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番外編 ずっと続いてほしい日々


 パチパチと、焚き火が音を立てていた。

 静かな夜。焚き火が爆ぜる音と、虫の声。風が草木を揺らし、近くで流れる川の音。

 そんな静かな夜。

 寝ずの番で焚き火の灯を絶やさないよう枯れ枝を投げ込みながら、欠伸を一つ。

 こうやって燃える火を見ながら、ただ静かに夜を過ごす。

 まだ慣れないので新鮮な気づきも多いけど、慣れたら退屈なんだろうな、と思う。

 兄ちゃんは、これをずっとやっていたのだ。二年間。魔神ネイフェルを倒すために旅をしている間……ずっと。

 そう思うと、どれだけ僕達はあの人に迷惑を掛けたのだろうと思って、口元を緩めた。

 声には出さない。

 耳に、微かな寝息が届いているから。

 一緒に旅をしている人。仲間。……ただの仲間ではなく、もっと大切な人……なのだろうか。

 よく分からない。

 そういう風に考えた事が無かったし、一緒に居るのが当たり前だと思っていたから。


「んぅ……」


 僕の膝に顔が触れそうなくらい近くで、その女性が身動ぎをした。

 その反対側でも、違う少女が身動ぎをする。

 この世界で唯一の肉親、妹の天城弥生。

 そして、この世界に来てからずっと一緒に居る久木真咲さん。

 ……うーん、と。


「近いなあ」


 なにせ、すぐ傍である。ともすれば、その寝息が僕の膝を擽ってしまうくらい、近く。

 寝顔は隠されておらず、外套を下に敷いて腕を枕にしながら眠っている二人。

 その寝顔を何とはなしに眺めて、しばらくしてからまた枯れ枝を放る。

 まず最初に真咲さんが、次に弥生が。そして最後に僕が火の番をして夜を過ごす。

 弥生が魔術学院を卒業してから旅に出て、それからはずっとそのローテーションで夜を過ごしている。

 もう、結構長い時間だ。一年には満たないけど、半年はこうやって三人で過ごしている。

 イムネジア大陸を歩いて回って、偶に海を渡ってエルフレイム大陸に。

 時折昔の仲間……蓮司兄ちゃんたちと会ったら、一カ月くらい一緒に行動してまた別れ。

 その繰り返し。

 兄ちゃんの言葉を使うなら、根無し草のような生活。

 旅先で依頼を受けて魔物の討伐なんかをして旅費を稼いで次の村へ向かう生活は、何というか……阿弥からは将来性が無いと言われた。

 同じような生活をしている蓮司兄ちゃんにはそんな事は言わないのに、である。

 この辺りが、やっぱり僕と蓮司兄ちゃんの違いなんだろうなあと思って苦笑する。……いまごろ、阿弥は、少しは蓮司兄ちゃんと仲良くなっただろうか?

 幼馴染の女の子の事を考えていると、また真咲さんが身動ぎをする。

 僕の膝に顔を押し付け、微かに口元を綻ばせたように見えた。

 ……どんな夢を見ているのかな?

 ふとそんな事を考えたけど、流石に夢の内容を知る魔術なんて知らない。

 そうして、今度は弥生が身動ぎ。下に敷いている外套と服が擦れ、微かな音を立てる。

 昔、魔神討伐の時に来ていたローブ姿。

 旅先、しかも野営している時に一々寝間着に着替えるのも面倒だという理由から、真咲さんも冒険服のままだ。

 なので、少しの身動ぎをしただけで色々と目のやり場に困ってしまう。

 弥生も真咲さんも、胸元が苦しいからと服の首元を緩めて眠るのだ。

 流石にそれを指摘するのも『意識し過ぎ』だと笑われてしまいそうなので、ずっと我慢している。

 視線を二人の胸元へ向けないようにして、そして二人とも深いスリットの入ったスカートなので下半身も見ないようにして、火の番に集中する。


「ふあ」


 欠伸が出てしまう。

 話し相手も居ない、寂しい夜。

 蓮司兄ちゃんなら――エルさんが居たか。

 今もエルメンヒルデさんが居るし、多分夜の番も退屈じゃないんだろうなあ、と。

 そう思うと、なんだかとてもあの二人の関係が羨ましく思えてしまった。

 エルメンヒルデさんの事だから、蓮司兄ちゃんがヨコシマな事を考えたらすぐに怒るだろうし。

 いや、僕だって誰かに怒られたいってわけじゃないけど。


「僕だって、男なんだけどなあ」


 何というか、二人とも無防備だ。

 こんなに肌を見せられると、僕だって意識してしまう。

 三人旅だからそんな事になると気まずくなってしまうだろうから、こうやって夜は悶々とした気分で過ごすしかない。

 学校の友達は、卒業するころには恋人を作っていた。

 それが当たり前なんだろうし、兄ちゃんや雄一郎だって生きるか死ぬかの旅をしている時に恋人を作っていた。

 ……そこまで考えて、溜息。

 まあ、僕が奥手というか、鈍いというのは散々言われてきたことだ。それも、親しい仲間だけでなく、学校の友達からだって。

 それこそ、弥生や真咲さんからも。

 でも、よく分からないのだ。恋人というのは。

 僕は、こうやって三人で旅をしているだけで満足だ。楽しいし、この時間がずっと続けばいいと思う。

 そして……もし僕が真咲さんを好きだと言ったら、その時間は終わってしまう。

 そう思うと、一歩を踏み出すというか、誰かを好きになるという事に二の足を踏んでしまう。

 いや、そうやってズルズルと半年以上も過ごしているんだから、僕の恋愛への臆病さは筋金入りなのかもしれない。

 そう自己判断をしていると、ようやく暗かった空が白み始めた。

 朝だ。

 まだ太陽は昇っていないけど、真っ暗だった空が蒼に染まり、そして徐々に青に変わっていく。


「ふあ」


 そんな空をぼんやりと眺めていると、欠伸をする音。

 視線を向けると、真咲さんが手で口元を隠しながら横になったまま身体を伸ばしていた。

 身体のラインを強調する旅装束に包まれた肢体がしなやかに伸び、開かれた胸元が視界に映る。

 一瞬だけそれを見てしまい、ゆっくりと視線を逸らして焚き火の火が消えていないか確認。


「おはよ、宗一君」

「うん。少し早いけど、朝ご飯の準備をするね」

「あ、手伝うわ」


 まだ少し眠いのだろう、その声は聞き慣れた彼女の声より少しゆっくりとしている。


「顔を洗ってきたら?」

「いいからいいから。お姉さんが朝ご飯を作ってあげる」


 焚き火の上に鍋を据えようとすると、真咲さんも同じように鍋へ手を伸ばした。

 何というか……僕の方が早かったので、真咲さんの手が僕の手に重ねられた。僕より小さい、けど剣を振って硬くなった女の子の手。


「あ、ごめんなさい」

「ううん」


 ちょっとドキッとしたけど、次いで見た真咲さんの表情に……もっとドキッとした。

 触れた手を引くと、まるで大切なものを包むように胸元に抱いて、じっと僕を見つめてくる。

 朝方だから、寝起きだから、なんというか頭が働かない。


「ど、どうかした?」

「いえ、なんでもないわ、ええ」


 何でもないというには、なんというか……その頬が赤い。風邪か、なんて馬鹿な事は言わない。

 なんとなく気まずくなって、無言のまま鍋を焚き火の上へ据える。

 僕もちょっと慌てていたのか、その際に鍋が乾いた音をたてた。


「それで、何もしないんですか?」

「うひっ」


 その声に、真咲さんが変な声を上げた。


「朝からラブコメしてる……」

「や、弥生!? 起きてたの!?」

「だって、朝ですし」


 真咲さんが慌てて、僕から散歩ほど離れた。

 さっきまで眠っていたはずの弥生が上半身を起こし、長い黒髪を掻き上げる。白い法衣の上に、黒い艶やかな髪が滝のように流れる。

 真咲さんも髪が長いけど、弥生は真咲さんより少しだけ長い。なんでも、髪を切らないのは願掛けをしているかららしい。

 聞いたけど、どんなお願いをしているのかは教えてくれなかった。


「おはようございます、兄さん」

「うん。おはよう、弥生」


 その声が何処か不機嫌そうなのは、気の所為じゃないだろう。

 鍋の中に昨晩飲み水として確保していた川の水を注いで温める。


「朝ごはんの準備をするから、真咲さんと顔を洗ってきたら?」

「大丈夫ですか? 私が用意するから、少し仮眠を取っても……」

「うん、大丈夫。目は冴えてるから」

「さっき、手を重ねて見つめ合ってましたもんね」


 ……怒ってるのかなー……と。


「怒ってる?」

「いいえ?」


 そう言って、いきなり弥生が僕の手を握ってきた。

 真咲さんとは違う、柔らかな手。柔らかくて、温かくて……その手が、僕の右手を包み込む。


「ほら。これでおあいこです」

「う」

「ちょっと!?」


 今度は、真咲さんが声を上げた。

 さっきまで眠気に潤んでいた目ではなく、しっかりとした瞳で僕と弥生……重ねている手を見て。


「兄妹でくっつき過ぎじゃないかなあ、ってお姉さんは思うんだけどっ」

「いいじゃないですか、兄妹なんですから。ねえ、兄さん?」

「あ、その……」


 弥生が、重ねた手に力を込めた。その熱が腕を伝って感じられ、なんだかとても恥ずかしい気持ちになってしまう。

 妹なのに。

 そうとしか思っていなかったのに。

 今はなんだか、凄く恥ずかしい。


「宗一君もっ。私は一瞬だったじゃない、ズルいわよっ」


 そう言って、弥生が握るのとは逆の手を、今度は真咲さんの手が包み込む。


「わ、冷たい……」


 真咲さんが声に出して、そして両手で手を握られる。

 柔らかな手と、少し硬い手。

 その両方が、温かい。腕を伝って熱を感じ、なんだか身体の芯から火照ってくるような。

 実際に、多分顔が赤くなっているんだと思う。

 朝から何をやっているのかとか、そんな事すら考える余裕も無い。


「ほら。顔を洗いに行くから手を離しなさい、弥生っ」

「お先にどうぞ。私は後で、兄さんと一緒に洗いますから」


 二人で僕の両手を握ったまま、二人が少し声を荒げる。

 喧嘩と言うほどじゃない。

 鋭い視線を向け合っているけど、睨むと言うほどでもない。

 もう何度目か。

 繰り返される三人の日常。僕を挟んで、二人が言葉を交わす。

 そうして朝が来て、落ち着いてから旅の続きを始める。

 そんな日々。

 それが、楽しいと思う。

 そして……ずっと、こんな日々が続けばいいな、と。

 それは、贅沢な悩みなのだろうか。

 いつか終わってしまう日々なのだろうか。

 そう考えながら――手を包んでくれている二人の手を、握り返した。



――こういう時、どうしたらいいのかな。

  今度、蓮司兄ちゃんに在ったら聞いてみよう。

  そう呟くと、二人から怒られた。


連続更新三日目です。

もうそろそろ、早い所だと書店に並び始めるのでしょうか?

ウチだと、大体前日くらいに並びます。

書籍が発売したら、毎回書店に並んでいるか見に行ったなあ……という、恥ずかしい思い出。

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