。“英雄”として、勇者と肩を並べる事が出来るだろう。

 最後の戦い。あの時と同じように。沢山の仲間を犠牲にして。護りたかった人を犠牲にして。皆を、世界を守る事が出来るだろう。

 でも――。


「戦いは嫌いだ。怖いし痛い」

『そうか』

「俺は臆病なんでね」

『そうだな』

「……そこは否定してくれよ、相棒」


 戦いは嫌いだ。沢山の人が傷つく。沢山の人が悲しむ。沢山の人が死ぬ。

 そしてなにより――沢山の人が泣く。


『魔神の眷属との戦いは心が躍ったよ』

「そうか」

『レンジは私を武器ではなく相棒だと言う』

「そうだな」

『……私を否定しないでくれ、レンジ』


 その相棒(エルメンヒルデ)の弱音に、不謹慎にも少しだけ嬉しさを感じてしまう。

 その感情の赴くままに、ポケットの中にあるメダルの(ふち)を指で撫でる。


「断る」

『馬鹿が』


 うむ、と大仰に頷く。


「自覚している」

『大馬鹿者め』


 さて、仕事を頑張るとするかね。

 エルメンヒルデの優しい罵倒を聞きながら仕事に精を出す俺は、結構なマゾヒストなのかもしれんね。





 日が沈むころになって街に戻ると、魔力の光が灯る街灯に照らされた店がいくつも視界に入る。

 門番の兵士から(うやうや)しく礼をされる事に辟易しながら、どうするかな、と思考を巡らせる。

 宿に戻って寝るか、酒場に顔を出すか。

 どっちにするか考えながら、とりあえず足は宿屋の方へ向く。と、視界の先に人影がある事に気付く。


「よう、宗一」

「もう、待ったよ蓮司兄ちゃん。やっと帰ってきた」

『どうした、ソウイチ。こんな所で』

「いや、蓮司兄ちゃんが部屋を借りてる宿屋が判らないから、とりあえず南門が見える場所で待ってたんだ」


 どんだけ暇人なんだよ、勇者様。

 そう心中でツッコミを入れてしまう。


「あの魔族は?」

「あのあと早馬を出して、王都に連絡したみたい。僕達だけじゃなくて蓮司兄ちゃんも関わってるから、もしかしたら優子さんが引き取りに来るかも」

「うへ」

「……優子姉ちゃんに怒られるよ?」


 それは嫌だなぁ、と。

 皆で旅をしている時に何度も怒られた事がある身としては、宇多野さんは怒らせたくない人ダントツ一位である。

 まぁ、悪いのは俺の方なのだが。

 未成年組を夜の町に誘ったり、無茶をして怪我をしたり、子供たちに変な事を教えたり。

 碌でもない理由であることは認めるが、せっかくの異世界だから楽しまなければ損だと思うのだ。今でもその考えは変わっていない。


『ユウコは怒ると怖いからなぁ』

「ツノが生えるからな。ツノが」

「そんなこと言ってたら、聞かれちゃうよ?」

『その時は、ちゃんと私をソウイチに預けてくれよ。レンジ』

「どんな時でも一蓮托生だろう、相棒」


 エルメンヒルデと問答を始めると、宗一が笑いだす。


「懐かしいね」


 その一言に、肩を竦める。

 エルメンヒルデとの問答も、もう三年だ。俺としては懐かしいというよりも、当たり前になってしまっている。

 だから宗一のその言葉に、どうしても違和感のようなモノを感じてしまうのだ。


「俺としては、もう少し静かというかお淑やかな性格の方が好みなんだがな」

『む』


 その一言で固まってしまうエルメンヒルデが面白くて、宗一と一緒に笑ってしまう。

 相変わらず、からかうと楽しい相棒だ。


「阿弥と弥生ちゃんは?」

「レストランを借りに行ってるよ」

「……そこまでしなくてもいいだろうに」

「嬉しいんだよ。特に阿弥は」

「ふぅん」

『気の無い返事だな。穴に埋められても知らないからな?』


 たったこれだけで埋められるのかよ。

 そこまで短気じゃないだろ。多分。

 話しながら歩き出した宗一の後を追うようにして、俺も歩き出す。このままそのレストランとやらに案内してくれるのだろう。

 魔族との戦いの後、あまり話す事が出来ずに分かれたが、特に何も言ってこないのは助かる。

 まぁ、この後聞かれるんだろうが。今まで何をしていたのか。

 どう(かわ)すかなぁ、と夜空に視線を一瞬向けて考える。ま、適当にどうにかなるだろう、と簡単に考える事にする。

 あまり格好良い事ではないし、ダラダラした生活を送っていた。

 でも、子供たちに隠し事はあまりしたくない。嘘を吐くつもりは無いが、それなりに脚色して話す事にしようと思う。


「もう。ちゃんと阿弥に優しくしてよ? 蓮司兄ちゃんが怒らせたら、僕にとばっちりが来るんだから」

「それが楽しいんだがなぁ」

「勘弁してよ……」


 そうは言うが、宗一は宗一で、幼馴染みとのじゃれ合いを楽しんでいたりする。

 判りやすいと思う。本当に。

 仲が良いだけなのか、それともそれ以上なのか。そう勘繰(かんぐ)ってしまうほどに。


「それよりも、宗一」

「それよりもって……なに、蓮司兄ちゃん?」

「俺って臭くないか? ゴブリンの返り血は浴びてるし、今まで死体処理してたし」

「あ、そういえば臭うね」

『これからディナーなのだろう? そのままで行くつもりなのか?』


 そんな事をしたら、阿弥ではなく宇多野さんにナニカされそうである。主に精神的な面で。


「一回宿に戻っていいか? 風呂を浴びたい。あと、服も変えないとなぁ」

「だね。血塗れの服で行ったら、僕が埋められるよ……」

『もう、揃って埋められてもいいんじゃないのか? 仲良く』


 それは勘弁してほしい。

 埋められるのは暗くて狭くて息苦しいのだ。


『そうすれば、レンジも少しはマトモになるかもしれん』

「人をマトモじゃないみたいに言わないでくれないか?」

『マトモじゃないだろ。レンジは』


 酷い事を言う相棒だ。

 肩を竦めると、宗一がまた笑う。


「エルさん、なんだかまた丸くなった?」

「元から丸いだろ、メダルだし。太りは……しないよな?」

「……そうじゃなくて」


 肩を落とす宗一が可愛くて、笑ってしまう。

 そうすると、頬を膨らませて見上げてくる。仕草がやはり子供っぽい。まだ十八歳だからと言うべきか、それとももう十八歳なのにと言うべきか。


「最初の頃はもっと堅苦しかったから。レンジ様、とか言ってさ。」

『――そんな記憶は無いな』

「あったなぁ、まだ純粋でお淑やかだったころだな」

『阿弥にある事無い事、たくさん喋ってやろうかレンジ?』


 そこまでなかった事にしたいのか、あの過去は。まぁ、俺としてもあまり知られたくない過去でもある。

 こっちはしがない会社員だったというのに、いきなり様付けで呼ばれる事になったのだ。恥ずかしい記憶である。


「最初の頃と言えば、宗一はあんまり背が伸びてないよな」

「ぅ……」

『気にするな。男は身長じゃなくて中身だ、ソウイチ』


 それはそれで酷い事を言ってるぞ、エルメンヒルデ。

 暗に身長が低い事は気にするなと言っているようなものだ。宗一が視線を逸らして溜息を吐く。

 実際、顔付きも中性的なので髪を伸ばせば弥生ちゃんに似るのではないだろうか?


「良いよね、蓮司兄ちゃんは身長が高くて」

「平均くらいしかないと思うけどな」

「僕は平均以下だよ。クラスでも、皆僕より身長が高いし」

『大丈夫だ。ソウイチの良い所は私が沢山知っているからな』


 だから、慰めになってねぇよ、バカ。ポケットの上からエルメンヒルデを叩く。

 話題を逸らす為に俺が言いだした事だが、エルメンヒルデがトドメを刺しに掛かっている気がする。


「ま、身長なんてすぐ伸びるさ」

「これでも、毎日牛乳を飲んでるんだけどね」


 飲んでるのかよ。


「健康に良さそうな生活をしてるな。じゃ、早く宿で着替えて阿弥達と合流するかね」

「……そうだね。これ以上待たせたら、また怒られちゃうよ」

『また?』

「ううん。なんでもないよ、エルさん」


 何かして怒られたのか。

 相変わらず判りやすい宗一を、悪いとは思うが笑ってしまう。


「仲が良いみたいだな、阿弥と」

「どうかな? まぁ、幼馴染みだからね。なんとなく、考えてる事も判るし」

「そりゃ凄い」


 そう言うと、宗一が嬉しそうに見上げてくる。


「羨ましい?」

「さて、どうかね」

『素直じゃないな、相変わらず』

「そんなんじゃないさ」


 ただ――羨ましいとかではなく、きっとその関係は宗一と阿弥だからだと思うのだ。

 それは、羨望ではなく……僅かな嫉妬。


「まぁ、俺にはそんな相手は居ないなぁ、と」

「エルさんは?」

「腐れ縁みたいな感じだなぁ」

『…………むぅ』


 仲間を守りきった勇者。誰からも信頼される、天樹宗一に対する僅かな嫉妬。

 それを隠し、エルメンヒルデをからかう事で話題を逸らす。

 それでいいのだ。

 十歳も年下の子供に嫉妬する大人など、ただ見苦しいだけだ。

 一緒に戦った仲間が死んだ。命が失われた。――そうする事で、ようやっと戦う力を得られた。

 ああ、と心中で嘆息する。


「僕と阿弥も、そんな感じだから。エルさん」

『……慰めになってないぞ、ソウイチ』

「さっきの仕返しだよ」


 真っ直ぐ笑える宗一が羨ましい。

 大人になると、どうして作り笑いが上手になるのかね?

 それとも、作り笑いが上手になったら大人だと言えるのか。


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