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番外編 旅の意味を


 ズン、と。大地が震える。

 冷たい風が頬を撫で、厚い雲で太陽が覆い隠された薄暗がり。身体を震わせながら岩陰に身を隠し、視線をその先へ。

 そこには、先程地面を揺らした元凶ともいえる巨体――その足だけでも俺よりも大きい。というよりも、俺ではその膝くらいまでの大きさしかない。

 その巨体。巨人というに相応しい威容を持つバケモノ。

 頭部を見上げれば、額に一本の角を持ち、人間でいう目がある場所には単眼。一つ目の巨人、サイクロプス。

 ここ。アーベンエルム大陸ではそう珍しくない、俺達が巨人と言う種族でひとくくりにしている種の中ではそれなりに強力な部類に入る魔物。

 それが、足元に隠れている俺とフランシェスカに気付く事無く、歩み去っていく。

 一歩進む度にまるで軽度の地震が起きたような揺れが起こり、サイクロプスが手に持った武器……武器というにはあまりにも乱雑な、巨大な樹木を根っこから引き抜いただけというこん棒が大地を削って土煙を上げていく。

 そのおかげで岩かげに隠れるだけで俺とフランシェスカ嬢の姿を隠してくれるのだが、同時に煙たい。

 この大陸には水浴びできる湖も無く、野営の際に阿弥や宇多野さんの魔術で生み出した真水で身体を拭う程度の洗身しかできない。土煙で汚れるのは、何となく、心情的に嫌だった。

 まあ、殺されるよりはマシだけど。


「行ったか……」

「行きましたね……」


 髪や服に掛かった土埃を手で払いながら呟くと、俺の後ろに隠れていたフランシェスカも同じように呟く。


『そんなに汚れるのが嫌なら、一気に仕留めてしまえばよかっただろうに』

「返り討ちに遭うわ」


 同時に、頭の中に男とも女とも取れる、中性的な声が響く。

 エルメンヒルデ。俺の相棒であり、神殺しの武器。本体はポケットの中にある金のメダルは、不満そうな声でそう言った。

 世間では『神殺し』というなんとも物騒で分不相応な肩書で呼ばれる俺だが、実際には神としか本気で戦えず、エルメンヒルデも神相手にしか全力を出せない。

 まあ、何を言いたいかというと、あんな見上げるようなバケモノを相手にしたら、『神殺し』と呼ばれる俺は最初の一撃でぺしゃんこにされてしまうという事だ。

 なんとも情けないが、俺は魔物よりも神を相手にする方が得意……なのかもしれない。あまり認めたくはないが。


「ああ。そうだ、フランシェスカに相手をしてもらえばよかったな」

「勘弁してください。返り討ちにされてしまいます……」


 土を払い落しながら、俺と同じような事を言いながらフランシェスカが肩を落とした。

 その様子に小さく笑い、はちみつ色の柔らかそうな神についていた土を手で払ってあげる。

 以前はそうすると恥ずかしそうにしていた彼女も、この一年で随分と落ち着いたのか、それくらいで動じる事はない。冒険者として度胸が付いたと考えるべきか、からかい甲斐が無いと苦笑するべきか。

 ソルネアに会う為、アーベンエルム大陸へ一緒に旅をして来た仲間。他の皆は野営地で食事の用意、俺とフランシェスカ、フェイロナとムルルは分かれて焚き火用の枯れ枝集め。

 なんとも大人数な旅だが、賑やかで楽しい旅とも言える。

 ソルネアへの土産話が沢山出来たと言うと、他の皆は笑っていたのを思い出す。


「それにしても、以前より魔物の数が多いですね」

「この前来た時は冬で雪が積もっていたし、そんなときは魔物だって洞窟の中に引き籠って出てこないさ」

『冬眠というヤツだな』

「そうそう。お前も少しは賢くなったじゃないか」

『ふふん。私は日々勉強しているのだ』


 どこか嬉し気に鼻を鳴らすエルメンヒルデ。鼻は無いけど。

 こういう所は可愛いヤツなのだ。ただ、朝は早起きを強要し、英雄らしくあるように強要し、だらしない生活をしないよう説教してくるのが玉に瑕だが。それも以前ほど酷くはないし、この旅でまた少し成長したように思う。

 そんな事を考えながら、岩陰から身を乗り出す。周囲を見回して、魔物の姿が無い事を確認。集めていた枯れ枝を脇に抱えながら、歩き出す。

 剣を振るしか能の無い俺が両手に枯れ枝を持つのも要領が悪いのだろうけど、女性であるフランシェスカに荷物持ちをさせるというのも気が引けたからだ。

 男らしい所を見せたいという下心が二割、後の八割は、もう俺よりもフランシェスカの方が冒険者としての実力は上という事もある。剣の腕ならまだ負けないが、魔術が使えない俺では応用力に欠ける。

 魔物に襲われたらフランシェスカに落とし穴を作ってもらって魔物を落とし、集めた枯れ枝を持って逃げる。それが今日の成果だった。

 情けないと笑わば笑え。もう、この大陸の魔物となると、俺の手には負えないのである。


「こんな事なら、ファフニィルを連れてくればよかった」

「怒られましたもんね。凄く」

『どうせ暇だからとか、レンジが揶揄(からか)うからだ』

「揶揄ったつもりは無かったんだけどな」


 だって、アイツ。エルフレイム大陸で、結衣ちゃんと一緒に昼寝ばっかりの生活だっていうし。それでいいのか、ドラゴンの王様。

 ソルネアが居る魔神の城まで運んでくれと頼んだ時だって、結衣ちゃんから離れるのが嫌だ、という理由だったし。

 結衣ちゃんは快くファフニィルを使っていいって言ってくれたのに……平和に浸ったドラゴンは花畑の真ん中で寝息を立てるのである。幸せそうで何よりだね。

 おかげで、苦手な転移陣を通ってアーベンエルム大陸に渡り、同じ異世界から召喚された十三人の内の一人、伊藤隆や人間の兵士達が守る砦を経由して今である。

 魔神の城まで徒歩で一週間ほど。遠い、遠すぎる。

 ソルネアに会うだけで、もう数か月も旅をしている。ファフニィルというか、飛行機や車のような移動手段が無い異世界では会いたい人に会いに行くだけでも一苦労だ。


「ソルネアさん、待ってるでしょうね」

「退屈してるだろうなあ。ここ、何も無いし」


 見まわた限り、緑すらない荒野。空は灰色の厚い雲に覆われて太陽の輝きどころか青空すら見えず、遠くからは遠雷のように低く重い音。火山が噴火する音だ。

 雨が降れば火山灰混じりの雨が降り、地面に大きな水溜りが出来れば淀んで沼になる。

 そんな世界。

 イムネジアやエルフレイムとは違う、全く別の異世界のような大陸。

 今度からは、フランシェスカ達も誘わない方が良いだろうなあ、と思う。何せ、過酷だ。魔物や魔族に襲われるだけでなく、魔神の城へ歩いて行くだけで数か月もの時間が必要になる。

 人間の時間は有限。エルメンヒルデに色々な世界を見せると決めた俺はともかく、この世界での生活があるフランシェスカ達には何の意味も無い旅。報酬は、後で俺がいくらか出そうと思っているけど。それだって、この度に見合う額かどうか。


「楽しみですね」

「……そうか? 辛くないか?」


 そんな事を考えていたから、フランシェスカの明るい声にそんな言葉を向けてしまった。

 フランシェスカは、俺がそんな事を言ったのが不思議だったのか、キョトンしたした表情で首を傾げた。明るい色の髪が、彼女の動作に合わせて揺れる。


「辛いですけど、楽しいです。レンジさ――皆さんとの旅は」


 途中で言い直した彼女の言葉に、息を吐く。それだけで、嬉しい気持ちになれた。


『はあ』

「最近、溜息が増えましたね。エルメンヒルデ様」

『レンジが鈍感でな……』

「誰が鈍感だ。お前より敏感だっての」


 その、誰もが俺に同意してくれるであろう呟きに反論すると、また溜息。


『お前はこう……あれだ。やりたい事とか、何かないのか? 誰かと一緒に居たいとか』

「またそれか。俺は、今はまだそういうのは考えないよ。もっと――沢山旅をしたい気分なんだ」


 お前と一緒に。とは、流石に口が裂けても言わないが。

 エルとの約束。彼女と一緒に、平和な世界を見て回る。それは叶わないけど、同じくらいエルメンヒルデにこの世界を見せてやりたいという気持ちが強い。

 そして、エルメンヒルデと一緒に旅をした土産話をソルネアに。

 こんな何も無い大陸。何も無い世界。

 そこに独りで居る彼女が、少しでも退屈しないように。俺が居なくなっても、一日でも長く――世界を、人を好きでいられるように。

 エルメンヒルデもそう。

 人間は有限だ。

 いつか死ぬ。それは、神を殺した俺も例外じゃない。

 死んで、消える。居なくなる。失くなってしまう。

 それでも、一年でも、一カ月でも、一日でも、楽しいと思える日が長引くように。今は、それくらいしか思いつかない。

 旅をして、沢山の物を見せる。

 旅をして、土産話を伝える。

 今はまだ、それだけ。けど、もっと沢山の『ナニカ』を残せるように。俺は旅をしたい。死ぬまで、ずっと。


「神様を殺しちまったんだ。だったら、神様の為に何かをしないとな」

「ふふ」


 俺の言葉を聞いたフランシェスカが、声に出して笑う。楽しそうに、明るい声で。

 エルメンヒルデは、黙ってしまった。多分、照れているのだろう。分かり易いヤツである。


「素敵な事だと思います。ねえ、エルメンヒルデ様?」

『ふん。――ふん』


 やっぱり、エルメンヒルデは何も言わない。それが可笑しくて、フランシェスカと二人で笑ってしまう。

 拗ねたというよりも、恥ずかしがる雰囲気。頭の中に、何度も『ふん』という声が響く。


『……それでは、レンジの時間が無いではないか』


 遠目に野営地に決めていた場所が見えてくる頃、ようやくエルメンヒルデが言葉を発した。

 夕食の用意の為に火を起こしているようで、煙が上がっている。魔物が寄ってこないのは、魔物除けの結界、のような魔術を使っているからだろう。宇多野さんの得意な魔術だ。


「いいんだよ。俺は、お前と一緒に旅ができるなら。それが、今は一番楽しい」


 まあ、もう三十歳のおっさんだ。エルメンヒルデではないが、いつかは腰を落ち着ける時が来るだろう。

 それでも――ソルネアとの繋がりは、大切にしたい。

 俺が連れてきた、魔神の娘。ネイフェルの器――次代の魔神。

 彼女が、人間を好きでいられるように。好きでいてくれるように。俺は、きっと死ぬまで、この大陸を歩き続ける。

 もう、二度と。神を斬らなくて済むように。戦う為だけに生まれた、俺がそう望んでしまった、自分の夢や願いを抱いても叶える事が出来なかった、彼女の力を使わないで済むように。


 ――エルが、ずっと眠っていられるように。


「その時は、お供します」

「ん?」

「レンジ様一人ですと、危ないですし」

「……助かるよ」


 そのフランシェスカの言葉に、喜ぶべきか、情けないと悲しむべきか。

 初めて会った時は何も知らなかったお嬢様は、自然と俺を守るとか言うようになっていた。……ちょっと寂しい。


『情けない……』


 エルメンヒルデの言葉に肩を落とすと、フランシェスカがまた笑う。

 明るい声。

 それだけで救われる。長くてつらい旅も、明るい気持ちになれる。

 ……ソルネアの傍に、笑ってくれる人は居るのだろうか。

 ふと、そう思った。


やっぱり、webに投稿するために小説を書くのは楽しいですね。

やる気というか、こう。

なにより、感想を貰えるのが嬉しいです。書いて良かったと思えます。

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