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番外編 一年後の再会に2


 王都の大きな城門の前で待つ事、一時間くらいだろうか。

 人並みの邪魔にならない大通りの脇で朝食兼昼食として屋台で購入した(オーク)肉の串焼き数本をぺろりと平らげ、喉が渇いたので後から購入した果実酒をちびちびと飲みながら街人を探していると、ようやくそれらしい人影を見付ける事が出来た。

 見覚えのあるはちみつ色の豊かな髪は一年前と同じく白いリボンで結われており、いくらか大人びた容姿となった――旅慣れた雰囲気を纏った長身の美女。

 以前は美少女といった方が正しくもあった彼女だが、この一年で随分と大人びたように思う。

 そして、そんな美女と肩を並べる金髪の美青年。

 こちらは一年前から殆ど容姿や雰囲気は変わっておらず、背にある弓が初めて会った時とは違い神々しい雰囲気を醸し出している。世界樹の枝で作られた神弓。この世に二つとない、名器だ。

 最後に――銀色の髪を持つ小柄な少女。頭に人間とは違う獣の耳を、そして狼を思わせる豊かな毛並みの尻尾を持つ少女だ。

 最初に獣耳を持つ少女が俺に気付き、そんな少女の視線を追って二人が俺を見る。


「よう」

「レンジ様っ!」


 はちみつ色の髪を持つ美女――フランシェスカの声が、大きく大通りに響いた。

 その名前……この世界では珍しい『レンジ』という名前に反応した数人が、大通りの真ん中で足を止めて周囲を見渡す。

 逸れに気付いたフランシェスカはしまったという顔をした後、恥ずかしそうに俯いてこちらへ小走りに歩み寄ってきた。その後ろを、金髪の美丈夫――エルフのフェイロナと、銀髪の獣人ムルルが追ってくる。


「フラン、声が大きい」

「ぅ……ごめんなさい」


 その遣り取りが懐かしくて笑うと、余計にフランシェスカの頬に赤みが増す。


「久しぶりだな、レンジ」

「おう。そっちはどうだった、フェイロナ?」

「一年前に別れてから、あまり変わらないさ。フランシェスカの仕事を手伝いながら、のんびりとしていたよ」


 一年前よりもいくらか柔らかない表情を浮かべるフェイロナが、そう言ってムルルの髪を撫でた。

 ムルルは、特に拒否すること無く撫でられるまま、まだ恥ずかしそうに俯いているフランシェスカを見上げている。


三月(みつき)ほど前にムルルが訪ねて来てな。それからは、三人で仕事をしている」

「そうだったのか――よくグラアニアが許可したな」

「勝手に出てきた」

「……あんまり無茶するなよ。アイツ、心配し過ぎて倒れるぞ」

「だいじょうぶ」


 何が大丈夫なのだろうと思うが、まあ、グラアニアの奴もそろそろ子離れする必要があるだろう。あと、どこで覚えたのか親指を立てていた。多分、原因は宗一辺りだろう。フランシェスカと言一緒に活動しているという事は、拠点は魔術都市(オーファン)だろうし。

 以前よりも身長が伸び、いくらか女の子らしくなったムルルを見ながら、遠く離れたエルフレイム大陸で娘を心配しているであろう友人を想像する。

 結構笑えたので、後で宇多野さんに頼んで幸太郎を呼び、ムルルの事を書いた手紙でも送ろうかと思う。


『久しぶりだな、皆』

「お久しぶりです、エルメンヒルデ様」

「ん。久しぶり、エルメンヒルデ様」

『……ムルルに様付けで呼ばれると、なんだか微妙な気持ちになるな』

「……何故」


 うん。そこは俺も同意する。なにせ、初対面の時から呼び捨てだったからなあ。

 一年前の事を思い出していると、周囲がざわめき出した事に気付く。まあ、あれだけフランシェスカが大きな声で俺を呼んだし、それもしょうがないだろう。

 周囲へ馴染むように気配を消そうとしても、黒髪と蓮司という名前が揃ってしまえばどうしようもない。


「それじゃあ、どこかで飯にでもするか……宿も決まってないだろ?」

「はい」


 あまり周囲の人目を気にせず、大通りを歩き出す。そんな俺の隣に並んだフランシェスカも、足取り軽く歩き出した。

 一年前よりも少しだけ伸びた身長は、視線を少し動かすだけで視界にはちみつ色の髪が映るくらい。長旅の所為だろう、少し乱れているのが逆に僅かな色気を覚え、それとなく視線を逸らす。

 うーむ。

 そういえば、今年で二十歳になったのか。そりゃあ、もう少女というよりも女性だよなあ、と。

 寝起きにエルメンヒルデから言われた事を思い出し、首をコキコキと鳴らして意識を逸らす。

 なにせ、近い。

 一年前もこんな距離感だったかな、と考えてしまうくらいフランシェスカの距離が近い。肩が触れてしまいそうな距離だった。

 昔はどんな距離で歩いていたかなあと思い出そうとして、そもそも歩いている距離感なんて意識した事が無かった……と思う。もしくは、からかって笑い合っていたような気がする。

 一年前。一年前。

 ……どんな旅をして、どんな事をしたというのは思い出せても、細かな所までは思い出せなかった。


『ふ――どうした、レンジ』

「うわあ……厭な声を出すなあ、お前」

『失礼な。ふふ――大方、寝起きに私と話した事を思い出していたのだろう?』


 これはアレだ。多分これが『鬼の首を取ったような』という声だろう。金のメダルをポケットから取り出し、投げ捨てたい衝動に駆られながらその縁を指でなぞる。


「どうかしたのか、レンジ?」

「最近、コイツがうるさくてな」

『煩いとはなんだ、失礼な』


 フェイロナに返事をするとエルメンヒルデが怒ったが、まあいつもの事だ。あまり気にせず、メダルを親指で弾く。

 出た面は表。

 それを見たフランシェスカが、わあ、と明るい声を上げて目を輝かせた。


「何か良い事があるといいですね」

「最近、こいつはあんまりアテにならないからなあ」

『そんな事はないだろう? 昨日の夜だって――』


 最後まで言う前にポケットへメダルを収めると、ズボンの上から軽く叩いて黙らせる。


「この調子で、最近は口が軽くて困っているんだ」

『しょうがないだろう。言わなければ、レンジは行動しない。しかも、一度言ったくらいでは変わらないから、何度も言わなければならないのだ』

「ああ……」

「そこは同意しないでくれ、ムルル」


 溜息を吐くと、フランシェスカが手で口元を隠してくすくすと上品に笑った。


「ムルルちゃん、随分元気が良くなったね」

「なんだ。体調が悪いのか?」


 その言葉に、ムルルの方へ視線を向ける。

 一年前よりも伸びた身長と、女性らしいふくらみになった肢体。以前は子供っぽいという印象を抱いていたムルルも、この一年で女の子っぽく成長している。

 ただ、その表情は俺がよく知るムルルのままで、どこか眠そうな、けだるげな印象を受ける。

 そこはあまり変わっていないようだ。


「――――そんなこと、ない」


 プイ、と視線を逸らされる。

 フランシェスカとフェイロナを見ると、そんな反応をするムルルを微笑ましげに見ていた。


『いつも通りに見えるが?』

「だな」


 そう言うと、ムルルから足を蹴られた。痛くはないけど、そんな事は初めてだったので驚いてしまう。


「ふふ――レンジ様、宿に案内していただけますか?」

「ん? ああ、そうだな。ムルル、体調が悪いならおぶって行こうか?」

「いい」


 即答され、俺達を置いてムルルが歩き出す。

 その足取りはしっかりとしていて、疲れているという風には見えない。

 よく分からなくてフェイロナの方を見ると、楽しそうにムルルの後姿を見ていた。


「なにか、怒らせるような事をしたかな?」

「なに。あの年頃の娘には多い事だ」


 その言葉に、ようやく得心がいって「ああ」と声を出す。

 フランシェスカが、俺の隣で溜息を吐いていた。


「もう。フェイロナさん?」

「……言っては駄目だったか?」


 あれだ。思春期とか、そういうの。

 この世界に召喚されたばかりの時、阿弥や真咲ちゃんもそうだったのを思い出す。ちょっとしたことでピリピリしたり、いじけたり。

 ムルルもそういう年頃という事か。……そう思って、フェイロナを見る。


「お前はあんまり警戒されてないのな」

「グラアニア殿の言葉では、レンジはムルルくらいの娘に手を出すとか……」

「……まだ言ってんのか、あの野郎」


 いつか本当にグーで殴るぞ、ちくしょう。まあ、殴ったらカウンターで殴り飛ばされるだろうけど。


「何でそう思われるんだ? 自慢じゃないが、阿弥にも結衣ちゃんにも手を出してないぞ……」

「顔か?」

「……子供に手を出すような顔って、どんな顔だ」


 肩を落とすと、フランシェスカが苦笑しながら俺を見ていた。


「あとは、そうだな。照れているのではないのか?」

「あ、もう――駄目ですよ、フェイロナさんっ」

「は?」


 その言葉を聞き返す前にフェイロナが歩き出し、その背に向かってフランシェスカが声を上げる。


「え、照れてるの?」

「あ、その……あまり気にしなくていいのではないでしょうか……」


 フランシェスカの反応から、どうやらムルルが照れているという事は本当らしい。

 しかし。


「一体何に照れるんだ?」


 分からん。

 一年ぶりの再会でしかないというのに。

 首を傾げると、フランシェスカだけじゃなく、今まで黙って成り行きを見守っていたエルメンヒルデまで溜息を吐いた。

 ……その反応は、色々と傷付くので止めてほしい。


「何か変な事を言ったか?」

「いいえ。アヤさんやユウコ様の苦労がよく分かるなあ、と」

『うむ。この一年、ずっとこの調子だ』

「投げ捨てるぞ、この野郎」


 失礼な。

 しかし、阿弥と宇多野さんを引き合いに出されると色々と理解できるというか……。


「それは無いだろ」

「…………」


 なにせ、相手はムルルである。一緒に旅をして、彼女がどういう性格かは知っているし、俺が好意を寄せられる要因など一つとして思い浮かばない。

 そりゃあ、旅の仲間として慕ってくれていたとは思うが、それくらいだ。

 その辺りは自信を持って違うと言える。


「まあ、いいです。そのあたりは、ムルルちゃんの問題ですから」

「無いと思うけどなあ」


 むしろ、フェイロナが言っていた思春期とか、その辺りの方が正解だろう。

 あの年頃は色々と難しいのだ。

 子供達の相手をしたからよく分かる。


「それより、急ぐか。ムルルが見えなくなる」

「あ、そうですね」


 フランシェスカと並んで、足早に歩き出す。まあ、一年以上前とはいえ一度王都に来ているからそんなに迷わないとは思う。

 大通りの店の配置はそれほど変わっていないし、王都の敷地が拡張したわけでもない。

 その辺りの変化が乏しいのは、科学が発達していない異世界ならでわか。


「あ、レンジ様」


 そうして歩き出すと、また隣に並んだフランシェスカが満面の笑みを浮かべて俺を見た。

 やっぱり距離が近い――と思ってしまう。


「これから、またよろしくお願いしますね」

「まあ、俺も色々と忙しいんだけどな」

『……夜は酒を飲んで、昼まで寝て、オブライエンやユーコに仕事を回されないなら“ぐーたら”な生活をしているだけではないか』

「…………それ、偶にだし」


 エルメンヒルデの言葉に、フランシェスカが噴き出す。


「お変わりのないようで」

「あー、まー……どうだろうな」


 気まずくなるが、どうやらフランシェスカはあまり気にしていないらしい。


「私も、魔術学院を卒業してから少し生活がだらしなくなってしまいました」


 そう口にして、肩を落とすフランシェスカ。


「早起きは辛いですし、ご飯やお酒は美味しいですし……」


 そして、右手がその見事なくびれを見せる腹部へと重ねられる。服の上からは分からないが、少し肉付きが良くなった……のだろうか?

 一年前以上に豊かになった胸は見事の一言だが、全体的な印象はそう変わらない。

 あれだ。太ったというか、胸が育った。阿弥や宇多野さんが聞いたら怒り出しそうだが、そういう事だろう。


「まあ、フランシェスカはあまり気にしなくていいと思うぞ」

『何処を見て言った、今』

「どこも見ていません」


 敬語で返事をすると、フランシェスカがまた笑った。


「よかった」


 なにが、と。聞くよりも早くフランシェスカは一歩を踏み出して俺の先を行く。


「レンジ様が、私やムルルちゃんが知るレンジ様のままで」


 視界の先で、はちみつ色の髪が揺れる。

 どういう意味だろう、と。一瞬考えて、頭を少し乱暴に掻く。


『レンジ』

「んー?」

『もう何度目かは分からないが――レンジは自分を、過小評価し過ぎだ』


 その言葉に、肩を落とす。


「難しい言葉を知ってるな、お前」

『ふふ……こういう場面でレンジが茶化すのは、照れている証拠だ』



書籍発売、三日前です。

……一日が早い。

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