第八話 神殺し達3
振り上げた拳が、大地を砕く勢いで地面に叩き付けられる。
我武者羅な攻撃は隙が多大きいはずなのに、とても反撃できる余裕が無い。まるで鋼を思わせる黒い肌。しかし、実際は鋼以上の強度を有しているのでは、と思える。
その拳に寄る一撃は確かに大地を割り、周囲一帯に小規模な地震のような影響を出している。それが反撃に向かう足を止め、跳んで避けようものならもう片方の腕で迎撃されてしまう。
無茶苦茶ではあるが、実に鬼らしい、力に任せた攻撃と言えるだろう。
一角鬼。通常ならば、体長約五メートル前後。赤黒い肌に、その名が示す通り頭部に一本の角を持つ鬼だ。
腕と足は成人男性の胴回りほどもあり、その拳の一撃は大岩すら軽く砕く。群れる事をあまりせず、精々が二匹、番いで行動する程度である。
同族同士ですら争うほど気性が荒く、ゴブリンやオークをも餌とする。人間が支配するこのイムネジア大陸では最大の生物……一種の『暴君』と呼べる存在であると言えるだろう。
しかし今眼前で暴れる存在は、その一角鬼よりも一回り大きい六メートル以上の体躯を持ち、その拳は大岩どころか大地すら割りかねない。漆黒とも言える肌は固く、援護で撃ち込まれた下位魔術や弓矢の一撃を無傷で耐えている。
外見はオーガであるが、全くの別物。新しい種。あの魔術を使った黒いオークと同じだ。
――この黒いオーガは、魔神の腕に良く似ている。
「ちっ」
『……やりづらいな』
外套で鼻まで隠しながら、舌打ちをする。エルメンヒルデからも、僅かに苛立った声が上がる。
砂埃が酷くて、マトモに呼吸するのも難しい。この魔神の気配を持つ黒いオーガを囲んでいた冒険者たちの悲鳴と怒号も一つの問題だ。大きな声はオーガを刺激してしまっている。冒険者たちが標的にならないように気を引くのも体力を使う。
そしてもう一つ。このオーガを援護する魔族。
灰色の髪は腰まで伸び、その背からは猛禽類を思わせる翼。尻からは尻尾が生え、その先はまるで蟲の口を思わせる牙がある。ガキガキという音を上げて噛み合わされるソレ、は確かに一つの武器である。
強膜は僅かに黒く濁り、瞳孔は紅。その口が開くときに見える歯も人間と同じようなものだ。露出した肌の色も病的なまでに青白く、人間と同じように服を着ている。人と同じ形をしているのに、全く人とは違う存在。
翼と尻尾、血色とすら言えるように紅い瞳を持つ存在。そして、人間には持ち得ない強力な魔力を持つ種族。それが魔族。
翼に魔術を掛けて空を飛び、周囲の空間を歪めるほどの魔力を放出しているのが良い証拠だ。
視認できるほどの魔力なんて、俺達のような異世界から召喚された人間か魔族くらいしか持っていない。
「なんとか撃ち落せないか?」
「さっきから何度か試してるんですけど、単発の魔術は避けられてしまって……」
「強力な奴は?」
「……周りの人を巻き込みそうで」
そうか、と。
背後に庇う阿弥が、どこか悔しそうに言う。
正直には言わないが、周囲の冒険者たちが足枷になっているのだろう。俺や宗一なら阿弥の魔術発動と同時に空を飛ぶ魔族や黒いオーガから離れられる。
しかし、ただの冒険者にその一瞬を見極める事、離脱できる足を期待するのは酷というものだろう。
それもこれも、あの黒いオーガの所為だ。
半端に動きが鈍い時があるのだ。その瞬間を狙って他の冒険者たちが攻撃を加える。それは確かに隙ではあるが、攻撃が効いていないのでは意味が無い。
おそらく意図的だろうな、と心中で呟く。そうする事で俺達の動きを――阿弥の魔術を妨害している。
オーガにそれだけの知能があるとは思えない。あの魔族が操っていると考えるのが普通か。
「――蓮司兄ちゃん、どうしよう?」
魔族の気を引いていた宗一が、隣に来て困ったように聞いてくる。むしろ俺が聞きたいわ。
阿弥の手には魔術師らしい大きな木の杖が握られており、宗一の手には美しく透き通った蒼い刀身の剣。
女神の聖剣と周囲から呼ばれている剣。実際は魔神討伐の際、四体の精霊と契約して精霊神から授かった聖剣である。……女神はあまり関係ない。
強いて言うなら、精霊神に口利きをしてくれたらしいので、それくらいの関係だ。女神の聖剣と言うよりも、精霊神の聖剣と言うべきだろう。それでも人は、俺達は女神に召喚されたので女神の加護である聖剣を持っていないといけないという持論で物語を作っている。
あまり知りたくない、大人の汚い部分である。それを判って何も言ってこない精霊たちの懐の広さが素晴らしい。まぁ、あの連中はまず喋らないんだが。
「どうしようも何もあるか。あの魔族を叩き落とす。その後、黒いオーガを殺すだけだ」
黒いオーガに、この前の黒いオーク。聞きたい事が山ほどある。
どうしてこの二匹からは魔神の気配を感じるのか。そしてなにより、何故一介の魔族が魔神の眷属を召喚できるのか。どうやっていう事を聞かせているのか
言っては悪いのかもしれないが、空を飛ぶ魔族よりも、黒いオーガの方が明らかに強い。上下関係が逆なのだ。頭の良い悪いではなく、魔族にとって『魔神』というのは特別だ。自分達の神なのだから当然なのだが。
その魔神の眷属を操るという事が、不思議でならない。
「おっけ。いつも通りだね」
十八歳の男の子が嬉しそうに言う事じゃないだろう、と思う。殺し、殺されるなんて。
まぁ、この世界では当たり前の事なのだが……元の世界を知っている身としては、どうにも慣れない。むしろ、この世界に慣れている宗一が普通なのか……。
そう考えていると、また魔族とオーガの気を引くために宗一が駆け出す。その様は、まるで一つの影。黒い髪と魔術学院の制服である青いローブ姿という事もあり、黒い影が凄まじい勢いで動いているように見えてしまう。
その速さは、制約を五つ解放した俺ですら目で追うのがやっとだ。斬り合えと言われても今のままでは不可能だろう。
一瞬でオーガに肉薄した宗一が、手に持った聖剣で膝を切り付ける。しかし、火花が散るだけで出血は無い。一体どれだけ堅いのだろうか、あの肌は。その脇腹には翡翠色の神剣が突き刺さったままである。
こと『魔神』との戦いに関しては、精霊や神の加護を受けた聖剣よりも、神殺しの武器の方が強力である。それは、一年前に実証している。
先ほど投擲した剣とは別に、もう一本の剣を右手に握る。
「……蓮司さん」
「ん?」
宗一ばかり気にしているオーガに狙いを定めていた時、後ろから声を掛けられる。
その声は俺の知っている阿弥とは違って弱々しい。振り返る事無く答えると、ポケットから小さな溜息。
戦いの際中なのだから、油断も慢心もしない。さっさと終わらせる。
宗一が気を逸らし、俺が仕留める。それは魔神やその眷属と戦う際に何時も取っていた作戦である。まぁ、作戦と言えるほど複雑でもないが。適材適所とも言えるだろう。
「今制約、いくつ解放してますか?」
「四つ」
「…………」
判りやす過ぎただろうか?
制約の解放。俺のソレは、とても分かりやすい。魔力を持たない俺は、解放の段階によってエルメンヒルデから魔力を貰う。その魔力で武器を創り出す。つまり、解放した数に応じて強力な武器を創れる。
魔術に精通している阿弥なら、今の俺の魔力量からおおよその解放状況に気付いているのだろう。そして、どの制約が解放されているのかも。
一緒にした十二人の仲間達なら、俺が力を発揮する条件を知っている。七つの制約を解放する条件を。何を成し、何を犠牲にしなければならないのかを。
『俺の戦う意思』『誰かを守る』『魔神との戦闘』『約束を守る』。今この場だと、この四つ。それが阿弥が思いつく制約だろう。そして、俺の魔力は制約五つ分。残り一つは――ここは戦場なのだ、簡単に想像がつくはずだ。
俺より十以上も年下なのに相変わらず頭が回るし、状況をよく確認している。だから、何でもない、と肩を竦める。
『さっさと終わらせるぞ、レンジ』
「そうだな」
エルメンヒルデからの助け舟に頷いて応える。問答をするつもりは無い。戦いの際中なのだ、そんな余裕はない事をどちらも理解している。どんな雑魚が相手でも――油断したら仲間が死ぬ事を、俺達は知っているから。
神剣を握る手に力を込める。周囲を見渡し――。
「――やれ、阿弥」
「はいっ」
杖を地面に突き立てると同時に、緋色の魔方陣が広がる。
黒いオーガを中心に、周囲を囲む冒険者たちすらその範囲に収めるほどの大きさだ。これほどの大規模魔術を発動させるとなると王国騎士団のエリート魔術師ですら数人掛かり、しかも準備に時間が掛かるだろう。阿弥のように一人で、瞬時に発動できる魔術師は存在しないだろう。
それは逆に言えば、阿弥には発動できるという事。その事実を知らない人たちも、神殺しならできるのでは、と思う。思ってしまう。周囲一帯を巻き込む大規模魔術。周囲の冒険者からも、驚きと戸惑いの声が上がる。
『さっさと逃げろ。巻き込むぞ』
それと同時に、エルメンヒルデが全員の頭に『声』を送る。
事情を知らない冒険者からしたら、魔術で喋っているのでは、と言う気になったのではないだろうか。
いきなり聞こえた声に周囲を見渡す様は隙だらけで、一つ息を吐いてしまう。
『神殺しの戦いに巻き込まれたくないなら、さっさと逃げろと言っているのだ』
もう一度、エルメンヒルデの『声』。
そして、今度こそ周囲の冒険者が阿弥の魔術の範囲外まで後退し始める。
「んじゃ」
「――いつも通り、暴れましょうか」
阿弥が木の杖を地面から抜くと同時に、魔法陣の輝きが増す。煌々と目も眩むような輝きはとても神聖で、その中でオーガの黒さは際立ってしまう。
「私が今日を、どれだけ楽しみにしていたか知っていますか?」
そう言うと同時に、広大な魔法陣が魔族の真下に収束する。
狙いはオーガではない。この場で一番厄介な魔族を先に仕留める為だ。
オーガを倒したら逃げられる可能性もあるし、頭の良い連中だ。周囲の冒険者たちを盾にするかもしれない。
実際、黒いオーガを使って冒険者たちに自分達も戦えるのではないか、と言う状況を作っているのは狡猾としか言いようがない。
だからまずは、巻き込んでしまう冒険者たちを遠ざける。次に、狙いは黒いオーガだと思わせるために魔法陣は地面に展開。
「さっさと堕ちろ」
殺気すら籠った声で呟き、途端、空から魔術を警戒していた魔族が地面に叩き付けられる。
操ったのは重力。魔法陣すら布石。
そもそも、そんな攻撃手段が判ってしまうモノに頼るのは最終手段だ。魔術に慣れなかった旅の最初ならいざ知らず、今の阿弥なら魔法陣無しでも魔族を仕留める事が出来る。
それと同時に、俺もオーガに向かって駆け出す。
制約を五つ解放した現状の身体能力は凄まじく、二十メートルほどあった距離を一息で詰める。
最初に宗一がもう一度オーガの足を斬る。火花が散るが出血は無い。
次いで、俺が逆の足を斬る。こちらは何の抵抗も無く、足首が切断される。
絶叫が上がり、片足を失くした黒いオーガが前のめりに倒れる。
咄嗟に両手で上半身を支えようとして、次の瞬間には手を付こうとした地面が消失する。阿弥が魔術で穴を掘ったのだ。両手が地面に埋まり、ズン、と言う重苦しい音と共に顔面を大地に強かに打ち付ける。
「ふぅ」
魔族は重力で地面に押し潰され、黒いオーガは片足を無くし両腕は地面に埋まっている。
完全に無力化した状態に、一つ息を吐く。
そのまま、オーガの首を落とす。神剣は何の抵抗もなくオーガの首を断ち斬り、胴と分れた頭が転がる。
「俺もう、隠居していいかな?」
『これから騒がしくなりそうだが、その全部を見て見ぬふりを出来るならな』
「……ちっ」
肩を落とし、舌打ちを一つ。
すまないな、ロブ。ロベリアーノ。俺が出来るのは、こんな事くらいだ。
死んでしまった若い冒険者の死に顔を思い出す。守るなんて約束をした訳じゃないが、あの若さで死んでしまったという事実が胸に突き刺さる。戦場で、ゴブリンなんかに殺されて。宗一とそんなに変わらない歳だから……これからの人生だっただろうに。
戦場なんだから、しょうがない。そう思いたくなくて、戦場なんて言い訳にしたくなくて、息を吐く。
「さて」
『後は、今回の件の黒幕か』
黒幕なんて言えるのかね? どうにも、そんな風には思えないが。エルメンヒルデの言葉を聞きながら、今尚重力の檻に囚われた魔族の方へと足を向ける。
あんな魔神の眷属になったオーガ、それも一匹程度で宗一を倒せると本気で思っているのなら、あの魔族はただの馬鹿だ。
俺が居なくても、宗一と阿弥ならどうにかして倒していたはずだ。そう信頼できる。
それが神殺しであり、英雄。絶対の信頼を受け、それに応えるのが勇者なのだから。
「蓮司兄ちゃん!!」
「おう」
地面に落された魔族を見張っていた宗一が、片手を上げて俺の名前を呼ぶ。俺もそれに応えるように、片手を上げて近付く。
パン、と乾いた音。ヒリヒリする片手を、握ったり開いたりして痛みを和らげる。
……思いっきり叩きやがって。本気で痛ぇよ……。
「元気だったみたいだな」
「それはこっちのセリフだよ。あのあと、皆心配したんだからね?」
「う……」
見上げてくる視線に、目を逸らす。
いやまぁ、勝手に姿を消した俺が悪いんだけど。
『もっと言ってやってくれ、ソウイチ』
「エルさんも。久し振りです」
『ああ。礼儀正しいな、お前たちは』
「……それだと、誰かは礼儀正しくないように聞こえるんだが」
『そう言ってるんだ』
「これでも、礼儀には気を使ってるつもりなんだがね」
そう言いながら、視線を地面へと向ける。
翼は折れ曲がり、両足と左腕があり得ない方向へと曲がってしまっている。見ているだけでこっちまで痛みを感じてしまいそうだ。
「おい」
そう声を掛けると、憎しみの籠った視線を向けられる。
十三人の神殺し。
その中で、魔神を実際に殺した俺は魔族に恨まれている。憎まれているとすら言える。それもそうだろう。
自分達の神を殺した人間なのだから。憎んで当たり前だ。
その首筋に、翡翠色の刃を当てる。黒いオーガを倒した今、解放されている制約は四つ――いや、三つか。この状況では誰かを守るなんて必要も無いだろうから。
先程よりも魔力の輝きが薄れた刀身が、その事実を物語っている。
「ヤマダレンジ――ッ」
「ああ、俺が山田蓮司だ。それで、どうしてお前みたいな魔族が魔神の眷属を操れたんだ?」
憎しみの籠った声を聞き流し、質問する。
悪い事をしたのかもしれない。神を殺すなんて、世界を救うためとはいえ許される事ではないのだろう。特に、その神を信仰していた魔族にとっては。
だが、だからといって憎しみを受け止めてやるつもりもない。
そんな事が出来るほど人間が出来ている訳ではないし、器が大きい訳でもない。
世界を救って、その後はどうする?
この異世界をより良い方向に変えようとするかもしれない、亜人や獣人たちとの橋渡しになるのも悪くない。敵対していた魔族と手を取り合おうとするかもしれない。
実際、人間を悪く思っていない魔族も居る事は居る。少数だが。
「シェルファが関わっているのか?」
口に出したのは、魔王の名前。魔王シェルファ。アーベンエルム大陸を統べる、魔神に次ぐ実力者。
勇者として覚醒した宗一と互角以上の戦いをしたバケモノ。
その名前を出すと、魔族の男は視線に更なる憎悪の意志を込めて俺を睨んでくる。
「ハ――あんな甘い女に、何か行動を起こせるはずもないだろ!!」
「おいおい。一応お前たち魔族の王様だろうが」
まぁ、甘い魔王というのは同意するが。
魔王と言うには、シェルファと言う女は甘すぎるというイメージがある。正々堂々だし、人質は嫌いだし、人間が好きだと自分で言っているし。先代が死んだから跡を継いだだけだと俺達の前で胸を張って言ってたし。
かといって、人間らしいのかと言うとそうでもない。
力がすべての魔族の大陸を統べているのだから、強い者が正義だという。人間だろうが魔族だろうが、口だけの奴は手に掛ける。口よりも先に手が出るタイプの女だ。魔族らしい女だと言える。人間が好きだと言っているが。
「知った事か。魔神様を復活させない魔王など、魔王と言えるものかっ」
『魔神を復活させない?』
それは、初めて聞いた事実。その事に、首を傾げてしまう。
その言い方だと、いつでも魔神を復活させることが出来るとも取れる。
「どういう事? 魔神は死んだ。蓮司兄ちゃんが殺した――」
「ふん。そこまで教えるか。ほら、さっさと殺せ」
「あ?」
「敗者には死しかない。どうせ戻っても殺される」
いや、あの程度の戦力で勝てる訳がないだろ、と呆れてしまう。
妙な事には頭が回るのに、好戦的な所は一年前から全然変わっていない。
「知った事か」
そう言い、翡翠色の神剣が魔力の粒子となって消失する。
「阿弥、終わったからもういいぞ」
「はいっ」
それと同時に、魔族を縛っていた重力の檻も消失する。重力が消えて気が緩んだのか、魔族の男も気を失ってしまう。
魔神の復活、ねぇ。
少し離れた場所に居た阿弥がこちらに歩いてくる姿を見ながら、溜息を吐く。
「またなんか面倒事か……面倒は嫌いなんだがなぁ」
「蓮司兄ちゃんは、面倒事によく巻き込まれるよね」
そう、どこか楽しそうに宗一が言ってくる。
俺としては、本当に、本気で勘弁してほしいんだが。
「向こうから来るんだよ。あと、俺が自分から面倒事に巻き込まれてるみたいに言うのは止めてくれ」
「え?」
「……え?」
『何を言ってるんだ、いきなり』
どうしてそこで、疑問符が付いた言葉が出るのか。俺としては面倒を避けて生きてきたつもりなんだが、どうしてかこういう面倒事が向こうから寄ってくる。これも異世界補正とかだとしたら、絶望しかない。
それと、相変わらずエルメンヒルデの呆れたような言葉が俺の胸を抉ってくる。
何か怒らせるような事をしただろうか? そんな事を考えていたら、阿弥が俺の隣に立つ。
「………………………」
「………………………」
「………………………」
『……何を黙ってるんだ、三人して?』
さあ?
なぜか阿弥が緊張しているので、俺と宗一も黙ってしまう。
エルメンヒルデはアレだ。空気が読めていない。
「えっと。お久しぶりです、蓮司さん。さっきは助けてくれて、ありがとうございます」
「ん。久し振り、阿弥。約束しただろ? 危なくなったら助けるって」
そう言って、手の平を阿弥に向ける。そうすると、阿弥も少しだけ嬉しそうに俺に手の平を向け、パチン、と音を立てて合わせる。
以前一緒に旅をしていた頃、何か成功したり、良い事があった時によくしていたのだ。ハイタッチ。懐かしい気持ちになれて、俺も笑ってしまう。
どうやって会おうか、何を話そうかと思っていたけど、これだけでも良かったかなと思えてしまう。
「元気が無いみたいだけど、どうかしたのか?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
さっきは嬉しそうだったのに、また俯いてしまった。何かあったのだろうか? それとも何か悪い事をしたか。
そこまで考えて、この一年、音沙汰無しだったという事に思い至る。
それか、と頭を掻いてどう話そうか、と考える。阿弥は阿弥で、俯いたまま髪を弄ったりしてモジモジしてる。
一年前より身長も髪も伸びて、なんだか女の子っぽくなってるので少し新鮮だ。そんな事を口にしたら怒られそうだから口にはしないが。
結局そのまま、あまり話す事が出来ずに他の冒険者たちが戻ってくるまで三人して黙っていた。
……こんな再会で良いのだろうか?




