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第六話 神殺し達1

 弥生ちゃんと話した次の日の朝。

 珍しく早く起きてしまい、いつもより早い時間にギルドへ行くと、カウンターに人だかりが出来ていた。


『何事だ?』

「なにか面白い依頼でもあったのか?」


 興味を惹かれて、俺もカウンターへ近づく。

 パッと見ただけで二十人近い人数がカウンターに集まっているのだ、受付の女の子まで近づけもしない。

 しょうがないので諦め、落ち着くまで待つことにする。その間に今日受ける依頼でも確認しようかとして、肩を叩かれた。


「来たか」

「ん? よう、おはよう」


 そこには、最近何度かパーティを組んだエルフの姿があった。

 しかし、心なしか少し疲れているようにも見える。視線に、いつもの力強さを感じない。それに、いつも背負っている弓が見当たらない。


「弓は折られてしまった。いま、新しいものを用意してもらっている」


 その事が表情に出たようで、弓の事を教えてもらえた。

 しかし、折られた? 何か人間と揉め事を起こしたのか、それとも魔物討伐の際に不覚を取ったのか。

 このエルフの技量は、少しは知っている。魔力の森の魔物が強力とはいえ、居るのは所詮ゴブリンやその程度だ。あの程度に不覚を取るほど弱いとは思えない。


「どうかしたのか?」

「ああ。少し問題が起きてな」

「問題?」

『ふむ……面白そうだな』


 俺としては嫌な予感しかしないんだが。エルメンヒルデの言葉に、心中でそう返す。

 出来れば、厄介事は回避したい。それと、危険な事も。


「あの人だかりと関係あるのか?」

「そんなところだ」

『何があったのだ?』

「……何があった? あれだけの冒険者がカウンターに集まるなんて、珍しいと思うんだが」


 よほど報酬が良いのか、それとも厄介なのか。出来れば前者であってほしい。

 俺の後にギルドへ来た人たちも、何事かとカウンターに視線を向けている。そして、人だかりの人数が多すぎるので俺と同じように様子見するようだ。

 やはり、アレだけ集まると誰だって興味を持つよなぁ、と。


「最近、ゴブリンが異常に多いと感じないか?」

「ゴブリン?」


 そういえば、と。

 昨日、魔力の森へ霊薬を採取しに行った時も矢鱈と襲われた事を思い出す。

 確かにあれは異常だな。何の目的も無く、アレだけの数のゴブリンが集まるのは珍しい。


「魔力の森の方でも異常発生しているのだが、どうやら魔術都市南部の平原の方でも同じような状態らしい」

「魔力の森と、オーファンの南部でゴブリンが大量発生しているのか」

『珍しいな。この辺りのゴブリンなら、冒険者が狩っているからそんなに数が多くないはずだが』


 さすがに、それだけの大物が裏に居るなら、ギルドにいくらかの情報が入ってくるだろう。

 それが無いという事は、自然に大量発生したという事か。

 魔物が産まれるのには二つの方法がある。もしかしたら俺が知らないだけかもしれないが、とりあえず知っているのは二つだけだ。

 一つは同種族同士で子を成す事。自然の摂理というか、まぁ雄と雌、男と女が居るなら当然のことだろう。

 一つは魔神が創造する事。あいつは本気で、魔力さえあれば無尽蔵に創造できるので困る。いくらか制約はあるらしいが、何が制約――枷になっているのか判らない。

 魔神が倒された後も、世界から魔物が居なくならないのはここに原因がある。最後の戦いで無尽蔵に創造された魔族を殲滅するだけの戦力が人間にも獣人にも無いのだ。もう無限に創造される事は無いが、生み出された魔物たちの数はまだまだ多い。

 それが子を成し、増え続けているのが現状なのだ。冒険者や王国の兵士、獣人たちが討伐し続けているが、魔神が殺された後の一年で一体どこまで減った事か。


「それで、ギルドで大規模な掃討戦を行うつもりなのか?」

「ああ。今、その人員を募っているようだ」


 なるほどな、と。

 ゴブリンの大量発生自体は、魔神が健在の頃はそう珍しい事ではなかった。

 俺達が旅をしていた頃は、それこそ三桁以上のゴブリンの掃討だってした事がある。まぁ、その(ほとん)どは魔術師組が一掃してくれて、生き残ったのを俺達が仕留めるような形だったが。

 しかし、魔力の森だけで十匹以上のゴブリンに襲われたのだ、森の奥や草原のゴブリンも合わせると相当な数になるだろうな。

 ギルドでどれだけの人員が集まるか、か。


「魔術師が集まってくれるといいが」

「稼ぎ所だからな、連中は食いつくだろうよ」


 何せ、壁に困らない。

 前衛が揃った魔術師は、後ろから大砲をぶっ放すだけでいいのだ。これほど楽な依頼も無いだろう。

 問題は戦場だ。何か餌で釣るにしても、草原は広すぎる。魔術都市近くや魔力の森を戦場にする訳にもいかないだろうから、必然と戦う場所は草原の真ん中となるだろう。その辺りは、偉い人が考える事だ。俺じゃない。

 群れる知識はあっても、伏兵を用意するほど頭が良いとは言えない連中だが、数を頼りに囲まれると面倒だ。

 魔術師は火力としては申し分ないが、乱戦になったらその火力が仇になる。仲間を巻き込む魔術は使えなくなる。使えるのは、よほどの外道か信頼できる仲間が居るか。もしくは、仲間を巻き込まない魔術を使える魔術師。だが、そんな魔術師は人間の中でも数人いるくらいだろう。

 あとは、エルフや妖精(ピクシー)の精霊魔術。アレも精霊に力を借りて発動するので、使い方次第では敵味方の識別が出来る。


「どうするかね」

『参加しないのか?』

「迷うね。稼ぎは悪くなさそうだが、その分危険も大きいようだしな」


 俺一人が参加したとしても、戦況に変化が起きる訳でもない。

 相手に特別強力な――それこそ、あの黒いオークのような魔神の混ざりモノが居ない限り、俺は並の冒険者とそう変わらない。

 多対多の戦場なんて地獄だ。いや、そもそも戦場が地獄なのか。それを知っている身としては、大規模戦闘なんて遠慮したいのが本音だ。

 それに、俺が参加しなくても十分な戦力が揃いそうでもある。


「お前は参加すると思っていた」

「……何でだ?」

「金に困っているようだし、アレだけの腕だ。ゴブリン程度なら問題無いだろう?」

「買い被り過ぎだな。俺はそこまで強かない……お前の援護が上手かっただけさ」


 そう肩を竦めると、溜息を吐かれた。

 本当の事なんだがなぁ、と。実際、大量のゴブリンに襲われた時、俺が仕留めた数よりこのエルフが仕留めた数が多い。

 数で判断するのも間違っているのかもしれないが、俺が動きやすかったのは事実だ。それだけで、このエルフの技量の高さが(うかが)える。


「お前は怠け者のようだな」

『まったくだ』


 ……どうしてそこで、お前が返事をするかな。エルメンヒルデ。

 相棒の酷い裏切りに深い溜息を吐き、カウンターへ向かう。ゴブリン討伐の受付がある程度落ち着き、人数が減ったからだ。

 どれくらいの人数が集まったか尋ねると、前衛職が三十人以上、魔術師や射手のような後衛職が二十人以上集まっているようだ。

 ゴブリンの正確な数は判らないが、十分な数と言えるだろう。そんな中に混ざっても、まともな戦果を挙げられるとも思わない。

 そうなれば、報酬も微々たるものとなってしまうだろう。下手をしたら、霊薬を一日採取していた方が稼ぎが良いかもしれない。

 まぁ、こんな掃討戦の華は魔術師だ。俺のような前衛職はそこまで目立てない。

 報酬の最低額を確認すると、銅貨五十枚。報酬としては安い方だ。まぁ、相手はゴブリンだから、と思う事にする。


「作戦開始は明日か。急だな」

『……ヤヨイ達の約束の日じゃないか』


 そうだな、と。

 それと、魔術学院の方からも手を借りる事になっているようだ。つまり、魔術師を借りる。これでさらに後衛が十人以上増えるだろう。

 そしてそれは――。


『ソウイチ達も駆り出されるな』


 だろうな。宗一と阿弥が居れば、ゴブリン程度なら問題無い。弥生ちゃんが居るなら、怪我をしても大丈夫だろう。

 この世界に来たばかりの頃ならともかく、魔神とすら魔術合戦が出来る阿弥ならそれこそ瞬殺できるはずだ。

 流石にそこまで目立とうとはしないだろうが。そんな事をしたら冒険者たちが無料(タダ)働きになってしまう。それじゃ、反感を買うだけだ。

 まぁ、それとなく死人が出ないように足止めするくらいか。宗一も、最前線で士気を高めるくらいだろう。

 魔神が討伐された世界で英雄に求められるもの。それは“英雄である”という事。仲間を守り、国を救い、戦えない者の為に戦う。そんな英雄象。それが求められる。

 それは絶対の信頼。

 英雄が居れば、どんな時でも大丈夫。勇者が居れば、どんな相手にも負けない。

 そんな信頼。クソ重くて、自分勝手で、他人任せな信頼。別に、それを悪いだなんて思わない。俺だってそう思う。縋るモノがあるなら縋ってしまうのが人間だと判っている。それが女神であり、女神の使徒である神殺し達である。

 その信頼に応えられるのが英雄であり、応えられないのが俺。ただそれだけの事だ。


「はぁ……これだから、魔物討伐は嫌いだ」

『うむ。こればかりは、流石に少し思う所があるな。相変わらず間が悪いな、レンジは』

「…………」


 そんな事を言いながら、参加者名簿に名前を書く。レンジ。ただそれだけの名前を。

 参加しても結果は変わらないだろう。だからといって、宗一と阿弥に全部を任せる訳にもいかない。

 俺が弱いというのは事実だが、それを言い訳に子供たちに全部を任せて何もしないで良い理由にはならない。

 だが、俺が参加する事で少しでも負担が減るなら、参加しよう。

 子供の仕事は何だ、と自問する。それは勉強であり、友達と遊ぶ事。沢山食べて、ゆっくり眠る事。それが、子供がやらなければならない事だ。

 絶対に――剣を握って、戦う事ではない。魔物を殺す事ではない。

 それは、子供の仕事ではないのだ。


「結局参加するのか?」


 名前を書き終ると、エルフの男が話しかけてくる。

 その言葉に肩を竦めて返事をする。


「知り合いも参加するようなんでね」

「大切な人なのか?」

「そんな所だ。せっかく世界が平和になりつつあるんだから、もう戦ってほしくないと思うんだがね」


 だからせめて、一匹でも多くのゴブリンを仕留めよう。

 少しでも早く戦いが終わる様に。宗一達が戦わなくて済むように。

 ふと、思う。学院生活は楽しいんだろうな、と。まだ十八歳。友達と一緒に遊ぶのが普通の年代だ。

 昨日の弥生ちゃんは、学院の事を話す時、とても嬉しそうだった。きっと、宗一達も同じだろう。

 ……だから、溜息を吐く。あいつ等は、戦う事よりも、笑っている方が良い。そう思うのだ。


「俺がもっと強ければいいんだがね」

「どういう事だ?」

「なに、ただの愚痴だ。気にするな」


 もっと強ければ。一人で戦えれば。誰も巻き込む事無く、誰かを守れるくらいの力があれば。

 そうすれば、他の仲間たちの負担は減っただろう。守られてばかりだった俺が戦力になれば、もっと戦えたはずだ。犠牲は少なく済んだはずだ。

 そんな事を考えながら物思いに(ふけ)っていたら、エルフの男も参加者名簿に自分の名前を書く。

 名前はフェイロナと言うらしい。何度かパーティを組んでいたが、名前は教えてもらっていなかったのだ。それだけ警戒されているのだと思う事にしていたが。


「まだ名前を書いていなかったのか?」

「参加するかどうか迷っていた」


 それでお前、俺には怠け者だなんだと言ってたのか。軽く睨むと、困ったように肩を竦められる。

 その様が似合っていて、どうしてか溜息を吐いて許してしまう。美形(イケメン)というのは羨ましいもんだ、まったく。


「お前が参加するなら、私も参加しよう」

「なんだそりゃ」


 その視線が、真っ直ぐ俺を見る。


「お前は強いからな。組めば、生き残れる。そう思う」

「勘弁してくれ。こっちはただの貧乏な冒険者だよ。信頼されても、応える方法なんざ知らんよ」

「それは残念だ」

『まったくだな』


 だから何故、お前はそのエルフに同調するのか。

 どっちの味方なんだ、とポケットの上からエルメンヒルデを軽く叩く。


「とりあえず、大仕事は明日だ。今日はゆっくりしようや」

「それもそうだな」


 そう言って、二人並んでギルドから出る。


「酒は飲めるのか?」

「果実酒くらいなら、だが」

「よし」

『よし、じゃないだろ。よし、じゃ』


 もう一度、ポケットの上からエルメンヒルデを軽く叩く。


「景気付けに少し飲むか」

「こんな昼間からか?」

「偶には良いもんだぞ、昼間っから飲むのも」

「……まぁ、する事も無いので構わないが」

『おい』


 エルメンヒルデの声を聞きながら、歩き出す。

 

「大きな戦いの前だというのに、のんびりしているな」

「そうか?」


 ゴブリン討伐はこの世界では珍しくもないし、宗一達が関わるなら負けも無い。

 後は俺が自分の仕事をするだけだ。何もする事が無いかもしれないが、何かやれることがあるかもしれない。

 やれる事があるなら、それをするだけ。気楽なものだ。エルメンヒルデと一緒に。


「見かけによらず、大物だな」

「見かけどおりさ。何処にでもいる、ただのしがない冒険者の一人でしかない」

『……まったく。この呑兵衛(のんべえ)め』


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