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番外編 一年の別離と永遠の別離


 その場所は、一年前と変わらない。

 多少崩れて、痛みが目立つようになっているが、それくらいだ。真新しい変化は無く、そして生活の痕跡も無い。

 誰も居ない。

 そう誤解してしまいそうな場所。

 ……魔神ネイフェルが座していた場。城。

 魔族や魔物達が溢れていた場所。けれど、ネイフェルが死に、魔王シェルファが死に――そして、もう何も近寄らなくなってしまったのか。


「さて、っと」


 食料やらの荷物を詰め込んだ革袋を背負い直して、気合を入れる。見上げても頂が見えないほどに巨大な城。岩山を刳り貫いて作られた場所だけあって、凄く高い。

 この城の一番高い場所にある玉座の間……でいいのかは分からないが、多分ソルネアが居るであろう場所に目星をつけて歩き出す。

 先頭は俺とムルル。その後ろに宇多野さんと阿弥、それにフランシェスカ。最後尾にフェイロナ。

 まあ、魔物の気配は無いのであまり警戒しなくてもいいのだろうとは思うが、そんな場所でも警戒してしまうのは冒険者の慣れだ。


「何も居ない」

「だな」


 俺の内心を呼んだわけでもないだろうけど、ムルルが考えている事と同じ事を口にした。

 警戒の色は無い。

 むしろ、生活の跡が無い事で埃っぽい空気に、鼻がムズムズしているようでもある。時折外套(クローク)の裾や革手袋を嵌めた手で口や鼻を拭っている。


「あの時のまま」

「あの時?」

「一年前。レンジがこの城の正面で黒いドラゴンと戦った時」


 そう言ったムルルの視線の先。城の入り口付近の広場――そこから二階に上る階段。その一帯が、何か強力な力で吹き飛ばされたように、荒れている。

 思い出すと、城の正面でドラゴンがブレスを吐いたような……あの時は必死だったのであまり覚えていないが、ムルルは鮮明に覚えているようだ。


「誰も、お城を直していない」

「だな」


 それは、あれから一年。誰もこの城に近寄っていない、という事だ。

 死ねばそれまで。後は忘れられてしまう。

 そう考えると寂しいものだ。ネイフェルも、シェルファも。誰も弔ったりはしないのだろう……魔族や魔物に、弔うという習慣があるとは聞いた事も無いけど。


「どうかしましたか、蓮司さん?」


 足を止めたわけではなかったが、ぼーっとしていたのだろう。俺の後ろを歩いていた阿弥の声に驚いて、大袈裟に肩が震えてしまった。


「いや。なんでもない」


 墓があるわけじゃない。なにかの目印があるわけじゃない。

 けど、後でアイツが――シェルファが死んだ荒野に、花を添えよう。一瞬そう考えて、このアーベンエルム大陸には花も咲かないのだと思い出す。

 何も無い大陸。

 魔族と魔物、そして火山に大沼。ぬかるんだ大地。

 初めてこの大陸に渡り、二度目はソルネアを連れて……三度目は魔神ソルネアへ会いに。その度に思う。

 この大陸には何も無い。そして、何を楽しみにして生きればいいのだろう、と。

 ネイフェルは、シェルファは……そしてソルネアは、何を思い、考えて生きていたのだろう。生活しているのだろう。

 城の二階に上る。岩山を刳り貫いて作られた廊下は何処までも続き、先が見えない。窓から見える景色はやはり荒野と灰色の厚い雲。遠くには火を吹く火山と、緑葉を宿していない枯れた樹木。

 巨大な魔物が歩いている。距離感から分からないが、この城へ辿り着く途中で遭遇した巨大な一つ目の巨人。同一の巨人ではないだろうけど、同種の魔物だ。

 ああいうのが沢山居る大陸に、人は住めない。

 魔族が畑を耕すはずもないし、花を愛でる気持ちがあるとも思えない。人が住めなければ、アーベンエルム大陸に緑が戻る事はない。そして、魔族や魔物が居てはこの大陸には人が住めない。


「今度来るときは、花でも持ってくるかね」

「来る途中で、枯れると思う」


 俺の呟きに、ムルルが真面目な返答をした。ここに来るまで、イムネジア大陸から数か月。工藤や江野宮君、フランシェスカの実家に顔を出したから時間は掛かったが、それを引いても距離がある。

 エルフレイム大陸からしても、一カ月はかかるだろう。とてもではないが、花を持ってくるのも難しい。

 ドライフラワーとか、どうやって作ったかな。作ったら、アレは長持ちするのだったか。

 宇多野さんと阿弥に聞いてみたが、どちらも花には不得手だったようだ。

 綺麗だと思う気持ちはあっても、花を使ってどうこう、というのは苦手らしい。知らなかった事を謝られたが、二人の事をまた一つ知る事が出来たと思うことにする。


「魔術とかで花を咲かせるのは?」

「随分と花に拘るな」


 この中で自然に一番詳しいであろうフェイロナの声。


「いや。何も無いからな。花なり緑なりがあれば、ソルネアも楽しみが増えるかな、と」

「なるほど。たしかに、この大陸には何も無い……ソルネアも、退屈をしているかもな」

「まあ。あとは、シェルファの墓に花でも添えようかなあ、とか」


 俺のその言葉に、他の全員が足を止めた。

 何か変な事を言っただろうかと、俺も足を止めて振り返る。


「シェルファに?」


 代表するように、宇多野さんが聞いてきた。


「おう。ま、知らない仲じゃないし」

『あれだけ人を殺し、お前を苦しめた相手に?』


 続いて、頭に響くエルメンヒルデの声。責めるというよりも、困惑の感情が強く感じられる声。


「そんなに変な事を言ったかな?」

「というか、花を添えるような間柄だったかな、と」


 控えめな、阿弥の声。

 フランシェスカやムルル、フェイロナもどう言ったものかという顔をしていた。


「ま、なんだ。一応、殺し合った仲。刃を交わした仲。……色々と、俺もアイツも思う所があるという事で」


 別に、シェルファがどうこうという話じゃない。ただ、近くに来たから花を添えよう。そんな感じだ。

 殺し殺される間柄。殺した、殺された間柄。

 俺とアイツの間柄は変わってしまったけど、シェルファが生きていた事を忘れたわけじゃない。

 この一年で、エルメンヒルデを振る機会は減った。エルの力を使う事は無くなった。そして、これから先。もっと振る機会は減り、これから先もずっとエルの力を使う事はないだろう。

 神殺しの力。神殺しの武器。それを向けた、最後の相手。魔王シェルファ。

 そして、最後まで――アイツほど、俺との戦いに心血を注いでくれた相手も居ない。その方法がどうであれ、その結末がどうであれ……きっと俺にしか分からない感情だ。

 最後のあの時。俺が、最後に全力で戦った相手。

 あの時。シェルファの視界には俺しか映っていなかった。俺の視界にも、シェルファしか映っていなかった。

 頭の中に……エルメンヒルデの声すら消え、ただただ……目の前の相手にお互いの全部をぶつけあった。そういう、全部をぶつけ合える相手がいた。


『似た者同士だったのかもな』

「かもしれないな」


 ネイフェルと決着をつけた一年。あの時、シェルファは俺を「いつか殺してやる」と言って生かした。「生きろ」と言って姿を消した。

 それからの一年。ソルネアを連れて再びこの大陸を訪ねるまで――いや、どこだったか……海の上だったかで再会した時。あの時まで、アイツは何を考えていたのか。

 ふとそう考えてしまった。

 多分、この城に来たからだろう。この城の傍でシェルファを殺した……その事を思い出したからだろう。

 何を考えて生きていたのか。俺と再会して何を思ったのか。殺し合いなのに、どうしてあんなに楽しそうだったのか。

 考え出すと、キリが無い。

 頭を振って、少しだけシェルファの事を追い出す。これは、明日にでも考えよう。墓は無いけど、シェルファが死んだ場所で。シェルファを殺した場所で。

 多分、答えは出ないだろうけど。

 ただ、最後に残った感情。頭を振っても追い出せなかった感情。

 ……それに名前を付けるなら、『寂しい』なのかもしれない。そう考えて、苦笑した。


「ばからしい」


 誰にも聞こえないように呟く。

 バカらしい。

 こんなにも仲間に囲まれているのに、何が寂しいのか。自分の言葉を笑ってしまう。


「さて、ソルネアは何処かなあ、っと」


 態と明るい声で、ステップを踏むように軽やかな足取りで、誰も居ない、何も無い、埃だらけの廊下を歩く。


「レンジ、楽しそう?」

「ソルネアが退屈をしているだろうからな」

「そう?」


 俺の後を追って、阿弥達が歩きだす。

 急ごう。

 今感じた感情。寂しいと、ソルネアが感じているなら。急いで会いたい。少しでも早く、顔を見せたい。

 ……何故か、そう思う。

 それは、俺が本当の意味で『寂しい』という感情を知らないからだろう。ずっと仲間と一緒だった、満足のいく度を送り、人生を歩んできた。そういう人間だから。

 そしてそれは、ソルネアには当てはまらない。

 一年。この何も無い世界で過ごした新しい魔神。黒い女性は、どう変わってしまったのだろう。


連続更新、四日目です。四日目ですよね?

更新を続けていると、日付の感覚が分からなくなってきます。


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