番外編 暖かな陽だまりの中で
またまた、発売一週間前の連続更新の季節がやってきました。
さらさらと、木々が揺れていた。
太陽の光を弾いて眩しいくらいに輝く緑が、蜜の薫り香る涼風が、どこまでも続く青い空が。
温かな日差しと共に、私を包み込んでいた。
温かい。
ともすれば、汗すらかいてしまいそうなくらいの暑さ。
その日差しから守るように、私達の背には大きな巨影。見上げるほどに大きく、見回すほどに広く。巨影が横たわっている。
「ユイってば、最近はずっとここに来るね」
見回す周囲は、一面が花に覆われていた。
赤、青、黄色。様々な色、沢山の種類。とても数えきれないほどの、沢山の花々に囲まれながら、私の友達は大きな花輪を作っていた。
周りには、小さな子供達。
初めて会った頃のユイよりも小さな子供ばかり。
皆が花冠を作ったり、子供同士で駆け回って遊んでいたり。
明るい笑い声が、花畑に響く。青空に溶けて、消えていく。
そんな子供たちに囲まれて、ここ最近で少し身長が伸びたユイは花冠を作るのに不慣れな子供に手ずから作り方を教えていた。
小柄な身体よりもっと小柄な身体を膝の上に乗せ、後ろから抱きしめるようにして身体を重ね、小さな手に手を乗せて。
「ほら、ここは……こうするの」
子供よりは大きい、けれど同年代の女の子より少し小さな手が器用に花冠を紡いでいく。
その後ろで、日差しを遮るように横たわっている巨影が身動ぎをした。
「ファフ、退屈なら少し飛んで来たら?」
「ふん。偶にはこうやってのんびりするのも悪くない」
「そう言って、ここのところずっと子守りばかりしてるじゃない」
「…………」
私の言葉に、太陽の光を遮る巨影……陽光を弾いて微かな朱に染まった紅のドラゴン、ファフニィルは無視するように口を閉じた。
子守りという言葉が恥ずかしかったのかもしれない。
口ではどう言っても、子供好きという事は誰もが知っている事だ。
だからこんな巨大なドラゴンが一緒の私達にも子供は懐き、親は安心して子供を任せてくれている。
この数年で、私達の中で一番成長したのはユイだけど、一番変わったのはファフニィルだと思う。
身体は刺々しいくせに、なんというか、その在り方は丸くなったように感じる。
それを言うと怒るので、口にはしないけど。
私やユイは怖くないけど、他の子供達が泣き出してしまうのだ。
子供の相手は大変だし、泣いた子供を落ち着かせるのはもっと大変。だから、内心で笑うだけにとどめておくと、のんびりするのも悪くないと言っていたファフニィルが目を開いて私を見た。
影の中で黄金に輝く瞳というのは慣れていても少し怖くて、慌てて視線を逸らす。
「ふん」
「……ふう」
「何してるの、アナ?」
浮いてもいない汗を拭う仕草をすると、ユイから笑われてしまった。
ちょうど、子供達が疲れたのだろう。追いかけっこをして遊んであげていたナイトが、その巨体の至る所に子供達をぶら下げながら歩み寄ってくるのが見えた。
ぶら下がって、だ。
からっぽの亡霊騎士の鎧が珍しいのか、男の子はナイトの鎧に触ったりするのが大好きだ。ナイトもナイトで子供は嫌いではないようで、抱えたり肩に担いだりして遊んであげている。
……怖くないのかなあ、といつも思ってしまう。
こういう所は、男の子なんだろうなあ、とも。
レンジも全身鎧とか、ファフの刺々した外見とか好きだったし。
そんな事を思い出して、首を横に振った。
「どうかした?」
「ううん。なんでも」
髪が頬に当たったようで、ユイが聞いてくる。
レンジ。
もう半年も顔を見ていない、大馬鹿者。またすぐ会いに来るとか言っていたくせに、もう半年である。
そりゃあ、レンジが住んでいるイムネジアと、ここエルフレイムは海を隔てて離れている。それは知っているけど、すぐ会いに来るというくらいなら、すぐ会いに来ればいいのにと思ってしまう。
ほら、ユイだって子供達の前では笑っているけど、一人になると溜息を吐いてるし?
ファフも何だか物足りなさそうにしているし、ナイトは……何を考えているか、ちょっとよく分からない。
私は、まあ……ユイが寂しそうにしているから、さっさと会いに来いとしか思わないけど?
「なんだか、そわそわしてる、ね。考え事?」
視線は花冠を作っている手元へ向けたまま、ユイが聞いてくる。
この子、成長するごとに勘が鋭くなってきているような気がする。それとも、私が分かり易くなってるのかな?
そんな事を考えながら首を横に振ると、また髪がユイの頬に当たった。
くすぐったいのか、くすくすと小さな笑い声。
膝の上、そして周りで花冠を作っている子供達が、笑ったユイを見上げた。
「なんでもない、よ? アナが、面白くて」
ユイの小さな言葉に、子供達の視線が今度は私に向いた。
「くすぐったかった?」
「そう……じゃなくて、機嫌が悪い、から」
機嫌が悪い?
ユイの肩に座ったまま首を傾げると、またユイがクスクスと笑った。
「本人が気付いてない、のね」
「そう? 私、別に嫌な事とかないけど……」
けれどなんだか居心地が悪くなって、ユイの肩から飛び上がる。
今度は近くで花冠を作っていた女の子の肩に移動。肩の上から、作りかけの花冠を見下ろす。
「あら、上手じゃない」
「そう?」
「うん。ユイが初めて作った時は、それはもう変な形をしてたんだから」
「もう」
ユイが、恥ずかしそうに顔を俯けた。
懐かしい記憶。大切な記憶。妖精の一生は人間よりも長くて、ユイと会ってからの時間は一瞬のようなもの。
けど、大切な思い出だ。
その引き出しを開けながら、懐かしみながら、肩に座る女の子に花冠の作り方を教えていく。
これでも、ユイに花冠の作り方を教えたのは私なのだ。
「上手上手。ユイより上手よ、貴女」
「ほんと?」
私の作り方を聞いていたのか、傍に居たエルフの女の子も真似するようにして花冠を作っていた。
ユイが教えている女の子と同じくらい、彩りが綺麗な冠だ。
少し歪なのも、愛嬌と言えるだろう。うん。
「みんな、器用だね」
「まあ、エルフだしね。獣人の子は、身体を動かす方が好きみたいだけど」
視線をナイトの方へ向けると、ぶら下がっている子供の数が増えていた。中には、女の子まで混じっている。
スカートなのにはしたない、と思うけど子供だしいいか。
他にも日向ぼっこをするように疲れて眠っている子、ファフに触ろうとして怖がって遠くから眺めるだけの子。
沢山の子供達。
魔物がその数を減らし、そしてファフの気配に怯えて近付かないからこその平和な光景だ。
「へいわ、だね」
「そうね」
花冠を作り終わって、女の子達は自分が作った冠を友達と交換していた。
花はいつか枯れるけど、冠は家に飾る事が出来る。数日は、壁の彩りを豊かにしてくれることだろう。
それからしばらくして。周りが大人しくなったかと思うと、子供達はファフの巨体が作る影に集まっている。
見ると、ユイの膝の上に居た女の子がウトウトと小さな顔を上下させていた。
気持ち良い日差しなのだから、眠気を感じるのも当然か。
「アナは、退屈じゃない?」
「退屈? ……ユイは退屈なの?」
聞くと、首を横に振った。
小さな声だ。膝の上で眠ろうとしている女の子にとっては、ユイのゆっくりとした口調は子守唄のように感じているかもしれない。
「たのしい、よ。皆、私の髪も目も、怖がらないでくれる、し」
「その白い髪?」
ユイは、レンジ達と違って髪が白くて目が赤い。
どうも異世界だとユイのような外見は珍しいみたいだけど、私からすると別に『普通』である。
むしろ、レンジ達みたいに『黒髪』の方が珍しいくらいだ。
けど、ユイからすると自分の白い髪はあまり好きじゃないらしい。子供の頃……私と逢うよりずっと昔は、その所為で友達が出来なかったとか。
それを聞いて、私は友達になってあげたいと思ったのだ。
レンジやユウコ、ソウイチ達はこの子にとってお兄ちゃんとお姉ちゃんだったから。私は、そしてきっとナイトもこの子の『友達』になってあげたいと思った。
ファフは、保護者みたいな感じだろうけど。
流石にあの外見で『友達』というのは無理がある。ユイは友達だと思っているみたいだけど。
ユイがそう言うと、いつも照れるファフを笑ってしまって、そうして笑った後は拗ねて怒られてしまう。
それも、いつもの事だ。
けど。
きっと、私達は『友達』だ。
レンジとユイのような『家族』とは違う。けど、お互いを大切に想ってる。
だから、退屈だなんて思った事はないし、きっと思う事はない。
「うん。……男の子がね、私の髪、綺麗だって、言ってくれたの」
「そっか」
その言葉を聞いて、ファフが微かに身動ぎをした。
顔を上げて薄く開いた目を見返し、軽く睨みつける。相変わらず過保護なドラゴンだ。
「嬉しかった」
「よかったね、ユイ」
「……うん」
本当に嬉しそうに笑って、ユイが頷く。
「それで、アナも言ってほしいのかな、って」
「わたし? 私は別に、男の子に言ってもらわなくても……」
「男の子じゃなくて、お兄ちゃんに」
「…………」
突然の事に、頭が真っ白になる。
けどそれは一瞬で、すぐに文字通り飛び上がってユイから離れた。
肩を貸してくれていた女の子が、驚いて「キャ」と声を上げた。あまり話に興味が無かったらしく、ウトウトしていたのか飛び上がった私の下できょろきょろと周囲を見回している。
ごめんなさい、と謝って……ユイではなくファフの足の上に腰を下ろす。
「な、何でいきなり、そうなるのよ」
「……何故、足の上に乘る」
なんとなくよ。
なんとなく、ユイの傍は恥ずかしいというか、なんというか。
「私、嬉しかったの」
「いや、それは聞いたけど」
「アナも、お兄ちゃんにそう言ってもらったら、嬉しいかな、って」
「ぐぬ……」
「……しばらく会えぬだけで不機嫌になるのだから、さっさと認めればよいものを」
「うるさいっ!」
「…………」
私の声に気圧されたのか、ファフが視線を逸らす。まったくっ。
「ユイ? 私はね、別にレンジに髪が綺麗とか言われても……」
……まあ、言われた事はないけど。
ただ、その事を想像すると……なんだかとても恥ずかしい事のように思えて、顔を勢い良く振ってその思考を頭から追い出す。
「だいたい、アイツがそんな事を言うはずないじゃない」
私どころか、私以外の誰にも言う所が想像できない――ああ、いや。
一人。
アイツが、それを告げた相手を知っている。告げたであろう相手、か。
流石にそんな愛の囁きを盗み聞きする趣味は無いけど、好き合っているなら普通に言っているだろう相手。
……そこに自分を重ねようとして、また首を強く横に振った。
「ふふ」
「わ、笑わないでよ……」
「アナは、かわいいね?」
「――――」
言われて、頬が熱くなるのを自覚する。
ユイの顔をまともに見る事が出来ずに視線を上に逸らすと、ファフが私を見下ろしていた。
「なに?」
「いいや。お前にも可愛い所があるのだな、と」
「でっかいお世話よっ」
声を荒げると、ユイが「しーっ」と唇に指を当てた。
どうやら子供達はお昼寝の時間らしい。ナイトの方を見ると、彼を枕にして獣人の子供達もお昼寝をしている。
首が痛くなりそうだな、と思った。
「そ、それだったらユイだって」
「わたし?」
小声で名前を呼ぶと、ユイはきょとんとした顔で首を傾げた。
……可愛い、と思う。レンジがユイを気にしているのが、よく分かる。いや、嫉妬とかじゃないけど。
「ユイも、レンジに言ってもらったら嬉しい?」
「うん」
私の言葉に、ユイはすぐに頷いた。
同時に、ファフが大きく息を吐いて、ナイトの鎧がカチャ、と鳴る。
……親バカどもめ。
「好きな人から、きれい……って言ってもらうと、嬉しいよ?」
「すき!?」
一番大きな反応を示したのは私だった。
ぐぬう。
そんな私の大きな声に、またユイが「しーっ」と言う。
「好きだよ? アナは、嫌い?」
「い、いや。嫌いじゃないけど……」
なんでこんな話になったのだろう。なんだか頭が、太陽の熱とは違う理由でクラクラする。
あんなに引っ込み思案で大人しいユイが、急に大人に成長したような気がした。
「アナも、お兄ちゃんは好きだよね?」
「あー……どう、かなあ?」
顔が熱い。
この熱がどういう『意味』の熱なのかを、私は知っている。
だから困って周囲を見回すが、子供達はみんな遊び疲れて眠っているし、親バカどもはユイの言葉に耳を傾けるばかり。
ナイトに耳があるかは知らないけど。意思の疎通は出来るから、聞こえてはいるだろう。
「ぅー……」
「今度、お兄ちゃんが来たら聞いてみよっか? 私、綺麗って?」
「ぅぇ!?」
自分でも驚くくらい変な声が出た。
その声を聞いて、ユイがくすくすと上品に笑う。
「変な声」
そう言って笑うユイの顔を見ながら、思う。
どこまで本気なのかな、って。
それは『妹』の好きなのか、それとも『親』への好きなのか。
……違う『好き』なのか。
男の子に『綺麗』と言ってもらえたのが嬉しいだけなのか、それとも男の子に言われたからレンジに言って貰えたら……と考えただけなのか。
レンジに言ってもらいたいと思ったのか。
そして、その事にユイは気付いているのかな、と。
レンジ。
いつもいつも、私の周りを振り回す、迷惑な男。あの男は、傍に居ても居なくても、私の周りを騒がせる。
早く会いに来い、と思う。
ユイはきっと、レンジに会ったら凄く喜ぶから。
それと同じくらい……私も嬉しいから。
連続更新一日目。
結衣ちゃんとアナスタシアの一コマ。
何となく、のんびりとした一日の話。